連載事業家の条件

タクシーは「月に150万円生む1坪の不動産」。
モビリティを攻める“不動産屋”、アイビーアイ金子健作の事業開発論

インタビュイー
手嶋 浩己

1976年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業後、博報堂に入社し、戦略プランナーとして6年間勤務。2006年インタースパイア(現ユナイテッド)入社、取締役に就任。その後、2度の経営統合を行い、2012年ユナイテッド取締役に就任、新規事業立ち上げや創業期メルカリへの投資実行等を担当。2018年同社退任した後、Gunosy社外取締役を経て、LayerX取締役に就任(現任)。平行してXTech Venturesを創業し、代表パートナーに就任(現任)。

金子 健作
  • 株式会社アイビーアイ 代表取締役CEO 
  • ロイヤルリムジン株式会社 代表取締役 

1975年生まれ。1998年慶応義塾大学商学学部卒業。2001年にアイビーアイを設立し不動産事業を、2008年にロイヤルリムジンを設立しモビリティー事業を始めた。 経営理念には「インフラへの投資による再生」を掲げ、不動産事業ではリノベーションによる中古住宅の資産価値の再生を、モビリティー事業ではプレミアムな車両の投入による交通インフラの再生を手掛けている。 2020年春には、アイビーアイグループは東京と神戸にて4社体制に、ロイヤルリムジングループは東京と神戸にて9社約530台体制となり、更なる事業拡大を図っている。

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世界を変える事業家の条件とは何だろうか──。

この問いの答えを探すべく、連載「事業家の条件」が立ち上がった。数々の急成長スタートアップに投資してきたXTech Ventures・手嶋浩己氏が、注目する事業家たちをゲストに招き、イノベーションを生み出せる事業家の条件を探っていく。

世界的な潮流にも後押しされ、国内でMaaSビジネスが勃興している。海外発の配車プラットフォームサービス「Uber」「DiDi」の参入に加え、JR東日本やトヨタ自動車なども本格的な開発に乗り出している。今回お招きしたアイビーアイ代表取締役CEO・金子健作氏も、モビリティ領域を取っ掛かりに、MaaS領域へと切り込むプレイヤーのひとりだ。

アイビーアイは、不動産事業を主軸としてきた。一見すると無関係に思えるモビリティ事業に進出した理由を、金子氏は「“不動産事業”として高収益が期待できる領域だから」と説明する。業界の慣習にとらわれず、独自の目線でビジネスを推進する事業開発スタイルに迫った。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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漫画喫茶もタクシーも、高利益を生む「不動産」だ

なぜモビリティ事業を不動産事業と捉えられるのだろうか。金子氏は、タクシーを例にとってロジックを明かした。

株式会社アイビーアイ 代表取締役CEO・金子健作氏

金子駐車場を思い浮かべてみてください。車の面積は、約1坪。都心で1坪の駐車場を貸すと、約4万円ほどの売上になる。

一方で、タクシーは1ヶ月で、1台あたり約150万の売上を生み出します。明らかに、駐車場よりもタクシーのほうが高収益ですよね。タクシーは、月に150万円の収益を生む約1坪の不動産なんです。

2001年にアイビーアイを設立し、不動産業を展開してきた金子氏。タクシー会社の買収を持ちかけられ、タクシー市場をリサーチした際、「こんなに投資効果の良い不動産はない」と気づいたという。

もともと金子氏は、タクシーのユーザーとして乗り心地と接客には改善の余地があると感じていた。既存にはない快適な車を用意し、運転手への教育を強化すれば、後発でも勝ち目はあると考えたのだ。

金子これも不動産ビジネスの発想です。良いビルを建て、良いテナントを入れれば、その不動産に人はやってくる。同様に、良い車両を、良いドライバーに運転してもらえれば、たくさんのお客さんに利用していただけるタクシーになるはず。そうすれば、「坪単価」も150万円から200万円に引き上げられると思いました。

過去には漫画喫茶への投資や、不動産の貸出事業も手掛けてきたアイビーアイ。漫画喫茶も「1坪あたりの売上高」が大きいビジネスだからこそ、参入を決めたという。

不動産は、貸す面積と時間を細分化すればするほど、借り手が増えて回転率が上がり、利益が出る。「いかに細かく貸せるか」を考える癖がついていたからこそ、漫画喫茶やタクシーの不動産としての価値に気づけたのだ。この不動産事業で培ったビジネス観こそ、アイビーアイの強みだと手嶋氏は指摘する。

XTech Ventures 共同創業者兼ジェネラルパートナー・手嶋浩己氏

手嶋僕はずっとテクノロジー領域でビジネスを手がけてきたので、タクシー会社の経営を考えるときに、「1坪あたりの売上」なんて発想はパッと出てきません。テック起業家とは考え方が全く違って、とても面白いと思いました。

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裁判から買収まで、あらゆる手段を駆使して事業推進

アイビーアイがタクシー事業に参入したのは、2008年。10台からのスタートだった。

スタート直後、事業は突如として行き詰まる。2009年10月から、タクシーの増車を規制するタクシー特措法の施行が決まったのだ。施行前に駆け込みで20台まで増車したものの、それ以降の事業拡大が不可能になってしまった。

それでも、「万事休す」と、金子氏は考えなかった。

金子これから攻勢をかけるときに、20台では何もできない。だから、国を相手に裁判を起こしたんです。

法律には「新規の需要がある際は増車を許可する」とあったので、空港の送迎ニーズに目をつけて、増車の申請をしました。でも、却下されてしまった。それならば、裁判をするしかないだろうと。

約2年間、法廷闘争は続き、一審では勝訴した。しかし、金子氏の主張は認められなかった。タクシー特措法が改正され、需要の有無にかかわらず、全面的に増車が規制されることになったからだ。

手元にあるのは、20台のタクシーのみ。金子氏は「買収」を決断する。

金子持っている不動産を売却して、タクシー会社を買収し、本格的に事業を加速させました。正直、意地もありましたよ。

「タクシーは独特な産業だ」と金子氏。法規制が存在するため、現状では新規参入が認められていない。そのため、会社の業績にかかわらず、「タクシー1台あたり」の値段が付き、台数に応じて企業価値が決まる独特のマーケットが形成された。その額、1台700万円から1,000万円。

車両を持っていないプレイヤーが参入したいなら、既存の事業者を買収するしかない。金子氏は不動産の売却や銀行からの借り入れなど、あらゆる手段で資金を工面し、次々とタクシー会社を買収した。その社数は8社を数え、保有するタクシーは350台に達した。

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業界の慣習を破る、“非常識”な施策を打ち続けた

買収により、新規参入の扉をこじ開けた金子氏。業界の慣習に縛られない、大胆な施策を次々と講じてきた。買収した企業の業績を伸ばすべく、サービスに大きな変更を加えたこともある。

その好例は、ジャパンプレミアムだ。「小さく、古いタクシー会社」だった同社。金子氏はすべての車両を、業界では稀な「アルファード」に入れ替え、社名も変更。荷物運搬や、大人数での移動などにニーズがあると睨んだのだ。

しかし、この変更によって、買収前から所属していたドライバー全員が退職してしまった。タクシーは、車の大小にかかわらず一律運賃。ドライバーの給料は歩合制で、売上に応じて給料が増減する。不慣れな大型車の運転をしても給料は上がらないので、アルファードを運転するインセンティブは働かない。

金子「こんなに大きな車には乗りたくない」「大きい車なのに給料が上がらないなら辞める」と。タクシー業を営むための権利くらいしか残りませんでした。

そこで、従来のタクシーよりも売上が立つ仕組みを作り、ドライバーに還元できれば人材は集まると考えた。導入したのが「車両指定料金」だ。

コンセプトは「通常のタクシー運賃に1,000円を追加するだけで、高級車に乗車できる」だ。運賃とは別にユーザーから1,000円を領収することにより、1組あたりの平均売上が増加。他社との給与差が生まれ、優秀なドライバーも集まり出した。

同業他社は「打ちたくても打てなかった」施策だという。なぜなら、業界の慣習が存在するからだ。

金子他のタクシー会社からの反発が予想されるため、前例はありませんでした。通常、アルファードのような大きな車はハイヤーとして利用されます。ハイヤーの料金は、タクシーの倍です。

ハイヤーとして利用している他社からすれば「大きな車を低価格のタクシーに導入するなんて許せない」とクレームが入る。ただ、僕たちは、そうした業界の慣習は気にせずいこうと決めていましたから。

金子氏はタクシーの「1坪あたりの売上」を、従来の150万から、200万ほどに引き上げることに成功したのだ。

アイビーアイは今や、「Uber」や「DiDi」など海外のMaaS領域のプレイヤーが日本進出を進める際に、真っ先に提携の声がかかる存在となっている。「とにかくインフラを愚直に磨くこと」が、2社との提携につながったという。

金子2社ともに、ブランディング観点で、アルファードなどの高級車両が欲しかったのだと思います。うちほど良い車両を使っている会社は、多くはありませんからね。

アイビーアイをタクシー業界のゲームチェンジャーたらしめた差別化戦略は、車両指定料金の導入だけではない。

金子氏は他社に先んじて、予約の受付を強化した。一般的なタクシー会社は、数日後の予約を受け付けていない。オペレーションが煩雑化してしまうためだ。しかし、事前予約に大きなニーズを見てとった金子氏は、受付のオペレーションを構築した。

また、ピンクの「クラウン」など、他社が導入していない車両をタクシーとして導入。採用と教育にも特に力を入れた。

金子タクシードライバー未経験者を積極的に採用し、教育するようにしたんです。僕たちが参入した10年ほど前は、きちんとした育成体制を整備しているタクシー会社は稀でした。業界に染まっていない人材に、イチから運転技術とホスピタリティーを身に着けてもらうための教育制度を整えました。

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創業12年目にして、VCから資金を調達した理由

金子氏が不動産業とモビリティ事業に取り組むのは、「社会に良いインフラを残したい」想いからだ。「少しでも良い街を後世に残す」ため、事業を推進しているという。

今後力を入れていくのは、MaaS領域、とりわけライドシェア事業だ。日本では現在、原則として有償のライドシェアは認められていない。しかし、実証実験を進める企業・自治体が増加するなど、規制緩和に向けた動きは加速している。

規制が緩和され、ライドシェアビジネスが本格的に普及するとき、大きなチャンスがやってくると金子氏は見ている。

その根拠は、アイビーアイが保有する車両の特性にある。他社が利用している5人乗りの車両に相乗りすると、乗客同士の身体的な距離は近くなる。その近さに抵抗を覚えるユーザーが多いのではないかと、金子氏は予想する。アイビーアイは、他社に比べ大型の車両を多く保有しており、ドライバーも大型車の運転に慣れているため、差別化が図れるのだ。

ライドシェア領域のリーディングカンパニーになるために、テクノロジー面にも力を入れると金子氏。配車アプリ「RoyalTaxi配車」を開発するなど、IT化の推進を図るアイビーアイだが、「テクノロジー面での知恵は足りていない」という。

そこで不足を埋めるために手を組んだのが、XTech Venturesだった。2019年8月に、XTech Venturesを含めた2社から合計4億円の資金を調達。テック企業への進化を図る。

金子テクノロジー人材の確保や、IT化のナレッジがないことが課題でした。テック企業に生まれ変わるためには、XTech Venturesが持つ知恵が必要だと感じたので、出資してもらうことを決めたんです。

手嶋XTech Venturesこそ、アイビーアイにとっての最適なパートナーだと思いました。テクノロジーの力で、さらにオペレーション効率や生産性を高められると考えています。

また、VCから投資受けることによって、採用マーケットでスタートアップとして認識されるので、エンジニア採用にも効果があるでしょう。まだまだ、やれることはたくさんあります。

こちらの記事は2020年03月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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