連載私がやめた3カ条
経営者になるための“3つのステップ”をクリアせよ──シンプルフォーム田代翔太の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。
今回のゲストは、法人調査プロセスを自動化するクラウドサービス『SimpleCheck』を開発するシンプルフォーム株式会社の代表取締役、田代翔太氏だ。
- TEXT BY TEPPEI EITO
田代氏とは?
金融畑で育った、底なしに謙虚な経営者
起業家には、誰もが納得するような“綺麗なキャリア”を持つ人と、誰もが驚くような“波乱万丈なキャリア”を持つ人がいる。田代氏のキャリアは、一見前者のように思える。
2011年、早稲田大学を卒業した彼は新卒で日本政策投資銀行に入行。震災復興のためのファンド組成や、ファンド出資などの業務に従事した。
2013年からはPEファンドのマーキュリアインベストメントに出向する。黎明期のフィンテック、海外企業への出資を中心とした投資事業を推進。政投銀に戻ってからは、大企業向けの新規事業開発を担当するなど、金融業界におけるDXに長く向き合ってきた。そして2020年にシンプルフォームを創業している。
こうして並べてみると、金融系サービスで起業するために作り上げたかのようなキャリアに思えるだろう。しかし、彼自身はこれまでを振り返って「まるでパチンコ玉のように転がってきただけだ」と話す。
曰く、「いい大学を出て、いい会社に入り、いい仕事にありつけたから起業できたわけではない」のだ。では彼の考える「経営者になるために必要なもの」とは一体何なのだろうか。
自分がどう見られたいかを考えるのをやめた
大学生の頃、就職活動の際に考えることといえば、おおよそ皆同じだろう。
入社難易度が高く社会的なブランド力を持ち、できるだけ高い給料が出て、なおかつ将来的なキャリア形成を築けそうな会社を探す。田代氏が就職活動をしているときにも、例にもれず同じようなことを考えていた。
社会のためにビジネスプランを議論する先輩や、優秀な友人に囲まれ、田代氏も「自分もゆくゆくは起業したい」と考えるようになっていた。学生最後の年にオランダに留学し、起業に近づけそうな企業から内定をいくつか得ることができ、「順調に」学生生活を終えようとしていた。
しかし、就職前に起きた東日本大震災をきっかけに、そうした考えが180度変わってしまったという。
田代当時、僕はオランダに留学中で、ニュースを見て大震災について知りました。その時のことは今でもはっきりと覚えているんですが、強烈に「自分が日本人であること」を感じたんです。それまでは、自分の将来のことや、自分がどう見られるかということばかり考えていたんですが、とにかく日本のためになることをしたいと思うようになりました。
大きな被害のあった宮城県には親族や、進学した友人も大勢いた。安否を尋ねようと、国際電話をかけ続けたという。
結果的に、田代氏は内定先のなかで最も震災の復興支援に力を入れていた日本政策投資銀行に入ることになる。
田代今思うと、経営者になるためにはステップがあると思うんです。1つ目のステップは、自分がどう見られるかということにこだわるのをやめること。2つ目は、理想の社会を思い描くこと。そして3つ目が、その社会をつくるための戦略を練ること。
思考というものはいつでも行動のあとについてくるものだと思っています。行動を正当化するために思考が変わっていくんです。自分は就職を決めるとき、そのときの感情に突き動かされて入行を決めましたが、そのおかげで偏差値的な思考から抜け出すことが、つまり1つ目のステップをクリアすることが、できたんじゃないかと思っています。
特に被災直後の復興支援は公共性が強く、ビジネスや起業とは離れた場所にあるように思われた。だが、自身がやりたいと強く感じた領域に突き進むことにした。「経営者」と聞くと、企業のトップであるからこそ、他人や社会の目にどのように映るかを気にすることもあるかもしれない。しかし逆説的なようだが、そうした「どう見られたいか」といった思考から抜け出すことこそが、“経営者”への第一歩なのかもしれない。
理屈だけで解決することをやめた
彼のビジネスキャリアにおける大きな転換点は、マーキュリアインベストメントへの出向期間に起きる。
同社では資金繰りが難しくなった会社に投資をする、いわゆるレスキューファイナンスの事業を行っていた。もちろんただ資金投資するだけではなく、財務諸表や帳簿を見ながらコストカットプランを考え、経営者と一緒になって会社を立て直すのがミッションだ。
田代投資についての勉強もしていましたし、なんとなく会社経営の正解について知っているような気でいました。ある会社のPL整理の一環で、私が考えたプランを持っていったんです。人件費の見直しを提案したとき、その企業の社長に「このプラン通りに進めたとして、結果的に残る会社の“強み”は何になるの?」と聞かれて、ハッとしたんです。あの人をリストラしたら、この人も辞めてしまうだろうとか……そういう現場のリアルな問題について考えられていなかったんです。
資金的な問題というのは経営の一部でしかないんだということに気付かされました。実際の会社経営において、理屈なんて害悪でしかないな、と。
「本当に、ぐうの音も出なかったんですよ」。合理性では割り切れない経営の泥臭さを痛感した、当時の田代氏にとっては衝撃的な出来事だった。この経験から、同氏は次第に経営者視点というものを身を以て学んでいった。そして、それは今の会社経営にも生きている。
例えば、シンプルフォームのサービスは大手の金融機関がメインターゲットだが、そうした企業ではスタートアップでは考えられないような習慣や規制が残っていたりする。10MB以上のファイルはメールで送れなかったり、稟議プロセスが複雑だったり……。
しかし、そうなってしまっているのには背景がある。簡単には変えられない理由がある。ならば理屈をぶつけるのではなく、相手の立場や事情を理解してコミュニケーションを取っていくほかないのだ。
同社ではこうした文化を「底なしに謙虚」という言葉で社内に徹底させている。自分の考えを洗練させていくことは大切だが、それを相手に押し付けてしまってはいけない。スタートアップとして新しいサービスを社会に溶け込ませていくためには、そうした考えが必要不可欠なのだろう。
キラキラしたサービスを目指すのをやめた
昨今スタートアップでは、業務効率化SaaSや、先端技術を使ったAIプロダクトなどをよく目にするようになった。一方で、シンプルフォームが提供している『SimpleCheck』は、その“対極”と言っても過言ではないほど、泥臭い。
顧客は主に金融機関。金融関連の取引は単なる販売取引と異なり、相手に問題がないかどうか、さまざまな観点から調査する必要がある。これが、非常に手間のかかる作業なのだ。そんな課題をつかみ、調査プロセスを効率化するというのが『SimpleCheck』の強みだ。
もちろん、データ分析や機械学習を活用した取組も行っているのだが、それ以上に喜ばれているのが“アナログ寄りの調査”だ。遠く離れた現地まで行って撮影した写真や、行政に電話確認を入れて手に入れた紙データなどの情報を、泥臭く収集することを厭わずに取り組んできた。足を使ってまとめられたデータこそが、顧客にとって本当に価値あるものだったのだ。
なぜ、ここまで泥臭さを追求しているのか。根本にあるのは、「金融機関の足元の課題を解決したい」という想いだ。
田代テクノロジーの力で一気にスケールするような、そういうキラキラしたビジネスモデルのほうがかっこよく見えるんじゃないかと思っていましたし、実際に伸びているビジネスってそのようなケースが多いと思うんですよね。
でも、Web上に転がっていない“野生のデータ”のほうが、今の時代価値のあるものなんじゃないかって気付いたんです。だから、徹底的に泥臭くやることにしました。
彼らが作ろうとしているのは、新しい日本のデータベース。リアルな商売からネット上での商売に変わってきたいま、情報の流通もネット空間が中心になっている。だが、ネットには露出されることのない情報であれ、依然として必要とされる場面はある。Googleマップでは描かれない情報を持った“新しい日本地図”が、必要になっている。
“効率化”を、最初から効率的に進められるなんてことはない。まず初めに、泥臭いアプローチがなければならない。そうすることで「理想の社会」を目指せると、メンバー全員で共有できている。地味で泥臭い業務に全力で向き合うのが、シンプルフォームというチームなのだ。
そしてその背景にあるのは、田代氏がパチンコ玉のように転がるキャリアを歩む中で、愚直に経営者としての3つのステップをクリアしてきた経験なのだろう。
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