連載事業家の条件
「在庫がないのに注文が入る」というパラダイムシフトで年率2,500%成長!
スニーカー売買プラットフォームに隠された急成長の仕組みを解明
世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。
この問いの答えを探すべく立ち上がった、連載「事業家の条件」。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures代表パートナー・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、投資家の目から「イノベーションを生み出せる事業家の条件」を探ってきた。
「『世界を変えてやる!』とかいう熱い想いは、正直持っていないんですよね」。本記事に登場する、スニーカー売買プラットフォーム『モノカブ』を展開するモノカブの代表取締役・濱田航平氏は、ビジョンを高らかに語るタイプの起業家ではない。
2019年11月、XTech Venturesはモノカブへ投資したが、手嶋氏は『モノカブ』の構想を初めて聞いたとき「ビジネスとして成立しないと思った」という。しかし、前年比2,500%の急成長ぶりを目にし、考えを改めたそうだ。
「自然体のまま」事業を推進し、「社会を成り立たせている“仕組み”を覆し得る」ポテンシャルを開花させてきたモノカブの軌跡をたどる。
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
新時代のバーチャルな「資産」を支えるポテンシャル
2018年にリリースされた『モノカブ』は、国内最大級のスニーカー特化型CtoCマーケットプレイスだ。株式売買のように、スニーカーを売り手と買い手で取引できる。偽物の流入を排除すべく、取引ごとに専任スタッフによる真贋鑑定を実施。さらに、「板寄せ」という証券取引所の売買成立方法を採り入れることで、売り手と買い手が共に価格を指定できるようになり、透明性の高いスニーカー相場を実現している。
「よくあるCtoCのマーケットプレイスでしょ?」といった印象を抱く読者もいるかもしれない。しかし手嶋氏は、「新時代の社会インフラとなる可能性を秘めたサービス」と評価する。
手嶋いま、「資産」の定義が変わりつつあると思うんです。現金や株式、不動産といった従来の資産のかたちが、大きく変わっていく渦中にある。
「お金とは現金のことであり、物質として存在する」というのが、これまでの基本的な考え方です。しかし、バーチャルマネーが普及してきて、お金はオンライン上に存在するのが当たり前の、言ってみれば「概念」に近いものになってきました。つまり、現金として物質としてそこに存在しなかったり、すぐに用意できなかったりしても、価値が担保できるということです。
そうなれば、「お金」や「価値」の本質、そして資産のかたちは大きく変わります。例えば、「5万円で取り引きされているスニーカーを保有していること」が「5万円の現金を持っていること」と概念上は同価値になり、そのスニーカーで5万円の買い物ができるようになるかもしれない。『モノカブ』は、こうした新時代のインフラになり得ると思っているんですよ。
……ただ、こういう大きな話をすると、濱田さんはいつもピンときていないといった顔をするんですけどね(笑)。でも、それが彼の良さでもあります。大言壮語ばかりで足元の事業運営が疎かになっている起業家もいますが、そうした人たちとは一線を画していると思います。
手嶋氏は、濱田氏から「世界を変えてやる!」といった壮大なビジョンを聞いたことはないと言う。着実にサービスを成長させることを最優先に、その延長線上に社会変革を見据えるのが、濱田氏のスタイルだ。
既存のマーケットプレイスにつきまとう「偽物かもしれない」リスク
『モノカブ』の特徴は、売り手と買い手の「指値注文」で売買が成立する「板寄せ」と呼ばれる方式をとっている点だ。
『モノカブ』でスニーカーを買いたい人は「この金額以下であれば買う」という価格を指定し、売りたい人は「この金額以上を指定されたら売る」と決める。この取り決め方を「指値注文」と言い、株式市場で用いられる。
そして、買い手の希望金額を下回る売り手が現れると、取り引きが成立する。「板寄せ」とは、このように価格が決まるシステムのことで、こちらも株式売買で使われている。
濱田新卒で入社した証券会社で「板寄せ」を知りました。売り手と買い手が希望金額で売買できるのはとてもフェアだなと感じ、『モノカブ』に取り入れようと考えました。
しかし、当初はユーザーさんから「使い方が分からない」という声が届きました。僕は、「指値」や「成行」といった証券取引における業界用語を、そのままプロダクト上で使用してしまっていたんです。万人がスッと理解できる言葉と仕組みに落とし込むための改善には、けっこう苦労しましたね。
フェアな売買を実現するためにモノカブが力を入れているのが、真贋鑑定だ。取り引きが成立すると、売り手はスニーカーをモノカブに送付。本物かつ未使用品だと鑑定された場合のみ、買い手に届けられるフローとなっている。
手嶋一般的なマーケットプレイスでは、モノの真贋は保証されていませんよね。これが、適正な価格での売買を阻害するんです。なぜなら「偽物かもしれない可能性」が価格に反映されることになり、そのモノが本来持っている価値よりも低価格で販売されることになってしまうからです。
濱田『ヤフオク!』や『メルカリ』の登場によって、個人間のモノの売買は活発になりました。しかし、手嶋さんがおっしゃる通り、「偽物があるかもしれない」というリスクは、売り手と買い手双方にとって大きなペインでした。
でも、本物だけを流通させることを保証できれば、このユーザーペインは解消できる。そう考え、真贋鑑定を導入したんです。
撤退者続出の「特化型マーケットプレイス」市場で、頭一つ抜けられた理由
フェアに売買できる仕組みで、スニーカー愛好家に評価された『モノカブ』。取引額は前年比2,500%と、急成長を見せている。
しかし手嶋氏は、2018年頃に濱田氏からサービスの構想を聞いたとき、「正直に言えば、伸びると思わなかった」と言う。
手嶋統合型では『メルカリ』に勝てないからと、特化型のマーケットプレイスの運営に挑戦し撤退していったプレイヤーを、数多く見てきました。濱田さんから初めて『モノカブ』の構想を聞いたときも、「同じ道筋を辿るのではないか」と感じましたね。
しかし、手嶋氏の見立ては結果的に外れることになる。『モノカブ』が他のサービスと同じ轍を踏むことにならなかったのは、一体なぜか。
手嶋スニーカー市場のポテンシャルの大きさや、愛好家たちのニーズの強さを見落としていました。スニーカーを財産と捉え、「適正価格で安心して売買できるマーケットプレイスがあれば積極的に使いたい」と考えている人たちが、僕の想像以上にたくさんいたんです。
そもそも、サービスの構想は「指値でモノを売買するマーケットプレイスをつくる」アイデアから始まったそうだ。濱田氏がスニーカーに特化することを決めた背景には、2つの理由があると話す。
濱田1つ目は、商材が週単位で増加していくことです。時計やワイン、アート作品など、大きな資産価値を持つモノとスニーカーの大きな違いは、週単位で新作が発売される点。マーケットプレイスで取り引きされる商品が毎週増えていくことが見込めるので、取引規模を拡大させやすいと思いました。
そして2つ目は、愛好家たちのニーズの強さを実感していたこと。僕自身も、スニーカーを収集する愛好家の一人でした。適正な価格で“財産”を売買するニーズが根強いことを、体感していたんです。
“鶏卵問題”を打破できたのは、「買う意志」のストックが可能だから
手嶋氏は、躍進の要因として「鶏が先か、卵が先か問題」をうまく乗り越えられた点も指摘する。マーケットプレイスにおける「鶏と卵」とは、「売り手と買い手」を指す。売り手がいなければ買い手は集まらず、かといって買い手がいない場所に売り手は寄り付かない。
多くのCtoCサービスが一度は直面するこの問題を、モノカブはいかに乗り越えたのか。
手嶋売り手がある程度集まれば、買い手は自然と集まってきます。しかし立ち上げ期は、買い手がいない状態で、ある程度の売り手を集める必要がある。この難題を突破できず、倒れていくCtoCサービスは多いです。
『モノカブ』が「鶏が先か、卵が先か問題」をうまく乗り切れたのは、指値での取り引きを導入していたことが要因だと見ています。普通のマーケットプレイスであれば、買い手は商品がなければ買う意思を示せませんよね。しかし、指値取引であれば「この商品が入荷されて、この価格であれば買います」と、商品がない状態でも購入の意思表示ができる。
言ってみれば、モノがない段階から「買う意志」をストックできたということです。そのおかげで、売り手も、「この価格で買う人がいるのであれば売ろうかな」と出品に踏み切れた。需要を可視化し、サービス立ち上げ当初から供給側に出品のメリットを示せたことが、『モノカブ』の強みだったのだと思います。
この壁を乗り越えたことで、「ユーザーがユーザーを呼ぶ状態に入り、サービスの成長は加速した」と濱田氏。その頃に再会し、『モノカブ』の成長ぶりを聞いた手嶋氏は「こんなにも伸びているのか」と驚いた。ここで評価を改めたことが、2019年11月のモノカブへの投資につながったという。
濱田仕組みやサービスモデルのおかげで伸びた部分もありますが、何より大きかったのは、諦めなかったことだと思っています。鳴かず飛ばずの時期はもちろんありましたが、自分で始めたサービスを諦めたくなかったんです。だって、なんか悔しいじゃないですか。
大言壮語しない起業家もいる。自然体で世界は変えられる
「諦めない」とは言うものの、冒頭でも触れた通り、濱田氏は胸に熱い想いを秘めていながら、それを表に分かりやすく出すタイプではない。言葉の真意を問うと、大言壮語しない彼らしい答えが返ってきた。
濱田経営やサービス運営のモチベーションを、あまり考えたことがなくて……。「社会を良くしたい」という強い想いがあるわけではないですし、「お金持ちになりたい」と思ったこともありません。「とにかく頑張りたい」「始めたからには、やり切るしかない」としか、言いようがないんです。
手嶋ある意味、ゲーム感覚で楽しんでいる面もありますよね。濱田さんは、ここまで自然体でやってきた。組織や事業の課題に対しても、先回りして手を打つというより、その課題が目の前に現れてきたときにその都度、対策を講じてきたのだろうと思います。今後もそうやって一つひとつ学びを得て、目線を上げていくことを期待しています。
世界を変えるために、必ずしも強い意志が必要なわけではありません。自然体で一歩ずつ進んでいき、「気付いたらこんなところまで来ていたのか」と、本人もびっくりするような高みに至っているケースもある。
濱田氏が次のステップとして見据えるのは、品目の拡大だ。アパレルを取り扱うことは決めており、やがては「何でも取り扱う」統合型のマーケットプレイスを目指すという。
濱田将来的には、真贋鑑定が必要ない商品も取り扱っていきたいと思っています。例えば、家電は発売から時間が経つとセール商品として売られ、価格が下落しますよね。でも、指値で売買できれば、セールを待つことなく価格を下げられるはず。
また、質屋のような機能も果たしていきたいと思っています。サービス上に出品されている物の適正価格が分かれば、その商品を担保にお金を貸すこともできるかもしれない。そうなれば、手嶋さんがおっしゃっていた「新たな資産のインフラ」に近づけることもあるでしょう。
構想を実現するために現在求めているのは、濱田氏を支えるCOOだ。「経営者の能力を5段階で示すレーダーチャートがあるとすれば、濱田さんは“1”か“5”の項目しかない極端なタイプ。だからこそ、“1”の部分を補う人が必要だ」と手嶋氏。濱田氏も「特に経理や法務など管理系の能力は、確実に“1”ですね……」と苦笑する。「COOだけではなく、メンバークラスも積極的に増やしていきたい」と話す同氏に、求める人物像を聞いた。
濱田僕たちのサービスは、一般的なウェブサービスとは違い、鑑定や商品の受け渡し、発送といった作業も発生します。多様な人のかかわり合いでサービス全体のオペレーションが成り立っているので、自分とは異なる価値観を受け入れ、どんな人とでも積極的にコミュニケーションを取っていける人を求めています。自分だけの世界に拘泥せず、仲間たちと協働しながらサービスを作っていける人に、力を貸してほしいですね。
こちらの記事は2020年09月17日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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連載事業家の条件
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
校正/校閲者。PC雑誌ライター、新聞記者を経てフリーランスの校正者に。これまでに、ビジネス書からアーティスト本まで硬軟織り交ぜた書籍、雑誌、Webメディアなどノンフィクションを中心に活動。文芸校閲に興味あり。名古屋在住。
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