連載私がやめた3カ条
遠慮と謙虚は別物。恩は長期で返すべし──Kyash鷹取真一の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。
今回のゲストは、累計約130億円を調達し、買い物やユーザー同士の送金だけでなく、決済管理も可能にするウォレットアプリ『Kyash』を展開する、株式会社Kyash代表取締役社長の鷹取真一氏だ。
- TEXT BY TAKASHI OKUBO
鷹取氏とは?成功と失敗の哲学に“らしさ”を持つ起業家
「人生の中で不安や不満が生まれるのは、大抵の場合は人間関係やお金の問題にまつわることだと思うんです」。鷹取氏が創ろうとしているのは、お金にまつわるストレスや不安を払拭する“インフラ”だ。『Kyash』は単純な決済サービスではない。クレジットカードや銀行、ATMからお金をチャージし買い物や割り勘ができるだけでなく、入金や支払いなどのお金の流れをアプリで可視化、コントロールできるのだ。
そんな鷹取氏は“成功”と“失敗”に対して独自の哲学を持っている。
まず成功という言葉が好きではない。捉え方によっては、成功とは一つの終わりでありゴールでもある。成功を収め社会に価値を届けられるようになったり、価値そのものが大きくなったりすることは、もちろん素晴らしいことだ。しかし、起業家にとって本当に大事なのは「終わることなく連続的に社会に対する提案や働きかけをすること」である。本当に実現したい未来を見据えているからこそ、目先の成功だけにとらわれることはないのだ。
そして根っからのポジティブ思考の持ち主でもある。そのことを象徴しているのが失敗に対する考え方。失敗という言葉が持つニュアンスは、どこか後戻りしているような感覚に陥る。しかし、そう感じること自体がもったいないことであり、失敗したからこそ、その先を知る機会を得たと捉えている。後戻りどころか前進している証拠だと考えているのだ。
そんな鷹取氏の3つのやめたことを紐解いていこう。
遠慮することをやめた
どんなに立派な事業でも、資金を得たり、プロダクトやサービスをユーザーに使ってもらったりしないことには何も始まらない。ステークホルダーとの協業が必須だ。ただ、何も実績が上がっていない創業段階は、自社のサービスとはいえ「このサービスは本当に世の中に必要だろうか」と迷う気持ちが出てくることだってある。そうなると、信頼してくれている関係者に対してどこか申し訳ない気持ちになり、積極的に協力をお願いすることをためらってしまう。
同じ起業家であれば共感できるのではないだろうか。だが鷹取氏は、遠慮するのは本気になっていない証拠だからと考え、あるとき、遠慮することをやめた。お金がモビリティを有したライフスタイルサービスを創ることは必ず人々のためになる。そんな世界を本気で目指しているからこそ、周りに遠慮している余裕はないのだ。
鷹取Kyashを創業してから、遠慮することをやめました。会社勤めの時は、それなりに遠慮するキャラでした(笑)。謙虚であることは大切ですが、それは小さくまとまるということではないんですよね。当時は、「謙虚であること」と「遠慮すること」の関係性が整理できていなかった。
私は一人で創業したのですが、起業家としての成功体験がない状態では謙虚さも大事だと考えていました。取引先や関係する方々に、こちらから何かをお願いするのは失礼なことであり、できるだけしないようにすることが「謙虚」だと思っていたんですね。でも、遠慮するということは、自分の事業に対して本気になっていない証拠なんです。
例えば知り合いに「あの会社の社長を紹介してほしい」と頼んだ時、おこがましい、申し訳ないという気持ちがあったんです。でも、それは心のどこかに迷いがあるからなんですね。成し遂げたいものがあって、それが意味のあるものであるならば、躊躇している余裕なんてありません。
遠慮をやめる。それは同時に、「恩返しする時間軸を、1~2週間や数カ月のスパンで考えるのをやめること」だと語る。本当に価値のあるものだから、時間をかけてでも形にする。そんな思考が生まれた。
鷹取今振り返ってみると、その原因は「いただいた恩は、すぐ返さなくてはいけない」と思い込みすぎていたからだとわかりました。
創業時は特に、いただいた恩に対して感謝の気持ちばかりが強くなりすぎて、少しでも早くその方に何かお返ししたいと思うものです。ですが、事業が目指しているものが社会的に意味のある活動だと信じているならば、本当の意味でいただいた恩に報いるのは5年後でも、もっと先でもいい。
自分達が目指しているビジョンを実現することが、支援してくださる方への最大の恩返しになるからです。
競合を意識するのをやめた
ビジネスをしていれば必ずと言っていいほど競合が存在する。もしも競合他社を単なる競争相手として見ているのならば注意が必要だ。知らず知らずのうちに本来向かうべきところから外れ、間違った方向へ進んでいるかもしれない。そんな競合との向き合い方には、その企業のカルチャーが垣間見える。
自社が取り組む事業は、誰の、何を、どうするために存在しているのか。競合相手に勝つことが目的になってしまうと、「存在意義」を見失う。本来見るべきは、市場にいるユーザーであり、ユーザーの課題と向き合わなければいけない。鷹取氏は自分が生み出すべき価値を「競合に勝つ力ではなく、ユーザーのより良い明日を創り出す力」だと定義し、競合を意識するのをやめた。
鷹取競合を意識することはやめました。競合を意識し「他社がこうしているから自分達はこうしよう」と、自社の戦略や事業価値を考えるのはおかしいからです。これはAmazonに根付く「常にデイ・ワンを意識して競合を見ない(参考記事)」という考え方に大きく影響を受けています。Amazonには“他社に気を遣うのではなく顧客サービスをいかに良くするかを思考している”という考え方があり、その考え方と近い発想を私も持っています。
例えば、市場に同じようなサービスを提供する4社があるとします。自分達は4社の中の1社なので、4択の中で抜きん出なくてはならないと考えてしまいがちです。
自分達が考えるべきは、ユーザーから愛されるか、愛されないかの2択の中で勝負することなんです。常に、ユーザーから支持されるプロダクトやサービスとは何か?ということを考え続けなければなりません。
他社から学べることはもちろんある。見方によっては、単なる競争相手という文脈ではなく、「自分たちにはない視点や情報の宝庫」と捉えることもできる。
鷹取氏は「他社を意識するのはサービスやプロダクトの最終的な見せ方を考える時くらい」と語る。ユーザーの信頼を勝ち取るということが、本当の意味の競争に勝つということなのだろう。
逃げ道をつくることをやめた
重大な意思決定から業務を遂行していく上での細かな判断まで、人は日々、何かを決断している。その重責が大きくなればなるほど、万が一を考えて逃げ道を用意したくなる。これは想像以上のプレッシャーによって働く、ある種の防衛本能とも言えるかもしれない。だが英断としての撤退や離脱ではなく、自身の非を認めたくないために作った言い訳ほどかっこ悪いものはない。そして、そのことを一番かっこ悪いと思うのは、他ならぬ自分自身だ。
それは決して無鉄砲に突き進めという意味ではない。「覚悟」があるかということだ。たった一人で会社を立ち上げた鷹取氏は、覚悟を決める以外に道はなかった。元から退路なんてない。「自分で決めた道を正解にする」。その覚悟が今のKyashを創りあげた。
鷹取明らかに正解が存在して不確実性がない場合は、意思決定でも何でもない、単なる当然の判断でしかないと思うんです。問題は正解のない選択にぶち当たった時です。自分で決めた道を正解にしていくから、後悔もしないし、振り返って「あのときの意思決定は正しかったのか」と考えることもやめました。
何かを決める時、つい、それらしい理由をつけてしまうことがあります。例えば何か事業を進めていく際に、その事業を始める理由を後から足していくということです。
ただ、そうした思考に違和感を覚えるようになったんですよね。本来、もともとその事業を始めるための大きな動機や強い気持ちがあったはずです。それがあるのに後から理由を後付けしてしまうのは、失敗した時の言い訳が欲しいからのように思えます。本当に重要な決断というのは複数の理由があるのではなく、確信を持った大切な理由が一つあればそれで十分なんです。
網羅的な検討や振り返りが不要という意味ではない。失敗しても言い訳が立つような、聞こえのいい理由を作ろうとすることをやめたということだ。
鷹取私がこうした考えを持っているのは、一人で創業したことが大きいかもしれません。失うものが何もない状態が普通だったので、先ほどのAmazonのデイ・ワンの考え方のように、何が起こっても毎日確実に進んでいると感じていました。
だから正確には「逃げ道を作ることをやめた」というよりも、逃げ道を作ることすらできなかったと言えるかもしれませんね。不必要に振り返らず前を進むというのが、意識してやろうとしているわけではなく、ごく自然にしている。そんな感覚です。
世の中のせいにしたり、愚痴ったりするくらいなら、やめてしまえばいい。好きでトライしているのだから、そう考えています。
あなたは知らず知らずのうちに逃げ道を作ってはいないだろうか。起業家に限らず、何かを成し遂げようとするものにとって、“安心”という居心地の良さからは意識的に離れる必要があるのかもしれない。
自分の安心よりも、他人の安心に自分の人生を捧げる生き方。鷹取氏のやめ3には、世の中を変える起業家であるためのエッセンスが詰まっている。
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