そんな事業計画、宇宙レベルで無駄では!?プロ経営者と投資家が教える3つの秘訣──ラクスル福島・XTech Ventures手嶋対談

インタビュイー
福島 広造

ITコンサルティング会社を経て、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社。企業変革/テクノロジー・アドバンテッジ領域を担当。2015年ラクスル株式会社へ入社。全社の取締役COO及びRaksul事業CEOを経て、現在はストラテジックアドバイザー。

手嶋 浩己

1976年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社し、戦略プランナーとして6年間勤務。2006年インタースパイア(現ユナイテッド)入社、取締役に就任。その後、2度の経営統合を行い、2012年ユナイテッド取締役に就任、新規事業立ち上げや創業期メルカリへの投資実行等を担当。2018年同社退任した後、Gunosy社外取締役を経て、LayerX取締役に就任(現任)。平行してXTech Venturesを創業し、代表パートナーに就任(現任)。

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「事業計画書をつくりましょう」とは、スタートアップ経営者がしばしば目にする言葉だろう。起業に関する本を開いたときも、Webで“新規事業 立ち上げ方”と検索したときも、必ず一度は視界に入ってくる。もちろん事業をグロースするためには計画と資金が必要だ。とくに後者においては投資家や金融機関から投資・融資を受けられるよう事業計画書を作成しなければならないことは、あなたもよくわかっているはずだ。

では今一度、何のために事業計画書を作成しているのか振り返ってみてほしい。

──事業を成長させる計画を立てるため。

──事業の戦略を内外に説明するため。

──資金調達のため。

果たして、その事業計画書は事業の成長に貢献する役目を為し遂げてくれるのだろうか。

さて、事業計画書の本質を探るべく本記事ではスタートアップ支援者としても名を馳せるラクスルのストラテジックアドバイザーである福島氏とXTech Venturesの代表パートナーおよびLayerXの取締役を務める手嶋氏に話を伺っていく。

スタートアップ経営者にとって事業計画書とは何なのか、どう向き合えば成長に作用する事業計画書を作成できるのか、根幹となる考え方や取り組み方をこれから紐解いていこう。

  • TEXT BY HARUKA YAMANE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA

※この記事は、XTech VenturesのPodcast『スタートアップオフレコ対談』とのコラボ企画として始まり、同時に取材・収録を行いました。内容は異なるものですので、ぜひ合わせてお楽しみください。

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「宇宙的に無駄」な事業計画を生んでしまう“綺麗の罠”とは?

事業計画書の作成では、将来的な収支を可視化するために現在〜数年先の未来まで計画を立てなければ……と頭を悩ませる人は多いだろう。それは往々にして、「事業計画とは一種のステートメントなのだから自分たちが掲げるものを他者から応援してもらえるように筋が通った“綺麗な事業計画”をつくらなければならない」と思っているからだ。

この方向性について考えを一にする福島氏と手嶋氏。だが言葉の使い方には、若干の違いがある。

「事業計画とは事業の解像度を高める手段」と話すのは福島氏。賛同しつつ手嶋氏は「事業計画とは自分たちがいま見えているものを構造化したもの」と言葉を続ける。

厳かに綺麗な事業計画をつくろうとばかりするのでは、“どの角度から見ても意味がない=宇宙的に無駄な事業計画”を生んでしまうと指摘するのだ。

福島氏

福島事業計画を綺麗に、細かく、つくろうとする人がいますが、事業の解像度や目指す姿との乖離がある“ただのExcelファイル”と化した計画は、Excel上の成長がどれだけ美しくても無駄な作業です。

スタートアップは不確実性の高いことに挑戦するものですから、計画以前に、ゴールやマイルストーンが必要です。ゴールを考えることなくいきなり数値計画をつくってしまい、「whyやhow」が不明瞭になることもとても多いんです。そうなってしまう理由は、「綺麗な事業計画をつくる」ことが目的になり、“経営者自身が”描けてないもの”まで、無理やり盛り込んでしまうからです。

もし事業の道筋が、1年先まで見えているのなら、年間の事業計画をつくり込む意味があります。一方で、まだ先々が“見えていない”のなら、計画を精緻にする意味はありません。立ち上げフェーズの事業なのであれば、3カ月程度の見通しだけ粗くつくったり、「1年後は大体このくらいの数字が達成できていれば良いよね」というOKR(Objectives and Key Results)を置いて、大まかな事業計画を立てれば十分です。

計画の綺麗さよりも、“事業の構造理解や解像度を高めて、それが事業計画で表現されていること”が最重要です。このことをわかっているかどうかが、事業の役に立つ計画にするには重要です。

手嶋「解像度が高い事業計画かどうか」とは、要するに“経営者たちがどれだけ事業に魂をこめられているか、試行錯誤のプロセスを込められるか”だと思っています。

起業家に対して事業計画のフィードバックをする際、よく使っている言葉があります。それが“魂こもってる度”です。事業の解像度が高い人たちがつくった事業計画には「魂こもってる度90点だね」なんて言葉が飛び出すけれど、解像度が低い人たちがつくる計画には「はっきり言って魂こもってる度が低いよね」なんて言うときもある。後者のケースは大抵、福島さんが言ったような「綺麗な事業計画」をつくっただけになっているようなかたちです。

福島思考を繰り返して事業の解像度を高めないと、ただ事業計画のフォーマットに従って項目を埋めるだけの作業になってしまう。スタートアップにとって、そんな事業計画には価値がありませんよね。いま自分たちには“何が見えていて何が見えていないのか”をきちんと意識することが大事です。

手嶋でないと、事業そのものと事業計画が分離してしまいますからね。そういう事業計画に対して私は“宇宙的に無駄”と言っています(笑)。起業家自身の成長や気付きにならないし、事業推進の役にも立たないので、費やす時間さえも無駄です。結局、事業計画は自分たちがいま見えているものしかカタチにできないものだから、“どれだけ魂をこめて、どれだけ試行錯誤して考えたプロセスをカタチにできるか”がキーになるんですよね。

手嶋氏

スタートアップ、特に創業期に、綺麗な事業計画は不要。意識するべきは事業計画の完成度ではなく、いま自分たちが見えている範囲を認識して“魂をこめて”事業計画をつくること。

しかしそう考えると、そもそもスタートアップ経営者が“創業期に事業計画書をつくる意味はあるのか”という疑問が浮かんでくる。

その疑問に対して手嶋氏は「意味はある。なぜなら事業の構造理解を深めて、将来をシミュレーションするプロセスそのものに価値があるから」と断言した。

手嶋事業計画をつくるプロセスにこそ価値があります。なぜなら事業計画をつくるために思考したりシミュレーションをしたりする行為が解像度を高めることにつながるからです。

福島事業計画を立てるというプロセスには“事業構造への理解を深めて、将来をシミュレーションする”という意味合いがありますよね。その過程で「いつ黒字化できるの?」「どのドライバーを伸ばせば、売上が2倍伸びる?」「10億円調達して、広告投資で年間5億円を使えるけど、月に4,000万も使う術はある?」と自分に問いかけつづけることができます。こうしてさまざまなシナリオをシミュレーションすることで、事業と事業計画が繋がって、事業計画への蓋然性や自信が生まれていきます。

手嶋それだけに事業計画はシリーズAくらいまでの初期までは社長自身でつくるべきですよね。まずいパターンは事業計画のExcelファイルを自分でつくらないどころか、投資家に対する事業計画の説明まで他人に任せてしまうこと。そうなると事業と事業計画が分離してしまいます。

稀に創業期スタートアップの投資家プレゼンで、パートタイムCFOのような人が同席して、その人が事業計画を説明してくれるときがあります。そんなパターンではたいてい、社長がどのようにつくられた事業計画なのかわかっていないことがあります。そんなプレゼンならやらないほうがマシなので、私たちXTech VenturesはパートタイムCFOのプレゼン同席をある時期から禁止にしたくらいです。事業計画をつくることはもちろん、投資家に対するプレゼンテーションも、下手で構わないから社長自身でやったほうが絶対にいいですね。

福島そのお話、とてもよくわかります。最後の最後に事業計画を綺麗にExcelに落とすだけの作業ならば他人に任せても良いけれど、事業計画のシナリオや説明を事業責任者以外の人が行うことはありえない。思考とシミュレーションを繰り返して事業計画をつくる作業は、事業を背負う人の重要な仕事の一つです。

事業の解像度を高める作業は、不確実性の高いことにチャレンジするスタートアップにとって欠かせない。そして事業計画の作成プロセスは、その解像度を向上させる一翼を担ってくれるもの。魂をこめてつくる時間にこそ最大の価値があるのだ。

それを放棄すると、宇宙的に無駄な美しい事業計画を生んでしまう。そんな指摘を頭に留めておきたい。

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スタートアップで起こりがちな、事業と事業計画の「分離」

手嶋氏がすでに指摘したように、スタートアップに限らずたびたび事業責任者のもとで見られるのが、“事業推進と事業計画が分離してしまう問題”だ。

更地に生まれた小さな芽に水をやって陽を浴びせるように育ててきた事業アイデアであるはずなのに、事業計画を立ててみたらどうしてか、その計画は事業が成長するために歩むべき道とは別の道を進んでしまっている……。

なぜ事業推進と事業計画は分離してしまうのか、分離することでどんな問題が起こるのか、そしてどう対処すればいいのか。宇宙的に無駄な事業計画を生まないためにも、起こりがちな問題を俯瞰して語ってもらった。

手嶋よくあるのが、スタートアップで投資家対策をするがゆえに事業推進と事業計画が分離してしまうケースです。

私がリードインベスターとして入っているスタートアップで実際にあった話です。そこは、比較的タイプの異なる投資家さんが多く、真面目な社長さんは「あらゆる人に説明責任を果たさないと」とすべての投資家が安心できるような厳かな事業計画をつくり、質問に対しても何かしら回答を用意して説明をしつづけていました。しかし、それを繰り返しているうちに何が起こったかというと、だんだん合理的な説明ができなくなっていったんです。それもそのはずで、事業に即していたというよりも、投資家を安心させるための事業計画を成り立たせる説明ばかりに腐心した結果、事業推進の実態と乖離が生まれてしまったわけです。

たしかに、投資家は「いつまでに何がどうなって数字がどうなるのか」という綺麗な計画を説明してもらえたほうが安心できる。だから、どうしても細かな計画を求める傾向が強いと思います。けれど、スタートアップ投資に携わってきた人たちなら、綺麗な計画をつくったところで計画通りにいかないという経験をごまんとしてきているはずです。だから、投資家を安心させる計画を立てることばかりに意識を向ける意味はあまりない。

それよりも「この部分は今のところ、綺麗な計画を引ける材料が足りません!」「やってみないとどうなるのかわかりません。だから一旦保守的な計画を立てました。ここで学習したことを毎月報告します!」といった感じで開き直って説明したほうがよっぽど良いことも多いんです。投資家にどのくらい大きくなる事業なのかと聞かれても「わかりません」と答えるくらいで丁度よいかもしれません。それくらい、自分が見えている範囲を素直に伝えられれば及第点になり得ます。それを聞いた投資家も、安心はしないまでも「様子を見るね」と理解してくれるケースは多いと思います。

福島まさにその通りで、スタートアップの経営者は「自分がいまどの時間軸まで見えていて、どこまでが自分でコントロールできる範囲なのか」を見極められることが重要ですよね。

事業計画は単年が標準という型に囚われて盲目的に作るのではなく、見えている時間軸が3カ月なんだったら3カ月の事業計画をつくれば良くて、2年まで見通せているなら2年でつくれば良い。そして、自分に嘘をつかず、たとえば単年計画を立てているときに「考えがふわふわしている」「怪しい感じがする」と感じるなら、まずは、半年で事業計画をまわして、計画をコントロールできるかをしっかり検証するべきです。

「自分が経営者としていま見えているのは半年なんだ」ということを認識したうえで、どうしたら1年先を描き、コントロールできるようになるのか、どうすれば経営者としての時間軸を伸ばせるのかについて考えて、挑戦していければ十分。投資家たちから厳しい目を向けられても、自分が描ける時間軸とコントロールできる範囲について“見栄を張らず素直に認識できる人”が、良い事業計画をつくったり、実際に事業をうまく伸ばし続けられる印象があります。

事業のフェーズが浅ければ、自分ひとりでもつくり切れるスケートボードのようなちょうど良いサイズの計画をつくろう。フェーズが進んでいくと、自動車のような大きな計画が必要になるので、他者の力も借りながら進めていこう(取材内容を基にFastGrowにて作成)

手嶋だからこそ、資金調達にくる創業期の社長が事業計画をつくらなかったり、事業計画の説明を他人に任せたりなんてことをやってはいけない。これも事業と事業計画が分離してしまうケースの一つですよね。

私は何度かパートタイムCFOのような社長以外の人が事業計画を説明する場面に出合っていますが、私はそういうとき説明をするパートタイムCFOではなく、必ず社長の目だけを見て質問するようにしています。すると事業計画作成のプロセスにコミットメントが薄い社長はクリアに回答できないことがあります。

先ほど指摘したように、どういうロジックや計算式、係数で事業計画がつくられているのか理解していないためです。言うなれば、「自社の株を買ってくれませんか」と営業に来ているにも関わらず社長がその中身を理解していないなんて、そのアポイントすらも“宇宙的に無駄”な時間ですよね。

福島もう一つ、事業と事業計画が分離してしまうよくあるケースが人事評価のための事業計画をつくってしまうパターン。

「自分たちを評価するために、目標設定があり、事業計画を達成したら評価が上がる」という人事評価を目的にした計画立案です。事業計画は事業のためにあるはずなのに、組織や人の評価のために事業計画を立ててしまうのは本末転倒です。具体的に、何が起こるかというと、ストレッチしたゴールを達成するために、事業計画を立てるはずが、「目標を低く設定する」重力が生まれてしまうんです。残念ながらその状態は、スタートアップのように不確実性の中で、高いゴールに挑んでいく営みとは、まったく相容れない姿勢ですよね。

もちろん、正しく事業パフォーマンスと人事評価が連動していれば「高いモチベーションで、高い目標を達成し、高いインセンティブが支払われる構図」となります。一方で、人事評価ための事業計画になると「高いインセンティブを得るために、あえて低い目標を設定する構図」になってしまう。そうなると、事業としての本質的なチャレンジも消極的になり、事業の成長度と給料の上がり幅が釣り合わない不健全な状態に陥ります。

こうした悪循環を生まないよう“事業計画は事業のためにある”というマインドセットは常に持っておくべきです。

投資家対策を目的としている事業計画も、社長が何も理解していない事業計画も、人事評価のために存在している事業計画も、すべて事業と計画が分離してしまっている。

事業計画とは、必ず“事業のため”にある。これを決して忘れてはならない。分離させるつもりはなくても気づいたら陥っていたというパターンもよく見られるため、十分に気をつけたい。

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事業計画を「つくるプロセス」で、事業の解像度を上げよ

綺麗な事業計画はスタートアップに不要であり、事業と事業計画が分離してはならないという話はよくわかった。しかし理解できたはいいものの「結局どうしたらいいの?」と白旗を振りたくなるのが本音。正直なところ事業計画をつくる作業に苦手意識を感じている人も少なくないだろう。

けれど、気を落とすことはない。

福島氏と手嶋氏はそろって「わからなくてもいいから、苦手でもいいから、最終的にどんな計画になってもいいから、事業計画をつくってみよう」と背中を押す。

手嶋まず覚えておいてほしいことが、事業計画をつくるよりもプロダクトをつくるほうが100倍難しくて、プロダクトを当てるほうが100万倍難しいということです。

プロダクトと違って事業計画は、本を数冊読めば中身はどうであれ“つくれるようにはなる”。それすらできないのならプロダクトが当たることはないと私は思います。だから起業家や経営者は、どんな計画になってもいいから、まずは事業計画づくりにチャレンジしましょう。繰り返しますが、どんな計画になってもいい。なぜなら最終的にできあがった計画よりも、シミュレーション、試行錯誤したプロセスにこそ意味があるからです。

自分がわかる範囲で構わないので「ここで広告費を増やしたらどうなる?」「CPAが120円だったら?」「仮にCPAが1,000円だったら……うわあ赤字だ!CPAは1,000円になっちゃダメなんだ」というように自分のなかでやり取りをしていく。そうして最終的には一旦事業計画をつくりあげて「全然わからないけれど一旦こんな感じで計画を立てました」で良い。そしてその計画を見せながら“事業計画をつくる過程で感じたこと”を率直に他人に伝えることに、大きな価値があります。

先ほどの例で言えば「この事業は広告勝負なのでCPAのブレでかなり数値がズレそうなんですよね。そこのコントロールがやばそうだなって思っています」と伝えるだけでも聞いている側は「おお、思考しているね」と感じます。

それに、シミュレーションすることで事業の解像度も高まっていくので、次第に「自分には何が見えていて、何が見えていないのか」の理解が深まっていきます。事業は自分で思考して動かしていくものですから、創業初期においては社長自身にしか本質的な事業計画をつくることはできません。「よくわからない」「つくるのが苦手」なんて理由で目をそむけたり、他人に任せたりしていてはいけないのです。

耳が痛いと感じる読者も多いかもしれない。だけれど「わからなくてもいい、やってみよう」という言葉はきっと、足踏みしていた心を奮い立たせてくれるはずだ。

さらに手嶋氏は、どうしても事業計画をつくれないときは“宣言しよう”とアドバイスを続ける。

手嶋どうしても事業の解像度が低い段階のフェーズにおいて事業計画をつくれないのであれば「◯月◯日までに事業計画をつくれる自分になります」と、投資家に対して宣言してください。「現状は計画の“け”の字もつくっていない状態だけれど3カ月後の自分はバシッとつくれるよう事業を通じてめちゃめちゃ学習します」と表明しましょう。

ただし宣言するときに忘れないでほしいことが、事業計画をつくれるようになることが“ゴールではない”ことです。

わからないなりに事業計画を作成してもいい、どうしても作成できないのなら期限を決めて取り組んでもいいと語る手嶋氏だが「目的を見失わないように」とゴール設定の重要性を語る。

手嶋何を達成するための事業計画なのか、ゴールは必ずはっきりさせましょう。なぜなら1年後に“その事業性に白黒をつけられる状態”になっている必要があるからです。

先の話でもありましたが事業計画の作成後、投資家からさまざまな質問を受けると、投資家を納得させる計画を成り立たせようと保守的な内容に変えてしまったり、自分たちがわかっていないことを無理やり盛り込もうとしてしまったりして、何を達成するための事業計画なのかわからない状況に陥りがちです。

そうなると事業立ち上げから1年後、事業について解像度高く語れなくなってしまう。このまま事業を進めていいのか、方向転換が必要なのか、その判断すらできない状態になってしまうのは非常に良くない。

実際、事業計画をつくった後は毎月「どうだった?」「何を頑張った?」「何を学習した?」というコミュニケーションをしながら取り組んでいくので、立派な事業計画をつくることより事業の解像度を高めること、最終的に自分たちで事業性に白黒つけられる状態になることが大切です。

福島ここで読者のみなさんに安心してもらうためにも、お話ししたいのですが、ラクスルでも、新卒から事業を背負ってもらうこともあり、初めての事業計画を立ててもらうことがあります。誰でも、初回は事業と乖離していたり、魂がこもってなかったり、等身大でなかったり、様々です。

そこから事業解像度を高めながら、何回も事業計画を立てて、実行して、振返って、また、立ててを繰り返すことで、どんどんレベルアップしていける。後天的で、学習可能なものだと感じます。

手嶋LayerXでも『バクラク』というSaaS事業を初めて立ち上げるときは、BtoC事業を進めていたGunosyメンバーが中心で、全員がSaaSの素人だったんですよ。だから最初の事業計画を振り返るとtoCビジネスのような前提の計画になっている部分がありました。toCだと休日の存在にはあまり左右されずにユーザーが動くのですが、『バクラク』はtoBなので営業日数や商談数が重要指標になり、祝日数や年末年始といった季節要因を加味しなければいけなかったんですよね。ですがほとんど反映できていませんでした。

どこの企業でも、初めて挑む事業では観点や情報が抜け落ちてしまうものだと思います。その後、失敗をしながらモデルを精緻化させていくものであり、どんな事業だって最初はこのような状態から始まるんです。

綺麗で立派な事業計画をつくろうとする必要はない。良いものをつくろうと一生懸命に取り組むプロセスにこそ価値があるのだから胸を張って取り組めばいいのだ。なぜなら、その活動は自分と企業の血肉となり、決して宇宙的に無駄なことにはならないから。

わからなくてもいいからスタートアップ経営者は、とにかく事業計画をつくってみよう。

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良い事業計画をつくるコアとなるのは“魂こもってる度”

ここまでスタートアップにとって事業計画とは事業の解像度をあげる手段であることや事業と計画が分離しないよう自分が見えている範囲を認識して作成に取り組むこと、そしてわからなくても自分でつくってみる重要さについて学んできた。

最後にスタートアップが良い事業計画をつくるためにはどうしたらいいのか、良い事業計画の“コア”について聞いていこう。

手嶋そもそも事業計画において売上ロジック・利益ロジックをつくる方程式のつくり方は千差万別でいかようにもなります。だけれど変数の要素や要因をどれだけ考えられているかどうかで事業推進の力に差が生まれます。その変数が努力してコントロールできる変数になっているかどうか、つまり「どう頑張ったらこの数字をあげられるのか」がより明快な変数を中心に要素分解していくことがポイントです。

福島「この事業のドライバーってなんだろう」「事業で変えれるものってなんだろう」という観点を、どれだけブレイクダウンできるかですよね。

私もラクスルに転職したとき、この点がよくわかっていなかったので、いきなり因数分解を細かくして、ガチガチに事業計画をつくりこんだことがあります。けれど、事業計画を作り終えて、始まった初月に計画を外して作り直しになりました。、形式的な事業計画はドライバーの意識も、何をどう変えるかのHowも、その蓋然性ないので、モニタリングはできても「予算が外れて計画がズレた。で、どうしようか」というときに、原因もわからず、何のアクションも打てない状態になってしまうんです。

何のアクションもない、モニタリングだけの事業計画はつくっても意味がありません。良い事業計画は、事業のドライバーは何か、自分が変えられるもの、コントロールするものは何かを理解することが大事です。とはいえ、不確実性に高いことに挑むわけですから、わからないことがあるのは当然です。わからない部分に関して、柔らかな計画をつくるのが大事で、場合によっては月次に分解せず、ある期間でのOKRだけ設けておく程度で良いと思います。

良い事業計画をつくるためには事業の解像度の高さが欠かせないことを改めて理解する。そう思うと、事業計画は“自分たちの事業を表現するツール”とも言えるのかもしれない。

福島実際、事業への理解が深まれば深まるほど表現できる幅が広がるので、事業計画は自然とユニークにつくられていきます。とくにスタートアップにおいて事業計画は事業の解像度を高める手段でもあり、自分たちがどれだけ事業を理解しているかを測るツールとしての意味合いは強いと考えています。良い事業計画は総じて事業の理解度と解像度が高く、そのうえ“良く見せよう”とせずに等身大なものです。

手嶋これが先ほどもお伝えした“魂こもってる度”ですね。やっぱり解像度が高い事業計画は経営者たちの魂がこもっているし、魂がこもっている事業計画はゴールが明確かつ実直で、作成プロセスにおいて綿密にシミュレーションと思考が繰り返されています。

福島魂がこもりすぎる時の落とし穴は、事業モデルの探索フェーズなのに、強い営業力やコミットメントで、事業モデルの良し悪しに関係なく、事業計画を達成できてしまうケースです。事業へのコミットは素晴らしいし、事業への魂も伝わるけれど、本当に「この事業モデルがで、今後も事業を伸ばしていけるのか」という判断ができません。事業モデルを探索するフェーズにおいては、事業計画の達成が、マイナスに働いてしまうこともあるので、事業フェーズごとに、事業計画の位置づけや魂の置きどころを意識しておくと良いです。

手嶋あとは、最初から事業計画に対して自分なりの哲学を持つことも良い事業計画をつくるポイントの一つです。

たとえば、先ほど投資家対策向けに事業計画をつくると事業と計画が分離してしまう話をしましたが、説明責任を果たすことを強く求める投資家も少なからずいるので、どうしてもその人たち向けの事業計画をつくらなければならない局面もあるかもしれません。けれどそれは、必ずしも宇宙的に無駄ではないですよね。なぜなら説明しないと仕事が先に進まないから。でも、できる限り投資家だけを向いて事業計画をつくる状況は避けたいですね。

そうならないための対策が「哲学を持つこと」。綺麗ごとを言い過ぎたり、自分の魂がこもっていない計画を言い続けたりすると次第に投資家向けの事業計画が本来の事業計画であるかのように思えてきて、どんどん実態の事業推進と計画が離れていってしまうんです。だから、はじめから「自分は事業計画をこういうものとしてつくっています」と哲学を持って率直な想いを投資家に伝えましょう。そしてそれを握り続けることが、良い事業計画をつくるために必要な取り組みの一つだと私は思います。

まとめ:良い事業計画のための3つの秘訣

  1. プロダクトを当てるより100万倍簡単だから、計画は自分で引く
  2. 見通せる時間軸を意識し、素直になって投資家と対峙する
  3. 「事業計画とは何たるや」という哲学を持って臨む

何のために事業計画をつくるのか。目的をすりかえずかつ“魂をこめること”が良い事業計画をつくるため、何よりも尊重すべきコアなのだ。しかし“魂こもってる度”を高めるためには、そもそも自分のなかにある魂を大きく育てていかなければならない。魂を育てるために欠かせないのは知識だ。

そこで事業計画の“魂こもってる度”を高めるため、上場企業の決算書を見ることに意味があるのかどうかを聞いてみた。手嶋氏は即座に「見る価値はある」と話す。

手嶋決算書を見ることで「自分たちだったらどうだろう」と立場を置き換えてシミュレーションできるので、大きな価値がありますよ。また一般論として事業の構造を知っておくと事業計画づくりで役立つ場面もあります。

たとえば、以前ある社長がはじめてSaaSに取り組むとき、私から見ると違和感があるレベルで早期に営業利益が出まくる事業計画をつくってきたことがありました。たしかにSaaSは粗利率が高くなるのですが、実際には立ち上げ期に多くの人数が必要になるので、営業利益が大きく出るタイミングが早々に来るのは論理的にありえません。さすがにそのときは「上場SaaS企業の決算書を見よう」と勧めましたね。明らかに違和感を覚えるような事業計画を立てないためにも決算書を見ておくのは有用ですよ。

福島私も決算書を見ることでパターン認識ができるようになるので有益だと思います。いろんな決算書を見て「自分の事業に1番近いP/Lはどれですか」と聞かれたときに「この企業が事業構造が最も近い、成長ドライバーはどこどこが1番近い」などと答えられるようになると良いですよね。

前にモノタロウの決算書を読み解くイベントを手嶋さんと一緒にやらせてもらいました。深く読み解いていくと、モノタロウの経営思想や事業への考え方が見えてきます。また、その時々で、重点ドライバーが何なのかもわかってくる。決算書を見ると企業の成長の軌跡含めて学べるので事業理解を深める取り組みとしても重宝します。

具体的な方法としては、ベンチマークする企業を10社〜30社決め、“長期間”追いかけてみてください。途中で企業を入れ替えるのは構いませんが、とにかく見続けること。それから10年前の決算書から順に見ていって「このときにこういう決断をしたから、いまこうなっているんだ」と、どう変遷しているのか時代背景を含めて読み取れると良いですね。そのためには、決算書と合わせて経営者のインタビュー記事にも目を通すといいと思います。

そうした積み重ねが“魂こもってる度”を高める力にもつながっていくはずです。

手嶋ちなみに私たちは「今日は○○社と○○社の決算発表がある」と把握しては、ソワソワしたりしています。自分の目で発表を見る前にXで情報が入ってきたら悔しいので、情報をシャットアウトすることもあります。もはや、ネットフリックスで楽しみな作品があるのと同じような感覚ですよ(笑)。

福島ネタばれ禁止ですよね(笑)。そこまでマニアになる必要があるかどうかはわかりませんが、それくらいのめりこむことができますよね(笑)。

決算書から他社の歴史を知ることで季節が移り変わるように少しずつ自分が見える世界も変わっていく。見える範囲が拡大していき、見えていない範囲にも気がつくことができたら、自然と“魂こもってる度”にも良い影響を与えてくれるのだろう。

スタートアップの経営者は、誰もが納得して安心するような綺麗な事業計画をつくることに時間を割くのではなく“魂をこめること”に時間を使うことで、結果的に良い事業計画を立てることができるのだろう。ぜひ今一度、事業計画に対する考え方を見つめ直してみよう。

こちらの記事は2024年07月11日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

山根 榛夏

写真

藤田 慎一郎

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