連載私がやめた3カ条
保守的思考に囚われないよう、敢えて「空気を読まない」──マフィンCOO上田 裕大の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。
今回のゲストは、SNSやメールでURLを送るだけで簡単にギフトを贈ることができるデジタルギフトサービス『mafin』を提供する株式会社マフィンの取締役COOを務める上田 裕大氏だ。
- TEXT BY KOHEI KIYOSAWA
JCB、メタップスを経てマフィン創業へ。
上田裕大氏とは?
プロモーションや営業施策に活用できるデジタルギフトサービス『mafin』を展開する株式会社マフィン。同社取締役COOおよび日本事業の責任者を務めるのが上田裕大氏だ。ジェーシービー、アイペット損害保険、メタップスを経て、2021年にメタップス時代の上司である尹氏とマフィンを共同創業した。社長の右腕的存在として事業経営に向き合い、国内外で結果を出し続けてきた上田氏。
約20年間のキャリアを振り返ると「まさか、今自分が経営に携わっているとは思わなかった」という意外な一言。ジェーシービー時代、韓国現地法人の経営に関わったことが大きなきっかけとなり、「海外×経営」の軸で、ユニークなキャリアを切り開いてきた上田氏にこれまでの決断を聞きながら、事業家としての考え方を学ぼう。
大企業キャリアをやめた
2005年に株式会社ジェーシービーに入社した上田氏。
結果的に10年間在籍。当初は転職するつもりはなかったという。
上田 振り返ると、若手の頃から多くの挑戦機会に恵まれて、充実した日々を過ごしていました。入社してすぐ、当時立ち上がったばかりのタッチ決済事業『QUICPay』に関わることになりました。配属されてからは、加盟店への新規営業に奔走したり、業務フロー設計もゼロから担当させてもらいました。
特に印象的だった仕事は事業の投資資金の運用管理業務。決済インフラを構築するには数百億円の資金が必要となる中、本社担当として案件ごとの投資判断や資金の運用管理を精緻にチェックし、経営に報告する必要がありました。入社2〜3年目でそんな仕事を担当することとなり、ファイナンスの面から大きな事業を動かしていくダイナミズムを学ぶことができました。
事業に全力投球する仕事への姿勢、成果が認められ、海外事業への異動機会に恵まれることとなる。次の部署では海外現地法人への出向を経験することになるが、この経験がその後のキャリアに対して大きな影響を与えることとなる。
上田その後、海外事業部に異動することとなりましたが、すぐに韓国の現地法人に駐在することとなりました。結果として、4年半、現地法人のNo.2として経営全般に携わることができました。
この時に、経営・マネジメントの視点で事業に向きあう基本的な姿勢が身についたと思います。もちろん、うまくいったことばかりではなく、多くの困難も経験しました。例えば、人のマネジメントには苦労しました。本社では管理職を経験したことがなく、現地法人で初めて部下を持ちました。
部下の中には自分より年齢が上の社員もいたので、コミュニケーション面では、伝えたいことが伝わらず、何度も壁にぶち当たりました。ただ私はどんな状況であっても「逃げない」と決めているので、言い訳せず、とにかく粘り強く向き合い続けることで、一つひとつ乗り越えていきました。
誰もが知る大手企業に入社し、新規事業、海外現地法人のマネジメントにも関わった上田氏。一見順風満帆なキャリアだが、なぜ10年も務めたジェーシービーを辞め、次のチャレンジを考えるに至ったのだろうか。
上田任期を終え、韓国から帰国した後、本社の経営企画部門に戻って、正直に言うと「物足りない」と感じてしまったんです。
海外事業では経営メンバーとして、事業を伸ばすためにあらゆることにコミットしていて、ハードだったもののやりがいを感じていました。
例えば、営業目標の達成だけでなく、人事制度の抜本的な改革、新規事業の立ち上げ、海外市場におけるブランディング戦略、外部ステークホルダーとの交渉などです。
一方、国内に戻った時の仕事はこれまでの経験やスキルは活かせるもののどうしても社内調整が中心で、自分で決断できる仕事は少なくなってしまっていました。
今後のキャリアを考えた時に、私は一人の担当者としてではなく、COOのような役割で、事業成長のために現場実務含めて何でもやるのが一番楽しいし、私の強みも活きるのではないかと思いました。
そうした中で転職活動を始め、より経営に深く関われる環境を求めて、外資系企業を挟んで、IPO前のアイペット損害保険の社長室に入社しました。
ハードシングスと捉えるのをやめた
その後、IPO前のアイペット損害保険に入社した上田氏。前職のジェーシービーと比べて、組織が未成熟な成長フェーズで入社し、IPOに向けて全社的なプロジェクトに関わる経験は刺激的であったという。
上田 アイペットでは社長室に配属され、全社的なプロジェクトマネジメントや広報・PR部門の立ち上げを経験しました。IPOを明確に目指しているタイミングで入社したため、IPO業務に携わり、結果として3年間在籍していました。無事、2018年にIPOを経験することもでき、一区切りついたタイミングで、改めて私の興味が強く向く「海外×経営」に挑戦できる環境を求めて、メタップスに転職しました。
メタップスに入社してからは、キャリアでは2度目となる韓国法人への出向を経験することに。本社から単身で現地法人に乗り込み、さまざまなハードシングスを経験することとなるが、上田氏の持ち前のタフネスで課題を乗り越えていく。
上田メタップスに入社してからはこれまでの経験を活かして、韓国事業の経営再建を担うことになりました。当時、韓国には三つの法人があり、現地スタッフが経営を行っていました。ただ、本社とうまく意思疎通ができておらず、ガバナンスが十分に効いていない状況でテコ入れが必要でした。そこで、本社の経営メンバーとして私がアサインされました。
初めは、本社からたった一人で派遣され、現地スタッフ側からすると「誰?」という状況です。そして事業自体は停滞していて、スピーディな意思決定も求められていました。非常にアウェイな環境でしたが、事業をより良い方向に導くため、自ら課題設定を行い、やるべきことに愚直に取り組みました。
現地法人では既存の経営体制、チームで運営されているアウェイな環境で事業の立て直しを行うプロセスは相当なストレスがかかったという。改革プロセスでは事業撤退やリストラといった痛みの伴う改革も実行した。
たとえ過去にビジネス経験のある国とはいえど、異国は異国。強い負荷のかかる環境で、上田氏は何を考え、課題をどのようにして乗り越えていったのか。
上田事業経営は大きな責任を伴うため、精神的な負荷は常にかかります。実際、私も韓国事業を再生の軌道に乗せられるまでは、日々ヒリヒリしていて、余裕がある状態とは言えませんでした。
その中でも大切なのは、月並みですが、「あるべき状態を描き、そこに向けて日々妥協せず、努力を続ける」ということ。愚直に取り組めば、課題は乗り越えられると信じ、諦めないことが重要だと思います。
常に困難な環境を選択し、やるべきことに愚直に向き合い、結果にコミットする──。No.2として事業を背負う経営人材なら、必須で求められる素養であろう。「必ず乗り越える」という確固たる信念で、ハードシングスをものともせず、チャレンジを続けてきた。最終的には、努力の甲斐あって、韓国事業の立て直しを軌道に乗せることができた。
空気を読むのをやめた
そうして、メタップスで韓国事業の立て直しを軌道に乗せた。当時から韓国で運営していた事業の1つが、マフィン主力事業でもあるデジタルギフトの領域だ。
韓国事業の持続的な成長にコミットしながら、新たな収益事業としてデジタルギフト事業の日本展開に取り組み、2021年にマフィンを設立する。その後、当時の上司であった尹氏と共にメタップスから日韓の事業をスピンアウトさせることとなり、COOとしてデジタルギフト事業の日本展開を担うこととなった。
マフィン設立に至るまで、日系大手企業、外資系企業、ベンチャー企業とさまざまな事業・組織フェーズを経験してきた上田氏。現在は取締役COOとして事業成長に日々向き合う中で、大切にしている仕事哲学があるという。
上田1社目では空気を読むことやスピードよりも正確性を求められる環境でしたが、今では真逆の考え方をするようになりました。
例えば、「過去に前例があるかどうかや同業他社がやっているか」といったことは、もちろん調べますが、そうした存在に囚われて保守的に考えることはしないようにしています。ゼロから事業を立ち上げて軌道に乗せるためには、二段跳び、三段跳びぐらいの感覚で事業をスケールさせることを思考し続ける必要があるはずだからです。
「常識に一切囚われるな」とまでは言いませんが、「どうすれば非連続的に事業を伸ばせるか」を常に主眼に置いて、日々事業に向き合うようにしています。
私は金融業界のキャリアが長いのですが、このような考え方を明確に意識するようになったのは、IT業界に身を転じてからです。どうしても金融の世界は業種柄、前例主義に陥りがちです。その感覚を意識的に取り払っていくためにも、あえて空気を読まずに異を唱えたり、一見非常識な意見もどんどん取り入れるようにしています。
大企業からベンチャー企業に転職し、事業スピードの速さや失敗を恐れないカルチャーの変化に戸惑うビジネスパーソンは少なくない。大企業的発想を完全に捨て去った上田氏は、マフィン事業においても前例に囚われない発想を取り入れている。
上田IT業界で培った「前例に囚われない考え方」は、現在手掛けているマフィンの戦略にも色濃く反映されています。
例えば、デジタルギフト業界では最低発注ロットが決まっていることが通常ですが、マフィンでは最低発注ロットなど設定せず、柔軟に対応することで差別化を図っています。それに加え、納品も最短翌営業日というスピードを実現しています。これらの特徴は業界常識とは真逆のものです。
既存の延長線上から思考するのではなく、あらゆる前提を疑い、柔軟かつスピーディに事業をドライブさせていくことが非常に重要だと思っています。
確固たる信念と熱意を胸に秘めつつも、柔軟かつスピーディな発想で事業を伸ばし続けている上田氏。No.2としてキャリアを積み上げ続けてきた上田氏の生き方、事業への覚悟から学ぶことはとても多い。デジタルギフトサービスを手掛けるマフィン社のさらなる飛躍にも期待だ。
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