「事業家」としての生き方を知る──今求められるスタートアップ×BizDevのキャリア
サービスにおける足りない機能やユーザーペインを「事業」へ落とし込み、ときには社外とのアライアンスを組むBizDev(事業開発職)。会社の「ToDoリスト」を生成し、事業を前に進めるための「メンテナンス」を行う職種とも言えるだろう。
近年、BizDevを必要とする企業は多い。印刷や物流のBtoBシェアリングプラットフォームを展開するラクスル株式会社もそのひとつだ。同社取締役の福島広造氏は「成功する再現性の高い事業を作るための人材を増やしていきたい」と、同社の展望を語る。
そんなラクスルが主催し、BizDevに関連したスタートアップの事業開発について理解を深めることをコンセプトとしたミートアップイベント「Startup BizDev Career Meetup」が行われた。登壇者にはラクスルに加え、株式会社メルカリ、BCGデジタルベンチャーズ(BCG DV)、株式会社マネーフォワードの事業家が招かれた。
いま大きく拡大を遂げている企業のBizDevだからこそわかる、事業開発のリアルがある。ミートアップでは、登壇者ごとに2部制に分かれ、BizDevの定義から、実際の仕事内容、事業の立ち上げや成長を生み出すまでの戦略を、4社の視点から赤裸々に語られた。
- TEXT BY HARUNO
- EDIT BY MONTARO HANZO
事業家はプロデューサー。そして、今の事業家には「2つの資質」が求められる
第1部は、ラクスル取締役の福島広造氏をモデレーターに、BCGデジタルベンチャーズ ジャパンヘッド・平井陽一朗氏とのオープニングトークが行われた。
平井氏は、東京大学経済学部卒業後、三菱商事にてメンテナンスリース会社をコロンビアで設立。のちに、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、ディズニー、オリコン、ザッパラスで事業開発に携わった。7年前にBCGに再入社。インターネットサービスの立ち上げに関わってきた。
2016年にはBCG Digital Ventures Tokyo Centerを創設し、ジャパンヘッドとして現場を指揮している。最初のテーマは、平井氏が思う「事業家の定義」だ。
福島平井さんにとっての事業家はどのようなものであるか、聞かせてください。
平井私にとって事業家は「プロデューサー」に近い存在だと思っています。例えば、新紙幣の肖像に採用された渋沢栄一氏は、私が最も憧れる事業家であり、プロデューサーです。彼は生涯に渡り、500社近くのファイナンシャルサポートやリクルーティングに携わりました。1つの事業を作り込むよりも、人や物を紡ぎ合わせてたくさんの会社や事業を生み出すのが、事業家の仕事だと思っています。
福島平井さんの思う、事業家に求められる資質とは何でしょうか。
平井「やりたいことが明確にあること」と「社外の力を遺憾無く使えること」だと思います。社内に変革を起こそうと思ったときに、自社内でできることであれば既にできているはず。内製できないと判断したとき、社外との提携に躊躇なく踏み切れるのは、重要な素養と言えるのではないでしょうか。
福島平井さんは、事業開発における大企業とスタートアップの違いはどこにあるとお考えでしょうか?
平井大きな違いは資本力。大企業は資金力も人的リソースも豊富なため、ある程度は「横綱相撲」ができるうえに、多くの事業を同時並行で進めることでリスクヘッジが可能です。
一方、スタートアップは、資金や人的リソースを大量に割けない場合が多く、「一発必中」で事業開発を開始する場合が多い。一点集中で取り組むため、スピード感が重要になります。
スタートアップ各社が考える、事業開発に携わってほしい人とは?
第2部では、メルカリ事業開発部長の小野直人氏、BCGデジタルベンチャーズ ベンチャーアーキテクトディレクターの安部聡氏、マネーフォワード取締役執行役員コーポレートディベロップメント担当の金坂直哉氏、ラクスル印刷事業部長の渡邊建氏を交えパネルディスカッションが行われた。手がけた事業の紹介から、各人が考える事業家に求められる資質が語られる。
まずは、「新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを生み出す」をミッションに、日本では誰もが知るフリマアプリを提供するメルカリ。2013年に設立されてからの急成長は言うまでもなく、現在は海外5ヶ国にオフィスを構える。
日本での流通総額は3,500億円に上り、MAUは1,100万人。最近では日本郵便とヤマト運輸と物流におけるインテグレーションサービスを構築しており、拡大を続けている。
小野メルカリが現在予定している事業展開は3つあります。1つは、日本のメルカリを継続的に成長させること。2つ目は、決済サービス「メルペイ」を中心としたエコシステムの構築。3つ目が、海外展開の強化です。
これらの事業展開を進めるため、メルカリに求められるBizDevの人材像を一言で表すならば「総合格闘家」だと思っています。普段のPM業務はもちろん、経営層とのコミュニケーションをとったり、社外パートナーと社内の開発陣同士の調整に入ったり…。会社の成長のために、上流から下流まで手を動かすのが求められる基本姿勢です。そのため、自分の強みを活かしつつ、社内外のいろんな相手に対応できる胆力やスキルが必要だと感じています。
BCGデジタルベンチャーズは、世の中にインパクトをもたらせるようなイノベーティブなビジネスコンセプトを形にしていくため、大企業のアセットを活用しつつ、当事者としてビジネスに関わる。必要に応じて、人的、資金的なリソースも含め投資していくからだ。
一気通貫で事業創出を行う事業スタイルである同社はBizDevだけでなくエンジニアやデザイナーもインハウスで抱えており、この5年でグローバルに7拠点、1,000人のメンバーを抱えるまでに成長している。
安部BCG DVが創出した事業は、5年で85個ほど。領域にこだわりを持たず、B2BからB2Cへと広い領域で事業を立ち上げてきました。BCG DVのベンチャーアーキテクトの重要なロールであるBizDevにおいては2つの異なる顔を持つことになります。
1つはBCG DV自体のビジネスを推進していく顔、もう1つは創出した新事業のBizDevとしての営業やアライアンス先を開拓する顔。全く異なる2つのBizDevを両立させるためには、自分が対面している相手の求めるもの、時間軸、リスク許容度などを考えながら、攻守を上手く切り替える力が必要だと思っています。
私のBizDevとしての初めての経験は、2社目に転職したスタートアップでした。その後に入社したmixiでは、オープンプラットフォームの事業開発、さらにその後のDeNAでは、オープンプラットフォームのプロダクト開発を経て、ゲーム開発に携わり、プロダクト知識を背景に全体を見ながら事業開発を進めていました。
続いて、家計簿アプリ「マネーフォワード ME」に加え、バックオフィス向けのクラウドサービスを提供する株式会社マネーフォワード。「クラウドサービス」と一言にいっても、会計や確定申告に始まり、請求書、マイナンバーや勤怠管理を網羅している点が特徴だ。
金坂マネーフォワードのビジョンは「すべての人の、お金のプラットフォームになる。」。もともと個人向けのアプリからスタートした会社でしたが、法人や個人事業主向けまで事業領域を広げてきました。私の考える事業開発の要諦は、社内外のリソースを最大限活用しながら新しい価値を創出し、会社の価値を高めていくこと。国内外の事業会社とのアライアンスを積極的に行なっています。
あらゆるチームでBizDevを置いているマネーフォワードが求めるBizDevの人材像は、マネーフォワードが重要視するカルチャーと重なると思っています。それは、Speed, Pride, Teamwork, Respect, Funの5つ。採用の時点でスキルは最重要視しているわけではなく、事業開発に対するパッションはもちろん、交渉力や推進力といった能力は後から付いてくると思っています。
印刷と広告のシェアリングプラットフォーム「ラクスル」と、物流のシェアリングプラットフォーム「ハコベル」を提供するラクスル株式会社。同社は「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンを掲げ、印刷や物流といったデジタル化の進んでいないレガシー産業に対し、テクノロジーの力で産業の仕組みを変え、より良い社会の実現を目指している。
渡邊課題がある業界に参入し、収益事業を上乗せしていく「ミルフィーユ」を作ることが、弊社の目指している成長モデルです。そのため、弊社のBizDevの仕事は「ミルフィーユの層」を作ることにあります。
BizDev人材に求められる要件としては、行動指針でもある「高解像度、仕組み化、互助連携」の3つが挙げられます。レガシー産業に対して新規事業を創出するなかで、歴史やニーズを高い解像度で理解しないと絶対に上手くいきません。その領域で一番と言えるほど業界を知り、シャープな課題設定をしていくことが大事だと思っています。
また、構造的に解決し、業界を変えていく仕組み化によってシステムの面でバリューを出すことを信条としており、チームをレバレッジしていくことを重要視していますね。
業界の枠組みを越えて、挑戦を重ねることができるのが事業家キャリア
最後に、各業界にインパクトを与えてきた事業家が思う、スタートアップでBizDevとして働くことの面白さが語られた。
小野事業家の魅力はバランスよく様々な経験ができることだと思っています。例えば、事業が成熟する前の「カオス」な状態から、事業が安定するなかで発生する問題を組織で解決する「オーガナイズ」の状態まで。成長フェーズに沿って様々な対応が求められる分、どの大企業でもスタートアップでも通用する胆力が身につくのではないでしょうか。
安部事業の成功が山の頂上だとするならば、山に登る「ルート」を選ぶのが事業家の仕事。一番早く行くことができる道もあれば、安全な道、チャレンジングな道もあります。もちろん、会社の状態に合わせてルートを選択する必要がありますが、様々なルートを見られるのが事業家キャリアの魅力だと思います。
金坂私が事業家として働く中で面白いと感じるのは、日々多くの情報に触れ、接点を持てるところ。業界や産業を越境し、さまざまな業界の人、仕事に触れられるのが魅力だと感じています。
また、広いエリアでスキルが身に付くため、その延長線上には『経営』があると思います。将来は経営者になりたい方にとっても事業家キャリアは大事ですし、事業の中で新しい価値を生み出していける点も、事業家のやりがいのあるところではないでしょうか。
渡邊どの企業に行っても「再現性のある能力」が得られることだと思います。ビジネスモデルが違っても、取り組み方や、他のメンバーとのコミュニケーション、ユーザーに対する価値の持ち方といった『筋』が身に付きます。どんどん事業を作っていきたい、価値を届けていきたい人は飛び込んでみると、バリューを出せるんじゃないかなと思います。
事業家とは、事業、業界や産業を越えて、必要なリソースを選択し事業に注ぎ込む「プロデューサー」的存在である。社内外の枠組みを越えていく役回りであるため、経験のない業界にも通用する能力や知識を得ることができるのがBizDevとして働く面白みだろう。また、事業を成功させるためには、会社の成長フェーズに沿い、最適なルート選択を行う必要がある。起業家と経営者にはない、このバランス感覚も事業家の醍醐味だ。
一つのルートに集中すると見えてこない事業戦略も経験できるBizDevは、企業規模に関わらず事業拡大に必要なスキルが身に付く。領域にこだわることなく結果を出したい、と考えている「経営者」を目指す人にとっても、事業家は一度通っておきたいキャリアなのかもしれない。
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こちらの記事は2019年07月05日に公開しており、
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2017年からライター活動をはじめ、海外を渡り歩きながら執筆しています。テクノロジーとメディアを通して読者の価値観を広げる、がモットー。マイノリティとしての生き方について常に考えを巡らせています。
姓は半蔵、名は門太郎。1998年、長野県佐久市生まれ。千葉大学文学部在学中(専攻は哲学)。ビジネスからキャリア、テクノロジーまでバクバク食べる雑食系ライター。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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