連載事業家の条件
タクシーは「月に150万円生む1坪の不動産」。
モビリティを攻める“不動産屋”、アイビーアイ金子健作の事業開発論
世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。
この問いの答えを探すべく、連載「事業家の条件」が立ち上がった。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、イノベーションを生み出せる事業家の条件を探っていく。
世界的な潮流にも後押しされ、国内でMaaSビジネスが勃興している。海外発の配車プラットフォームサービス「Uber」「DiDi」の参入に加え、JR東日本やトヨタ自動車なども本格的な開発に乗り出している。今回お招きしたアイビーアイ代表取締役CEO・金子健作氏も、モビリティ領域を取っ掛かりに、MaaS領域へと切り込むプレイヤーのひとりだ。
アイビーアイは、不動産事業を主軸としてきた。一見すると無関係に思えるモビリティ事業に進出した理由を、金子氏は「“不動産事業”として高収益が期待できる領域だから」と説明する。業界の慣習にとらわれず、独自の目線でビジネスを推進する事業開発スタイルに迫った。
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- EDIT BY MASAKI KOIKE
漫画喫茶もタクシーも、高利益を生む「不動産」だ
なぜモビリティ事業を不動産事業と捉えられるのだろうか。金子氏は、タクシーを例にとってロジックを明かした。
金子駐車場を思い浮かべてみてください。車の面積は、約1坪。都心で1坪の駐車場を貸すと、約4万円ほどの売上になる。
一方で、タクシーは1ヶ月で、1台あたり約150万の売上を生み出します。明らかに、駐車場よりもタクシーのほうが高収益ですよね。タクシーは、月に150万円の収益を生む約1坪の不動産なんです。
2001年にアイビーアイを設立し、不動産業を展開してきた金子氏。タクシー会社の買収を持ちかけられ、タクシー市場をリサーチした際、「こんなに投資効果の良い不動産はない」と気づいたという。
もともと金子氏は、タクシーのユーザーとして乗り心地と接客には改善の余地があると感じていた。既存にはない快適な車を用意し、運転手への教育を強化すれば、後発でも勝ち目はあると考えたのだ。
金子これも不動産ビジネスの発想です。良いビルを建て、良いテナントを入れれば、その不動産に人はやってくる。同様に、良い車両を、良いドライバーに運転してもらえれば、たくさんのお客さんに利用していただけるタクシーになるはず。そうすれば、「坪単価」も150万円から200万円に引き上げられると思いました。
過去には漫画喫茶への投資や、不動産の貸出事業も手掛けてきたアイビーアイ。漫画喫茶も「1坪あたりの売上高」が大きいビジネスだからこそ、参入を決めたという。
不動産は、貸す面積と時間を細分化すればするほど、借り手が増えて回転率が上がり、利益が出る。「いかに細かく貸せるか」を考える癖がついていたからこそ、漫画喫茶やタクシーの不動産としての価値に気づけたのだ。この不動産事業で培ったビジネス観こそ、アイビーアイの強みだと手嶋氏は指摘する。
手嶋僕はずっとテクノロジー領域でビジネスを手がけてきたので、タクシー会社の経営を考えるときに、「1坪あたりの売上」なんて発想はパッと出てきません。テック起業家とは考え方が全く違って、とても面白いと思いました。
裁判から買収まで、あらゆる手段を駆使して事業推進
アイビーアイがタクシー事業に参入したのは、2008年。10台からのスタートだった。
スタート直後、事業は突如として行き詰まる。2009年10月から、タクシーの増車を規制するタクシー特措法の施行が決まったのだ。施行前に駆け込みで20台まで増車したものの、それ以降の事業拡大が不可能になってしまった。
それでも、「万事休す」と、金子氏は考えなかった。
金子これから攻勢をかけるときに、20台では何もできない。だから、国を相手に裁判を起こしたんです。
法律には「新規の需要がある際は増車を許可する」とあったので、空港の送迎ニーズに目をつけて、増車の申請をしました。でも、却下されてしまった。それならば、裁判をするしかないだろうと。
約2年間、法廷闘争は続き、一審では勝訴した。しかし、金子氏の主張は認められなかった。タクシー特措法が改正され、需要の有無にかかわらず、全面的に増車が規制されることになったからだ。
手元にあるのは、20台のタクシーのみ。金子氏は「買収」を決断する。
金子持っている不動産を売却して、タクシー会社を買収し、本格的に事業を加速させました。正直、意地もありましたよ。
「タクシーは独特な産業だ」と金子氏。法規制が存在するため、現状では新規参入が認められていない。そのため、会社の業績にかかわらず、「タクシー1台あたり」の値段が付き、台数に応じて企業価値が決まる独特のマーケットが形成された。その額、1台700万円から1,000万円。
車両を持っていないプレイヤーが参入したいなら、既存の事業者を買収するしかない。金子氏は不動産の売却や銀行からの借り入れなど、あらゆる手段で資金を工面し、次々とタクシー会社を買収した。その社数は8社を数え、保有するタクシーは350台に達した。
業界の慣習を破る、“非常識”な施策を打ち続けた
買収により、新規参入の扉をこじ開けた金子氏。業界の慣習に縛られない、大胆な施策を次々と講じてきた。買収した企業の業績を伸ばすべく、サービスに大きな変更を加えたこともある。
その好例は、ジャパンプレミアムだ。「小さく、古いタクシー会社」だった同社。金子氏はすべての車両を、業界では稀な「アルファード」に入れ替え、社名も変更。荷物運搬や、大人数での移動などにニーズがあると睨んだのだ。
しかし、この変更によって、買収前から所属していたドライバー全員が退職してしまった。タクシーは、車の大小にかかわらず一律運賃。ドライバーの給料は歩合制で、売上に応じて給料が増減する。不慣れな大型車の運転をしても給料は上がらないので、アルファードを運転するインセンティブは働かない。
金子「こんなに大きな車には乗りたくない」「大きい車なのに給料が上がらないなら辞める」と。タクシー業を営むための権利くらいしか残りませんでした。
そこで、従来のタクシーよりも売上が立つ仕組みを作り、ドライバーに還元できれば人材は集まると考えた。導入したのが「車両指定料金」だ。
コンセプトは「通常のタクシー運賃に1,000円を追加するだけで、高級車に乗車できる」だ。運賃とは別にユーザーから1,000円を領収することにより、1組あたりの平均売上が増加。他社との給与差が生まれ、優秀なドライバーも集まり出した。
同業他社は「打ちたくても打てなかった」施策だという。なぜなら、業界の慣習が存在するからだ。
金子他のタクシー会社からの反発が予想されるため、前例はありませんでした。通常、アルファードのような大きな車はハイヤーとして利用されます。ハイヤーの料金は、タクシーの倍です。
ハイヤーとして利用している他社からすれば「大きな車を低価格のタクシーに導入するなんて許せない」とクレームが入る。ただ、僕たちは、そうした業界の慣習は気にせずいこうと決めていましたから。
金子氏はタクシーの「1坪あたりの売上」を、従来の150万から、200万ほどに引き上げることに成功したのだ。
アイビーアイは今や、「Uber」や「DiDi」など海外のMaaS領域のプレイヤーが日本進出を進める際に、真っ先に提携の声がかかる存在となっている。「とにかくインフラを愚直に磨くこと」が、2社との提携につながったという。
金子2社ともに、ブランディング観点で、アルファードなどの高級車両が欲しかったのだと思います。うちほど良い車両を使っている会社は、多くはありませんからね。
アイビーアイをタクシー業界のゲームチェンジャーたらしめた差別化戦略は、車両指定料金の導入だけではない。
金子氏は他社に先んじて、予約の受付を強化した。一般的なタクシー会社は、数日後の予約を受け付けていない。オペレーションが煩雑化してしまうためだ。しかし、事前予約に大きなニーズを見てとった金子氏は、受付のオペレーションを構築した。
また、ピンクの「クラウン」など、他社が導入していない車両をタクシーとして導入。採用と教育にも特に力を入れた。
金子タクシードライバー未経験者を積極的に採用し、教育するようにしたんです。僕たちが参入した10年ほど前は、きちんとした育成体制を整備しているタクシー会社は稀でした。業界に染まっていない人材に、イチから運転技術とホスピタリティーを身に着けてもらうための教育制度を整えました。
創業12年目にして、VCから資金を調達した理由
金子氏が不動産業とモビリティ事業に取り組むのは、「社会に良いインフラを残したい」想いからだ。「少しでも良い街を後世に残す」ため、事業を推進しているという。
今後力を入れていくのは、MaaS領域、とりわけライドシェア事業だ。日本では現在、原則として有償のライドシェアは認められていない。しかし、実証実験を進める企業・自治体が増加するなど、規制緩和に向けた動きは加速している。
規制が緩和され、ライドシェアビジネスが本格的に普及するとき、大きなチャンスがやってくると金子氏は見ている。
その根拠は、アイビーアイが保有する車両の特性にある。他社が利用している5人乗りの車両に相乗りすると、乗客同士の身体的な距離は近くなる。その近さに抵抗を覚えるユーザーが多いのではないかと、金子氏は予想する。アイビーアイは、他社に比べ大型の車両を多く保有しており、ドライバーも大型車の運転に慣れているため、差別化が図れるのだ。
ライドシェア領域のリーディングカンパニーになるために、テクノロジー面にも力を入れると金子氏。配車アプリ「RoyalTaxi配車」を開発するなど、IT化の推進を図るアイビーアイだが、「テクノロジー面での知恵は足りていない」という。
そこで不足を埋めるために手を組んだのが、XTech Venturesだった。2019年8月に、XTech Venturesを含めた2社から合計4億円の資金を調達。テック企業への進化を図る。
金子テクノロジー人材の確保や、IT化のナレッジがないことが課題でした。テック企業に生まれ変わるためには、XTech Venturesが持つ知恵が必要だと感じたので、出資してもらうことを決めたんです。
手嶋XTech Venturesこそ、アイビーアイにとっての最適なパートナーだと思いました。テクノロジーの力で、さらにオペレーション効率や生産性を高められると考えています。
また、VCから投資受けることによって、採用マーケットでスタートアップとして認識されるので、エンジニア採用にも効果があるでしょう。まだまだ、やれることはたくさんあります。
こちらの記事は2020年03月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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連載事業家の条件
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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