創業期のマネーフォワードで感じた、高速スピード×ゼロベースの事業創出【マネーフォワード執行役員・黒田直樹】
誰もが知る大企業であっても、創業期を経験していない企業はない。起業を決断した創業者はもちろん、先行きの見えない船に乗り込んだ創業メンバーもまた、勇敢なリスクテイカーである。この連載では創業期スタートアップで働くことのリアルを、実践者の声からつまびらかにしていく。
第4回は、株式会社マネーフォワードで執行役員/福岡拠点長を務める黒田直樹氏に話を伺った。新卒でマネックス証券株式会社に入社し、4年で独立してWEBサービス開発事業を展開するものの、会社は空中分解。
マネックス証券時代の上長から誘われ、創業直後のマネーフォワードに加わった。『マネーフォワード ME』や『マネーフォワード クラウドシリーズ』の開発を経て、プロダクトオーナーとして『マネーフォワード クラウド経費』を手がけた。黒田氏は、なぜ創業期スタートアップのメンバーとして働くことを選んだのか。
「ジョインへの不安は皆無だった」という理由から、念願の新規事業創出に関われた経緯まで、創業期ならではの経験と学びを紐解く。
- TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
変化を恐れずに前へ進める人にとって、スタートアップは最高の環境
「ロマンを感じる方向へ進んできただけなんです。大きな決心をしてジョインしたわけではありません」
柔和でありつつも力強さを感じさせる語り口で、黒田氏は来歴を語る。学生時代から「イノベーションを起こし、社会に大きな影響を与えたい」想いが強かった黒田氏。これまでを振り返り、スタートアップで働く利点を「濃密な時間を過ごせること」だと話す。
黒田すごいスピードで色々な事件が起こるし、若くてもチャレンジの機会がたくさん与えられる。変化を恐れずに前へ進める人が、自分の目指す地点に向けて力をつけるためには、最高な環境だと思います。逆に言えば「指示待ち」の姿勢がデフォルトで、覚悟を持てない人は成長するのが難しいでしょう。
大企業であれば業務範囲がある程度は定められていますが、スタートアップでは専門外のあらゆる仕事が舞い込んできます。そういったカオスな状況を楽しめる人であれば、圧倒的に成長できる。
学生の頃から、社会に多大なインパクトを与える「IT」と「金融」に関心を持ち、株式市場の分析を学んでいた黒田氏。トレーディングに失敗し、数百万円を失ったこともあるという。それでも心折れず、両者を掛け合わせた「IT×金融」という領域の魅力に突き動かされてきた黒田氏は、「自分のロマンに従うことで、最善のキャリアを歩める」と力説する。
黒田キャリア選択で最も大切にすべき視点は「心からやりたいことかどうか」だと思っています。やりたいことなら、未経験の仕事で大きな壁に当たっても、歯を食いしばって頑張ろうと思える。イチローも引退会見で「自分が夢中になれることを見つけることが大切」と言っていましたよね。僕も、興味が湧いた方向へどんどん進んでいたからこそ、たくさんの辛いことを乗り越えてこられた。
自分のつくったサービスが数億人に利用されることもある「IT」と、ワンクリックで数億円が動く「金融」のスケール感に、心が踊るんですよ。僕の根源には世の中にインパクトを与えたい強い気持ちがあって、「IT」と「金融」を掛け合わせたマネーフォワードの事業に、大きなロマンを感じたんです。
ジョインへの不安は皆無だった──「身銭稼ぎ」の業務委託メンバーから正社員へ
就職活動時、黒田氏はシステムトレーディングに関われる企業を探し、2008年にマネックス証券に新卒入社する。元ソニー会長の出井伸之氏による社内表彰「出井アワード」を、2年目のときに年間部門、4年目のときに四半期部門で獲得し、順風満帆にも思えるキャリアを歩んだ。
マネックス証券での仕事に慣れを感じはじめた黒田氏は、大学時代の友人から「一緒に起業しないか」との誘いを受け、独立。2012年1月、契約社員としてマネックス証券に籍を残したまま、友人2人とWebサービス開発事業を行う会社を立ち上げた。黒田氏は「出井氏の表彰を受けたこともあり、なんでもできる気がしていて、ある意味では調子に乗っていた」と話す。
しかし、事業が軌道に乗らないまま、会社は空中分解。当時の状況を「ビジネスもプロダクトづくりも分からないまま起業してしまったから、成功できないのも当たり前だった」と思い返す。
加えて、創業メンバーそれぞれの目的をすり合わせることを怠ったのも、失敗の一因だ。プロダクトづくりに強い興味を持っていた黒田氏とは対照的に、友人2名は「会社勤めよりも起業の方が楽しそう」といった動機だった。黒田氏も契約社員を続けながらだった当時を「覚悟が足りなかった」と話す。
その後はマネックス証券の契約社員として身銭を稼ぎながら、ひとりで自作サービスを運用する日々だった。そんなとき、黒田氏は付き合いのあった先輩に誘われ、マネックス証券のOBが数多く在籍していたマネーフォワードを訪れる機会を得た。何度かオフィスへの出入りを繰り返したのち、マネックス証券の契約社員を辞め、2013年4月から業務委託メンバーとして関わりはじめた。
黒田出入りを続けるうちに、代表の辻や取締役の市川から正式なオファーをいただき、開発に関わることになったんです。このときはまだ自分のサービスの運営を続けており、目的はあくまで「身銭を稼ぐ」ことでした。
ただ、マネーフォワードの事業は自分がやりたかった「IT×金融」の軸で学びを得られるし、一緒に働いたことがある人たちから誘われたこともあり、働きやすそうだなと思ったんです。
業務に関わりはじめた段階では、マネーフォワードのミッションへの共感や期待も大きくなかった。あくまで動機は「誘われたなかで一番食い扶持を得られそうであり、先輩の会社で楽しそうだったから」でしかなく、数ヶ月働いてから自社事業へ専念するつもりだった。
しかし、仕事に臨むなかで創業メンバーの熱意と覚悟に触れ、気持ちは徐々に変化する。黒田氏は月曜から土曜までの週6の稼働を9ヶ月続けたのち、2014年1月から正社員としてジョインした。
黒田仕事に関わりはじめてからは、本当にすごい会社だと思いました。9時半の朝会から終電近くまで、メンバー全員がずっと仕事をしている。創業メンバーが世の中を変えるために熱中し、目標に向かって努力する姿に惹かれたんです。加えて、清廉潔白な人格者ばかりで、人柄にも好感が持てました。このメンバーで足並みを揃えてがむしゃらに頑張れば、道が拓けるのではないかと考えました。
もちろんキャリアへの不安はありましたが、「若いからなんとかなるだろう」くらいに思っていました。そもそもひとりで自分のサービスを手がけている状況がどん底といえるくらいの苦しさだったので、ジョインへの不安は皆無でしたね。
資金調達を契機に「フィンテック領域をリードする企業」へ
黒田氏がマネーフォワードの業務に関わり出した2013年当時は、約10名の従業員がおり、サービスのβ版がローンチされて数ヶ月が経過した頃だった。
黒田氏は「正直、最初はうまくいくのか疑心暗鬼だった」と話す。マネックス証券での経験を通じ、マネーフォワードが提供する家計簿アプリと似たモデルの事業が複数あることを知っていたからだ。「スマホに特化したアプリは他になかったとはいえ、新規性があるわけではなく、潤沢な資本力を持つ大企業に駆逐されてしまうのではないか」という不安があった。
しかし、テレビ東京の経済情報番組『ワールドビジネスサテライト』にサービスが取り上げられたのを皮切りに、事業への不安は取り払われていった。「Infinity Ventures Summit 2013 Spring」でも4位に選ばれるなど、マネーフォワードは徐々に名を上げていき、2013年10月にはジャフコから5億円の資金調達を果たす。
現在は複数のプロダクトを抱えるマネーフォワードも、当時は個人向けの家計簿サービスである『マネーフォワード ME』のみを運営する状況だったが、ビジネス向け『マネーフォワード クラウド会計』の事業構想が奏功し、2013年の景況としては相当に高いバリュエーションがついたのだ。
それまでのインターネットバンキングサービスをはじめとする金融サービスは、けっして使い勝手が良いとは言えないものが多かった。WEBサービスならば備わっているような機能が実装されていないうえ、スマホ対応も完璧ではなかった。こうした金融サービスにテクノロジーを掛け合わせれば、たしかなチャンスがあると気づいた。
黒田最初は「バリュエーションこんなにつくの?」と驚きましたね。でも、事業を手がけるうちに、自分の中でも新たな構想がどんどん思い浮かんできて、「こんなに可能性がある会社は他にない」と考えるようになりました。2009年にアメリカで『マネーフォワード ME』と似たモデルのアカウントアグリゲーション型家計簿サービス『Mint』が約200億円でエグジットしたのですが、自分たちはもっと上にいけるだろうと。
まだ吹けば飛ぶようなベンチャー企業でしたが、「フィンテック領域をリードする企業」として取り上げられる機会も増えていき、社会からの期待も感じていました。フィンテックブームの時流を掴めたのは、幸運でしたね。
最大の恩恵は、手がけたいプロダクトを開発できたこと
マネーフォワードへジョイン後、「フルタイム社員がいないから」と要請され、サーバーサイドエンジニアを務めた黒田氏。それまでエンジニアとして豊富な経験を積んでいたわけではなかったので、30代直前にして本格的なエンジニアとしてのキャリアがスタートした。
最初に手がけたのは、当時唯一のプロダクトだった『マネーフォワード ME』の開発だ。その後は『マネーフォワード クラウドシリーズ』の立ち上げを行った。経験豊富とはいえず、スキルにも自信が持てないエンジニア業務には、常に不安がつきまとった。
黒田「エンジニアが少ないから」とポジションを与えられましたが、経験も浅いし、師匠やメンターが仕事のやり方を教えてくれる状況ではありませんでしたからね。「本当に僕がこのポジションにいて良いのか」と、しばらくは自信が持てませんでした。
しかし、会社の規模が拡大するにつれて、優れたエンジニアが集まりだしたんです。同僚のコードを見て必死に勉強し、どんどん力がついていきました。
2013年11月には『マネーフォワード クラウド会計』『同 クラウド確定申告』をローンチし、その後はBtoB事業側のエンジニア業務を中心に、Yahoo!ファイナンスやセゾンカードとの連携など、さまざまなプロジェクトを手がけた。
さらに、代表の辻氏に『マネーフォワード クラウド経費』の構想を明かし、「ぜひやらせてほしい」と志願。1年ほどかけて説得した末に、2015年にはゼロから新規事業の立ち上げを手がけることになった。黒田氏は「自分がつくりたいプロダクトに関わらせてもらえたことは、創業期にジョインして受けた最大の恩恵だ」と話す。
黒田マネーフォワードにジョインしてから、まるでジェットコースターのようなスピードで会社が拡大していき、さまざまなフェーズにおける、多種多様な経験をしてきました。なかでも、企画から実装まで、ゼロベースの事業創出を経験させてもらえたことは、本当にありがたいです。
『マネーフォワード クラウド経費』立ち上げ時は2人だったチームも、いまは30人を超えました。サービスを成長させるためのビジネスサイドの知見も得られ、本当に良い経験ができました。
二拠点生活を経て、「地方創生」に次なるチャンスを見出す
現在は福岡開発拠点長を務める黒田氏。福岡開発拠点の設立が決まったときに自ら希望し、2017年12月より赴任した形だ。佐賀県生まれの黒田氏は、2014年に高校の同級生でもありマネックス証券の新卒同期である妻と東京と佐賀間の別居婚をし、それから3年間、単身赴任を続けていた。東京と佐賀を行き来する生活の負担は大きかった。
「自分もいつかは地元に帰りたい」という想いを抱いていた黒田氏にとって、福岡拠点の話は、まさに渡りに船だったのだ。福岡開発拠点では、若手エンジニアの採用と育成に精力的に取り組んでいる。
黒田優秀な若手メンバーが本当に多いんですよ。彼らを育成して、会社の屋台骨となる人材を育て上げることが、現在の僕にとって最大の仕事だと思っていますね。マネーフォワードにジョインしたときは、僕よりエンジニアリングができる若者がたくさん入ってきて、「負けるもんか」と頑張っていた面もあったんですけど(笑)。歳のせいなのか、彼らに負けたくない気持ちよりは、応援したい気持ちがとても大きくなりました。
さらに、「IT×金融」のロマンに向けて突き進んできた黒田氏がいま関心を寄せるのは、「地方創生」だ。二拠点生活を続けるなかで「東京に一極集中せずとも、地方で暮らせる道があったほうが、多くの人が豊かな暮らしをできるのではないか」との考えが浮かび上がった。
黒田いま育てている若者たちが成長すれば、僕の仕事も徐々に任せていける。そうなったら、マネーフォワードという箱も活用しつつ、地方の課題解決をはじめ、さまざまな事業へ挑戦していきたいですね。単身赴任時の僕がそうだったように、地方とのつながりを断ち切りたくない人が活躍しやすい未来をつくることに、関心が湧いてきているんです。
それに、地方はむしろビジネスチャンスがあると思っています。優秀な若者がしのぎを削る東京と違って競争が激しくないため、若いだけでアドバンテージですし、チャンスが巡ってくる。ブルーオーシャンなんです。
黒田氏がマネーフォワードにジョインしたのは、同社の事業が彼が志向する「金融×IT」の軸から逸れておらず、創業メンバーの魅力にも引かれたからだった。変化を恐れずロマンを追い求める彼のように、自分の全エネルギーを事業にぶつけられる者であれば、創業期スタートアップに飛び込むことで大きな成果を残せるのではないだろうか。
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こちらの記事は2019年05月30日に公開しており、
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執筆
岡島 たくみ
株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
連載私が創業期スタートアップへのジョインを決めた理由
4記事 | 最終更新 2019.05.30おすすめの関連記事
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