連載事業家の条件
驚異の「成長率3600%」は不断の修正から生まれた。カンム八巻渉が振り返るPMFまでの道のり
世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。
この問いの答えを探すべく、連載「事業家の条件」が立ち上がった。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、イノベーションを生み出せる事業家の条件を探っていく。
今回お呼びしたのは、Visaプリペイドカード『バンドルカード』を提供するカンム代表・八巻渉氏だ。専用アプリから申し込むと、1分で「バーチャルカード」が発行でき、現金などをチャージすればすぐにオンライン決済で使えるサービスだ。
カンムは、2016年から2019年の3年間で“3592.16%”という驚異の売上高成長率をマーク。国内のテクノロジー、メディア、通信業界を対象にした成長率ランキング「デロイト トウシュ トーマツ リミテッド 2019年 日本テクノロジー Fast 50」で第1位に輝いた。
八巻氏はいかにしてバンドルカードを生み出し、並外れた成長率を実現させたのか。背景には、PMFにたどり着くまでユーザーニーズに合わせて繰り返し機能改善する、不断の修正プロセスがあった。
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- EDIT BY MASAKI KOIKE
何回ピボットしても諦めない“修正力”が、躍進につながった
バンドルカードがメインターゲットとするのは、「日常的にオンラインショッピングを利用しているが、クレジットカードの利用頻度が低い」消費者だ。国内のオンラインショッピング利用率は58%。一方で、EC利用者のうち20.9%が、クレジットカード以外の手段で決済しているという調査もある。
与信が通らず、クレジットカードを持てない人も多い。また、保有してはいても、「使いすぎ」を懸念して別の決済方法を選ぶユーザーも少なくない。オンラインショッピングでクレジットカードが使えないと、代引きやコンビニ決済を利用することになるが、これらの手段にはデメリットがある。
八巻まず、代引き手数料が高い。手数料は商品の販売者が自由に設定できますが、300円ほどが相場です。
コンビニ決済には、移動の手間が生じます。頻繁にショッピングを利用する消費者にとっては、利便性が高いとは言い難いでしょう。
バンドルカードが2016年のローンチ当初に参考にしていたのは、アメリカで流行していたプリペイドカード『SIMPLE』だ。SIMPLEは、入金から残高照会、支出管理など、すべての機能をアプリケーション上で完結させ、プリペイドカードのUXを大幅に改善した。
SIMPLEの「発行の申し込みから、管理までをアプリケーション上で完結させる」発想を参考に、サービス開発を進めた。とりわけ八巻氏が力を入れたのは、「明細のビジュアライズ」だ。
アパレル商品への支出であれば衣料のアイコン、寿司屋での会計であれば寿司のアイコンと、オンライン上で確認できる支出明細をビジュアルで把握するための機能を開発した。
しかし、開発を進めるなかで、「この機能へのニーズは高くないのではないか?」と思い直し、実装を中止。のちに、当初のターゲットであった高校生を中心にユーザーインタビューを実施した際にも、明細のビジュアライズにはニーズがないと判明した。
八巻とにかく、ユーザーの気持ちに寄り添ってサービスをブラッシュアップしていきました。海外で流行っているサービスの機能をそのまま実装するだけでは、ユーザーに受け入れられません。
転機が訪れたのは、2018年6月。「後払いチャージ機能」を実装したことで、飛躍的な成長を遂げる。手嶋氏は、バンドルカードが成長してきた経緯から見て取れる、八巻氏の「修正力」を評価する。
手嶋海外のサービスの“直輸入”だけではうまくいかないと見るや否や、オリジナル機能を開発し、事業を軌道に乗せた。既存の事例に拘泥せず、サービスの方向性を繰り返し修正したことが成功の要因でしょう。
“三重苦”のビジネスでも継続できた「裏の勝算」
何度ピボットしても諦めずに軌道修正し、バンドルカードを成長させた八巻氏。そもそも、なぜそこまでの執念を燃やせるのだろうか。
八巻氏は新卒でベンチャー企業に入社し、エンジニアとしてキャリアを積んだ。3年間の会社員生活ののち、起業を志して退職。「できるだけ多くの人が関わる領域を変えていくことが、社会を変容させる近道だ」と考え、事業領域を金融と教育に絞った。
以前、山田進太郎氏がメルカリ創業前に起業・売却したウノウでインターンしていた際に知り合った、East Venturesの松山大河氏のアドバイスにも後押しされたという。
はじめは「オンライン版の四季報」を開発していたが、証券会社との接点がつくれずに頓挫。次に着目したのは、「カードリンクドオファー」だ。クレジットカードの会員が事前にキャンペーンにエントリーしたうえで、加盟店で指定のカードで決済すると、キャッシュバックをはじめとした特典を受けられるサービスである。
当時、アメリカで流行していることを知った八巻氏は、自身の強みでもあるデータ解析との相性の良さを感じ、サービスの開発に乗り出した。
しかし、ほどなくして暗礁に乗り上げる。すべての決済データを受け渡してもらうことを前提としていたが、八巻氏しか社員のいない小さなスタートアップに大量の個人情報を渡すことに、多くのカード会社が難色を示したのだ。なんとか1社との提携に漕ぎ着けたが、それ以上の拡大は望めなかった。
バンドルカードの構想は、この苦境の真っ只中で生まれた。
八巻苦肉の策として、「カードを自社で発行する」アイデアに行き着きました。自社でカードを発行できれば、他社を介さず即座に、あらゆる角度からすべての決済データを見られます。
自社アプリ上でクーポンを発行すれば、データの反映速度、精度ともに向上する。Web上で提供されていたカードリンクドオファーよりも、コンバージョンレートが高くなると考えたんです。
リサーチを重ねた結果、クレジットカードではなく、プリペイドカードであればスタートアップでも発行できる可能性があると知る。アプリケーションを開発し、オリコカードと提携。着想から1年半ほどで、バンドルカードのリリースに漕ぎ着けた。
誕生までのストーリーを聞いた手嶋氏は、八巻氏にある疑問をぶつけた。
手嶋なぜカード事業を続けようと思ったのでしょうか?
カードを作れば自社でデータが持てる、というロジックは理解できます。でも、そもそも発行できるかどうかもわからないし、発行したところで使われるかわからない。使えてもらえたとしても、収益が見込めるビジネスモデルを構築できるかわかりませんよね。
“三重の壁”があるともいえるビジネスに賭けられた理由が知りたいです。
極めて難易度が高いカードビジネスを諦めなかった裏側には、いかなる算段があったのだろうか。
八巻氏がカードビジネスを継続した理由のひとつは「変化の兆しが見えたこと」だ。
八巻カードはレガシーな産業です。でも、SIMPLEをはじめ新たな仕組みが登場したことで、産業は変化し始めた。どれくらいの時間を要するかはわかりませんが、既存のビジネスモデルが書き換えられ、チャンスが生まれると確信していたんです。
そして、何より「リスクの低さ」があった。
八巻ダウンサイドリスクが小さいんですよ。失敗しても、大きな損失にはつながらない。
カード会社などへの営業を重ねるうちに、Visaカードを発行できるライセンスやチーム、システムを持っていれば、それなりの金額でバイアウトできると確信するようになりました。感覚ですが、少なくとも10億円ほどの企業価値はつくかなと。
アップサイドリスク、すなわち利益が発生する可能性は予測できませんでした。でも、ダウンサイドリスクの小ささを確信できていたからこそ、事業を続けられたんです。
心理的障壁の低い金融サービスが、銀行を「分解」する
八巻氏が実現したいのは「心理的アンバンクト(unbanked)のいない社会」だ。アンバンクトとは、銀行口座を持たない人のこと。世界には、貧困や低信用といったさまざまな理由で、銀行口座を開設できない人が数多く存在する。
日本ではアンバンクの数こそ多くないものの、リテラシーが十分に身についていないため、金融サービスを使いこなせていない「心理的アンバンク」が多いと八巻氏は見る。
八巻「難解なもの」「面倒くさいもの」と心理的な障壁を作り、金融サービスを敬遠した結果、損をしてしまう人を減らしていきたいんです。
そのためのアプローチとして八巻氏が挙げたのは、金融サービスが「他領域のサービスへ“擬態”すること」だ。擬態の成功例はメルカリである。八巻氏はメルカリを「資産をいつでも売却し、流動化させられる金融サービス」と捉えるが、一般的な認識は「フリーマーケットアプリ」だろう。
「今後、擬態する金融サービスがさらに流行する」と予想する八巻氏。その先に待つのは、銀行機能の「分解」だった。
八巻心理的な障壁が低く、利用しやすい金融サービスが、銀行の機能を代替するようになっていくと考えています。たとえば、お金を預けるだけであれば、銀行でなければいけない理由なんてないんです。資産運用や融資を受けるにしても、同じことが言えます。
最後に手嶋氏は、カンムのアライアンスとポジショニングに関して尋ねた。
手嶋Visaとは手を組んでいるものの、カンムはいま金融市場では孤高の存在として、ニッチな領域を攻めるプレイヤー。事業が大きくなっていくにつれ、模倣されることも、提携の声がかかることも増えると思います。金融市場で、どんなポジションを築こうとしているのでしょうか。
八巻「オンラインの地方銀行」のような存在を目指しています。巨大なプレイヤーが数多く存在する金融市場で、単独で大きなマーケットシェアを取ることは難しいかもしれません。しかし、独立性を保ちながら、限られたユーザーに完璧な金融サービスを提供することは可能だと思っています。
なにしろ、金融市場は全国民を対象とする大きなマーケット。5%のシェアを取るだけで、ユーザー数は500万人まで膨らむ。地方銀行のように、マーケットシェアは高くなくとも、ある特定のセグメントにぶっ刺さり、全方位的に支えられる金融サービスをつくっていきたいですね。
こちらの記事は2020年03月19日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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連載事業家の条件
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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