連載グロース・カンパニーを見抜く投資家の眼

自宅キッチンから生まれた食のスタートアップ。
「完全栄養食」ベースフードの創業ストーリー

インタビュイー
手嶋 浩己

1976年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社し、戦略プランナーとして6年間勤務。2006年インタースパイア(現ユナイテッド)入社、取締役に就任。その後、2度の経営統合を行い、2012年ユナイテッド取締役に就任、新規事業立ち上げや創業期メルカリへの投資実行等を担当。2018年同社退任した後、Gunosy社外取締役を経て、LayerX取締役に就任(現任)。平行してXTech Venturesを創業し、代表パートナーに就任(現任)。

橋本 舜
  • ベースフード株式会社 代表取締役社長 

東京大学卒業後、新卒で株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、新規事業を担当。国が抱える大きな課題の解決に挑むことに、事業家としての意欲が刺激される。退職後、ベースフード株式会社を設立し、代表取締役社長を務める。

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投資家やVCが事業のどこに注目し、何を高く評価するのか── 起業家にとって、資金を調達し、その先に見据えるミッション実現を目指すうえで知っておきたいポイントだ。しかし、投資の決定要因が語られる機会は決して多くはない。

そんな閉ざされた世界を解き明かし、急成長するスタートアップを増やしていくべく、連載企画「XTV手嶋氏と迫る、事業家の要諦」が立ち上がった。XTech Ventures株式会社共同創業者兼ジェネラルパートナーの手嶋浩己氏とともに、創業期スタートアップが成功するためのポイントを探っていく。

第4回は、2019年5月にXTech Venturesなどから約4億円の資金調達を実施した、“完全栄養食”のパンやパスタのブランド「BASE FOOD」を開発し、サブスクリプション方式で販売するベースフード代表・橋本舜氏との対談を前後編でお送りする。

前編では、橋本氏が「食品業界経験ゼロ」からBASE FOODの開発をスタートした理由と、わずか3年余りで海外進出を果たすに至った要因を探る。手嶋氏が「思わず応援したくなる」と語る橋本氏の魅力と、事業成長を支えた「コアコンピタンスを重視する」ポリシーが明かされた。

  • TEXT BY HUSTLE KURIMURA
  • EDIT BY TAKUMI OKAJIMA
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食品知識ゼロの男は、なぜ“完全栄養食”開発に挑んだのか?

グローバルでは、植物由来のタンパク質でつくる「代替肉」を開発・提供し、創業から10年足らずで“時価総額1兆円”まで上り詰めたBeyond Meatや、バッタを原料にしたプロテインパウダーを提供するイスラエル発のスタートアップHargol FoodTechなど、「食」と「IT」を組み合わせてユニークな事業を手がける企業が登場している。

健康を維持するために必要な栄養をすべて含む、完全栄養食「BASE PASTA(現在はBASE NOODLEに名称変更)」。グローバルでみるとドリンクタイプの完全栄養食はあったものの、食事を楽しみながら健康になれる、世界初の“主食”の完全栄養食としてお披露目された。

BASE FOODを世に送り出した橋本氏は、もともとは“食品知識ゼロ”の会社員。製麺機を購入し、大豆粉など栄養豊富な食品をスーパーで買い溜め、会社の休みを利用してマンションの自室で理想のパスタを練り上げる日々を過ごした。「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤を繰り返し、ついに納得のいく商品をつくり上げた。

未経験から完全栄養食という新たな市場で挑戦しようと橋本氏を駆り立てたのは一体なんだったのだろう。

ベースフード株式会社 代表取締役社長 橋本舜氏

橋本私が完全栄養食マーケットでビジネスを立ち上げた理由は、大きくふたつあります。

ひとつは、私自身の食生活が「ラーメン、カレー、中華、コンビニ弁当、たまに大戸屋」の無限ループだったこと。年々、健康診断の結果は悪化しているものの、忙しく働く日々で、自炊をする時間もない。そこで、自分のような「渋谷で働く20代、一人暮らしの男性」でも、手軽に健康になれるサービスをつくりたいと思ったんです。

もうひとつは、日本の社会課題である「少子高齢化による社会保障費の増大」を自分の手で解決したいと思ったこと。国民一人ひとりの栄養バランスが安定し、健康寿命が延びれば、社会保障費を抑えることができる。そのロジックで社会保障費の増大を解決できたら、同様の社会課題を抱える外国にソリューションとして事例を提供し、日本が外貨を稼ぐことだってできると考えたんです。

自らの経験と社会課題への強い意識が、完全栄養食というマーケットへと橋本氏を駆り立てた。彼が社会課題の解決に関心を示す背景には、新卒入社したディー・エヌ・エーで、自動運転の社会実装を目指す事業開発に携わったことが関係しているという。「国が抱える大きな課題の解決に挑むことに、事業家としての意欲が刺激されたんです」と橋本氏は語る。

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「BASE FOODだから」ではない。いつどこで出会っていても、投資していた

高い視座を持つ起業家だと判断したからこそ、手嶋氏も橋本氏への投資を実行した。手嶋氏は「経営者としてのスケール感に惚れている」と橋本氏を絶賛する。

XTech Ventures株式会社 共同創業者兼ジェネラルパートナー 手嶋浩己氏

手嶋橋本さんは“ビジョン先行型”の起業家です。つまり、立ち上げた事業にビジョンを後付けするのではなく、「大きな社会課題を解決したい」というビジョンが先にあり、あくまでその手段として起業を選んでいる。

組織や事業をドライブさせるために、後付けでビジョンを何度も語っているうち、気づいたら本心になっている起業家も結構います。対して橋本さんは、ディー・エヌ・エーで自動運転バスの実証実験などに従事するうち、社会課題の解決に挑む面白さに気づいたんです。

その「スケール感」には、同じディー・エヌ・エー出身の起業家であるアカツキの塩田氏を彷彿とさせる、独自の大きな世界観があったと手嶋氏は続けた。

手嶋この事業に関しては、僕らはそこまで土地勘ないですし、正直アメリカ進出はどうやってやるのだろうという感じですが、そういった事業評価より「本当に彼が思い描く通りに事業が進展したらとんでもないことになる」という感じです。

あわよくばもう少し早く出会いたかったです。事業がない状態でも、このトーンでひたすら語ってくれたら投資したと思いますね。

あとはひとつのテーマに対する執着心。語れることがたくさんあって、考え方と世界観を持っている。こういうビジョナリーな方は、あまりいないです。

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起業家自らスーパーを駆け回り、手探りで商品開発

大きなビジョンを持ち、橋本氏は課題を解決するために動き出した。しかし、食品業界の知見は皆無だったため、プロダクト開発は栄養士に相談するところからスタートした。

栄養計算の方法を教わり、橋本氏は完全栄養食の材料として乾燥食品に目をつける。スーパーで買ってきた乾燥食品を家庭用の製麺機で混ぜ合わせては、試食を繰り返す。橋本氏は「最初はとにかく美味しいものができなかったが、専門家のアドバイスをもらいながら試作を続けるうち、だんだん悪くない味になっていった」と、試行錯誤の日々を振り返る。

初めてパスタをつくった日から、3年あまり。BASE FOODは累計で100万食を販売するほどに成長し、2019年3月には新商品としてパンの「BASE BREAD(ベースブレッド)」も発売した。食品の素人が手探りで始めたビジネスは、どう育っていったのだろうか。

「新規事業をつくる上で、絶対に譲ってはいけないことがひとつあります」。橋本氏はそう切り出し、ベースフードがステップアップしてこれた最大の要因を明かした。

橋本「コアコピタンスの開発を他人に委ねるな」。これが、私が新規事業に挑む際に最も重視する、いわば座右の銘のような言葉です。

“コアコンピタンス”とは、企業活動における「競合他社に真似できない核となる能力」を指す。ベースフードにとってのコアコンピンタンスは、完全栄養食としての栄養バランスを、パスタだけでなくパンやラーメン、ナンなど世界中の主食で再現できる独自技術だ。

橋本氏は「リーダーが自らの手でつくり上げていない新規事業は、絶対に成功しない」と、言葉に熱を込める。

橋本起業当初、「麺の開発は他のメンバーに任せるべき」というアドバイスを何度もいただきました。しかし僕自身が中心を担っていないと、行き詰った際に、コントロールが効かなくなってしまう。また、代表にとって、コアコンピタンスがブラックボックス化してしまうと、経営も難しくなる。どれだけ時間がかかろうとも、ベースフードのコアコピタンスである完全栄養食の開発技術には、フルコミットし続けようと決めていました。

手嶋氏は、橋本氏から創業当初の話を聞かされた際、その熱意と行動力に舌を巻いたという。「普通、ゼロから食品を自力でつくれないですよね」。口元を緩ませ、起業家・橋本舜の魅力を語る。

手嶋販売やマーケティングに注力する起業家は数多くいても、知識も経験もない食品というプロダクトを原材料レベルの調合からゼロから自分でつくる起業家には、ほとんど会ったことがありません。いわゆるD2Cの場合、OEMメーカーに委託するのが普通でしょう。橋本さんは、その手の起業家とは、ちょっとタイプが違うんです。

彼のように「まずは今できることを120%の力でやり切る」スタンスを見ていると、思わず応援したくなってしまいます。製麺所をはじめ、多くの方々がサポートしたくなる理由は、きっと私の「応援したい」気持ちと同じ思いを抱くからでしょう。

橋本氏が持つ揺るぎない信念は、自然と人を巻き込んでいった。試作品を携え、「麺を食べれば食べるほど健康になれるって素敵じゃないですか?」と突撃した製麺所の社長は、35歳以上年の離れた橋本氏のビジョンに共鳴。その場で事業への協力を約束した。

パッケージ会社から衛生管理を担う会社まで、初期のベースフードを支えるパートナーは、その製麺所から紹介を受けた企業も少なくない。

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週末プロジェクトから始め、トラクションを持って投資家にプレゼン

ベースフードは、ビジョンを大きく持ち、コアコンピタンスの確立に代表自らこだわった。最初からスタートアップとして始めたわけではなく、プロジェクトとして始まったことが功を奏した。とはいえ、橋本氏は最初から意気込んで起業しようとしたわけではない。

橋本会社員は自分の思う通りには動かせないことも多いので、趣味と勉強を兼ねて土日に自分で新規事業をやる、金をかけずにやる、それでいいじゃんという感じで始めました。それが結果的にやりたいことを突き詰めることにつながり、純粋に売ってみることができた。プロジェクトから始めたことがよかったのだと思います。

小さく始めて完成した商品を発売したところ、WEB記事で紹介され、その記事がTwitter経由で拡散されたことで、Amazonの食品ランキングで1位を獲得。「これほどの需要があるなら、会社を立ち上げ、資金調達してグロースさせよう」と社員を採用して、会社として大きくしていくことを決めた。

プロダクトもなく、トラクションもない状態から資金調達に動くスタートアップも多い。ベースフードは、プロダクトもトラクションもある状態でのVC周りとなった。結果、同社は2017年10月にグローバルブレインから1億円の資金調達を実施。ベースフードの調達ストーリーはどのようなものだったのだろうか。

橋本最初は「『完全栄養食』のマーケットがターゲット」と話していましたが、その後は「D2C×食」のマーケット、現在は「フードテック」と呼ばれている新たなマーケットと、自分たちが挑む市場をたびたび捉え直し、投資家の方々に自分たちの事業の拡大し続けているスケール感を伝えてきました。

フードテックとは、文字通り食品関連のサービスにIT技術やスタートアップ的ビジネスモデルを掛け合わせた新しいビジネス領域のことを指す。新たな食品技術の開発から、農業関連のテクノロジー活用、キッチンのスマート化など、食といっても幅広い。だが、この注目を集めている領域へ挑んでいるゆえに、ベースフードに対する投資家からの期待も高まる。

自宅ガレージならぬ、自宅キッチンから始まったベースフードは、投資フェーズごとに目指すマーケットを捉え直し、スケールを広げてきた。より広い市場を目指せる背景には、完全栄養食という新たな食品を開発してきただけでなく、ビジネスモデルと掛け算し、サービスのようにグロースが狙えることにある。

後編では、ベースフードが強いプロダクトに加えて、D2Cなどビジネスモデルと組み合わせていかにビジネスをスケールさせようとしているのかを掘り下げる。

こちらの記事は2019年11月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

ハッスル栗村

1997年生まれ、愛知県出身。大学では学生アスリートを取材し、新聞や雑誌の制作・販売に携わる。早稲田大学文学部在学中。

編集

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

デスクチェック

モリジュンヤ

1987年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後、2011年よりフリーランスのライターとして活動。スタートアップやテクノロジー、R&D、新規事業開発などの取材執筆を行う傍ら、ベンチャーの情報発信に編集パートナーとして伴走。2015年に株式会社インクワイアを設立。スタートアップから大手企業まで数々の企業を編集の力で支援している。NPO法人soar副代表、IDENTITY共同創業者、FastGrow CCOなど。

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