連載私がやめた3カ条
スキルこそが、事業と組織を創る──Recursion田島慎也の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。
今回のゲストは、コンピュータサイエンス学習サービスを提供するRecursion, IncのCo-Founder&CEO、田島慎也氏だ。
- TEXT BY TEPPEI EITO
田島氏とは?
アメリカ文化に魅せられ、スキルを追究する“修行僧”
2020年8月にロサンゼルスで創業されたRecursion。彼らが提供する学習サービスの領域は、コードを書き、実装することにとどまらない。計算の原理やデータの処理を体系づけた学問、「コンピュータサイエンス」である。シリコンバレーをはじめとするアメリカでは近年最もホットな学問と言っても過言ではない(詳しくは田島氏のnoteを参照されたい)。
そんな会社の創業者だというのだから、さぞかし優秀なエンジニアであり、長く海外に身をおいてきた人物なのだろうと、多くの人は想像するだろう。しかし、実際にはまったく違う。コンピュータサイエンスについては、彼自身も言うように「現在もまだ勉強中の身」であるし、創業したのもアメリカに来てからたった3年目のことである。
その3年前まで、田島氏は東京のとあるメーカーで営業担当として働いていた。九州大学で経済について学んだ彼が、新卒で入社した会社であった。
しかし、その会社をたった8カ月で辞めてしまい、思い立ったように渡米を決行。英語力もままならないままカリフォルニアに飛んだ。断っておくが、このとき彼はコンピュータサイエンスを学びたいと考えていたわけではない。全く未経験の「マーケター」になろうと思っていたのだそうだ。
そうして意気揚々と──そしてあまりにも甘すぎる考えで──アメリカに渡った彼に待ち受けていたのは、想像以上に過酷な現実であった。
社内でしか通用しないスキルを持つことをやめた
東京のメーカーに法人営業として就職した彼は、働き始めてすぐ、強い焦燥感に襲われた。「このままでは何のスキルも持たない人材になってしまう」と感じたのだ。
企業や産業の行く末など誰にもわからない。果たして自分は、会社の外でも通用するスキルを持っているのだろうか──。そんな疑問への反発として、解決策に「海外留学」に求めた自分を「短絡的だった」と苦笑いで振り返る。マーケターになりたいという思いは、半ば後付けであり、とにもかくにも世界中から優秀な人材が集まるカリフォルニアという地で働きたいと考えていた。
彼自身も当時を振り返って感じる「信じられないほどの甘い考え」は、日本での成功体験に起因していた。難関と言われる大学の受験も問題なく通過し、入学後に始めた硬式テニスも大会で何度も優勝した経験があった。だから、アメリカに行っても大丈夫に違いない、と。
田島まったく大丈夫じゃなかったですね(笑)。アメリカに行って感じたのは徹底的な「スキル重視」の考えです。何のスキルもない若造がちょっと英語を使えるくらいで就職できるような環境ではありませんでした。特にマーケターなんて、言葉を扱う職業ですからネイティブではない人間が就職するのは困難でした。実際、いろんな会社にエントリーしましたが、ほとんど面接にも呼んでもらえませんでした。
何か言語に依存しないスキルを身につけないとヤバい、と感じて勉強し始めたのがプログラミングです。『Recursion』という学習プラットフォームの立ち上げは、そのときの経験が基になっています。
プログラミングの勉強に精を出すようになってまもなく、後に共同創業することとなるJeffry Alvarado氏と出会い、日本のエンジニア教育に秘められた可能性を知る。日本は数学教育のレベルが高く、優秀なエンジニアが育ちやすいのだ。一方で、日本でコンピュータサイエンスを学ぶ機会は限られている。独学でプログラミングスキルを身に着けた田島氏だからこそ、ユーザーペインも分かっていた。そして、Jeffry氏と立ち上げたのがRecursionというわけだ。
日本でのサラリーマン時代からぼんやりと感じていた「スキル至上主義」。彼はアメリカに来て、その考えをより一層強固なものにした。そして今も着実に、世界に通用する「スキル」を身につけている。
そのやり方はともかくとして、彼のこうした行動力は見習いたい。現状の違和感から目をそらすことなく、打開するための大胆な行動をとったからこそ、今の田島氏があるのだから。
プレスリリースをやめた
前述したとおり、田島氏には創業当初、コンピュータサイエンスの知識があまりなかった。同氏はむしろ、「学習したいけど学習する方法がない」という『Recursion』のターゲットユーザーそのものとしての目線から、サービス開発を進めた。
このような経緯のため、当初プロダクト開発は共同創業者のJeffry氏が主導し、それ以外の広報やPRなどを田島氏が引き受けることに。プレスリリースの配信といった業務に積極的に取り組んでいた。
しかしある時、彼は一切の広報活動を放棄する。
田島創業期ってサービスを使ってくれる人が少ないから、プレスリリースとかを打ちまくって、強がっちゃうんですよ。「ユーザー数1,000人達成しました!」とか。
でも、そうやってキラキラした姿を見せても、結局メインターゲットとなる人はあんまり来てくれないんですよね。だったら、周りからどう見られるかとかは放っておいて、本来注力すべきプロダクト開発にだけ向き合おうと思ったんです。
これはアメリカ文化の影響も多分に受けていると思います。アメリカだと「誰が作った」とか「誰が使ってる」といった権威性みたいなものをまったく気にしないんですよ。Jeffryからもよく「なんでそんなことに時間を使ってるの?」って言われていました(笑)。
結果として『Recursion』はほとんど口コミだけでユーザー数を増やし、現在では2万人弱もの会員数を獲得。アクティブユーザーの割合も非常に高い数値を維持しているという。
彼はプレスリリースの意義について否定しているわけではない。創業期という限られたリソースしかないフェーズにおいては、プロダクトの質を上げるという最重要課題にだけ取り組むのが、最善の選択と考えたのだ。
日本式の採用をやめた
日本の採用シーンでは、候補者のミッション共感や、ポテンシャルが重視される場合がしばしばある。Recursionにおいても当初そのような採用がなされていたが、今では完全に「実力のみ」で判断しているという。
この採用手法の変更は、共同創業者のJeffry氏の影響を受けたからというのが最も大きな理由であった。
田島アメリカでは人材の流動性が高くて、辞める人が非常に多いんです。特にエンジニアであればエリート層は2~3年で転職するのが当たり前。だから企業としても、入社してすぐにバリューを発揮してくれるスキルを持っている人を採用しないと意味がないんです。
こうした“アメリカ式の採用”には、組織づくりにおけるメリットが大きいと感じています。辞められることを前提として採用しているので、はじめから属人化しないようなオペレーションを構築することができるんです。というか、そうせざるを得ないんですけど(笑)。
でも、結果的にはそうやってオペレーションを整えて、新しい人が来てもすぐに対応できるような体制をつくることで、組織としては安定すると思います。
こうした採用手法を無批判に取り入れるのは確かに難しいかもしれない。日本のスタートアップにおいては、バリューへの共感や、志向性といった要素も重視される。それこそが組織の土台をつくっているという意見もあるだろう。
「そうした要素は気にしたことがない」と笑う。自身も組織も、とことんスキルを追い求め、それを究めていく──。おごらず邁進する姿はまさに「修行僧」だ。こんなアメリカ式の経営手法が、未来の日本のスタンダードになるかもしれない。そういう意味でも今後のRecursionには注目だ。
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