連載私がやめた3カ条
「自己満足な一生懸命」を捨て、“Quick & Dirty”で成果を上げろ!──HashPort吉田世博の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。
今回のゲストは、ブロックチェーン領域に強みを持つ“Web3.0”のリーディングカンパニー株式会社HashPortの代表取締役社長、吉田世博氏だ。
- TEXT BY TEPPEI EITO
吉田氏とは?
温厚篤実なWeb3.0のキーパーソン
次世代インターネットとして、IT業界におけるひとつの潮流となっている「Web3.0」。ブロックチェーンやNFTといったワードと共に、各メディアで頻繁に取り上げられている。
HashPortは、まさにこの領域の日本における旗振り役を務めている企業だ。2021年には国内初となるIEO(Initial Exchange Offering)を実施し、9.3億円の募集に対し224.5億円超の応募が集まった。また、前澤友作氏から4.8億円を資金調達したというニュースも記憶に新しい。
そんなWeb3.0の風雲児的存在である吉田氏がブロックチェーンに目をつけたのは、前職であるボストンコンサルティンググループに在籍しているときだった。
同社のデジタル事業開発部門に所属していた同氏は、2016年に最年少のVenture Architect(投資・事業開発担当者)として上海に赴任していた。大学時代中国の清華大学に交換留学していた彼は、このとき、当時の学友たちが揃ってブロックチェーンの仕事をしていたことに衝撃を受けたのだという。
この波は必ず日本、そして世界に広がっていくはずだと直感し、ブロックチェーンに関わるプロジェクトをやりたいと日本に戻ってきたものの、その直後に日本で起きた大手暗号資産取引所の流出事故によって、ブロックチェーンに対する風当たりが非常に厳しくなっており、社内でブロックチェーン関連のプロジェクトが生まれにくい環境になっていた。
「むしろブロックチェーン業界が落ち込んでいる今はブルーオーシャンで事業を始めるチャンスだ」と感じた彼は、2018年BCGを退職して株式会社HashPortを立ち上げたのだ。しかし時代はクリプト氷河期。簡単にブロックチェーンの仕事が舞い込んでくるような状況ではなかった……。
「綺麗な事業戦略」へのこだわりをやめた
ブロックチェーンを活用したくても、どのように導入すればいいかわからない──。そんな課題を持つ企業に対してコンサルティングを提供しようと立ち上げた株式会社HashPort。当初は吉田氏の考えに共感し、協力してくれる仲間もいた。
しかし始めてみると、半年間やってみて、たったの1件も案件を取ることができなかったのだ。自己資金で始めていたため、資金繰りはかなり厳しい状況。手伝ってくれていた仲間も次第に離れていったという。
さすがに会社をたたんだほうがいいのではないかと考えていたとき、暗号資産取引所から1件の依頼があった。新規暗号資産を取り扱う際のデューデリジェンスの案件だった。
調査や資料作成といった業務は、BCGにいた吉田氏にとって得意領域。しかし、自分がもともと創業時にイメージした事業の内容とは違っていた。そういった業務をするのであればBCGを退職した意味がないのではないか。
そんな葛藤を経て、最終的に「ブロックチェーンに関われる仕事で収益につながるなら」という思いで彼はこの案件を引き受けることにした。
初めての案件は顧客より高い評価を受け、翌月には評判を聞きつけて、十数件の依頼が舞い込んできた。案件で得た知見がまた次の案件を生み、好循環が生まれてきた。結果的に、現在では国内ほぼすべての暗号資産交換業者との付き合いがあり、日本で取り扱う新規通貨の約9割にHashPortが関わるまでになった。
この事業が基礎となり今ではNFT事業、ブロックチェーンを活用したゲーム事業まで、HashPortはさまざまな事業を展開している。
吉田それまでコンサルティングをしていたこともあってか、綺麗な事業戦略に対するこだわりを持っていたと思うんです。当初の事業計画と違うことに対するこだわりというか。でも、たとえ計画通りではない事業であったとしても、顧客に喜んでもらえることを、選り好みせずに全力でやってみることによって道が開けることもあるんだなと思いました。
ただし、「大きな目標(ミッション)からズレていない範囲で」というのが大事だと思います。弊社の場合は、「日本におけるブロックチェーンの社会実装」という大きなミッションに沿っているかどうか、というのを基準にしていました。
スタートアップにおいて、当初と違う事業を展開していくというのはよくあることだ。しかしそれは、ただ流れに身を任せて事業を決めていくことを肯定しているわけではない。
同氏の創業初期の気付き。それは、綺麗な戦略にこだわらなず、かつ、大きなミッションを見失わず、泥臭くクライアントファーストで進むということだ。
「自己満足な一生懸命」をやめた
規制が多く、法制度の整備もこれからというブロックチェーンの領域において、積極的な取組みを実施しているHashPort。圧倒的スピードで最先端のプロダクトを世に問うていく姿勢は、BCG時代の経験から生まれていたものだった。
吉田氏は「大学生の頃は世の中で最も頭が切れるのは自分だと思っていた」と冗談交じりに話す。しかし、BCGに入社して、その鼻はいとも簡単にへし折られた。
目にするアウトプットの質の高さ、そして圧倒的な能力を持つ優秀な同僚たち。自分が10時間考えてひねり出したアウトプットが、先輩が10分で出すアウトプットの質を超えられない、なんてことも少なくなかった。
そんな環境下で生き残るため彼がとった戦略が、“Quick & Dirty”。完成度よりもスピードを重視するという考え方だ。
仕事の評価は、常に絶対的なものではなく相対的なもの。じっくり考えて高い質のアウトプットを出すことにも価値はあるが、それと同じくらいにスピーディに(質はそれほど高くなくても)アウトプットを出すことにも価値がある。
これだけでは、「どちらの考え方も良い」という話になってしまいそうだが、吉田氏はクライアントファーストの観点で「Quick & Dirty」のメリットを説明してくれた。
吉田クライアントに対するバリューを最大化させるためにどうすればいいか」ということを考えるにあたって、そのプランを誰が考えたかとか、その資料を誰がつくったかとか関係ないんですよね。大事なのは「できるだけ早いスピードで、できるだけクオリティの高いものを提供する」こと。
自分がどれだけ頑張ったかとか、自分の貢献をどれだけ評価してもらえたかとか、それのような考えはただのエゴだと思うんですよね。クライアントのことを考えるなら、人の頭でもなんでも使えるものは全て使うべきですから。
3日間じっくり考えて、完璧(だと思えるよう)なアウトプットをひねり出すよりも、スピーディに優秀な上司に提出し、フィードバックをもらって修正したほうが結果的に良いアウトプットを出すことができる。
一生懸命に取り組んでいるその仕事が、実は自己満足のエゴになっていないか、今一度見直してみてもいいかもしれない。
「提供する側」という考え方をやめた
Web3.0の特徴は、ユーザー同士で情報や経済価値をやり取りする分散型の構造にある。つまり、これまでのように「サービス提供側」と「ユーザー」が明確に別れているのではなく、「ユーザー」もサービス運営者の一員となるのだ。
Web3.0のサービス内において、その“コミュニティ”の重要性が非常に高いことは言うまでもないだろう。しかし、吉田氏はWeb3.0のサービスを提供してみて、それが「Web3.0のサービス内において」だけではないことに気づいたという。
吉田実社会における“コミュニティ”は、可視化されていないだけで確かに存在していて、その重要性はやっぱり非常に高いと思うんです。
「人間関係が大事」みたいにまとめてしまうと陳腐ですが、Web3.0のサービスで"コミュニティ"がよりクリアに可視化される中で、改めてそのことに気付かされました。
自分たちが今Web3.0の事業ができているのも、多くの方の応援と信頼があってこそ。遵法意識の低いことをやっていたら、きっとここまでみんなに応援してもらえなかったと思います。
「信頼構築によってコミュニティの持続性を高める」という長期的な視点を持つことこそが、Web3.0のサービスにおいても、実社会を生きる上でも重要だと彼は気づいたのだ。
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