給与データの収集で、一体何が起きる?XTV手嶋が期待する「人材市場の変革」構想を、あの南場氏も舌を巻く豪胆さの元DeNA人事本部長に聞く

インタビュイー
手嶋 浩己

1976年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社し、戦略プランナーとして6年間勤務。2006年インタースパイア(現ユナイテッド)入社、取締役に就任。その後、2度の経営統合を行い、2012年ユナイテッド取締役に就任、新規事業立ち上げや創業期メルカリへの投資実行等を担当。2018年同社退任した後、Gunosy社外取締役を経て、LayerX取締役に就任(現任)。平行してXTech Venturesを創業し、代表パートナーに就任(現任)。

田川 啓介
  • 株式会社PROJECT COMP 代表取締役 

2008年に、新卒で株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社し、ショッピングモール事業の営業、EC新規事業の立ち上げ、ソーシャルゲームエンジニア、ゲームプロデューサー、ゲーム子会社創業社長、HR本部長、執行役員、マーケティング・リサーチ部門統括、新規事業推進室長などを経て、2020年に起業準備を開始。数回の事業ピボットを経て、株式会社PROJECT COMP を創業。

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世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。

この問いの答えを探す連載「事業家の条件」。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures(以下、XTV)代表パートナー・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、投資家の目を通して「イノベーションを生み出せる事業家の条件」をあぶり出す。

今回取り上げるのは給与データベースによって給与情報を透明化し、人材の流動性を高めることを目指すPROJECT COMPだ。手嶋氏が指摘するのは、「岸田政権によるスタートアップ支援政策の波に乗って人材市場に変革をもたらしうる」という時代性だ。

CEOの田川啓介氏はかつてディー・エヌ・エー(DeNA)で人事本部長を務めており、その時に感じた給与に関する不条理を解決するために2020年にこのPROJECT COMPを創業した。今回は9月の資金調達で投資を行ったXTVの手嶋氏とPROJECT COMPが日本の人材市場にどのような変化を起こすのかを掘り下げていく。

  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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スタートアップ政策の波に乗り、給与データで人材市場に地殻変動を起こせ

まず、岸田政権のスタートアップ育成政策についてまとめよう。2021年に発足した現政権は2022年を「スタートアップ創出元年」と銘打ち数々の育成支援策を発表してきた。その中でも特に11月に発表された「スタートアップ育成5か年計画」では、2027年に投資額を10兆円規模に引き上げ、スタートアップを10万社創出し、その中から100社のユニコーンを輩出することを掲げている。

人材領域への支援も重要視されており、今後の育成政策の中でスタートアップの人材市場がより加熱することが予測される。ここで、まず田川氏に現在の市場が抱える課題について聞いた。

田川僕たちは給与市場を透明化して、人材の流動性を高めることに取り組んでいます。正規雇用間で計算すると、日本の転職率は2~3%と、他の先進諸国と比べてはるかに低い水準です*。日本の雇用が固定化してしまっている原因の一つとして給与に関する情報収集が難しいことがあると考えています。

特に、かつてDeNAで人事本部長を務めていた際に深刻な情報の非対称性を感じました。自分の手元ではたくさんの情報が手に入りましたが、他部署のメンバーは限られた情報しか持っていませんでした。そんな状況でキャリアに関する意思決定をするのは難しいし、もっといい方法があるのではないか?という不条理を感じていたんです。

給与データベースを運営するスタートアップは2017年ごろからアメリカで急速に増えていて、日本でもIT業界で個人間で草の根的に給与情報のシェアする動きがありました。PROJECT COMPはこの流れをビジネスにしたということですね。

*……細かな計算になるため詳細は割愛。同業界の上場ベンチャーであるビジョナルも同水準で算出していることがこちらの記事でも明かされている

手嶋岸田政権は2022年をスタートアップ元年と銘打って、スタートアップ育成5か年計画の中で新産業領域に対して積極的に投資を行うことを発表しています。人材面でも盛り上がりを見せることが予測される中で、変化を起こすきっかけとなりうると考えています。

やはり大企業で働いている人の多くはあまり知らないが故に「スタートアップは給与が低そうだ」という誤解を持っているはずです。この障壁を突破するのにPROJECT COMPが一役買えるはずです。

確かに多くの人が知りうる給与情報は身の回りの数人程度で、正確な市場価値を把握した上で今の給与が妥当かどうかを判断するのは難しいだろう。

田川とにかく給与情報を集めれば人材市場を変えられるはずだというビジョンドリブンでやってきました。不確かな領域ですが、大きなことをやろうとしていた点が、南場さんやデライト・ベンチャーズ*のメンバーにも刺さったんだと思っています。

*……PROJECT COMPは、デライト・ベンチャーズ、XTech Ventures、Spiral Capitalから投資を受けている。リリースはこちら

手嶋DeNAでの経験からこの領域の解像度が高い田川さんにしかできないこと。XTech Ventures代表パートナーの西條と「ゴシップ的なニーズはあるけど、これがビジネスにつながるかはわからない。田川さんが無理と言うまでやって無理なら仕方ないね」と話し合い、僕らも投資を決めました。

給与データから自らの市場価値を推定してキャリアアップにつなげる文化は日本にないもので、彼らのチャレンジは難しいものかもしれない。しかし、DeNAで活躍してきた田川氏にならできるのではないか、という期待が感じられる。

田川まずは需要と供給のバランスが著しく崩れているエンジニア職から始めています。国内での給与ギャップの大きさや、海外と比較しての過小評価といった社会課題が大きな領域だったためです。

最近で言うと、セールスやコーポレートなどを始めとして他の職種でも類似の課題感は色濃くなってきていますが、深刻度やインパクトの観点から、まずはエンジニア職についての課題を解決することが重要だと考えています。

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DeNAの人事本部長時代に感じた負から生まれた、人事制度のためのSaaS

田川2020年7月の創業から2年以上が経ちましたが、段々と給与データが集まってきて面白みが出てきています。今でも毎週エンジニアとの交流会を開いて、登録してもらっています。そのエンジニア達がインフルエンサーとして同僚などに広めてくれることもあります。

また実は、DeNAでモバゲーなどの数多くのサービスを手がけた川崎さんに、CTO兼テックリード的な役割で初期から参画いただいています。給与というセンシティブな情報を扱うので特に個人特定性をできるだけ下げるよう工夫してきました。

ハイレベルなエンジニアにも登録していただけるようになったのは、プロダクトの開発にこだわってきたからこそだと考えています。

エンジニアをターゲットとしているため、プロダクトとしての完成度はよりシビアにチェックされているはずだ。それを乗り越えていることが、このプロダクトのポテンシャルを物語っていると言えそうだ。

そして、同社は2022年9月の資金調達の際にエンジニア向けの給与データベースを元に、企業の人事評価関連の制度設計を支援するSaaSの開発を発表したばかりだ。

田川現在開発中の企業向けのSaaSプロダクトの価値はフェアバリューの診断、人事評価制度の設計、評価プロセスの設計の3つです。

1つ目のフェアバリュー診断はそれぞれの社員のスキルや経験から妥当な給与額がいくらくらいかを判定し、現状とどの程度ズレがあるかを知ることができるというものです。エンジニアに限らず全職種でデータを集めて判定できるようにしています。

2つ目の人事評価制度の設計というのは、人事評価を行うために必要な等級・評価・報酬の制度の設計をサポートするものです。人事制度のコンサルティングは既に根強いニーズがありましたが、大企業向けには数千万から場合によっては億を超える価格で行われており、スタートアップが手を出せるものではありませんでした。特に事業成長に集中したい中で会社の状況に応じて制度を変えていくのが大変です。それをデータとWeb化した各種機能を使ってサポートできるのが強みです。

3つ目の評価プロセスの設計は、特にスタートアップだと人事評価や昇給の判定が経験や勘に依存してしまいがちな中で、この意思決定にデータで妥当性とスピードをもたらすものです。

SaaS事業は給与データを活かして、今まで属人的な色が強かった人事制度に、より妥当性をもたらすもののようだ。これらは田川氏がDeNAの人事本部長や子会社の社長を務めていた時に感じたペインが基となっているのがわかる。

手嶋ビジネスモデルも曖昧なところからSaaSとコンサルの事業が立ち上がってきて、田川さんの営業力が優れているのはもちろんですが、確かなニーズを掴んできているフェーズですよね。

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南場氏も認めるビッグマウス、CEOの田川氏の豪胆な人柄

また、PROJECT COMPを語る上で欠かせないのが田川氏の人柄だ。かつての南場氏のブログにはビッグマウスでバイタリティが溢れる田川氏のDeNA時代の活躍がよく表れている。その一部を引用して、彼の人柄を紹介しよう。

DeNA Games Tokyo 開設@Akiba。社長は社内有名人T川。 久しぶりのエントリーでT川の全てを明かそうと思う。

ビッグマウスと言えばこのオトコ。とにかく話が無駄にでかい。 2008年新卒入社。入社1年後に「日本中の同期の中で一番成長した」と豪語していたのは記憶に新しい。

何になりたいの?

「ぼくは社長になりたいです。Global impact ナンバーワンのときの社長。それからオリンピックで金メダル獲ります。 守安さん(DeNA社長)がオリンピックのメダル持ってたらカッコいいですよね。スティーブジョブズがオリンピックのメダル持ってたら、もっと多くの子供たちが起業家になりたいと思いますよね。」

田川氏がDeNAでも抜きん出たビックマウスであったことがわかるだろう。

手嶋DeNA時代の活躍の話を踏まえると意外かもしれませんが、田川さんは投資家を巻き込むのが上手いです。共有が丁寧で、投資家に理解してもらうための努力をしているのでサポートしやすいです。

田川特に限られた人員のシード・アーリーフェーズではプロダクトづくりに全力で取り組む必要がある中で、情報をフルオープンにして自分たちの足りない部分は投資家にもサポートいただきながら一緒に進めていくべきだと考えています。メガベンチャーでいろいろなポジションを経験したことが活きているかもしれませんね。

手嶋さんは実際に事業をやっていたので目線が合ってやりやすいですし、シンプルに痛いところを指摘していただいたりして補完関係を感じました。

手嶋最初の計画書の営業利益が、一般的なSaaSではありえないくらいに異常に高かったんですよね(笑)。見えていないものに対して緻密にやっても仕方がないのですが、流石にSaaSについて軽く勉強すべきだという話はしました。1ヶ月でかなりキャッチアップしてくれました。

田川そんなこともありましたね(笑)。手嶋さんはいつも、こんな感じでズバッと斬ってくれるんです。

他の方からは一般的なフレームワークを用いて教科書的なアドバイスをいただくことが多いです。有難いのですが、一方で、抽象的になりやすいこともある中で、手嶋さんのアドバイスはいつも具体的でありがたいです。

あとは、いただいたアドバイスを聞かなくても別に怒られないのも助かっているポイントですね(笑)。

手嶋そういえば、サービス名をもっと覚えやすくした方がいいのでは?という話になったこともありましたね。これはしっかり理由を考えて、そのまま進むという意思決定をしてくれたので、これからに期待しているところです。

同氏の立ち回りの巧みさが伺えるエピソードだ。ここからさらに田川氏の人柄に迫っていく。

田川僕自身はインターフェイスは横柄で態度がデカイと思っているのですが(笑)、本当はビビりで臆病な性格だと思っています。実際にこの会社を起業する際も、決断するまでにかなり時間がかかって、周囲からも「いつ決めるんだ?」と何度か確認されることもありました。

ただ、崖の下がどうなっているかわからない中で、目をつむってエイヤで飛び降りるようなある意味で無謀な発想で起業したくなかったんです。手嶋さんからワーストケースを聞いたり、山籠りをしてじっくり考えたりして、起業後の生活の全てが映像として自分の頭で再生できるまで考えました。

手嶋おそらく、「後天的な起業家」のタイプですよね。DeNAでたくさんの起業家に囲まれていたことも大きいのでは?

田川それは大いにありますね。もともと負けず嫌いなところはあって、ある意味で出世競争などは肌に合っていたかもしれません。本気でDeNAの次の社長になりたいと考えたこともありました。

でも、今は、過去の自分に囚われず起業家という新しい競技に純粋に取り組みたい想いですね。アンラーニングだとか、仰々しいことは考えずに正面から全力でぶつかっていく気持ちです。

彼のエピソードを紐解くと、序盤に取り上げた手嶋氏の「難しい領域だが、田川さんが無理なら仕方ない」という言葉の真意が理解できるだろう。田川氏とPROJECT COMPがこれからの人材市場をどう変革していくのか、要チェックだ。

こちらの記事は2023年01月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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藤田 慎一郎

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