連載FastGrow Conference 2021

高成長ベンチャーの“ハードシングス対決”!?「壮絶過ぎる組織崩壊」を聞く

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登壇者
土屋 尚史

btrax Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。自社で開発しているプロトタイピングツール「Prott」はグッドデザイン賞を受賞。2017年には経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務める。2018年にフルリモートデザインチーム「Goodpatch Anywhere」をリリース。2020年6月、デザイン会社として初めて東証マザーズに上場。

柴田 紳

1998年に一橋大学卒業後、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)に入社。 2001年にIT系投資会社であるITX株式会社に転職し、株式会社ネットプロテクションズの買収に従事。 すぐに出向し、何もないところから、日本初のリスク保証型後払い決済「NP後払い」を創り上げる。 2017年、アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー特別賞を受賞。2021年12月、東証第一部(現プライム)上場。

「今のスキルを生かして社会をさらに良くしたい」「頭の中にこのアイデアを育てて、世界に良い影響を与えたい」など、次の時代を創るイノベーターの卵たちの脳内には、さまざまなイメージや思い、野心が詰まっているはずだ。

ではそれを具現化するのはどうしたらいいのだろうか?そんな素朴な問いを、今まさに活躍する現役事業家に直接聞けるイベントFastGrow Conferenceを、2021年1月に開催した。

Day2のスタートを飾ったのは、グッドパッチの土屋尚史氏とネットプロテクションズの柴田紳氏が対談した、「急成長は一夜にしてならず。伸びる事業に不可欠な組織設計」。

スタートアップの組織は常にめまぐるしく変化する。少人数のチームで多くの業務を回すフェーズから、中規模な組織へと成長していく過程で、何度も壁にぶち当たった人は少なからずいるだろう。

今回対談した土屋氏と柴田氏もかつて壮絶なハードシングスを体験し、そこから這い上がって現在の急成長を迎えている。その生々しいエピソードや、困難を乗り越えた先にできた組織文化、今後の課題などを伺った。

  • TEXT BY AYUMI KANASASHI
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フラットな組織にこだわりすぎ、大崩壊したグッドパッチ

土屋氏率いるグッドパッチは、デジタル領域でUXやUIなどに関わるデザインを広く扱う企業。創業9年目に当たる2020年に、デザイン会社で初めて東証マザーズに上場した。表層的・装飾的ではない、物事の本質的な価値を形にするデザインの力で、日本のビジネスシーンをリードしている。

一方の柴田氏率いるネットプロテクションズは、日本初のリスク保証型後払い決済『NP後払い』によって決済業界での地位を確立。CreditTechのパイオニアとして常に注目を集める企業だ。

そんな両社の共通点は、組織が崩壊しかけるほどのハードシングスを乗り越えていること。いったい何があったのか、まずは土屋氏に伺った。

土屋グッドパッチは2011年に創業、2019年には世界3拠点で約170名のスタッフを抱えるまでに成長しています。かなり急激なペースで伸びたのですが、60人から100人へ規模拡大する際に、壮大に組織崩壊しています(笑)。

なぜこのような壁にぶつかってしまったのか。創業当時の社内文化を伺ってみると、土屋氏の強いこだわりが見えてきた。

土屋会社立ち上げ当時は、古い慣習にあてはまらない、従来とは違うデザイナー会社にしたいと考えていて。なので組織の枠組みを作らず、とにかくフラットな組織を意識して組織拡大したら、創業4年目あたりで、経営者一人に対して50人のスタッフ全員がフラットという組織になっていたんです。

当然1人で50人のスタッフの管理は難しい。その時点で崩壊の予兆は感じていたそうだが、それでも土屋氏は突き進んでしまった。

土屋50人になった一年後、スタッフが倍の100人に。さすがに一人では管理しきれなかったので、急ごしらえでマネジメント層と役員層を作り、マネジャー6人を対象に年1,300万円かけてマネジメント研修会社にマネジャー研修を依頼するなどしていたんです。

そんなある日、社内チャットに経営批判が投げ込まれたら、一気に社内中のSlackやオープンチャンネルで誰も発言しなくなって。代わりにDMとプライベートチャンネルで会社の裏チャットができて、経営陣の悪口が書かれまくるという事態が起きました。

そこから約2年半、なかなか状況は改善せず、2年連続で離職率40%を超え、計80人が退職。1,300万円かけて研修したマネジャーも6人全員がいなくなりました(笑)。

悪夢のような2年間をなめらかに語った土屋氏。もちろんさまざまな施策を試みたそうだが、結果的にはすべて“のれんに腕押し”状態だったという。

土屋経営陣に対する信用・信頼がなくなっていたんでしょうね。グッドパッチのビジョンやミッションに対して正面から異を唱える役員は意外といなかったのですが、向かっていくゴールや、バリューの価値観がすり合っていなかったのが原因だったのかなと思います。

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9ヵ月かけ定めたビジョン、社員の半数が不賛同で退職したネットプロテクションズ

柴田氏は2001年からネットプロテクションズに出向し、2004年からは持ち株のない“雇われ社長”として従事。出向当時ネットプロテクションズにはサービスが何もなかったので、後払い事業をゼロから作ってきたそうだ。

※ネットプロテクションズについて多面的に解剖したFastGrow12記事連載はこちらから

そんな柴田氏が一番つらかった時期は、2012年から2013年にかけて、スタッフ全員で会社のビジョンを策定したときだという。

柴田ネットプロテクションズのハードシングスのひとつは、創業期の7年間がずっと赤字だったこと。しかしそれを超えて拡張期から変革期に入るために実施した「ビジョン策定プロジェクト」で、さらなる壁にぶち当たりました。

プロジェクトの進め方は、正社員約50人を6〜7人のチームに分け、自分が社長だったらこの会社をどうするかを話し合い、各リーダーと私で議論をまとめたんです。3ヵ月でやろうとしていたのですが、結局9ヵ月かかりました。

みんな真剣にやってくれたのですが、意見や価値観の相違が露見したり、会社としての弱点が次々と明らかになったりとさまざまな事が起きたので、この時期は本当に会社を辞めたかったですね(笑)。

そうしてできたビジョンに共感できず、2年ほどでマネジャーの半分以上が退職。ただ最終的にビジョンに共感したスタッフだけが残ったので、組織文化をより強く形成できるようになったと感じています。

このビジョン策定後、ネットプロテクションズの組織は、三角形から逆三角形に変更されている。これにはどういった意味が込められているのだろうか、気になった土屋氏が聞くと、柴田氏から興味深い答えが。

柴田会社のビジョンや価値観をすり合わせていく中で、組織を強くするためには、社長よりも社員の方が偉くて、全員一丸で頑張っていこうという姿勢を強く打ち出す必要があると思いました。そこで「社長は上に立つ存在ではなく、下から支える存在だ」という考えを強く押し出し、三角形ではなく逆三角形の組織フェーズを定義したんです。

私が持ち株0%の雇われ社長だったので、スタッフと平等だという主張にも説得力があったと思います。責任の重さは一緒ではないですが(笑)。

試行錯誤して作り上げたネットプロテクションズの社内組織は、“ほぼ”ティール組織。独特の制度や価値観が徹底されている。

柴田ネットプロテクションズのスタッフは500人以上いますが、正社員は約190人、そのうち75%が新卒入社です。会社としての大きな特徴は、定型業務はどんどんアウトソーシングし、正社員は企画とマネジメントに特化していること。

弊社は人事、予算、戦略をチームや社員がすべて決める、セルフマネジメント型組織。希望した異動や兼務希望もほぼ決まるので、社長に人事権がほぼないです(笑)。

マネジャーを廃止して上司が誰もいないので、人事評価は横の関係性で行います。アドバイザーは在籍しているので、困ったときに頼れる仕組みはありますよ。

社長と同じ情報をほぼすべての社員が持ち、事業の決め方も社員みんなで決める。そんなスタイルが定着している。ところで、積極的にアウトソースする理由は何だろうか。

柴田決済業務は定型オペレーションが多くなります。正社員が行えば業務が早く進むかもしれないですが、社内のスタッフ層を増やしすぎると、全員を貫く人事制度が作れず、普通のことしかできません。なので多少コストが高くても、決まった業務は外に出していきます。

だから正社員は決まったボールをあまり持たず、全員がプロジェクトや企画に邁進できますよ。

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事業作りと組織作り、両輪で回すための3つのルール

スタートアップではいつから組織作りに注力すべきなのか。両者は同じ意見だった。

土屋事業戦略と組織戦略のどちらを優先すべきか。私は最初から両方とも頑張るべきだ思います。事業やプロダクトにはライフサイクルが存在し、時代やユーザーニーズの変化に応じて次々に作らないと、会社が継続的に成長しません。

そのプロダクトを作り出すのは人です。人や組織が強固なら、仮にプロダクトが廃れたとしても次の手を何度も打てるでしょう。

組織と事業は完全に両輪で、どちちが上・下というものではない。この両方で高次元のバランスを取るのが、代表取締役の仕事ではないでしょうか。

柴田トップダウンで事業作りだけに専念していると、いざ組織を作ろうとしたときにとても苦しみますよね。

今の時代においては、事業成長が社員の幸せに100%リンクするわけではない。そう土屋氏は言う。

土屋社員が食っていくためには売上が必要なので、事業成長の優先順位は高くなりますが、例えば「1兆円の企業に成長させるぞ」と目標を掲げても、若い世代がみなついてくる時代ではないと思います。だから経営者は、社内で積極的にコミュニケーションを取り、社員に対して“社員が働く意味”を提供し続けることが重要です。

柴田氏もある3つのルールを社員に伝えているそうだ。

柴田私がどのチームにもお願いしているのは、仕事で成果を出すこと、属する全員が成長できるよう支援すること、そして全員がなるべく幸福であるようにすること。

この3つのバランスをとるのはかなり難しいですが、徹底しようとすることが大切です。そうすれば、次第に全員がハッピーで前に進んでいける組織になると思います。これが弊社の根幹にある価値観ですね。

スタートアップが50人から100人の組織規模になるとき、鍵になるのはマネジャー層だと二人は口を揃える。

土屋マネジャー層が何を伝えるかは、若いスタッフに大いに影響します。だからマネジャー層と信頼関係を作って、マネジャーが社長の意図を汲み取り自分の言葉で経営の方針をメンバーに伝えられるかどうかが、組織成長の鍵だと思います。

柴田2012年から2013年でマネジャー層がだいぶ辞めましたが、会社のコアがしっかりしていれば、意外と問題はなかったです。後払いという決済システムは辞めないですし(笑)。

一方で、マネジャー層で残った人たちは、今の社の根幹を作っています。弊社では厳密に言うと、マネジャーは廃止しているのですが、全員がマネジャーのようなふるまいをしています。「全員リーダー組織」という呼び方もしています。つまり、一人ひとりがリーダーシップやマネジメントを意識してどのようにふるまうかが、未来を形作っているわけですね。

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未開の才能を発見して育成し、リーダーを輩出できる土壌を作る

両者のもうひとつの共通点は、新卒採用にこだわっていることだ。その理由を伺った。

柴田ネットプロテクションズは社内文化が独特なので、会社の常識に染まっていない新卒の方が会社に合いやすいです。2018年〜2020年までの3年間で新卒を62人採用して、1人も辞めていないので、外からの見え方とのギャップがほとんどない組織になれているのかもしれません。

一方の中途採用では、各人すでに身につけているスタイルがあるので、どれだけ優秀な人でも価値観がずれるなら採用していません。

土屋グッドパッチもほぼ一緒で、新卒は文化の土台になる人材だと捉えています。新卒の割合が増えていくことで、より強い組織になっていくと思いますね。

柴田新卒採用と中途採用の黄金比は、背骨になる新卒が7割、外部から刺激を持ち込んでくれる中途が3割ではないでしょうか。社内文化を壊さずに多様性も保てると、強い組織でいられると思います。

土屋氏は新卒採用に対する熱い思いを、さらに続けて吐露した。

土屋“未開の才能を見つけて育てる”ことはとても大事だと思っています。すでに社会に出てスキルをつけている中途社員を採用すれば、業務は楽かもしれません。しかし未開の才能がある人材を見つけ、育てられる組織にしたいですね。

柴田弊社も社会をより良く変えていけるリーダーを、この会社からどんどん生み出そうとしています。なので根底にあるのは同じ思いです。若者を搾取して使い倒すような組織やマネジメントスタイルは許せないですね。

一度企業の価値観・バリューを定めたら終了ではなく、社長や役員、マネジャー層がそのバリューをどう体現するかも大切だと両者は言う。

土屋組織が小さければ、浸透させたいバリューを社長が直接伝えられますが、50人や100人、200人の組織では社長の声をうまく伝達する人が必要です。共通認識を持っている役員やマネジャーがいないと厳しいと思います。

柴田さらに言うと、言葉でいくら伝えたところで、社員は行動を見ています。だから社長は言行を完全に一致させて、ビジョンやバリューを体現しないと、社員から認められないですよね。社長は聖人君子を目指さなきゃいけない(笑)。

だから、トップダウンとボトムアップのどちらがいいのかは、私にとっては永遠なテーマです。短期的に成果を上げやすいのはトップダウン。一方で、みんなが幸福で成長しやすいのはボトムアップだと思います。だから、ボトムアップでありながらトップダウンの会社にスピードで負けない、そんな組織を目指しています。

最後に、両者が予想している今後直面しそうな課題について質問した。

土屋すでに次の壁が存在していることはわかっていますが、現状100%言語化できている壁ではなく、社内の小さな不協和音が聞こえている状態です。これが次のハードシングスになるかはわかりませんが、この壁を半年〜1年で言語化して、また乗り越えていきます。

壁はいつだって次から次へと出てきますが、その度に社内で新しいヒーローやリーダーが生まれてくるもの。壁は存在することはまったくネガティブではないと思っています。

グッドパッチは上場まで、ファウンダーが描いていたストーリーでやってきた部分が大きい。でも、ここからは社員それぞれがグッドパッチでいかに成長・貢献しているのか、それを実感できるような演出や制度を作っていくが勝負だと思っています。

柴田組織自体は本当にうまくいっていると思います。今後はデザインやシステム、管理部門などでスキルの高い人が必要になってくると思いますが、弊社の価値観や考え方と完全に合致する人材がいるかは疑問です。

今後は、いかに尖った人材を、社内文化を壊さずに吸収していけるかが課題になると感じています。バランスを見るのは私の役割なので、組織文化・体力が許容できるところを見定めて対応していきます。

スタートアップにはそれぞれにしかない文化、ビジョン、ミッションがある。それはいくつもの壁を乗り越えていくことで、次第に醸成されていくものだ。壁を乗り越えた先の未来を見据えながら、先輩たちの教えを胸に一歩前に進んでほしい。

こちらの記事は2021年03月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

金指 歩

フリーライター。信託銀行や証券会社、ITベンチャーを経て現職に。主に個人・法人のインタビュー記事、金融関連記事を執筆。

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