連載私がやめた3カ条

メンバーに“作業的な仕事”をさせない方法──ソルブレイン櫻庭誠司の「やめ3」

インタビュイー
櫻庭 誠司

2008年に仙台で株式会社ソルブレインを創業。当初はマーケティングの一部分に特化したサービスを提供していたが、時代の変化とともに価値提供の形を柔軟に変えながら一貫して企業のマーケティングの課題解決を手がけてきた。2014年よりグロースマーケティング事業を立ち上げ、企業の持続的な成長の実現に取り組む。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、グロースマーケティングプラットフォーム『SKEIL(スケイル)』を提供する株式会社ソルブレインの代表取締役、櫻庭誠司氏だ。

  • TEXT BY TEPPEI EITO
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櫻庭氏とは?
バンドを辞めて起業した、コネクティングドッツな起業家

企業の持続的な成長に向けたグロースマーケティングサービスを提供しているソルブレイン。2020年には総額5億円の資金調達を実施しており、「デロイト トウシュ トーマツ リミテッド 2020年 日本テクノロジー Fast 50」も受賞している。

そんな企業の代表は、一体どんなバックボーンの持ち主なのか。外資コンサル出身か、はたまたWebマーケティングのプロフェッショナルか……。否、彼のビジネスキャリアはそんな綺羅びやかなものではない。明確なビジネスキャリアがないといってもいい。

なんと創業前は、バンドマンだったのだ。

20歳の頃からバンド活動を始めた櫻庭氏。音楽事務所に所属しながら数年アーティストとして活動していたが、23歳のときに事務所が倒産。音楽活動の継続は難しいと判断して実家の仙台に戻ってきた。そして、他に何もやりたいことがないという理由で起業を決意したのだ。

最初に始めた事業はWeb制作やSEOといった事業だったが、これも知見があったわけではない。曰く、「売るものは何でも良かったが、当時需要が高かったWeb業界でなら勝ち目があるかもしれないと思った」のだ。

一風変わった創業背景だが、こういった類の起業は実は少なくない。しかし、そうした意外な形の創業からしっかりと事業を継続させ、“優秀なスタートアップ”になるケースは稀だろう。

取材を通して見えてきたのは、成長に対する考え方だった。アーティストから未経験で起業したからこそ、会社をここまで成長させられたのかもしれない。コネクティングドッツな櫻庭氏の足跡を紐解いていこう。

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月に500時間働くのをやめた

音楽活動をしているとき、彼はよく所属レーベルの社長から「月に500時間練習しろ」と言われていた。月に500時間は、1日当たり平均で16時間程度。これぐらい取り組めば、何事もある程度のところまでは到達できる、ということだ。

実際それは、彼が音楽活動を通して体験した事実であった。それゆえに、仕事に関してもそれをひとつのボーダーラインに設定していたのだ。

そうした厳しいルールを課していたのは、未経験領域での起業というのもひとつの理由であり、それくらいやらなければ戦えないと感じていたのだという。

しかし、そうしてがむしゃらに働き、少しずつ受託の案件が増えてきたとき、櫻庭氏はあることに気づく。会社の成長が一向に見られなかったのだ。

櫻庭変化の激しいWebの領域において、ただ“作業的な仕事”をがむしゃらにこなしているだけだと、おいていかれてしまうなと感じたんです。未経験領域だからいっぱい働かなければと思っていましたが、未経験だからこそインプットに時間をかけるべきだったんです。毎日夜遅くまで働くような環境では、インプットにかける時間はとれませんから。

とはいえ、ただやみくもに活動時間を制限しても会社の業績が落ちるだけ。限られた時間で業績を維持、拡大させていくためには単価を上げる必要がある。そのためにも、「500時間働く」という前提を取っ払う必要があると判断したのだ。

自身の成功体験を捨てるのは勇気が要ること。しかも櫻庭氏はビジネス経験がなかったこともあり、「月500時間の努力」に対する思いも人一倍強かったはず。それでも、この考え方にとらわれてはいけないと、固い決意をしたのである。

では、この前提をやめ、どのような動きを実施したのか。それを次のセクションからみていきたい。

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“腰の低すぎる下請け”をやめた

一口に“下請け”と言っても、業種業界や内容、はたまた相性によっても依頼者との関係性は変わってくる。櫻庭氏は創業当初、とにかく“腰の低い下請け”を続けた。

櫻庭下請けといっても“パートナー”的な意味合いが強い場合もありますよね。対等な立場で、一緒に良いものを作っていきましょうっていう。でも最初の方は、とにかく下手に出る事が多く、あまり対等ではないこともあります。発注側の権限が圧倒的に強く、言うこと聞け、みたいな。

ある時、クライアントから深夜1時ごろに電話がかかってきて、そのまま2時から朝方の5時まで打ち合わせをしたことがありました。「じゃあ9時までに修正お願いします。僕ら寝てるんで」って言われたんですよね。

もちろん人間だから体力や集中力には限界があるので、そういう仕事の仕方を繰り返していたらしんどくなってきてしまったんですね。自己研鑽やスキルを向上させる余裕もなくて。会社がさらに成長するには、このやり方から脱却する必要があると考えたんです。

“クライアントの言いなり”からの脱却のため、そして残業時間短縮のため、ソルブレインは下請けの仕事をやめる決断をする。自分たちで顧客を開拓し、ソリューションを提案していくスタイルに舵を切ったのだ。

下請けのときには、指示された業務をこなすための作業量と時間さえ確保していればそれでよかった。しかし、クライアントの本質的ニーズを把握し、適切なソリューションを提案していくとなると、情報収集やインプットは必須だ。課題をロジカルに解いていくスキルも求められるようになってくる。

当時社内には「言われたことをやっているだけのほうが楽だ」という考えの人も少なくなかったため、この事業転換によって退職者も続出したという。しかし、それでも彼は下請けの仕事を断り続けた。

作業をこなし続けることが、会社のためになるとは思えなかったし、メンバーのためになるとも思わなかった。下請け仕事で会社を存続させることよりも、メンバーの成長を促し、会社が成長することに賭けたのだ。

この方針転換を機に、ソルブレインの事業領域は顧客のニーズをもとに柔軟に形を変えていく。しかし、創業時から一貫して拘っているのは「プロフェッショナルとして成果を出し続けること」。

現在、主軸であるグロースマーケティング事業はこれまでの事業活動の総括とも言える。 同事業では企業の持続的な成長を実現するべく、多くの企業が課題として抱える「利益」にフォーカスし、一気通貫で”最適解”を提供している。

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トップダウンの経営をやめた

残業時間の短縮、下請けからの脱却。それらはすべて会社の成長を考えての決断であった。 しかし、それでも会社の成長は思ったほどには進まなかったという。

櫻庭それどころか、社内を見ていると、下請け時代のような作業的な“こなし仕事”をしているように感じたんです。新卒採用で優秀な学生を採用しても、会社に入るとうまく能力を発揮できないということもありました。

どうしてそうなるのかを考えていたんですが、その原因は自分だったんです。創業からずっとトップダウンでやってきていて、ほぼすべての決定権を私が握っていたんですが、そのせいでメンバーが私の顔色を伺うようになってしまっていました。

成長って様々な手段があるとは思いますが、社内でフィードバックをもらうことだけではなく、クライアントからお叱りを受けたり、お褒めの言葉を頂いたりすることで気付くことってありますよね。でも、フロントでは私が対応することがほとんどだったので、メンバーにその機会を与えなければと思ったんです。社員の成長のためには環境の整備だけではなく、裁量を持たせることも重要だと気付きました。

以降ソルブレインでは、組織制度を整え「意思決定は社員に、責任は社長に」というカルチャーを浸透させていった。クライアントとのやりとりをメンバーが担うようになった結果、一人ひとりの自発的な行動が増え、会社の成長に繋がっているという。社内でのノウハウや知識のシェアが活発に行われたり、異なる職種間の連携が強化しただけでなく、結果としてクライアントの業績向上も数字に現れるようになった。

スタートアップの経営では得てして創業者のワンマンになりがちだ。意思決定スピードなどを考えるとそのほうが良い場合ももちろんある。しかし、社員の成長という観点ではマイナスなのかもしれない。

創業から一貫して社員の成長を考えてきた櫻庭氏。その原点にはバンド時代に培った「リスペクトの精神」があるという。

櫻庭音楽の世界では、お互いにリスペクトし合うというカルチャーが浸透しているんです。自分のエゴを貫いて成功できる人なんて一握りの天才だけですからね。そうした考え方が自分にも染み付いていて、「自分さえ良ければいい」という考え方に陥らなかったんだと思います。

未経験領域での起業から今のソルブレインを作り上げられた最大の要因は、彼の「他者にリスペクトを持ち、自身の成長を追求し続ける」マインドが組織にしっかりと根付いているからなのかもしれない。

こちらの記事は2022年09月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

栄藤 徹平

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