「最大のメリットは、カオスの中での意思決定」
メルカリ・小野氏が、創業期スタートアップで得たマインドセット
あの大企業も、数名の果敢な創業期メンバーが始めた。
起業を決断した創業者はもちろん、先行きの見えない船に乗り込んだ同志たちもまた、勇敢なリスクテイカーである。この連載では創業期スタートアップにジョインして働くことのリアルを、実践者の声からつまびらかにしていく。
今回は、株式会社メルカリで事業開発部マネージャーを務める、小野直人氏に話を伺った。小野氏は、新卒で株式会社NTTドコモへ入社し、MBA留学を経験した後、アマゾンジャパン合同会社へ転職。Prime Studentの立ち上げを行い、2014年にメルカリへジョインした。前例のない新規サービスの開発、パートナー企業との交渉やプロジェクトマネジメント、アライアンスの締結など業務内容は多岐にわたっている。
「創業当初のメルカリのことはよく知らなかった」と話す小野氏。なぜ大企業志向のキャリアから、未知のスタートアップへジョインを決めたのか?小野氏が考える、創業期スタートアップで活躍するためのマインドセットとは?
大企業で培ったノウハウやモバイル、Eコマース事業の経験を武器に、他企業と組んでメルカリの事業を切り拓いていく小野氏に、その想いと見てきた景色を訊いた。
- TEXT BY MIHO MORIYA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「チャレンジしなかったら後悔する」感じたのは“質感と勢い”
「カオスの中で意思決定できる経験が、創業期スタートアップ最大のメリット」と小野直人氏は言う。創業期のメルカリへ入社を決めた理由は、企業の"質感”だった。
小野メルカリのプロダクトや理念を見て、とても「質感が良い」と思いました。お金や社会的地位だけを目的としない、地に足がついた事業が展開されていると感じたんです。
調べれば調べるほど、経営上の重要な資源であるヒト・モノ・カネ、さらには情報をも呼び込むようなモメンタムが備わっていることも分かりました。もともと長く投資業務に携わっていた経験上、企業成長においてはそうした“勢い”が大事だと知っていたので、「ここでチャレンジしなかったら後悔するな」と思いました。
当時のメルカリは創業して1年が過ぎた頃で、社員は6〜70人ほど。スタートアップ界隈では名が通っていたものの、社会的な認知度は今ほど高くなかった。NTTドコモを経てアマゾンに在籍していた小野氏も、メルカリのことは詳しく知らなかったという。
入社に際して、不安が全く無いわけではなかった。
小野「つぶれてしまう可能性はあるかも」といった、漠然とした不安はありました。が、何よりも、大企業出身の自分が創業期のスタートアップに受け入れてもらえるか、カルチャーマッチの点が気にかかってはいましたね。
価値観の不一致を懸念してしまうのも無理はない。小野氏はメルカリにジョインする以前は、典型的な「大企業畑」でキャリアを積み重ねてきたからだ。
NTTドコモ入社時には新規事業の立ち上げやサービス開発を志望していた。しかし、その願いはNTTドコモでは叶いそうになかった。大企業特有の“暗黙のキャリアルート”が敷かれてきたと感じていた。
そこで、2011年にアマゾンジャパンへ転職。シニアプロダクトマネージャーとして、Amazon Student(現在のPrime Student)の立ち上げを行った。
小野海外のロケーションにいるエンジニアへディレクションをしながら、新規事業の立ち上げを経験しました。プロダクト作りはもちろん、事業計画策定からオンライン / オフラインマーケティング、そしてプロジェクトマネージメント、予実管理まで、当時は本当に何でもやっていましたね。大変なことも多かったですが、非常にエキサイティングな経験ができました。
Amazon Studentを立ち上げた後は、細かい指標の改善や業務の自動化、オペレーション最適化を目的とした作業が多くなっていった。働き続ける中で「前例のない、面白い事業開発をやり続けられる会社に行きたい」とも思いはじめたという。
小野私見ではありますが、あくまでアマゾンはオペレーション重視の企業。誰もが当たり前に思うことを、徹底して当たり前に遂行していくことで、ライバルに差をつける会社です。そのため奇をてらった戦略は打ちません。
理にかなった戦略を確実に進めていくことは、もちろん他ではなかなか真似できない。けれど一方で、「これまでやってきたことのない、面白いこと」もやりたいという気持ちがありました。そう考えていた折に、知人の紹介でメルカリの小泉(メルカリ取締役社長兼COO)を知ったのです。
当時、メルカリが募集していたロールは「ビジネス・ディベロップメント」。日本語だと「事業開発」という、意味合いの広い言葉になる。メルカリ単体では仕組みの構築が難しい、決済や物流の領域で外部企業とアライアンスやパートナーシップを結び、メルカリを自由にバリューアップしていく職種だ。アマゾンでは決済や物流のオペレーションがすでに出来上がっている状態だったこともあり、「C2Cという新しい領域で、今度は自分で仕組みを作ってみたい」という気持ちが湧き上がった。
小野ドコモでは「Mobile x 経営企画・事業開発・国際投資」、アマゾンでは「B2Cコマース x プロダクトマネージメント・事業開発」というキャリアを積んできました。こうした経験を活かしながら新規事業ができそうな点で、カチっとハマったんです。
パートナーは大企業。だからこそ活きた、大企業での経験
しかし、懸念していたカルチャーの齟齬は一切なく、小野氏はすぐにメルカリへ溶け込んでいったそう。
小野周りにも、「どこから来た誰か」を気にする人なんていませんでしたね。当たり前のことですが、小さい会社だったので、そんな事は気にせず結果を出さないとならない。頑張らないと数字が伸びない。会社がどうなるか考える暇もなく働いている状況でした。
ビジネス・ディベロップメントにおいては、戦略アライアンスの締結に向けた外部企業との折衝はもちろん、開発チーム・CS(カスタマーサービス)チームと一緒に動いていく機会も少なくない。様々な部署や企業と取り組みを進めていくにあたって、「大企業での経験がかなり活きた」と小野氏は語る。
小野日本とアメリカ、2つの国の大企業でグローバルに働いた経験のおかげで、世界中の大企業のお作法や文法が分かるんです。大企業の人たちが何を考え、どういう価値観で仕事をしているか、どのように社内でプロジェクトを進めていくかが、手に取るように理解できるんですね。パートナー企業に意思決定をしてもらう際に、「自分がどう動けば相手の意思決定がスムーズに進むか」も予測できる。
他にも、企業に合わせた振る舞いをすることで仲間意識を持ってもらうなど、パートナーのカルチャーや意向を汲んで業務に当たっていたという。新しいアライアンスの枠組みやルール作りも、小野氏はすべてを自らで交渉しながら進めていった。
小野新しい決済手段の導入は、他の業界では「加盟店契約を申し込んで締結する」という簡単な営み。でもC2Cフリマという新しい業界にいるメルカリの場合は、そうもいかなかった。パートナー企業としても、対応する前例のないモデルだったので、規約やルールを一緒になって新しく作っていく、一大プロジェクトとなっていったんです。
ヤマト運輸やNTTドコモ、JCB、セブンイレブン、日本郵便といったパートナーと、業界のルールを創り上げていきました。事業が非線形な成長曲線を描けていることが体感でき、めちゃめちゃ面白かったです。
2018年6月には東証マザーズに上場し、勢いが加速するメルカリ。会社の規模は拡大しているが、「バリューを意識した動きが徹底されているのは変わらない」と小野氏は話す。
小野上場したことで、メルカリが「きちんとした会社」であることが世の中に見えるようになりました。しかし、「きちんとして、つまらなくなった」ではなく、「きちんとしているんだけど、そこらの大企業よりも面白い」会社になろうとしているんです。そしてそれは、メルカリのバリューである「Go Bold 大胆にやろう」「All for One 全ては成功のために」「Be Professional プロフェッショナルであれ」を意識して動くことで、実現されていくはずです。
創業期にジョインする最大のメリットは「カオスの中での意思決定」
ビジネスディベロップメントを牽引し、メルカリのグロースに大きく寄与してきた小野氏。創業期スタートアップにジョインするためのマインドセットを訊くと、「『Will』をしっかりと持つことだ」と語った。
小野「スタートアップで事業や仕組み、プロダクト作りを手がけたい」と希望する人は多いと思いますが、実際にジョインすると、あり余る自由度を目の前にして固まってしまい、何もできなくなってしまうことも多い。どんな環境でもやり遂げるWillを持つことは、とても大事です。いきなり荒野に解き放たれても、意志さえあれば、きちんと自分にフィットした方向へ動くと思うんです。僕も今でも変わらず向き合い続けていますが、「自分のWillは何なのか」を問い続けることが重要。「本当にやりたいこと」が見つかれば、自然と行動しはじめるはずです。
Willは「自分は何がしたいのか」──すなわち、Whatに限定しなくても良いと、小野氏は言う。誰とやりたいか、どこでやりたいか、どうやりたいか。または、何がやりたく「ない」か。そうした複数の要素を掛け算し、深堀りを繰り返すことで、Willは固まっていく。
小野答えのない自分探しにはまり込むのではなく、何を、誰と、どこで、どうやるか。具体な行動に落とし、自分の言葉でよく考え、想いを反映していくと良いんじゃないかと思います。そのうえで、目の前のことに集中する。そうすれば仕事が楽しくなってくるし、成果も出てきます。そうするとその実績がより大きな新しい仕事につながっていく。この考えはスタートアップはもちろん、大企業でも活きてくる普遍的な考えだと思っています。
また、自由であることの裏返しには、「制度のないカオス状態」が潜んでいる。人事制度など会社の規定はもちろん、仕事を進めるうえでのルールも、スタートアップでは大企業と比べるとほとんど定められていない。
そうした状況で、「自ら手を動かして進めること、『自責思考』で物事を進められることが、スタートアップで働くうえで大事だ」と小野氏は続ける。
小野カオスの中で意思決定できる経験が、創業期スタートアップ最大のメリットです。何もない状況から自分で決め、自分で進める。もちろんリスクも伴いますが、そうした意思決定をダイレクトに経験できるのは、スタートアップならではですね。
自分なりの想いを明らかにしながら、「自責思考」で目の前の仕事に取り組める人が、創業期のスタートアップには向いていると思います。「自責思考」というのは、自分のコントロールできる事だけに集中したうえで、その結果責任をすべて負うという“覚悟”なのかなと。
今後のキャリアプランについて、小野氏は具体的な言葉を残さなかった。「目の前のことに集中し、自分がやりたいことを追い求めたい」と話す。
小野IT、特にインターネットの世界は変化が激しいので、キャリアプランを細かく立てることにはあまり意味がないと思っています。詳細なキャリアプランを設計していた時期もありましたが、今はもうそのやり方には固執していません。それよりも今は目の前のことに集中し、ビジネスとしての結果を出し、世の中にインパクトを与えていきたい。キャリア理論的に言うと、スタンフォード大のクランボルツ教授が提唱している「プランドハップンスタンス理論」が近いかもしれません。
だからこそ、自分のテンションが上がること、わくわくすることを追い求めていたい。「楽しもうとすること」が仕事だと思うんです。自分の持てるすべてをプロダクト、サービス、機能へのせて、想いを込めて社会へ送り出していく。それがすべてだし、それを楽しんでいきたいですね。
何もないカオスの状態から、自らの手で新しい仕組みを作ることに楽しさを見出していた小野氏。入社前に懸念していたカルチャーマッチの齟齬が発生しなかった理由は、このマインドが創業期スタートアップの文化と一致したからだろう。また、大手企業の経験を自分の武器とし、仕事へのバリューアップへと繋げたことは、メルカリをさらなる成長へと導いた一因とも言える。
自分のWillを持ち、持っている武器を知り、自ら動くこと。小野氏の経験談は、創業期スタートアップにジョインし、牽引していくために求められる要素を明らかにしている。
こちらの記事は2019年03月11日に公開しており、
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総合ITベンダーで6年間勤務したのち、訪日観光客向けメディア「MATCHA」の編集者にキャリアチェンジ。ビジネス・観光領域など複数メディアでライターとしても活動中。
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藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
連載私が創業期スタートアップへのジョインを決めた理由
4記事 | 最終更新 2019.05.30おすすめの関連記事
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