不確定要素ばかりの“新興国”は、成長のきっかけばかりだ──AmoebaX代表、河野邦彦がアフリカで得たビジネスパーソンの「必須能力」
少子高齢化が進み、労働力の担い手の減少とともに経済市場が縮小している日本。しかし、日本で生まれる起業家の多くは、日本市場をフィールドに選んでいる。
一方で、海外市場に目を向け、粛々とビジネスを進める男がいる──ケニアの首都・ナイロビを拠点に、野菜の卸売プラットフォーム「YasaFi」を展開する農業スタートアップAmoebaXのCEO・河野邦彦氏だ。
「新興国のほうが『機会』を求める人びとが多い」と語る河野氏。ケニアに狙いを定めた理由から、新興国でビジネスに挑戦することで得られる「本質的な能力」まで、日本“以外”での起業の魅力について話を伺った。
- TEXT BY MONTARO HANZO
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
3500の「露天商人」に愛されるサービスを提供する日本人
AmoebaXは、ケニア共和国の首都・ナイロビの中心街から少し離れたレンタルオフィスに拠点を構える。
同社がこの地で展開するのは、野菜の販売プラットフォーム「YasaFi」。農家から購入した野菜を自社の倉庫に保管し、ナイロビ市内に8万人いる「ストリートベンダー」と呼ばれる露天商人へトラックで輸送する卸売業だ。サービス初期は赤玉ねぎのみを扱っていたが、現在では4種類の野菜を扱っている。
河野氏がケニアでこの事業を開始した理由は2つある。1つは、市場のポテンシャル。アフリカの食糧生産市場は、2030年までに1兆ドルを突破するポテンシャルがあると見られている。人口爆発も相まって、市場拡大は加速度的だ。
もう1つの理由は、初めて訪れたケニアで、生鮮食品市場における「解決すべき問題」を発見したこと。従来、ストリートベンダーは卸売市場に赴き、野菜を仕入れる必要があった。しかしナイロビの卸売市場には、利ざやを大きく取り、法外な値段で野菜を売る仲介業者が多く、構造的に立場が不利なストリートベンダーは適正価格での取引ができずにいた。
結果として、国産品にも関わらず、関税をかけて販売されている輸入品と同程度の値段での販売を強いられていたのだ。
河野利ざやを抜く仲介業者はもちろん、小売店まで直送するサービスもなく、ストリートベンダーが卸売市場まで歩かなければいけない状況。市場における課題の多さを感じました。こうしたストリートベンダーのペインを解消できれば、市場で愛されるサービスを生み出せるのではないかと思ったんです。
また、現地のストリートベンダーにYasaFiを利用してもらえるよう、野菜の販売方法に独自の工夫を打ち出している。野菜を4段階のサイズに分類し、配送地域ごとに異なるサイズの野菜を配達するのだ。
河野従来、卸売市場では、サイズに関係なく量り売りで野菜を販売していました。しかし、貧困地域では単価が高くなるラージサイズの野菜はほとんど売れないため、ロスとなってしまっていた。「YasaFi」では地域ごとにサイズを分けて配送することで、ストリートベンダーのロスを減少する工夫をしています。
ロスが減少し、定期的にトラックで野菜を配送することで、金銭・時間面での無駄を省ける。ストリートベンダーのペインを解消した「YasaFi」は、現地でも受け入れられ、次々とユーザーを獲得。2018年時点で、3,500以上ものストリートベンダーに愛用されるサービスとなっている。
ストリートベンダーに、「馴れ合い」は通用しない
河野氏はケニアでビジネスに挑戦するなかで、日本にはない「厳しさ」を感じる瞬間が多いと語る。その厳しさは、単なる言語の壁でも、ましてやアジア人への差別から生まれるものではない。ひとりの卸売り業者として、ストリートベンダーにとってベストなサービスを提供できているか、常にシビアな評価を受けているという。
河野僕らが商売相手としているストリートベンダーは、経済的に切迫している人が多く、その日の売り上げが家族の生死を左右する状況下に置かれています。彼らには、日本人からは感じることのできない、自らの商売に対する「必死さ」があります。
ストリートベンダーにとって重要なのは、いかに野菜を安く仕入れ、ロスを少なくするか。取引をする卸売業者を選定する基準は「良いサービスか否か」です。日本人が重視しがちな「長年の付き合い」や「近所にあるから」といった要素は関係なく、サービスの良し悪しで、簡単に乗り換えられてしまいます。
これまでもAmoebaXを退社した人間が、同じ卸売業界に参入することがあるなど、競争は熾烈。先行者利益は存在しない。
また、ストリートベンダーのなかには、前日同じ値段で購入したにも関わらず、翌日には値切り交渉をしてきたり、時には詐欺的な手法で安く仕入れようとする人もいるなど、かなり泥臭く交渉を仕掛けてくるようだ。そのため、現場で販売するスタッフには、間違った情報に惑わされない知識や営業スキル、何より交渉に負けないメンタルの強さが求められる。
河野氏は、厳しい現場でビジネスを成立させるために、会社の組織化と社員教育を徹底的に行なっている。細心の注意を払っているのは、従業員とのコミュニケーション。月に一度、必ず1対1で面談をする時間を作り、営業で消耗したメンタルのケアや、個々人の目標設定や将来のビジョン共有など、従業員と本音で向き合える場を設定するという。
河野1人あたり1時間、従業員が33人いるので、月に3〜4日かかりますが、社員一人ひとりと対話する時間を設けています。僕らが掲げている5つのバリューのうち、「今月は何を目指し、どのような行動をしていくのか」を議論のゴールに据え、個人のビジョンと会社の収益のすり合わせをしています。
新興国のおもしろさは「市場の成長性」と「不確定要素の多さ」
異国の地に渡ってから2年。河野氏は、アフリカでビジネスに挑戦することのおもしろさをどのように感じているのだろうか。素朴な疑問をぶつけると、2つのポイントを提示してくれた。
1つは、人びととのコミュニケーションを通じ、アフリカ市場の成長性の高さを感じられることだ。
河野ケニアにいてとにかく感じるのは、人びとの前向きなエネルギー。国民一人ひとりが「伸びている国だ」と認識しているので、「明日はもっといい日になる」とポジティブな未来を描けているのを感じます。仕事に対して非常に積極的で、日本にはないパワーを感じています。
近年のケニアでは、キャッシュレス化が著しい。電話番号にひも付き、SMSで送金が行える「M-PESA(エムペサ)」が爆発的に拡大し、いまや全国民の90%が利用しているという。インフラが整っていない分、日本にはなかなか定着しないテクノロジーがすんなりと受け入れられる土壌が整っているのだ。久々に帰国した日本の感想を聞くと「いまだに現金主義で不便ですね」と語る。
河野インフラが整備されていないぶん、M-PESAのようにクリティカルなサービスはあっというまに受け入れられる。いつかAmoebaXでも、インフラになりうるようなサービスを展開したいですね。
そして、2つ目のポイントして「不確定要素の多さ」が挙がった。定量的なデータだけでなく、人びとの商習慣や国民性まで、「未知」の部分が多く、現場での行動力が試される。河野氏は、「不確実性の多い環境でロジカルに行動できるか。ビジネスパーソンとして真価を問われている瞬間だ」と語る。
河野ケニアについて、外務省が人口や産業動態を発表していますが、違う部分がある。正確な情報がどこにもないなかで、自力で情報を集め、どのように行動し、PDCAを回せるか。トリッキーな状況下でもロジカルに行動する、ビジネスマンにとって最も必要な素養を磨くことができるのが、新興国でビジネスに挑戦する楽しみのひとつでもあります。
「新興国」を目指して駆け抜けた、20代前半
河野氏のキャリアも振り返ってみよう。河野氏が新興国でのビジネスに興味を持ったのは20歳のころ。学生時代にバックパッカーとしてで赴いた、タイでの経験がきっかけとなっているという。
河野大学でプロサッカー選手への夢を諦め、教師になろうと思い立った矢先、タイで子どもたちに算数を教えたことが、いまの僕のルーツになっています。現地の小学生と接するなかで「日本で教師をするよりも、新興国でビジネスを興したほうが人びとに"機会”を提供できる」と思ったんです。
「新興国でビジネスを始めたい」。明確なコンパスを手に、20代前半のキャリアを選択していった。新卒では「どこでも稼げる人間になるために、日本で一番営業に厳しい会社に入ろう」と決め、不動産会社に入社。2年間、営業と人事を担当した。その後、シンガポールに本社を構えるスタートアップ・YOYO Holdingsで採用責任者に就任。ベトナム、インドネシア、フィリピンの3カ国での採用業務をたった1人で行ったという。
YOYO holdingsでの経験を経て、起業を決断。先述した「M-PESA」をはじめとしたテクノロジーの普及率がアフリカのなかでも群を抜いており、スタートアップへの投資が集まっていることが、ケニアを選んだ決め手となった。
河野ケニアは、アフリカの中でもインターネットが普及しており、教育の水準も高かった。アフリカ全土にビジネスを広げることを考えると、ケニアで人材を育成して、周辺国に進出していくことが、戦略として正しいと思ったんです。
また、20代前半でたまたま縁のあった「人事」としてのキャリアが、経営者となった現在でも下支えになっていると語る。現在、ケニアは経済成長を続ける一方で、ナイロビ市内の失業率が40%を超えていることが社会問題となっている。機会を求めた地方出身者に雇用を与えることができず、多くの若者がスラムで暮らしているという。その状況下で、河野氏は大学卒業後の若手を多く採用し、機会を与え続けている。
河野人事として働くなかで、自分は人のストーリーや好奇心を聞くのが好きだということに気づいたんです。経営者となったいまでも、若い社員との面談は楽しいですし、可能性を持った若者に機会を与え続ける人間ででありたいと思っています。
成長するアフリカの波に乗り、10億円企業を目指す
最後に、河野氏の今後のビジョンを伺った。AmoebaXを通じてどのようなアクションを起こしていきたいと考えているのだろうか。
河野大上段の目標は、2027年までに10個の事業を持った営業利益10億円規模の企業になり、100人の起業家を輩出すること。農業を起点に、先述したような人材問題や情報の不均衡、フードロス…アフリカに存在する課題を解決するサービスを、どんどん生み出していきたいと思っています。最終的には、ケニアに限らず、アフリカを代表する企業になりたいですね。
河野僕は2027年になったら、CEOを辞めたいと思っていて。僕の原動力である「人に機会を与える」ために、NPOの立ち上げや、エンジェル投資にも挑戦してみたいですね。
インタビューの最後に帰日の目的を聞くと、「日本人のインターン生が一人、新卒入社してくれることとなり、ご両親に挨拶へ伺った」と語った。河野氏がアフリカで泥臭く貫いてきた「不確実性のなかで、最大限ロジック効かせて行動する」姿勢が若者の胸を打ち、後に続く人びとを生み出しているのだと感じた。
インフラも十分ではなく、日本人としては言語の壁もあるが、市場成長が約束されている地、アフリカ。慣れない土地でのビジネスは、チャレンジングである分、毎日が刺激で溢れている。もし、新たにビジネスを始めたいと思っている人がいるならば、「日本でやる意味はあるのか?」と問う意義はあるはずだ。
こちらの記事は2019年05月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
姓は半蔵、名は門太郎。1998年、長野県佐久市生まれ。千葉大学文学部在学中(専攻は哲学)。ビジネスからキャリア、テクノロジーまでバクバク食べる雑食系ライター。
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藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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