連載事業家の条件
コアユーザーは「対面」で口説いた仲間。
急成長を見据え非効率の連続も厭わないAntaa中山にXTV手嶋が迫る
世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。
この問いの答えを探すべく、連載「事業家の条件」が立ち上がった。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures代表パートナー・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、投資家の目から「イノベーションを生み出せる事業家の条件」を探っていく。
今回お招きしたのは、「医療をつなぎ、いのちをつなぐ」をミッションに掲げ、医師向けサービスを複数展開するアンターの代表取締役・中山俊氏。同氏は経営者であり、現役の医師でもある。医師の質問解決プラットフォーム『Antaa QA』は、2017年のローンチ以降、順調にユーザー数が増加。2019年6月現在、1万5,000人を超えている。
手嶋氏はAntaaのサービスを「2022年には、全医師の3分の1に使われるようになる可能性がある」と評する。成長の源泉は、「参加している医師の多くが好きでいてくれている」という強固な医師コミュニティだ。「立ち上げ時は毎晩ユーザーと飲んでいた」中山氏に、狂気的なまでに地道な行動の積み重ねによるコミュニティ組成術を聞く。
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
コロナ禍の2カ月で、ユーザー数は1.5倍に
Antaaは医師向けの「コミュニティ」を運営している。医師の質問解決プラットフォーム『Antaa QA』、学会や研究の成果をシェアする『Antaa Slide』、医学情報やイベント情報を記事や動画で発信する『Antaa Media』を提供し、多方面から医師の課題解決をサポートしているのだ。
昨今、「コミュニティ」を標榜する事業は少なくない。しかし、掲げるだけで終わってしまい、具体的な取り組み内容や効果が見えづらいケースも散見される。
一方で中山氏は、真摯に、ときに泥臭く向き合い続けている。
中山コミュニティとは、つまるところ「自分はここの一員です」と笑って言える人の集まりのことだと思います。
『Antaa QA』上では、寄せられた質問に対して、平均15分で回答が集まるという。また、ユーザーは「Antaaコミュニティ」の一員として、サービスを利用していることをTwitterやFacebookで積極的に発信しているそうだ。
中山AntaaのステッカーやTシャツを買い、SNSに投稿しているユーザーさんもいます。「このサービスのファンであること」を誇りに思い、ユーザーであることをアピールしてくれている。ただのツールとして利用するのではなく、コミュニティの一員としてサービスづくりに参加している医師もいます。
ローンチから約3年が経った『Antaa QA』。会員数は年間300〜400%のペースで成長し、2020年6月現在では1万5,000人を超える。オンラインでの情報収集へのニーズが高まったことも、急成長の後押しとなったという。
中山医師は、主に二通りの方法で情報を収集します。まず、製薬会社など、医療従事者に情報を提供したいと考える事業者から情報を集める方法。エムスリーやメドピアは、これら事業者からの情報収集をオンライン化しています。
そしてもう一つが、講演会や勉強会を通して、同業者が発信する情報を集める方法。この「医師から医師へ」の情報提供は、依然としてオフラインが中心です。しかし、近年ではオンライン化のニーズが高まりつつあります。
新型コロナウイルス感染症の流行も、オンライン化の機運を高めたという。オフラインでの交流が制限されるなか、新型コロナウイルス感染症に関連する情報をはじめ、これまでオフラインに頼っていた医学に関する情報を求めて多くの医師が『Antaa』に登録。2020年4月から6月にかけて、会員数は1.5倍に増加した。
会って、会って、会いまくった狂気──コミュニティづくり、最大の成功要因
Antaaは、どのようにコミュニティを形成してきたのだろうか。
サービス立ち上げ当初は、想いある熱心な医師を巻き込むことに注力したという。それにより、「人が人を呼ぶサイクルをつくれた」と中山氏は振り返る。
また、回答したユーザーへの金銭ではないインセンティブ付与も、積極的に手がけてきた。回答を寄せてくれた医師に対し、他の医療メディアへの露出をサポートしたり、動画コンテンツへの登壇を依頼したりもした。その結果、アドバイスを提供する医師が増えたという。
しかし、こうした施策は一端にすぎない。知り合いの医師から「狂気的だ」と評されるほど、医師に「会って、会って、会いまくった」ことこそが、最大の成長要因だった。
中山サービス立ち上げ時は、ほぼ毎晩、医師と飲んでいました(笑)。とにかく人に会うことで、想いに共感する仲間を増やしていったんです。
一般ユーザーに向けたサービスであれば、広告運用などでユーザーを増やすことは可能です。しかし、医師は全人口に占める割合が非常に少ないうえに、一人ひとりが非常に多忙です。効率的に情報を収集しようとする彼らに対して、オンライン広告でアプローチしても、ユーザー数の増加はなかなか望めないと考えていました。
それに、僕には医師としての就業経験しかなく、Webサービスをグロースさせる知見はありません。僕ができるのは、サービスのビジョンを語り、共感してもらうことしかない。ビジョンが伝われば、必ず参加者は増えると信じていました。
発信するコンテンツづくりにも、多くのリソースを割いた。創業期はオフラインで週に1〜2回の勉強会を実施。勉強会で発信する内容は、中山氏が自ら制作を主導したという。自身が専門とする整形外科の領域においては、専門外の医師が必要とする現場の知識を伝えた。周りの医師に確認を取るなどして情報の正確性を担保したのはもちろん、知識を現場で活用してもらいやすいよう、デザイン性やわかりやすさといった伝え方にも気を配った。
中山現場の医師が正しい情報を知ることで、救われる命があります。一人でも多くの患者さんの命を救うために、提供するコンテンツの質には徹底的にこだわりました。その結果、信頼を得ることにつながったのだと思います。
「大企業も敵ではない」唯一無二のサービスをつくる秘訣
手嶋氏は、中山氏の事業立ち上げプロセスには「コミュニティ運営における、重要なノウハウが隠されている」と評する。そのノウハウとは、いったい何か。
ユーザーが活発にコミュニケーションし、主体的に情報を発信する。そのようなコミュニティを築き上げるポイントを、手嶋氏は「立ち上げ時のコンテンツの質を担保するためには、ユーザー投稿に依存せず、初期は自分たちでコンテンツのクオリティを担保すること」だと挙げる。
手嶋結果として、「このコミュニティでは、適当な情報を流してはいけない」という共通認識、暗黙の了解のようなものが初期に形成されるからです。すると、その後も情報の質が担保され、自然と「このコミュニティに属していれば、質の高い情報が得られる」と思ってもらえるようになる。
今では誰もが知る、ある有名な飲食店の口コミサービスも、立ち上げ当初は創業者が自らレストランに足を運び、丁寧なレビューを書き込んでいたそうです。そうすることで、後に続くレビューの質も上がり、「このサイトの情報は信頼できる」と感じてもらえるようになったのです。
オリジナルTシャツはユーザーにも人気で、着用している姿がSNSに投稿されることもあるという。
ユーザーに会い、良質なコンテンツをつくり続ける──そんな愚直な努力の連続でしか、良いコミュニティはつくれないと手嶋氏は語る。
手嶋膨大な時間と労力がかかるからこそ、ユーザーに価値を感じてもらえるコミュニティを擁する、唯一無二のサービスになれる。
たとえば、大企業は膨大な資金を持つ一方で、効率良く利益を上げられるサービスを求める傾向があります。それゆえ、Antaaのような事業をつくろうとしても「毎晩のように医者と飲んで、一つひとつ勉強会のコンテンツをつくるなんて、コストがかかりすぎる」といった意思決定になりがちです。大企業が後追いで参入してきてリプレイスすることは、難しいでしょう。
中山さんのアプローチは、インターネット上のコミュニティ作りという観点において、まさに正攻法。正直、僕には真似できません。初めてお会いし、投資を事実上決定したのは2019年末、すでにユーザーが7,000人を突破したころでした。7,000人もの医師が、実名で情報発信していることに驚きましたね。中山さんの医療業界を変えようとする想いと、やりきる力が、唯一無二のサービスをつくり上げたんです。
「起業したほうが、より多くの命を救える」
中山氏の「医療業界を変えようとする想い」は、医師としての経験を重ねるなかで醸成された。「一人の医師として救える命の数には限りがある」と感じたことが、Antaaを創業するきっかけになった。
中山医師としての知識と技術を最大限に発揮しても、患者さんを助けられないことがある。そんなとき、ふと「自分じゃなかったら助けられたのかな」と考えてしまうんです。あるいは、自分にもっと知識や技術があれば……と。
後から他の医師に相談し、有効な治療法を聞いても遅いのです。失われた命は、戻ってきません。でも、リアルタイムで他の医師に相談できる環境もなかった。それぞれが努力することも大切ですが、医師同士が常につながり、知識や経験を共有することが、一つでも多くの命を救うことになると考えました。
最初に目を付けたのは、勉強会などで映し出される「スライド」だ。専門的な知見や具体的な治療法がまとまっている資料でもあり、かんたんに「知識や経験を共有」できると踏んだ。
共有サービスを立ち上げたが、半年が経過しても掲載数は伸びなかったという。実名でスライドを投稿することに、ユーザーが抵抗を覚えていたのだ。
そこで、実名投稿のハードルを下げるために辿りついたのが「Q&A方式」だ。「寄せられた質問に回答するだけであれば、投稿に対する心理的な障壁は低くなる」と考えた。その結果、活発な質疑応答が交わされるようになっていった。実名での回答が一般化してくると、スライドの掲載数も増加した。
「ただし、裏では約100名の医師にお会いして、スライドの掲載をお願いしてもいました」と、中山氏は当時の苦労を振り返る。
医師としての勤務経験とは畑違いのWebサービス立ち上げは、大きな困難を伴ったはずだ。待ち受ける険しい道を進むことに、抵抗はなかったのだろうか。
中山全くなかったですね。僕は、人の命を救うために医師になりました。医療により大きな貢献をし、患者さんの命を救える道があったから、そちらを選んだだけです。
サービスを通じて患者さんが救われたと知ったときは、本当に喜びを感じます。「アドバイスのおかげで、患者さんを救うことができた」「アドバイスをもとに薬の処方を変えたことで、患者さんが快方に向かっている」……そうしたコメントを見ると、「本当にこのサービスをやっていてよかった」と思いますね。これからも、一つでも多くの命を救っていきたいです。
2022年には「日本の医師の、3人に1人が利用するサービス」に
中山氏は起業家として、日本のみならず、世界の医療を変える挑戦に踏み出していく。「世界中にいる医師たちをつなぎ、世界の医療を底上げする仕組みをつくりたい」と意気込む。
サステナブルなサービス拡大のため、今後はマネタイズにも着手。マネタイズポイントとしては、製薬会社からの情報提供の仕組み化を見込んでいる。
これまで、製薬会社から医療機関への情報提供は、MR(医薬情報担当者)による口頭説明が一般的だった。しかし、2019年4月から運用が開始された「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」によって、「口頭証明は証拠が残りにくい行為」として厳しく規制されるようになった。新たな情報提供の手段として、多くの医師が利用するオンラインコミュニティが持つポテンシャルは小さくないだろう。
手嶋現在、Antaaは1万5,000人の医師が利用するプラットフォームになっています。ネットワーク効果が生まれ、雪だるま式にユーザーが増えるフェーズに入っているため、早ければ2022年中に、ユーザー数が10万人に到達するのではないかと見ています。
日本の医師免許保有者は約30万人なので、3人に1人が利用するサービスになるということです。
命を救うためのプラットフォームとしてはもちろん、医師に有用な情報を提供したい事業者にとっても魅力的な場になっていくでしょう。Antaaを見るとき、医師は常に「仕事モード」なので、医薬品などの治療に直接つながる情報が届きやすいですから。
しかし、課題は少なくない。最も大きな課題として挙げたのは、Webサービスをグロースさせる知見不足だ。
中山これまでは足を使った地道な努力によって、こつこつとサービスを成長させてきました。でも現在は、日本、そして世界の医療を変えていくために、一気にサービスをグロースさせるフェーズに差し掛かっている。そのための知見を持ったメンバーを、もっと増やしていかなければいけません。
手嶋いわゆるグロースハックの重要性が増してくるでしょうね。WebマーケティングやtoCのサービスを成長させた過去を持つような、経験豊富なメンバーが必要になるでしょう。
とはいえ、最も重要なのは、スキルではなくマインドだ。
中山「医療を良くしたい」という想いを持っていることは、絶対条件ですね。その上で、先ほど申し上げたようにWebサービスをグロースさせるための知見を持った人であれば、大歓迎です。
誰しも、自分や身の回りの大切な人が医療を受けることになる瞬間があると思います。そのとき、医療が良いものであってほしいと願わない人はいません。
自らの親や子供が、より良い医療を享受できる環境をつくる機会が、Antaaにはあります。医療を変えるチャレンジに挑みたいという人に、ぜひ仲間になってもらいたいですね。
こちらの記事は2020年08月07日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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連載事業家の条件
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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