連載事業家の条件
「有料ユーザーの95%が最高額プラン」
toCプロダクトの魔力とは?愛猫家の熱狂を生んだ、元研究者/元リクPdM起業家の思考と行動
世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。
この問いの答えを探す連載「事業家の条件」。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures代表パートナー・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、投資家の目を通して「イノベーションを生み出せる事業家の条件」をあぶり出す。
今回のテーマは、ユーザーのインサイトを捉え、提供すべき価値を明確にした「核心を突いたプロダクト」。ゲストに招いたのは、猫の生活をテクノロジーで見守るIoTプロダクト『Catlog(キャトログ)』を開発するRABO代表取締役の伊豫愉芸子(いよゆきこ)氏だ。
同氏は20年以上にわたる愛猫家で、2018年2月22日の「猫の日」にRABOを立ち上げた。役員には伊豫氏の愛猫でありCCO(Chief Cat Officer)ブリ丸氏が名を連ね、資金調達のプレスリリースでは投資家の顔が“猫化”するなど、遊び心あふれるスタートアップという印象を抱く人もいるだろう。そんな同社のプロダクト開発を、手嶋氏は「理想的なトライ・アンド・エラー」と評する。伊豫氏の姿から、起業家がプロダクトに向き合う上で重要な指針に迫る。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
ユニークなだけではない。ユーザーのインサイトと市場成長の可能性を捉える
RABOが開発する首輪型ウェアラブルデバイス『Catlog』は、「猫の首輪」と侮れないプロダクトだ。無料で使用できるプランもある中、ほとんどのユーザーが有料プランを利用し、かつその約95%が最上位の最上位の“猫バカプラン”に加入しており、愛猫家たちの心を鷲掴みにしているのだ。さらに同社は世界展開も見据えている。今は、日本はもちろん、北米やアジアなど世界で猫人気が爆発。日本では、2017年に猫の飼育頭数が犬を超え、米国では、日本人の人口とほぼ同じ1億匹もの猫が飼われているという。猫の行動は万国共通のため、ローカライズもしやすいのだという。
その戦略と軌跡を紐解く前に、そもそも『Catlog』とはどのようなプロダクトなのか、もう少し詳しくお伝えしよう。
小型センサーが内蔵された、10円玉2つ分ほどしかない軽さの首輪を猫に装着。すると、室温センサーも兼ねた中継器『Catlog Home』を経由して、「○秒間走りました」「ご飯を食べました」「トイレに行きました」など、猫の行動データが飼い主のスマホアプリに表示される。猫の様子を自動的に記録し、知らせてくれるのだ。
この5年あまりで、ペットの飼育頭数は増加傾向にある。そんな中で多くの飼い主が抱くニーズの一つが、「ペットの行動や様子が気になる」というものだ。歩いたり走ったりといった平面での動きが多い犬の場合、飼い主はペットカメラを導入することで、室内の動きをある程度補足できるというが、猫の場合はそうはいかない。高いところに登ったり降りたりといった複雑な動きもするため、カメラでは行動を追い切れず、飼い主が知りたい情報を十分に知ることは難しいままだったのだ。
その課題を『Catlog』は、「首輪」と「スマートフォンアプリ」で解消する。
伊豫私は、『Catlog』で猫様の状態を把握する意味が、2つあると思っています。
まずは、猫様の健康管理です。日々のデータが日誌のように記録され、グラフで定量的にも見えるため、変化がないかを推移で確認できます。普段の様子に変化があった時には検知してお知らせが出るため、病院に連れていくきっかけにもなります。病院でも、『Catlog』のデータを通して普段の様子を分かりやすく獣医さんに示すことができます。
でももう一つ、重要な要素があります。「猫様ストーキングが捗る」ということです。『Catlog』を使うと、離れていても寝ていたり走っていたりという行動が分かるんですね。その様子を見て、飼い主さんはファンタジーを思い描くんです(笑)。
例えば、帰宅をしたら猫様が玄関にいて、『Catlog』を見てみたら、自分が帰宅する数秒前に走っていたことが分かる。「帰ってくるのを察知して、玄関まで急いで迎えに来てくれたんだ」と感じて愛おしさが倍増します。愛猫家にしか分からないかもしれませんが、お客様の心を掴む上で、この要素は重要だと思っています。
さらに『Catlog』は、「猫は大切な家族の一員だから、お金をかけてあげたい」という飼い主の心もくすぐっている。首輪のデバイスは9,800円(税抜)で、アプリの利用料は無料・380円・580円の3プラン。冒頭でも触れた通り、ユーザーの多くが有料プランに加入し、そのほとんどが580円の「猫バカプラン」なのだ。驚くのは、ユーザーが“当たり前に”課金をしていたという点だ。
伊豫リリース直後は特に課金導線を押し出してもいなければ、メリットをことさらに強調してもいませんでした。重要視していなかったので、最初は驚きました(笑)。
猫様は家族だから、という理由でお金をかけてあげたいと思っている飼い主さんは多いものの、犬ほどにはトリミングの必要性が高くなく、服もほとんど着ません。犬に比べて、お金をかけられていないというデータもはっきりとあります。「お金をかけたいのに、かける先がない」と感じていた飼い主さんが多かったからこそ、自主的に有料プランに、それも最高額のプランに加入してくれているのだと分析しています。
ユーザーのインサイトの刺激とともに、時代の流れの後押しも大きい。手嶋氏はそう分析する。
手嶋NetflixやAmazon Primeなど、さまざまなtoCサブスクリプションサービスが浸透したことで、「継続課金」に対する心理的なハードルが下がっていますよね。だから、飼い主によっては、猫様のためのサービスであれば迷わず課金するタイミングなのだと思います。
従来のプロダクトの懸念を払拭し、猫の飼い主のインサイトを的確に捉え、時代の流れに乗る。こうしたプロダクトを開発できたのは、伊豫氏の経歴と創業前から今まで一貫している、ある行動が鍵を握っていた。
先義後利。良いプロダクトを作り続けていれば、評価は後からついてくる
伊豫氏は学生時代に、『Catlog』のコア技術となる「バイオロギング」を研究していた。これは、海洋生物に小型のセンサーをつけて、生態行動を調査する研究だ。
卒業後はリクルートでプロダクトマネジャー(PdM)として、インターネットサービスの企画やプロダクト設計、新規事業などに従事。もともと、「起業する気持ちは1ミリもなかった」と話すが、愛猫の存在がその気持ちを変えた。
伊豫子どもの頃から猫様と暮らしていたのですが、就職してから家を空けることが多くなり、猫様の様子が非常に心配になったんです。猫様の見守りサービスを探してみたものの、見当たりませんでした。そこでピンときたんです。バイオロギングの研究とプロダクトマネジャーの経験を組み合わせて、自分でプロダクトを作れないかと。
学生時代を振り返ると、海洋生物だけでなく、チーターやイリオモテヤマネコなどネコ科の動物に応用させている研究者も存在した。一般家庭で飼われているイエネコにも転用できるはずだと、伊豫氏は考えたのだ。
理論上は転用できる。だが、果たしてプロダクトとして必要とされているのか。事業性を検証するべく、伊豫氏はまず半年間をかけ、ユーザー候補との対話を地道に重ねていった。
伊豫事業性の判断基準は「留守中の猫様の様子が気になる人がどれぐらい存在するのか」など。それを、定性・定量の両面から探っていきました。
まずは自分の身近な友人に、「猫様を見守るようなサービスがあったら、欲しいかどうか」を聞いたところ、「欲しい」という答えがほぼ全員から返ってきました。ただ、友人である以上、バイアスがかかっている可能性もありますよね。定量面で探る必要があると考え、Webアンケートを実施しました。エリアや属性でセグメントを分け、データを収集したところ、猫様と暮らしていて留守番をさせている方は81%、見守り対策ができていない方は57%、留守中の猫様の様子が気になる方は68%と、想定に近い結果が出たんです。
ある程度の需要があることがつかめたので、もう一度定性に戻り、面識のない愛猫家の方を呼んでインタビューを実施しました。
飼い主の猫に対する愛情の深さを測るべく、飼い猫の写真を目の前に置き、猫との生活や自分の愛猫についての魅力を存分に語ってもらった。その時の反応から、猫の飼い主の傾向を掴んだという。
伊豫皆さん嬉々としながら、猫様の魅力を熱く語り出すんですよ。「こんなにいい思いをして、謝礼をいただけるなんて夢のようだ」とおっしゃっている方もいて(笑)。猫様のことをみなさん本当に大切に想っていて、愛情を持っている方がこんなにも多くいるのかと強く感じました。そんな愛してやまない猫様の様子を常に知ることができるプロダクトを実現させれば、熱狂的なファンになってくれるはずだと確信しました。
確信を深めた伊豫氏は、モックを作ってユーザーとの対話を重ね、プロダクトを少しずつ形にしていく。ハードウェアとアプリ、猫の行動分類のための機械学習のアルゴリズムを、エンジニアとともに開発していった。ハードウェア開発においては、愛猫でRABOのCCO(Chief Cat Officer)のブリ丸氏の首に試作品を装着し、反応を見ながら改良を重ねた。
そして創業から8カ月後の2018年10月、ユーザーニーズの検証と認知獲得を目的に、クラウドファンディングサイトのMakuakeで『Catlog』の先行予約販売を開始した。このような創業初期のタイミングでは資金調達に奔走する起業家も少なくない中、伊豫氏は投資家のもとにはほとんど足を運ばず、プロダクトとユーザーに愚直に向き合い続けたという。
伊豫もちろん、資金の調達は大切だと思います。しかし、本当に提供するべき価値を届けていくために、一刻も早くいいプロダクトを作り上げたかったんですよね。むしろ、猫様と飼い主さんが本当に必要としてくれるプロダクトさえ作ることができれば、投資家の評価は後からついてくる。そう考えていました。
プロダクトの磨き込みに力を注いだ結果、『Catlog』のクラウドファンディングの達成率は1,523%に。目標を大幅に上回った。
作り手の「当たり前」を、徹底的に疑え
これらの行動を、手嶋氏は「まさしく理想的なトライ・アンド・エラー」だと評する。
手嶋『Catlog』は、ハードウェアとアプリ、さらには機械学習の連動が必要な、非常に難易度の高いプロダクトです。スタートアップとして創業し、今のシリーズAの状態で、PMFの一歩手前まで来ている。これは、初期のプロダクトの磨き込みがあったからだと思います。
『Catlog』は、難易度が高い分、開発の手間や費用もかかりますし、色々な箇所で創意工夫が必要だったと思います。Webサイト一つで検証ができるタイプのものではありません。プロダクトマネジャーや新規事業開発の経験を積んできた伊豫さんでも、慎重にトライする選択をした。その分、非常に参入障壁は高いと感じますね。
伊豫手嶋さんがおっしゃる通り、プロダクトの難易度はかなり高かったです。最初は恩師のバイオロギング研究室に行って、ペンギンなどが着けている小型のセンサーを借り、ブリ丸や他の猫様の首につけて動きをカメラで撮り、データを見比べるという初歩的なところからスタートしました。基礎の基礎を開発するというところだけで、1年弱はかかりましたね。
参入障壁の高さは、プロダクトの質だけではない。地道にヒアリングを重ねたからこそ、飼い主の心を的確に捉えている点だ。SNS投稿やレビューを見ると、「家にいない時も、何をしているのかチェックできて愛おしい気持ちになれる」「不在時も、猫の様子がわかりやすく、とても安心できる」「いつもと違う動きも教えてデータ化してくれるので、健康管理にも生きる」などの評判が並ぶ。
もう今すごい感動してるから是非見て欲しい。#Catlog という猫の行動監視をしてくれる首輪を24歳の老猫に着けてるんたけど、最近睡眠時間が短くなってて気になったので「もしかして、先日あったアップデートに何か関係あるの??」と問い合わせたらめちゃくちゃ丁寧な回答来た…
— 如月紅庵 (@eijikun_gekiosi) October 28, 2020
もう一生使うよ… pic.twitter.com/EVftc6NqeR
手嶋地道なヒアリングを経たからこそ、猫の行動を記録して伝えることで、「猫を可愛がりたい」という欲求のある人たちの心を掴んでいますよね。冒頭でお伝えした、アプリへの課金率が物語っているように思います。猫への愛情が増すだけではなく、健康データの蓄積にもなっていきますから、一度入るとユーザーはなかなか解約しない。そこは、客観的に見ると事業的な強みですよね。
とはいえ、伊豫氏自身も20年以上にわたる「愛猫家」だ。なぜ、自分自身がターゲットユーザーでありながら、ユーザーとの対話を深く意識するのだろうか。
伊豫プロダクトを企画するうえで一番大切なのは、「作り手の当たり前が使い手の当たり前じゃない」という点。リクルートで経験を通して、創っているサービスのターゲットとしている人のインサイトをどう捉えるかを学んでいきました。
私自身が愛猫家でターゲットだからこそ、ユーザー候補との対話を大切にしないと、「独りよがりなプロダクト」になってしまう懸念があると感じたんです。私は実際に猫様と暮らしていますが、私の感覚だけが全てではないと思っているんですね。猫様と暮らす世の中の方々が本当はどんなことを考えているのかを検証し、彼らが持つ課題を解決する、核心を突くプロダクトにしていきたかった。フェーズが変わっても、この姿勢は大切にしていきたいと考えています。
徹底した猫様市場を武器に、世界を目指す
2019年9月のプロダクトローンチから、約1年半。Twitterでは、『Catlog』関連のツイート数が30倍以上になり、10万いいねがつくような状態が年に7〜8回起きるなど、着実にユーザーの認知度を上げている。今では約8,000匹の猫が『Catlog』ライフを開始し、猫の行動データも12億件を突破した。
2020年10月には、新たに『Makuake』内でいつものトイレの下に敷くだけで、体重や排泄物の量を計測・取得できるボード型デバイスの『Catlog Bord』を予約販売。こちらも「健康管理」はもちろん、行動がさらに細かく分かるようになる。さらに、2021年5月には『Catlogフードケア』のリリースを発表。消費エネルギーと食事量のバランスを独自に計算して飼い主に示すという。これらの新しい機能がユーザーの心をどのように掴むのか、注目だ。
「猫様市場」で知名度を上げ、着実な成長を遂げているRABO。ペット市場は、新型コロナウイルスの影響で在宅ワークが増えたことから、成長傾向にある。まさにRABOにとって、追い風とも言える状況だ。ところで、ペット市場が成長する中で、犬をはじめとした他の動物にターゲットを広げることは考えていないのだろうか。
伊豫よく聞かれる質問ではあるのですが(笑)、『Catlog』については猫様専用を変えるつもりはありません。ただ一方で、弊社のコア技術であるバイオロギングと機械学習を用いた行動分類技術は犬をはじめとした他の陸上動物にも応用可能ではあります。
「国境を越え、世界には広げていきますよ」。そう伊豫氏は加えた。
伊豫猫様の行動自体は万国共通で、機能のローカライズがたぶんあまり必要ないんですよね。明日にでも海外で売ろうと思えば売れてしまうんです。また、猫様専用かつ行動分類まで行い、そしてスタイリッシュなUIのプロダクトも、私が知る限りで海外にはまだ存在しません。世界に広げていくためにも、これから「猫様と暮らしている人に対して、いかに広く『Catlog』をリーチさせていけるか」が今後の勝負。インサイトとユースケースに沿った改良や開発を続けていきたいです。
ユーザーに広く浸透させるためには、RABOが描く世界観にいかに多くの人を引き込めるかが大切だと、手嶋氏が続けた。
手嶋少しずつ知名度は上がっていますが、今はまだ、猫様に対して熱量が高い人が関心を寄せているという状態。今の主要な価値としては、自分が見ていないところで、猫様がどう暮らしているのか、それを見るだけで楽しいという人間側の「楽しみ」を刺激していますよね。データも蓄積されていますから、実需という意味で、健康管理の分野にも徐々に近づいていくはず。徐々に、猫様と永く幸せにいきていくためにはどうすればいいのかという本丸の機能に進化していくのだと思います。
一度入れば抜け出せない。プロダクトの精度をどんどん上げていき、多くの人にリーチできれば、きっと勝ち抜けるはずです。
その期待を前進させるべく、RABOは2021年に手嶋氏のXTech Venturesなどのベンチャーキャピタルから、シリーズAラウンドで総額6億円を資金調達。猫様市場に、ともに挑む仲間を求めている。
伊豫私たちは、「大切な存在を大切に思い、そして大切にできる世界」をビジョンとして掲げています。猫様と飼い主さんが一秒でも健康に永く一緒にいられるプロダクトを開発することで、猫様やニンゲンの家族、友人などそれぞれの大切なたちへの思いを尊重し、思う存分愛情を注げる世界を作りたいんです。
「猫様と暮らしていないといけないのですか?」とも聞かれるのですが、そうでなくても構いません。職種問わず、『Catlog』やRABOの世界観に共感し、その魅力を世の中に届けていきたい人と出会いたいですし、ともに世界を目指していきたいですね。
こちらの記事は2021年06月07日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
写真
藤田 慎一郎
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