連載事業家の条件

勝てるD2Cブランドをつくるなら、むやみなABテストはご法度。
「ダサい」サプリメントを変革するトリコの戦略

インタビュイー
手嶋 浩己

1976年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社し、戦略プランナーとして6年間勤務。2006年インタースパイア(現ユナイテッド)入社、取締役に就任。その後、2度の経営統合を行い、2012年ユナイテッド取締役に就任、新規事業立ち上げや創業期メルカリへの投資実行等を担当。2018年同社退任した後、Gunosy社外取締役を経て、LayerX取締役に就任(現任)。平行してXTech Venturesを創業し、代表パートナーに就任(現任)。

藤井 香那
  • トリコ株式会社 代表取締役社長 

1995年1月23日生まれ。横浜国立大学卒業。大学在学中にスタートアップ(旧:ゴロー)の立ち上げに参加し、在学中にユナイテッドが同社を買収。大学卒業後、ユナイテッドの子会社を設立し、アプリ運営に従事。
2018年4月よりトリコ株式会社を立ち上げ、2019年3月にカスタマイズ処方から提案するサプリメント「FUJIMI(フジミ)」をリリースし、今後はパーソナライズに特化したプロダクトのライン展開を予定。

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世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。

この問いの答えを探すべく、連載「事業家の条件」が立ち上がった。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、投資家の目から「イノベーションを生み出せる事業家の条件」を探っていく。

今回は、ここ数年で一気に注目を集めるようになった「D2C」を取り上げる。国内外問わず、D2Cブランドが次々と誕生。アパレルを筆頭に、寝具や食品などさまざまな領域で勢いを増す。

ゲストに招いたのは、カスタマイズサプリメント「FUJIMI BEAUTY SUPPLEMENT(以下、FUJIMI)」を展開するトリコ代表・藤井香那氏。FUJIMIは、肌診断の結果をもとに、ユーザーに適切なサプリメントをカスタマイズし、定期的にデリバリーするサブスクリプションサービスだ。トリコは2019年10月、プレシリーズAラウンドで1.5億円の資金調達も実施し、手嶋氏もシードラウンドとあわせて2回投資している。

本記事では、「ブランドのアイデンティティを確立することが重要」と語る藤井氏にFUJIMIの成長戦略を聞いた。D2C事業の成功をドライブする、データ・ドリブンとデザイン思考のバランス、そして徹底したLTV(顧客生涯価値)最大化へのこだわりとは?

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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「ダサい」サプリメントを、“おしゃれな化粧品”さながらに変革

藤井サプリメントって、胡散臭くてダサいイメージがありませんか?その印象、根本から変えていきたいんです。もっとスタイリッシュで、おしゃれなものをつくりたい。

取材の冒頭、藤井氏は屈託のない笑顔で、既存のサプリメントへの「宣戦布告」とも取れる言葉を放った。

トリコ株式会社 代表取締役社長・藤井香那氏

藤井海外では、おしゃれな化粧品を使うようにサプリメントが飲まれており、日本との違いに衝撃を受けました。だから、FUJIMIのデザインを考えるときも、THREESHIROといった、洗練されたデザインの国産化粧品を参考にしました。

デザインにこだわるのは、女性たちの「葛藤」を解消するためだ。藤井氏によると、女性は一定の年齢を過ぎると基礎化粧品だけでは不十分に感じ、スキンケアなどの外面だけではなく、身体の内側からのケアを求めるようになる人が多いという。

しかし、美意識が高いからこそ、パッケージに大きく「ハリ・コシ」「美肌」と書かれていると手を出しにくい。洗練された存在でありたい気持ちがありながら、美しくなるためのサプリメントを遠ざけてしまうのだ。

FUJIMIは箱の質感、開封後のビジュアルなど、細部までデザインにこだわる。

藤井FUJIMIはデザインからマーケティングまで一貫してインハウスで行っています。広告代理店などの外部パートナーに頼らず、LPからInstagramの画像に至るまで、ブランドとしての一貫性を保つため、こだわりを持って内製しているんです。

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手嶋氏が「プロダクトを見ずに」投資を即決できた理由

海外では「Ritual」や「care/of」など、パーソナライズ可能なサプリメントブランドが大型の資金調達に成功している。

一方、日本ではD2Cサプリメントブランド市場は未成熟。FUJIMIは先駆けた存在だが、手嶋氏は「投資当時、D2Cという単語はここまで浸透してなかったし、先行者優位があるD2C企業だから投資をしたわけではない」と言い切る。

XTech Ventures 共同創業者兼ジェネラルパートナー・手嶋浩己氏

手嶋過去に一緒に仕事をしたときに、藤井さんには局面突破するために創意工夫するチカラがあり、仕事へのコミットメントも頭抜けて強いと知りました。加えて、藤井さんと数名のメンバーの間にトリコの会社としての色、企業文化が存在したことも決め手になりましたね。

手嶋氏が投資を決めたのは、プロダクトが存在しない段階だった。決断させた“色”とは、いったい何だったのか。

手嶋データ・ドリブンなスタンスと、デザイン思考をバランス良く両立させていることが、トリコの強みだと思っています。データをないがしろにせず、“らしさ”も追求する──この点に、D2Cの代表銘柄を作り出す組織になる可能性を感じたんです。

たとえば、トリコではCPA(顧客獲得単価)を最小化するために、デザインを何度も変更しない。なぜなら、ユーザーが抱くブランドへのイメージが定まらず、定着しづらくなってしまうからだ。

藤井デザイナードリブンの会社を作っていきたいんです。私はもともと、ゴロー(現・アランプロダクツ)でデザイナーとしてのキャリアを積んできました。そこで培った感覚を武器に、どれだけ会社が大きくなっても、「トリコらしい」デザインをベースに事業を推進したい。

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効果を実感しやすい商品設計が、LTVを高める

トリコは、LTVを重要な指標に置く。そのスタンスは商品設計にも表れている。藤井氏は「サブスクリプションサービスのLTVを高めるには、商品によって生じる変化ではなく、使用をストップしたことで起こる変化を認識してもらうことが効果的」と話す。

その考えが端的に表れているのが、サプリメントに配合する栄養素だ。

藤井FUJIMIのサプリメントは、他と比べても、ビタミンの配合量が多い。結果として、わかりやすい反応では、摂取している期間中は尿の色が黄色く変わるなどの変化が生じる場合があります。ビタミンを摂取していたことが尿の色に反映されているので、サプリメントの効果を認識しやすいんです。

すると、解約したユーザーさんは「美への投資」をやめたことに、自覚せざるを得ません。美しくなりたいと願う女性にとって、「美しくなるための行為をやめた」認識は、受け入れがたいもの。だからこそ、一度は解約した方も、再び契約してくれることが多いのだと思います。

また、カスタマーサクセスにおけるユーザーとの「距離の近さ」も、LTVを高く保つために欠かせない。

ユーザーの一人ひとりと緊密にやりとりを行うため、FUJIMIの公式LINEアカウントを開放し、チャットで専属のコンシェルジュがコミュニケーションを図っている。「処方を組み替えたい」といった依頼や、通常であれば手続きの難易度を上げそうな「休会したい」という相談に至るまで、すべてに対応する。

藤井どれだけ大変でも、ユーザーさんとのコミュニケーションは丁寧に行っています。たとえば、肌の悩みが改善されず休会を検討されているとおっしゃるユーザーさんに、症状を具体的にヒアリング。処方を変えたら、休会を思いとどまってくれたこともありました。緊密なコミュニケーションがLTVが改善してくれることを、身をもって感じています。

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企業成長に伴う「恐怖」を、いかにして乗り越えるか

藤井氏の次の一手は、商品ラインナップの拡充だ。FUJIMIではユーザーに対して初回利用時に「肌診断」を実施。肌の状態を、2,000億通り以上ものパターンに分類し、処方するサプリメントを決定している。そうして培った肌診断のノウハウを活かし、新領域への展開を目論む。

藤井美容液や乳液、洗顔料など、肌診断を行った人に多くの選択肢を提示し、ユーザーが最も必要とする商品をお届けしていきたい。

現在、肌診断のCPC(クリック単価)は、かなり抑えられています。しかし、クリックはしたものの購入まで至らないケースが多くあり、結果としてCPA(顧客獲得単価)は高騰。原因は、商品ラインナップの少なさに見ています。肌診断を通して提示できるものがサプリメントしかないので、もっと種類を増やしていきたいんです。

前職のゴロー在籍時から、幾度も0→1フェーズを体験してきた藤井氏だが、1→10フェーズの経験は豊富ではない。手嶋氏は「本当の勝負はこれから。今後は、特に組織づくりが課題になっていく」と釘を差した。

現在、トリコのメンバーは18名(2020年2月時点)。昨年10月にはCOOを採用。マネジメント人材も充実していることから、「現在の体制のままでも、30人規模のチームはマネジメントできる」と手嶋氏は評価するが、試練はその先に待っている。

手嶋藤井さんが見たことのないフェーズに入ってからが、本当の勝負。経営者として、組織が広がっていくことに伴う恐怖や、「会社を大きくすることが、自らにとって本当に幸せなのか」といった問いに向き合っていかなければいけません。

忠告は、期待の大きさの現れでもある。対談の最後を、手嶋氏は期待の言葉で結んだ。

手嶋自然体で、藤井さんらしく経営してほしい。そうすれば、D2Cを代表する会社をつくり上げられると信じています。

こちらの記事は2020年02月21日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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