『FRIL』共同創業者 takejune氏に問う、創業メンバーにデザイナーがいる価値
2016年に楽天株式会社へ買収された、フリマアプリ『FRIL』(現『ラクマ』)。同サービスを立ち上げた株式会社Fablicは、実の兄弟である代表の堀井翔太氏とエンジニアの堀井雄太氏、そしてデザイナーのtakejune氏の3名で共同創業された。
当時はまだデザイナーが創業メンバーにいることは珍しい時代。その中で、デザイナーを共同創業者に迎え入れたFablicでは、takejune氏の持つ「デザイン視点」がサービス、そして組織の「0→1」に活かされていた。
FRILの創業ヒストリーを追いながら、創業からバイアウトまでを見届けたtakejune氏の「デザイン視点」を紐解いていく。
- TEXT BY AZUSA IGETA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
「少年ジャンプの値段」から感じた「相対的な価値移動」の可能性
2012年7月、日本初のフリマアプリとしてリリースされたFRIL。運営会社であるFablicは2016年楽天に買収され、同社のフリマサービスに統合された。
創業メンバーの3人は、共に新卒で株式会社VOYAGEGROUPに入社した同期。それぞれ異なるキャリアを歩んだが、takejune氏はデザイナーとしてWebサービスの開発に携わった。
自分がデザインしたものが、一度に何万人ものユーザーの目に触れ、変化を生み出していく。即座に手応えを感じられるWebデザインに、takejune氏は夢中になっていった。
takejune自分がつくったものを世に出した瞬間に、フィードバックが返ってくる。加えて、結果が数字として明確に見える。デザインは正解がわかりづらい領域で、理論を学んでいても、正しさを確かめる方法はありません。それがWebであれば結果が可視化されるので、やりがいを感じられました。
Webサービスに携わる楽しさを知り、プライベートワークとして堀井兄弟と共に、いくつかのサービスを開発したtakejune氏。しかし、本業でtakejune氏が任される職務は、ディレクターの指示を受けて作るものが多かったという。
「いいサービスをつくるためには、サービス開発の上流から下流までみられるディレクターの経験が必要だ」とtakejune氏は考えた。ディレクションを学ぶべく、『livedoorディレクターブログ』で名の知られていた株式会社ライブドアに転職。新規サービスを開発するディレクターとして経験を積んだ
ライブドア入社以降も堀井兄弟とのプライベートワークは続いていた。ある時3人は「最先端のサービス」に触れるために渡米。訪れたシリコンバレーで、『Airbnb』や『TaskRabbit』などのシェアリングサービスを目の当たりにし、「CtoCの波」を感じたという。
起業志向が強かった3人は、帰国後にCtoCサービスの起業を決意。takejune氏は自身の経験からも「CtoCサービスが普及すれば、社会に大きなインパクトがある」と感じていた。
takejuneVOYAGE GROUPにいたとき、僕は少しでも早く読みたかったので、毎週“早売り”しているお店で週刊少年ジャンプを購入していたんです。読み終わったら後輩にあげていたのですが、その時に「価値の変化」が生じていると感じました。
僕にとって読み終えたジャンプは無価値なのに、まだ内容を知らない後輩の手に渡ると、価値あるものになる。モノ自体は変わらずとも、人の手に渡ることで価値が変わるんです。CtoCサービスは、まさに同じことができる。「価値の変化」が連鎖すれば、社会全体に大きなインパクトをもたらすことができると思いました。
ユーザーインサイトを深掘りし、「本当に使いやすいサービス」を
着手したFRILは、参考にできる先行事例がなかった。「0→1」のサービスデザインを行う上で、takejune氏のデザイン視点が活かされた。
多くの人に必要とされるためには、課題を解決するサービスでなければいけない。そう考えた3人は、ターゲットにすべき「課題を抱える人びと」をリサーチした。目をつけたのが「モノの売買」に特化していないブログなどで、不要な衣服を販売していた若年層の女性たちだった。
takejune2012年当時はスマホが普及しはじめた頃。ガラケー向けのサービスの中には、スマホに最適化されていないまま使われているものもありました。たとえば、『Decolog』もそのひとつです。ブログに写真をアップするためには、メールに添付する必要があるなど明らかに不便でしたが、古着が売り買いされていた。
そこで我々は、彼女たちが「使いやすい」と感じてくれる、モノの売買に特化したアプリ作りを考えはじめたんです。
takejune氏は自らの仮説を確かめるべく、ユーザーインタビューのプロセスを挟むことを提案した。
今でこそ、新規サービス開発時にユーザーインタビューを行う企業は珍しくない。しかし、当時の日本で取り入れている企業は少なかったという。
takejune氏がユーザーインタビューの実施を決めた背景には、起業前に「HCD(Human Centered Design・人間中心設計)」を学んだことがある。HCDとは、ユーザーの「使いやすさ」を軸にし、サービスやプロダクト開発を行うための仕組みだ。
takejune僕たちは全員男性なので、FRILのターゲットとなる若年層の女性の趣味趣向や行動パターンを実感値を持って理解することはできません。そこで、インサイトを深掘りすべく、ユーザーインタビューを実施しようと考えたんです。
とはいえtakejune氏にとっても不慣れなユーザーインタビュー。質問項目などの設計は、専門書や海外の情報を参考にしつつ進めていった。
takejuneインタビューの前には、ある程度、自分たちのもつ仮説を整理しておくことが必要です。「誰が」「何に困っているのか」「現在それはどう解決されているのか」といった点を考えました。
そこから、実際に「誰が」にマッチする人を集めます。僕らの場合、最初は知り合いづてに集め、インタビュイーに友人を紹介してもらう形式でインタビュー対象を増やしていきました。
takejune氏は「服の購入頻度」や「普段使うアプリ」などを問う、事前アンケートを用意。インタビュー前にシートへ記入してもらい、その内容を元に深掘りしていった。
takejuneインタビューでは、対象を深く理解するための質問と共に、我々の立てた仮説が検証できるような質問を用意します。
回数を重ね、回答の傾向が見えた質問は排除し、深掘りしたい内容を新たな質問として加えていきました。我々の場合、だいたい10人にインタビューをしたころには、全体の傾向が把握できるようになりました。
ユーザーインタビューを行ったことで、tanajune氏は自分たちの“勘違い”にも気づけた。インタビュー前は、Web上での人間の相関関係が可視化される「ソーシャルグラフ」を取り入れることで、満足度の高いサービスになると考えていた。しかし、インタビューからは、その必要性がないことが明らかになっていった。
takejuneそもそも彼女たちは、「洋服を売っていること」をオンライン上でオープンにしたいと思っていなかったんです。だから、ソーシャルグラフがあることにメリットを感じる人はいなかったんですよね。
ユーザーインタビューを通して“リアルな声”を集めた後、takejune氏らは彼女たちが心から「使いたい」と思えるようなアプリを作るため、サービス設計へと着手。
アプリ内にカメラ機能を取り入れて出品作業を効率化し、タイムライン機能を取り入れることで、ショッピングを習慣化する仕組みを実装した。この仕組み作りこそが、開発者の腕の見せ所だ。
takejuneユーザーインタビューを行うことで、解決すべき課題やインサイトは把握できます。ただ、それを解決するアウトプットは、作り手のセンスや知識量に依存する。同じ情報を得ても、作り手が違えばまったく違うサービスができあがる。
極端に言えば、それまでの人生経験がサービスに反映されると思います。僕らの場合、起業前からプライベートワークでWebサービスを立ち上げて何度も失敗していたので、その経験が活きたのだと願いたいですね(笑)。
優良ユーザーを積極雇用し、常に仮説検証できる組織作り
スタートアップ創業期、サービス設計と同様に注力すべきが組織設計である。「0→1」の組織デザインを行う上でも、takejune氏のデザイン視点が活きている。
企業ごとに重視するカルチャーは異なるが、Fablicの場合、ユーザーファーストな組織が作られた。そのきっかけとなった出来事はサービス開始の直後にあった。
サービスリリース後、FRILは想定以上の反響を得ると共に、カスタマーサポート(CS)がパンク。急いで専属の担当者を採用するも、成長速度に追いつかず、すぐに人員不足に陥いる。
ただ、不安定な創業期に、莫大な採用コストはかけられない。苦肉の策として思いついたのが「優良ユーザーを雇用する」ことだった。
takejune試しに、都内近郊に住む優良ユーザーにアプリ経由でスカウトメールを送ってみたんです。すると、意外にも返信率が高く、次々と採用につながりました。
しかもサービス理解が深いので、教育コストもほぼかからない。サービス愛のある優良ユーザーなので、親身な対応もしてくれた。そこから、初期のCSは採用媒体を使わずにほぼ集めていきました。
この採用方法を積極的に行なった結果、Fablicの初期メンバーは半分以上がサービスのユーザーとなった。この環境は、ユーザーファーストな文化も生み出していった。
takejuneリリース後も社内で気軽にユーザーインタビューをできたので、プロダクトをアップデートする中でも常にユーザーと向き合うことができました。
「ユーザーのことをわかっている」という思い込みをもとにサービスを作るのは危険です。すぐに仮説検証できる環境だったからこそ、早い段階で精度の高いサービスを提供できていたのだと思います。
さらに「社員の半分がユーザー」という環境は、その後の採用にもききました。採用候補者がオフィスを見学するときに「このエリアにいる人は、全員ユーザーです」と説明すると、ユーザー目線でサービスを作りたい人が自然に集まるようになったんですよね。
創業時に必要なのは「デザイナー」ではなく、「デザイン思考力」を持つ人材
デザイナーとしてFablicの創業に参画し、サービスと組織双方の「0→1」を行ない、バイアウトまで導いたtakejune氏。
その経験を元に、スタートアップ創業期に参画するデザイナーとして高いバリューを発揮するために必要なものを問うと、「どんな仕事に対しても、デザイナーとして向き合える人」だと、takejune氏は言う。
takejune創業期にはやることが非常に多いので、デザイン領域以外の仕事も膨大に発生します。
例えば、CSのメール対応をする場合にも「どうすれば伝わりやすいか」など考えながら向き合う必要がある。領域にとらわれず、デザイナー視点で向き合える人がスタートアップの立ち上げには向いているのではないでしょうか。
ここでtakejune氏は「ただ、創業期に入社してもらうのと、創業メンバーに迎え入れるかはよく考えた方が良い」と言葉を続ける。株式を分け合い、デザイナーと共同創業する価値をtakejune氏は次のように語る。
takejuneスタートアップ創業者は、魂が擦り切れるほど、ビジネスにコミットする必要があります。事業の成功に対して、自分の経済的・精神的・時間的リソースを可能な限り費やさなくてはいけない。
同量の責任意識を持っていると思える相手であれば、創業メンバーに迎え入れるのも一つの手です。背中を預けられる相手がいることは、起業家の精神的な安定にも寄与しますから。
特にC向けのサービスを立ち上げる場合、ビジネス、テクノロジー、デザインのバランスが重要になる。その意味でも共同創業は有用だとtakejune氏は考える。
takejuneガラケー時代のサービスは、“動く”だけで使ってもらうことができました。しかし、スマホが登場してApp Storeが開設したことで、世界中のサービスが競合となり、類似サービスも莫大に増えた。そうなると、“使いやすさ”がないとユーザーに選ばれない。
だからこそ、toCのサービスではデザインの価値が高くなり、ビジネスやテクノロジーと同列に語らなくてはいけないんです。僕らの場合、ボードメンバーがそれぞれの領域を統括しており、対等な立場で話し合うことができました。
takejune氏の話から「創業期にデザイナーが発揮すべきバリュー」を考えると、デザイナーを迎え入れることは、方法論でしかないことがわかる。取材の最後、takejune氏は創業期に必要な「デザイン」の定義を理解することが大事だと語ってくれた。
takejuneデザイナーの実力は「デザイン思考力」×「デザイン筋力」で形成されています。前者は知識量と地頭の良さ、後者は反復練習によって鍛えられる具現化のセンス。スタートアップ創業期に必要なのは、デザイン筋力ではなくてデザイン思考力です。これが高い人は、プロダクトを通じて問題解決できる。
ただ、それがデザイナーである必要は必ずしもありません。もし、デザイン思考力に長けている人がボードメンバーにいれば、無理にデザイナーを取り込む必要はない。起業は、信頼のある仲間とすべきことです。
実は僕も、再びFablicと同じ創業メンバーで『ANGEL PORT』という新サービスをはじめたんです。「デザイナーをボードメンバーに迎え入れる」といった方法論よりも、まずは「共に背中を預け合える存在か」を重視して仲間を集めた方が、成功しやすいと思いますね。
こちらの記事は2018年11月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
井下田 梓
ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
写真
藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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