連載事業家の条件
5年連続200%成長を生んだ極意“おせっかい”。
決裁者プラットフォームが「出会い」創出、オンリーストーリーの戦略に迫る
世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。
この問いの答えを探すべく、連載「事業家の条件」が立ち上がった。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures共同創業者・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、投資家の目から「イノベーションを生み出せる事業家の条件」を探っていく。
今回お招きしたのは、経営者のマッチングプラットフォーム事業『ONLY STORY』を展開するオンリーストーリーの代表取締役・平野哲也氏だ。同社は5年間にわたり、平均200%の売上成長率を維持しており、手嶋氏は「コロナ禍でオンラインコミュニケーションの普及が加速した昨今、『偶然の出会い』を生み出すオンリーストーリーの果たす意義は大きい」と評する。
2020年6月15日にはXTech Venturesやエン・ジャパンをリードに、総額約3億4,500万円の資金調達を発表し、ますます成長を加速させるオンリーストーリー。その裏には、「ゴキブリのようだ」と例えられることもあるという代表の粘り強さと、「カリスマがいなくても勝てる」組織カルチャーが隠されていた。
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「おせっかい」が、唯一無二のサービスを生んだ
「なぜこのビジネスが成長しているのか、よく分からなかった」。手嶋氏がオンリーストーリーを知った当初、率直に抱いた感想だ。
同社のマッチングプラットフォームには、登録した経営者のインタビューなど記事情報が掲載されている。起業ストーリーや事業の強みが盛り込まれた記事が掲載されると、コミュニティの一員として認められ、マッチングの対象になる。
インタビューでヒアリングした内容をもとに、オンリーストーリーが適切な企業を紹介し、アポイントメント取得をサポートする。現在、登録企業は2,500社にのぼり、年間8,000件以上の商談が生み出されているという。
経営者である手嶋氏自身もユーザーターゲットに含まれているはずだが、「サービス内容をはじめて聞いたときは、利用するイメージが持てなかった」と振り返る。
しかし、ユーザーへのヒアリングを重ねるうちに、一見すると分かりづらい、オンリーストーリーのコアバリューが見えてきた──「おせっかい」だ。5年連続の200%成長を実現できた要でもある。
手嶋オンリーストーリーの社員たちは、経営者や決裁権者に対して、とにかく“おせっかい”を焼くんです。もちろん、良い意味で。
忙しい経営者たちが、マッチングを求めて能動的にアクションを起こすことは考えにくい。ですから、オンリーストーリーから積極的に、「この会社に営業してみてはどうか」「メッセージにはこんな文言を入れてほしい」と働きかけている。
一方、プロダクトとしての使いやすさは、磨き込む余地が残されています。今はその伸びしろを人力で補いながら、ユーザーに唯一無二の価値を提供しているんです。
平野SaaSビジネスが失敗する主な原因の一つは、「ユーザーが使いこなせない」点だと思っています。UI / UXが複雑化してしまったり、ユーザーの能動性に期待しすぎてしまったり。
だからこそ、プロダクトだけを過信せず、泥臭く、人の力で補うことが必要だと考えています。特に、オンリーストーリーは決裁権を持った経営者をカウンターパートとしているため、ARPU(顧客あたり売上)が高くなりやすい。それゆえに、テックタッチだけに頼らず、ハイタッチやロータッチを積極的に織り交ぜても、収益性が担保できます。
とはいえ、すべての顧客に付きっきりになればいいわけでもありません。オンボーディング期間は厚めにハイタッチでサポートし、次第にロータッチ、テックタッチへとシフトさせていき、段階的に「おせっかい」をコントロールすることが大切です。
日本政策金融公庫が毎年制作する『中小企業の景況見通し』でも、「経営者が最も課題を感じている業務は営業である」と発表されている。多くの経営者の課題である「販路の拡大」をオンリーストーリーがサポートし、成長を後押しするのだ。
質の高いマッチングは、データ活用の賜物でもある。「採用支援サービスの営業を受けた会社に、3ヶ月後に社員研修を提供する企業を紹介すると、成約率が向上する」など、営業活動にまつわるデータが、6年間のサービス運営で蓄積されているのだ。
手嶋便利な機能だけが売りのツールは、すぐに模倣されるおそれがあります。同じ機能を開発してしまえばいいわけですから。また、他に良い機能を持ったサービスが出てきたら、乗り換えられてしまう可能性も高い。
でも、オンリーストーリーは違う。熱量を維持するために、少しずつ広げていきながら育ててきたオンライン上のビジネスコミュニティ。そして、その中で人力で生み出したマッチングと、それを地道に積み重ねることで得られたデータが、このサービスをまねることを難しくしています。正直、そうそう模倣できないと思いますよ。
平野僕は、とにかく諦めが悪くて。どんな難しいオーダーにも必死に食らいつき、お客様の課題を解決しようと駆け回っていたら、気づけば強みが磨かれていました。
あまりにも諦めが悪くてしぶといからか、経営者のみなさんに「ゴキブリみたいなやつだな」と言われることもあるくらいです(笑)。
三度の大病を乗り越え、起業へと踏み出す
平野氏は2014年の創業以来、泥臭く行動し続けることで、事業を成長に導いた。エネルギーの源には、その生い立ちと、三度にわたる「生命の危機」がある。
父と叔父が会社を経営しており、周りも経営者が多い環境で育った。起業に関心を持ったのも、自然な成り行きだった。
平野いつしか、経営者に憧れを抱くようになりました。正確な年齢は覚えていませんが、幼少期から「いつかは自分も」と思っていた記憶があります。
そんな想いと同時に、事業がうまくいかずに困っている経営者たちの姿を見て、「なんとか助けになりたい」と考えるようにもなりました。
高校卒業後は、早稲田大学政治経済学部へ進学。当時は「よくいる“起業家志望”のひとりだった」という。しかし、大学三年生のとき、平野氏を病魔が襲った。髄膜炎を発症し、生死の境をさまようことになったのだ。
平野手術時に思ったんです。このまま死んだら、後悔ばかり残ってしまうと。
それまでは、「起業して失敗したら、どんな風に思われるかな?」と、周囲からの評価ばかりを気にしていました。でも、死に直面して、人生に後悔を残さないことの方が大事だと感じたんです。就職活動はせずに、起業にチャレンジすることを決めました。
しかし、待ち受けていたのは、さらなる苦難だった。「回復後、すぐに起業への道を邁進し、オンリーストーリーが誕生……となれば、きれいな物語なんですけどね」と恥ずかしそうに笑う。
退院した後は、ビジネスコンテストやインターンシップに精を出した。会社設立に向けて仲間を集め、ビジネスモデルを磨き上げるためだ。そんな時、二度目、三度目の「命に関わる病気」が、平野氏を襲った。
平野今度は二回連続で肺気胸を患い、またしても入院を強いられることになりました。つらかったですよ……。
でも、入院中に改めて自分と向き合う時間ができ、直近の行動を振り返れたのは良かったと思っています。何度も自問したのは「ビジコンやインターンに参加していたのは、本当に起業準備のためか?」です。
そして、気付きました。またしても、自分は起業から逃げていたと。「しっかりと準備を整えることが、着実な起業の道としての正しい手順なのだ」と合理化していたけれど、本当は先延ばしにしたかっただけ。失敗が怖かったのだと思います。
自分の弱さを、それらしい理論武装で隠してしまっていたんです。こうした逃げ腰なメンタリティを、僕は「それっぽく語れちゃうシンドローム」と呼んでいます(笑)。
そんな自分を変えたくて、もう絶対に逃げないと覚悟を決めました。いざチャレンジしてみると、忙殺されるなかで起業前のモヤモヤは消え去っていて、起業した後のほうがラクだったとすら思います。
退院した平野氏は、言い訳を捨て、オンリーストーリー設立に向けて走り出す。
その後も盲腸が破裂し、腹膜炎を発症したり、苦難はあった。だが、それでも諦めない姿勢や執念深さは、「かつての弱い自分」への反省から生み出されているのだろう。自らを育ててくれた父や叔父、幼少期に影響を与えてくれた経営者たちへの強い想い、そして覚悟が、平野氏を突き動かしている。
スタートアップなのに、スーパーマンがいらない組織
手嶋氏は、オンリーストーリーの組織のユニークさも評価する。「自らの失敗や弱さを隠さない平野さんだからこそ、つくり上げられた」。
手嶋オンリーストーリーは、スキルフィット以上に、カルチャーフィットを重視してきた会社だと感じます。
スタートアップは、往々にして高いスキルを持ったスーパーマンを求めます。でも僕は、一部の秀でたメンバーに依存する事業は属人性が強くなりがちで、脆さもあると思っているんです。
スーパーマンに依存しすぎず、カルチャーを強みとする会社のほうが、再現性が生まれてサステナブルなはず。
では、オンリーストーリーの重視するカルチャーとはどのようなものか。
それを象徴するのが、「つよいい会社」という言葉だ。成果にこだわり、事業成長を追い求める「つよさ」と、社会に価値を還元し、関わるすべての人から応援される「よさ」の両立を求めている。
だからこそ採用のシーンでも、スキルだけでなく、カルチャーフィットを重視してきた。
とはいえ、その求職者が本当にカルチャーにフィットするかは、実際に入社してみないとわからない。そこでオンリーストーリーでは、「デート採用」と呼ばれる手法を導入している。
入社前に実際に業務体験を経てもらい、お互いの良い面も悪い面も見た上で、相互理解を深める。その後、社内メンバーの印象や意見を吸い上げ、平野氏が面談を実施。候補者の感想や意向を聞いた上で、最終的な採用可否を決定している。
平野時間のかかる採用手法ですし、「採用数」をKPIに置くのであれば、非合理的な手段といえるでしょう。でも、「採用後の活躍」をKPIに置くのであれば、合理的だと感じています。
使いこなせるSaaSを目指す僕たちの事業は、プロダクトだけでなく、担当者への信頼が成否を分けます。それぞれのメンバーがクライアントに伴走し続けて、はじめて価値を提供できるようになる。
ですから、カルチャーフィットを重視し、長く活躍できる人を採用することを心がけているんです。
カルチャーフィットを最重視するスタンスは、インターン生からの社員登用を積極的に実施してきたことにも表れている。
平野僕たちは、一緒にこれからの会社を作っていきたいと感じたインターン生に、オファーを出してきました。
スライドを100枚作成し、「あなたが必要な理由」や「なぜオンリーストーリーでなければならないのか」を説くこともあります。クライアントのために努力でき、「つよいい会社」をつくる想いを持った人の採用には、かなり力を入れてきましたね。
ただ、カルチャー重視というと「同じようなタイプの人しか集まらないのでは?」といった懸念も生じる。しかし、平野氏は先回りしていた。
「0.5歩先のカルチャー」を考慮しているというのだ。現在の組織カルチャーにフィットしている人だけでなく、「これから醸成していきたいカルチャーから逆算してフィットしそうな人」も採用する。
たとえば、今後はデータドリブンなカルチャーを生み出していくべく、データに強い人の採用を進めているという。
平野「0.5歩先のカルチャー」にフィットした人を採用する際、「比率」と「歩数」には、十分に気を配る必要があります。「0.5歩」を超えて数歩先のカルチャーを持つ人を採りすぎても、組織にハレーションが起こってしまいます。“筋肉痛”を超えて“肉離れ”になってしまう感覚ですね。
オンライン化が進むからこそ、“おせっかい”の価値が増す
さらなる飛躍のため、今後はテクノロジー面を進化させていく。マッチングの精度と効率を高めるため、機能拡充からデザインまで、あらゆる側面からプロダクトを磨き込むという。
手嶋氏は「営業プロセスがオンラインに移行していく、これからの時代を象徴するようなサービスになるだろう」と期待を寄せる。背景には、新型コロナウイルス感染症の影響による、デジタルシフトの進展がある。
手嶋オンラインコミュニケーションの機会が増えていくにつれ、新たな出会い、偶然のつながりを生み出すことが、今までよりも難しくなっていくはずです。
だからこそ、人と人との出会いを媒介してくれるオンリーストーリーのサービスが重宝されると見ているんです。経営者たちは、新たな出会いやチャンスを求めています。これからが正念場であり、チャンスだとも言えるでしょう。
実際に、問い合わせ数も増えているという。チャンスをものにするためにも、「長期的な成長の加速装置として、新規事業をどのような方向性で生み出していくのかがカギ」と手嶋氏。平野氏はうなずき、次なる展開を語った。
平野現在は営業支援がメインですが、中長期的には採用支援やPR支援、そしてM&Aのサポートといった「経営課題支援」につなげていきたいと考えています。蓄積されたデータとつながりを活かし、より幅広く、経営者をサポートしていきたいですね。
その先に見据えるのは、全国385万社の企業を土台から支える、「課題解決のプラットフォーム」となることだ。
平野小さい頃から多くの会社を見てきたなかで、日本に存在する企業の多くが、それぞれ熱い想いやミッションを持っていると実感しています。そして、そんな会社が385万社もあったら、日本はすごく良くなるだろうなとも思っているんです。
一方で、経営課題があるからこそ、志を遂げられていない会社が多いなとも考えています。だからこそ僕たちは、そうした企業の経営課題、とりわけ大きな悩みの種となっている営業課題を解決に近づけ、土台を支える存在になっていきたいです。
その状態をつくるためには、まだまだ仲間が必要です。特にカスタマーサクセス担当の採用に力を入れています。僕たちの考えに共感してくれる人には、ぜひ一度話を聞きに来てもらいたいですね。
手嶋これまでは、互いによく知るインターン生を中心に採用してきたからこそ、カルチャーを強固に保ててきました。でも、これからは、外部から専門的なスキルを持った人も採用して、組織に統合していかなくてはなりません。
それでも、強みとしてきた組織の一体感を保てるのか。これから真価が問われていくと思いますが、平野さんたちであれば、良い意味での“ゴキブリ”の精神で乗り越えてくれると信じています。
こちらの記事は2020年06月23日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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連載事業家の条件
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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