連載私がやめた3カ条
“対面重視”はエゴでした──Housmart針山昌幸の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。
今回のゲストは、不動産業界に特化した営業支援SaaSを展開する、株式会社Housmart (ハウスマート)の代表取締役、針山昌幸氏だ。
- TEXT BY SHO HIGUCHI
針山氏とは?──人が好き、話し好きな熱血漢
「和気あいあいな雰囲気が好きで、社員とも膝を突き合わせて話したい、というのが本音です」と語るのは、ハウスマート代表取締役の針山昌幸氏。少年のようにも見える無邪気な笑みからは、人が好きで熱っぽい、ウェットな人物像がすぐ伝わる。いかにも、爽やかな営業パーソン、といった印象だ。
ハウスマートは、不動産営業支援SaaS『PropoCloud(プロポクラウド)』と中古マンション売買プラットフォーム『カウル』の運営を手がける不動産スタートアップだ。「住まい探しの満足度世界No.1」というビジョンを掲げ、不動産領域で幅広く事業を仕掛けている。
“熱血漢”という形容すらふさわしく感じる針山氏。しかし断固とした決意で、その“熱血漢”ともとられるスタイルとは真逆の経営姿勢に転換したのだ。その意思決定の裏には、どういった経緯があったのだろう。企業として、一経営者として、次のステップに進むために同氏は何を考え、そしてやめる決意に至ったのか。
“全員野球”をやめた
新卒ではオープンハウス、その次は楽天と、創業期・黎明期だったメガベンチャーを渡り歩いてきた針山氏。在籍していたころは、いわば“全員野球”のスタイルだった。全ての人が、全ての人を助け合う働き方。一人が満遍なくあらゆることをできなければならない。マーケティングや総務が営業の仕事を手伝うなどといったことだ。成長著しいベンチャー企業では珍しくない働き方とも言えるだろう。
針山以前、ある経営者さんが「一人がいろいろできるようになると、チームとしてうまく回るようになる」とおっしゃっていたんです。つまり、いつでも“全員野球”ができるチーム体制を整えておくことで、組織として、ひいては企業としての競争力につながるということ。この言葉に影響を受けたんですね。
私自身、“全員野球”が好きでした。“ワンチーム”という言い方をするときもあります。基本的に人と協力して何かをやり遂げることは大好きですから。
針山氏は創業から約3年ほど、“全員野球”のスタイルを貫いていた。しかしそのスタイルをやめる決断をした。一体、なぜなのか。
針山“全員野球”は確かに優れている面も多いです。しかし、どうしてもやめる必要が出てきました。というのも、“改善する覚悟”が生まれないからです。責任感、とでも言えばいいのでしょうか。「自分がやらなくても、誰かが助けてくれる」と思ってしまう、つまり悪い意味での“甘え”が生まれてしまう面も大きいんです。
徐々にそのデメリットが大きくなってきていることには気づいていたのですが、あるとき、“全員野球”を止めようと思った決定的なきっかけがありました。
商談のチャンスが生まれているにもかかわらず、社内の全員が忙しすぎて誰もフォローに行けなかった。そこで、「誰も助けてくれないなんて、“ワンチーム”じゃないじゃないですか」と社員から言われてしまった。
このケースには3つの問題点があったと分析する。まずは、実際に商談が生まれているのにフォローできず機会損失が生まれてしまっていること。他のチームからの助けを期待してしまっていること。さらに、こういった問題が日常的に発生しているのに、リーダーシップをとって改善しようとするメンバーがいないこと。
「この事件があってから、私はとうとう、『“全員野球”をやめるしかない』と決断する勇気が出たのです」。針山氏は重い口調で語る。“全員野球”が常態化することのデメリットが大きくなりすぎた結果、方向転換したのだ。しかしそもそも、「“全員野球”をやめる」とはどういうことか。
針山冷たい言い方をすれば、「責任の所在を明らかにすること」です。誰がどの業務に責任を持つのか、きちんと決める。「課題の限定」とも言えますね。社員一人ひとりが向き合うべき課題を限定すると、それぞれがより深く主体的に課題解決のための行動を取れるようになります。
一方で、それまでは“全員野球”だったので、ハレーションはもちろんありました。「針山さん、変わっちゃったね」なんて言われることもありましたね。
でも断固としてやめなければならないと感じていたので、方針変更をなんとか社内に浸透させるべく、1on1を実施したり、ブログを通じて発信したりと地道に改革していきました。全社的に風土改革が浸透するまで、結局2〜3年かかってしまいました。
改革の成果が出始めたのは半年後だった。社員から出る施策のクオリティが、「見るからに違うもの」になっていたのだという。それらの施策の成果が出始めたのはさらに1年後だった。
ベンチャー企業は一人で多くの業務を担当している場合が多い。特に創業間もない段階では、なりふり構わず圧倒的なスピード感で事業を推進することが最優先事項となるケースもある。マンパワーに見合った業務量を把握する意識が低くなりがちだ。
しかし、“全員野球”をやめたことで個々のメンバーが向き合う課題は明確になった。施策の優先順位付けをメンバー主体で決定できるようになり、それぞれの施策を遂行することにコミットできるようになったのだ。
対面で仕事するのをやめた
2020年3月から、ハウスマートはフルリモート体制を取り入れた。「“全員野球”をやめた」とはいうものの、もともと人と和気あいあい、話して交流すること自体が好きな針山氏のことだ。「本心を言えば、寂しい気持ちがありました」と笑う。
新型コロナウイルスの流行が落ち着いたら、徐々に出社を再開するつもりだった。しかし、フルリモートを1年間続けたころに、「未来永劫、原則出社をせずに、フルリモート体制を続ける」と決断した。多数のメンバーがフルリモート体制を「働きやすい」と感じていたのが分かったのだ。
「不動産に特化したSaaSって、候補者からみれば地味だと思うんです(笑)。だからもともと採用競争力はそこまで高くないと考えていました。だからこそ、働きやすい環境を整えることはメンバーに長くいてもらうために必要だと思ったんです。同時に、原則フルリモートにすることを社外に宣言すれば、優秀な人材に一人でも多く出会えると考えました」と針山氏は述べる。
確かに、フルリモート体制を原則にすれば、採用候補者の分母は増えるかもしれない。針山氏としては特に、優秀なエンジニアの採用を拡大していくため、この効果を期待した。
針山尊敬する経営者からも「最初は膝を突き合わせて話すのが大事」とは言われていましたし、私自身、本当は社員とオフラインで話していたいです。しかし、それは私のエゴだったのかもしれません。私たちの事業にとって、優秀なメンバーを仲間にできるかどうかは、企業競争力の根幹に関わってきます。だから断固として決断する必要があった。
フルリモート体制を始めてみると、確かにハードルも多かったですね。アイデア出しのスピードは遅くなるし、コミュニケーションも難しい。新入社員も、馴染めるか不安そうにしている。最初は大変でしたね。
とはいえ、最初は大変だったハードルの数々も、克服しつつあるという。
針山「原則フルリモートにします」と宣言してから、飛躍的に採用競争力が向上しました。北海道や大分、岩手など、各地から優秀なエンジニアを採用することができ、やはり決断してよかったな、と思っています。
弊社では半年に1回、社内アンケートを実施しているのですが、フルリモートになって間もない頃は「働きづらい」「ギクシャクする」など否定的な意見も多かったものの、家族がいるメンバーは「仕事がしやすくなった」とも言ってくれていました。
ミッションのためにやらなければならないことがあるのなら、それを実現するためのハードル克服のための環境づくりは経営の仕事です。
フルリモート体制でのコミュニケーションは顔が見えず、メンバーからは歯がゆさを感じる声もあった。それでも、長期的な組織の成長のために、リモート体制を進める道を選んだのだ。チャットやドキュメント主体で意思決定ができるよう、社内環境を整えていった。
針山今となっては、事業成長のために採用に重点を置きたいので、フルリモート体制だけは譲れなくなりました。いかにイケてるプロダクトを作るかが勝負なら、いかに優秀な人材を採用するかが最重要だと思っています。楽天で出会ったエンジニアの宮永(現ハウスマート取締役CPO宮永照久氏)は創業時から手伝ってくれていたのですが、「針山の一番の功績は宮永さんを連れてきたこと」と社員に言われることもありますね(笑)。
確かにフルリモートは乗り越えるべき課題も多いですが、一旦意思決定したら、副次的効果が出るように意思決定していくのが経営者の役目です。フルリモートを前提とすることで、逆にメリットが増えるような動き方をしていけばいいだけでしょう。
「人材獲得競争の厳しさは今後も続いていくなかで、先にフルリモートを始めたほうが有利」という観点から、フルリモート体制を半永久的に続けていく予定だ。
エンジニアだけではなく、会社全体としての人材の質の高さが重要だと考えている針山氏。なぜなら、ハウスマートが立ち向かう課題は複雑だからだ。不動産業界に特化し垂直展開するSaaSだからこそ、向き合う課題も時流に沿って生き物のように変化する。「この先20~30年先も活躍できるスキルを身に付けたい、そんな方にぜひ仲間になってほしいですね。」
1on1をやめた
スタートアップだけではなく、多くの企業で1on1が実施されている。人材マネジメントの上で1on1の有効性が広く認められているからだろう。対面コミュニケーションが得意な針山氏は尚更、メンバー全員と本音で語り合う機会を大事にしていた。しかし、同氏はメンバー全員との1on1をやめた。
針山確かに1on1をやるとメンバーをグリップできる安心感はあるかもしれません。ただ、ハウスマートの場合は事情が違う。時流に即して弊社が解決すべき課題も変化するため、マーケティング、セールス、カスタマーサクセス、エンジニアが横断的に連携する必要があるんですね。そのため、メンバー一人ひとりに能動的に意思決定して動いてもらう方が小回りが利くんです。
そこで針山氏は、「決める」責任と権利を各チームに与えるよう、決断した。マネジメント層との1on1は継続したが、チームの意思決定や課題解決は現場に任せた。
針山フルリモートを原則にすると、「何が大事かわからない」「情報が見えない」「他の人が何をしているかわからない」などと軋みがたくさん出ます。そこに社長が直接アプローチすると、一時的には課題も解決するかもしれませんが、根回し文化が蔓延ってしまいます。社員は「マネジャーと社長なら社長のほうが偉い。だから最初から社長にだけ話しておけばいいや」と思ってしまいますからね。
組織が小さいうちはそれでもいいかもしれませんが、大きくなると根回し文化が生まれてしまいます。問題が起こるたび社長に根回ししなければならないとなると、意思決定が遅くなってしまいます。
まだまだ結果が目に見えている段階ではありませんが、これからどんな変化が生まれるか楽しみにしているところです。
もともと営業パーソンだっただけあって、針山氏はむしろ、オフラインでこそ魅力が発揮されるタイプなのは会えばすぐわかる。近年ではオフサイトでの会合は徐々に復活しつつあるそう。ただ、「あくまでオフラインはプレミアムな機会という認識」と針山氏は言う。
対面のコミュニケーションを何より重要視していた“エゴ”を捨て、フルリモート体制、仕組み重視の経営に舵を切ったところに、同氏の経営者としての覚悟を見た。
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