シェアスキル時代のパイオニアを目指す“スポーツのAirbnb”とは。
「スポーツ×シェアリングエコノミー」市場の展望
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2018年、1兆8,874億円を突破した日本のシェアリングエコノミー市場。2030年度には現在の約6倍となる11兆1,275億円を超えると予測されており、市場は急拡大を続けている。
その最中、スポーツの「スキルシェア」による新たなC2Cサービス創出を目論む企業がある。スポーツスキルで生活できる世界を目指す株式会社コーステップだ。創業者の林諒氏は、約10年に及ぶ陸上競技へのフルコミット期間を経て、株式会社ガイアックスでの長期インターンをきっかけにビジネスへのめり込んだ。
林氏の戦略はいかなるものか。一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事を務め、ガイアックス代表執行役社長でもある上田祐司氏とともに、シェアリングエコノミーの普及が個人の生き方に与える影響と、スポーツ市場の展望を明らかにする。
- TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
オリンピック後のアスリートの受け皿を目指す
コーステップが手がけるスポーツ初心者の女性向けメディア「spoit」では、スポーツを教えたい人と学びたい人をマッチングできる機能を2019年秋にローンチ予定だ。教える側がスポーツのスキルからお金を生み出せるだけでなく、教えてもらう側も、思い立ったときに近くのクラスに簡単に参加できるため、誰もが未知のスポーツに触れやすくなる。
林部活で学べるレベルの基礎的なスキルや用具の扱い方などを教えたり、キャッチボールのように一人では楽しめないスポーツの相手になったりといった形でも、需要があるはず。著名なアスリートだけでなく、「趣味でスポーツが好き」レベルの人も、スキルをシェアすることでお金を稼げるサービスをつくろうと考えたんです。
このスポーツスキルのシェアビジネスの構想は、林氏の10年に及ぶアスリート生活からスタートする。
幼少期を岡山県で過ごした林氏は、タレントの武井壮氏が選手活動を行っていたことで有名な「十種競技(混成競技)」のアスリートとして、中学時代には中国地方で1位、東京都に引っ越した高校時代は南関東地方で6位の成績を残している。その背景には、小学生時代から10年もの間、生活のすべてを陸上競技に捧げてきた、血の滲むような努力があったという。
青山学院大学に進学後も陸上部に所属し、アスリート活動を継続しようとしていた。しかし、ストイックな努力とは裏腹に記録が大きく伸びることはなく、大学一年生のあるとき「誰より練習したとしても、日本一には手が届かない」と気づく。
さらに、陸上競技の花形である100m走で日本人初の9秒台の記録を狙えるくらいでなければ、アスリートとして生活していくことは難しい現状もあった。「花形ではない『十種競技』でたとえ日本・世界王者になったとしても、満足できる生活を送れないことは容易に想像できた」と林氏は話す。
社会人として強い生活基盤を築くための現実的なプランを検討した末に、就職活動に向けていまできることは何かを自問自答した林氏は、「行動なき自問自答は不毛だ」と気付く。まずは「働く」ことを体験し、真剣に就職活動へ向き合おうと思い立ち、ガイアックスでの長期インターンをスタートした。
目の前のことを一生懸命こなしていくうちに、少しずつ新しい仕事を振ってもらえるようになり、ビジネスの楽しさを覚えていった林氏。記録の伸びが止まってしまったスポーツに対し、顧客にとって正しい行動を突き詰めていけば、ビジネスは結果が出続ける。「頑張れば頑張っただけ、自己ベストが更新されるような感覚」を抱いたという。インターンを始めてからもアスリートとして活動していたが、大学2年生の後半には引退し、ビジネスの世界にのめり込むようになった。
もともと「教育」 に対して強い関心を抱いており、体育教師を目指していたこともあった林氏は、ガイアックスでの3年間のインターンを経て、大学卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社。高校生向け進路教育の営業/開発に2年ほど従事したのち、退職。その後は制作プロダクションの株式会社ROBOTでWEBサイトや映像のディレクター業務をスタート。2年ほど働いたのちにコーステップを立ち上げ、現在に至る。
そして2015年のある日、林氏は高校時代に同じ陸上部に所属しており、ボブスレー日本代表メンバーである友人から、「アルバイトとして雇ってほしい」と相談を受ける。ボブスレーは日本代表クラスでもスポンサーがつかず、選手はアスリート活動以外で生活費を稼ぐ必要がある。さらに、半年単位の海外遠征もあるため、アルバイトとしても雇われにくい問題があった。
林10年単位で必死に努力して磨いたスキルが、まったくお金を生み出さないことに大きな課題感を抱きました。同じだけの時間を、デザインやコーディングのスキルを磨くために使っていたとすれば、市場価値は相当に高くなっていたはずですが、スポーツの場合はそうはいきません。
幸いと言っていいのか、僕は「陸上では絶対に食いつなげない」と考え、陸上で学んだ成長のプロセスをビジネスに転用し、ビジネスにのめり込んでいけました。しかし、自分のスキルや経験を活かせずに困っている人は数多くいます。
先日、東京オリンピックのチケットが販売され、日本全体がますます盛り上がりを見せていますが、2020年を過ぎてからも選手たちが食べていける仕組みはまだなく、大きな問題と言えます。spoitを提供することで、オリンピック後も選手たちに最高の人生を送ってほしいんです。
旧友から相談を受けたのと同じ時期、「Airbnb」のホストを始め、シェアリングエコノミーに大きな可能性を感じていた林氏。「スポーツのスキルも、部屋と同じように『シェア』することでお金を生み出せるのではないか」と考えたのだ。上田氏も、「スポーツ初心者がトップアスリートから技術を教わる機会が生まれるかもしれない」と期待を寄せる。
上田Airbnbで豪華な家を貸し出すホストがいるように、トップアスリートのなかには、自分の技術を伝えたいと考えている人は多くいるはず。たとえば、水泳の元オリンピック選手に「まだ25mも泳げないんです」みたいな人が、泳ぎ方を習えるチャンスが生まれるかもしれません。
センター試験廃止に伴い、エンターテインメントの知見によってキャリア教育を支援する
林氏が思い描くspoitは、発信力を持たなくとも、スポーツを教えるスキルさえあれば、多くの人とつながれるプラットフォームだ。たとえSNSのフォロワーが少なかったとしても、クラスを開講して高評価のレビューを積み上げていけば、どんどん受講生を集めやすくなる。2年半もの間、Airbnbのスーパーホストの座を維持し、東京エリアのリスティング(宿泊施設の検索ランキング)で1位を獲得し続けていた林氏。“社会に証明されたホスピタリティ”を活かし、「高評価を獲得するためのサポートをしたい」と話す。
林僕はAirbnbで高評価のレビューを獲得するために、「顧客にとって正しいこと」を考え抜いて実行しました。部屋をホテル並みに綺麗する、返信は1時間以内に返す、ゲスト専用近所のオススメグルメ本を作る、プロジェクターを置いてシアタールームをつくる……。
アスリートは発信のやり方を学ぶ機会が少ないから、日本代表クラスでも、SNSのフォロワー数が100〜200人しかいないことはざらにあります。spoitでは、自分を良く見せるやり方が分からない人でも、クラスに参加してスポーツを教わった人がレビューをつけることで信用が積み重なり、多くの人に受講してもらえるようにしたいんです。ニーズがあれば、スポーツの教え方やクラスの組み立て方も伝えていくつもりです。
この林氏の展望に、シェアリングエコノミーに精通する上田祐司氏も頷く。
上田アスリートが現役を引退したあと、SNSで発信活動をスタートすることがありますよね。しかし、そこで注目を集めるためには、現役時代にどれだけ「資産」をつくれるかが大切だと思います。そうすれば、見せ方の知識を得るだけで、一気に注目を集めやすくなるんです。
また、活躍中の現役アスリートを取り込むことも、とても大切だと思います。現役アスリートはspoitの仕組みにあまり興味を持たないかもしれませんが、何とか引き込んでおけば、引退後には大きく感謝してもらえるはずだし、事業をドライブさせる心強い味方になってくれるはずです。
「VRが本格的に盛り上がり始め、エンターテインメントの舞台がバーチャルへと移っていく」との言説も飛び交うなか、今後のスポーツ市場について上田氏は「スポーツ市場が伸びる100パーセントの保証はないけれど、確信はある」という。
上田僕は趣味として長年トライアスロンを続けており、15年ほど前からは経営者が集まるチームに所属しています。スポーツ自体が楽しいうえ、ビジネス上の場で会うときとは異なる雰囲気で話すことができ、とても重宝しています。
スポーツは心身ともに健康になるだけでなく、上達していく過程が本当に楽しくて、やればやるほど快感が増していく。これ以上のエンターテインメントは思い浮かばないし、伸びていく確信があるんです。期待している領域であるからこそ、ランニングコースを検索できるアプリ「Runtrip」にガイアックスから出資もしています。
2019年7月で、創業から5年を迎えるコーステップ。創業時からのクライアントであるベネッセをはじめ、教育領域からスタートし、美容からファッション、メーカー、人材まで、幅広い業界のマーケティング・クリエイティブ事業を支援している。
「感動への一歩目を」をコーポレートメッセージに掲げ、合理性を超え、心が動くクリエイティブを提供する同社は、会社名「Co(ともに)+Step(一歩踏み出すきっかけを)」の通り、クライアントを手取り足取り支援するのではなく、最初の一歩目の背中を押すことを大切にしている。
同社の成り立ちを遡ると、林氏のベネッセ時代の経験にたどり着く。いくつもの高校へ通い、高校生の進路選択を支援するなかで、林氏は教育において最も大切なことを「どうやって伝えるか」だと考えるようになった。
林何か教えたいことがあるとき、ストレートな表現で伝えても、高校生はなかなか話を聞いてくれません。けれど、たとえばそのとき流行している「月9ドラマ」のストーリーをベースに話をしたり、動画を流したりすると、真面目な内容でも集中して聞いてくれるようになる。そう気づいてからは、どんなトピックでも効果的に伝えられる方法を身につけるために、映像をはじめとしたエンターテインメントの知見を得たいと考えるようになり、ROBOTへ転職し、修行させてもらいました。
続けて林氏は「2020年度にセンター試験廃止が廃止されるなか、キャリア教育はますます社会の関心を集める大きなトピックになっていくはず」と指摘。spoitを通じ、ストレートに伝える教育に注力するのではなく、スポーツというエンタメを通じて若者の関心を引くことで、キャリア教育の支援を志向する。
これまで林氏は自己資産で会社を運営してきた。資金調達を行った場合と比較すると事業成長のスピードは遅くなりやすいが、スポーツを通じたキャリア教育を発展させるため、「『正しい』と思ったことしかやりたくない」意図があったからだ。
林スポーツ業界において、「絶対におかしい」と思った仕組みを変えることに向き合いたかった。出資や融資を受ければ事業を加速させられる一方、短期的な利益やその実現のためのアクションなど、行動が制限されてしまう。それは避けたかったんです。
さらに、スポーツの業界の人たちは、どうしてもお金を稼ぐことに拒否感を抱きやすい傾向にある。コーステップはビジネスとスポーツの中間に位置する存在として、慎重に事業を進め、ステークホルダーの理解を得たうえでプラットフォームを構築したいと考えています。
「伸びる土壌はすでにある」人生100年時代を豊かにする展望
スマホでパーソナルトレーニングを受けられる「NowDo」をはじめ、テクノロジーを介してスポーツのスキルを提供する事業は、国内でいくつか登場し始めている。「小学校のときからスポーツクラブや部活に参加する生徒も多く、スポーツを学ぶカルチャーが成熟している日本では、ますます市場が盛り上がっていくはず」と林氏は続けた。
林今までは「あの人は野球監督の経験があるらしいから、頼んでみよう」という風に、町内会などのオフラインのつながりを辿り、スポーツを教える人を探していました。オンラインでつながれる場がなかっただけで、需要は元からある。いわゆる「スキルシェア」の市場はまだ顕在化し始めたばかりですが、これから成長していくはずです。
事実、2015年にラグビーW杯で日本代表が南アフリカ代表に勝利したときには、ラグビー教室に受講の申し込みが殺到し、生徒を受け入れきれない事態も発生した。
林特に野球・サッカーなどのプロ化されていないスポーツについて、教わりたくても教わる環境が整備されていない現状は、課題が多く残されています。メディアで取り上げられて人気になったとき、検索してもスポーツを教わる受け皿が全くないことは、スポーツ業界における大きな課題です。そういったとき、スマホで検索すればすぐにspoitのクラスを見つけられ、簡単に受講できる世界観を目指しているんです。
スポーツ教室に毎月1万円を支払うのではなく、「やりたい」と思ったときに気軽にスポーツに触れられるきっかけをつくりたい。人生100年時代や働き方改革といったキーワードが謳われる現代で、スポーツを通じて心身ともに豊かな人生を送る手助けをしたいんですよ。
林氏が思い描く世界観を実現するうえで、シェアリングエコノミー協会代表理事としてさまざまなプロジェクトに精通してきた上田氏は、「スポーツを実際に行う場所をどうやって探すかが問題になる」と指摘する。
上田「ビザスク」や「yenta」といったサービスのおかげで、毎日異なる人とランチに行く世界観が生まれていますよね。同じように、スポーツのためにマッチングすることが当たり前になっていくと読んでいます。何のつながりもない人たちが数人〜十数人で気軽に集まり、「楽しかったね」「また会おうね」と話して解散するような光景が、当たり前になっていくのではないでしょうか。
そうした世界を実現するにあたり、「スポーツを実際に行う場所を確保できるかどうか」が課題になるはず。spoitを成長させるうえで、ぜひガイアックスが提供するシェアスペース「GRiD」も活用してもらいたいです。たとえばビルの内部でヨガやパルクールの練習をしたり、皇居ランのランステーションにしたりできるのではないでしょうか。
林ガイアックスさんに協力していただけるのなら、GRiDはぜひ使わせてもらいたいし、プロジェクトをぜひご一緒したいですね。
僕もスポーツを実際に行う場所の問題は、必ず壁になると思っています。たとえば、利用者数が少なく、時間帯によってはガラガラな地方のスポーツ施設などを活かしたい。spoitを通じてコンテンツを提供することで、使われていない場の有効活用につなげていきたいんですよ。
「スポーツ×シェアリングエコノミー」市場が拡大することで、上田氏が指摘したように、初対面の人からスポーツを教わるのみならず、他人同士が複数人で集まってともにスポーツを楽しむ社会が到来するのかもしれない。
スポーツ業界の「悪しき前提」を打ちこわし、お金を生み出すビジネスの産声は上がり始めたばかりだ。この市場の発展に強い関心を持つ人は、林氏のもとで共にspoitの成長にコミットすることで、新たな道が開けるのではないだろうか。
こちらの記事は2019年07月23日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
岡島 たくみ
株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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