連載私がやめた3カ条

「コツコツやればいい」なんて、ウソ?──Skillnote山川隆史の「やめ3」

インタビュイー
山川 隆史

早稲田大学理工学部卒業後、信越化学工業(半導体素材の国内最大手)に入社。製造現場経験を経て、電子材料事業本部にて新技術のビジネス開発や、商品のグローバル市場開拓に従事。担当先であるIntel社の工場を飛び回る中、全世界共通のシステマチックな教育制度である”Intel University”に感銘を受け、製造業向け人材育成領域での起業を決意。2006年に独立し、研修プログラム開発を通して製造業の人材育成支援に奔走した後、2016年に株式会社Skillnoteを設立。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、製造業向けのクラウド型スキルマネジメントシステム『Skillnote』を運営する株式会社Skillnoteの代表取締役、山川隆史氏だ。

  • TEXT BY TEPPEI EITO
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山川氏とは?
石橋を叩いて渡るパイオニア

「日本発で世界No.1のサービスをつくりたい」。彼は取材中に幾度となく、そう話してくれた。スタートアップの社長らしい台詞であり、非常に頼もしく思える。

しかし、そうかと思えば「自分は昔から慎重な性格で、何事もコツコツやるタイプ」だと話す。もちろん、その性格自体は素晴らしいものだが、先の発言をした人と同一人物だとは思えない。

彼のビジネスキャリアを見ても、どこかそうした二面性が反映されているように思える。

早稲田大学の理工学部を卒業した彼は、新卒で大手化学素材メーカーの信越化学工業に就職し、約10年間働き続けた。そして、2006年にSkillnoteの前身となる会社を創業。現在は、Skillnoteで人材のスキルマネジメントシステムを開発しており、レガシーな製造業に新しい風を吹き込もうとしている。

今回の「やめ3」では、同氏の転換点を振り返りながら、“入念に石橋を叩いて渡るタイプ”だった彼が、どのようにしてSaaSビジネスを立ち上げ、どのように世界に向かって進もうとしているのかをお伝えしたい。

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慎重になりすぎるのをやめた

Skillnoteの前に立ち上げた会社では最初、製造業向けの教育研修などを提供していた。しかし、売上は思うように伸びず、資金繰りは厳しかったという。そうした状況で考え出されたのが、今の『Skillnote』の種となるスキルマネジメントサービスだ。

サービスの構想には自信があった。周りのお客様からも「是非そういうシステムがほしい」という声が寄せられ、山川氏は「これで勝負しよう」と決意したのだという。

しかし、思いがけずこのプロジェクトは危機に瀕してしまった。サービスをリリースする前に。

山川長年メーカーで働いていたからかもしれませんが、製品として世に出すためには高いクオリティが当然必要だと考えていました。でも、100点満点の製品にはぜんぜん辿り着けずで……。いつまで経ってもリリースできる判断ができずにいました。

それで、システム開発の費用が想像以上にかさんでしまって……。

このままだと世に出す前に会社の資金が尽き、終わってしまう──。そうした危機感が彼の考え方を変えさせた。とにかく50点でもいいからお客様にぶつけてみよう、と。

山川実際にお客さんに見せてみると、いろいろとフィードバックをいただけたりして。そこを修正してまた提示する、みたいな良いサイクルが回せるようになってきました。有償での利用も少しずつですがいただけました。

その後、知人に勧められてプレスリリースも出してみました。この時も自分としてはまだまだ“完成品”と呼べるサービスではありませんでしたが、「有償で利用頂いているのだから、これはもう、サービスの正式版をリリースしたと言ってもいいだろう」ということで(笑)。そうしたら10社くらいから問い合わせが来て、契約につながるものもありました。

プロダクト開発についてひととおり理解できた今になって思えば、こんなことは当然なのですが……、「ああ、スタートアップっていうのはこうやって前進していくのか」と思い知りました。とにかく世に問うて、粗くても一歩踏み出していかなきゃダメなのだ、と。

「自分は入念に石橋を叩いて渡るタイプだ」と山川氏は話す。しかし、その考え方をスタートアップの経営や事業に反映してしまってはいけない。今のSkillnoteのコア・バリューの一つに「すぐ決めて、すぐ動く」というのが入っているのは、こうした原体験があるからなのだ。

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お客様に合わせすぎるのをやめた

そんなSkillnoteは、2021年4月にプロダクトを刷新し、新たな『Skillnote』としてサービス提供を開始した。決断したのは、その1年ほど前。

山川創業以来Skillnoteでは、「現場・現物」の考えをとても大事にしてきました。「現場に行き、現物を見て、現実を知る」というのは製造業界ではよく言われていて、私も大切だと感じています。『Skillnote』も先ほど説明した通り、お客様と会い、生の声を聞きながら機能追加などを進めてきました。

しかし気がつけば、“いろんな機能が積まれただけのシステム”になってしまっていました。お客様の要望を反映しているだけでは、お客様が見ている世界しかつくれない。「スキルマネジメント」という新しい概念をつくり業界全体を変革するのなら、このままではいけないと感じ、プロダクトの刷新を決めました。

お客様の声に耳を傾け、その意見を尊重し、プロダクトをつくりこんでいくことは無論重要なことだ。しかし、そのサービスで世の中を変えていきたいと考えているのであれば、それだけでは不十分ということなのだろう。

逆に、ビジョンだけを見てプロダクト開発をしていては、クライアントがついてこず、現実的な会社経営が危うくなりかねない。

山川Skillnoteには「つくる人が、いきる世界へ」というビジョンがありますが、元のプロダクトではこのビジョンを実現できないと思いました。

そこで、あれば便利という機能については思い切ってその後の開発優先度を落とし、代わりに「つくる人が、いきる世界」のベースとなる、現場部門のユーザーに徹底的に利用してもらえる機能とユーザビリティの作り込みを優先しました。さすがに、一部のお客さまからは厳しい声もいただきました。けれど今では、そうしたお客さまにも、本気で使い込んでもらえる自信がついてきています。

お客様の声を聞いて機能追加することは大切。しかし、ただ要望を聞いているだけではビジョンにつながらない。山川氏曰く、重要なのは「プロダクト開発の延長線上に“つくりたい世界観”がある状態をつくること」。

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積み上げ思考をやめた

世界No.1のプロダクトをつくりたい──。創業当初から持つその思いはもちろん偽りではなかった。

しかしある時、株主であるベンチャーキャピタル、ジェネシア・ベンチャーズの相良俊輔氏から言われた一言で彼はハッとさせられる。「何年後にNo.1になるの?」。

山川本気で世界No.1になりたいと考えていました。でも、今すぐには難しいから、いずれ……って無意識に思ってしまっていたのです。相良氏に「いつNo.1になるか」って聞かれて、「5年後です」って答えたら、「じゃあそのために3年後にはどうなっているべきか? 1年後には何をしていたらいいのか?」と更に聞いてきてくれて。その時はじめて現実的に海外展開について考え始めました。

自分は性格上、何事もコツコツ積み上げていくのが好きなタイプなので、まずは目の前のお客様、まずは今ある課題、というふうに考えていました。でも5年後から逆算して考えると、全然時間がないことに気づきました。

彼はこのときから、積み上げ思考をやめ、逆算思考で経営をするよう意識を変え始めた。すると少しずつ、「今やるべきこと」にも変化が表れてきた。目先の売上のために行っていた業務の優先度が自然と下がり、逆に未来のための業務を優先することができるようになってきた。

もちろん、意識を変えるだけでも大変なことであり、それが経営に影響を与え始めるまでには時間がかかるものである。前述のビジョンの話と同様に、極端に理想の未来だけを追ってしまうようでは、むしろ足下の会社経営がめちゃくちゃになってしまう危険もある。

山川「スタートアップには、時間がない」という単純なことでも、実体験を通して気づくことができたのは大きいですね。他人、あるいは本などから知識や経験を盗むことも重要ですが、やはり失敗を通しての学びは、特に深いですね。

何も、足下(現場)と理想のどちらかを優先するという話ではない。フェーズ、あるいは立場によってそのバランスが変わる、というだけである。ただ、その背景において常に気にすべきは「時間がない」という意識だ。スタートアップに属する一人ひとりがこのことを強く意識し、日々の実践に活かすことができれば、経営も事業も組織も、きっと少しずつ変わっていくのだろう。

こちらの記事は2022年09月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

栄藤 徹平

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