権限委譲のキモは、「判断基準」を揃えること。
ネットプロテクションズの“ほぼ”ティール型組織の裏側
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クレジットテック市場を牽引するネットプロテクションズの組織体制は、いわゆる「ティール型組織」に近い。マネージャー職の廃止、360度評価、多くのメンバーが部署掛け持ち、経営陣の関与なしで次々と立ち上がるプロジェクト……。
同社は2018年、新しい人事評価制度「Natura」を公表した。代表取締役社長・柴田紳氏は、「会社が壊れるギリギリまで、みんなに権限を提供し続けている」と語るが、なぜそこまでフラットな組織を志向するのだろうか。
本記事では、柴田氏と、人事セクションを統括する山下貴史氏にインタビュー。「判断基準を揃える」ことで権限委譲を可能としている組織体制から、「成果・成長・幸福の最大化」を最重視する柴田氏の思想、そして離職率の高さを改革した軌跡まで、ユニークな組織の裏にある“必然性”に迫る。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
「フラットな組織」を志向していたわけではない
昨今は多くのスタートアップが組織をフラット化し、情報格差を最小限にとどめようとしているようだ。
しかし、LayerX・福島良典氏のインタビュー記事を呼び水に「情報は平準化すべきだが、階層構造はなくすべきではないのでは?」といった議論も起こった。
ネットプロテクションズは、フラットな組織の代表格ともいえる。その是非について率直に疑問をぶつけると、代表の柴田氏は「僕らはそもそも、フラットな組織を目指したことなんて一度もない」と言い放った。
柴田マネージャー職を廃止したとはいえ、リーダーがいることを悪としているわけではないんですよ。ネットプロテクションズは、メンバー間の役割分担を、あえて役職によって担保しようとしていないだけです。
成熟度が高いメンバーだけで構成されたチームなら、リーダーはいなくてもいいと思います。でも、メンバー間に経験や信頼に差があれば、リーダーを立てた方がいいケースもある。全員の影響力が同程度になることは、なかなか成立しづらいし、無理にこだわる必要もないでしょう。
現在でこそ、「マネージャー職を撤廃し、ティール組織を実現する新しい人事評価制度」を掲げる『Natura』を対外向けに発表したが、それ以前から、ほぼ同様の組織体制が実現されていたのが実態だという。マネージャー職の廃止も、360度評価も、現場では当たり前のように実践されていた。
山下もともとマネージャー職に就いていたメンバーも、役職そのものへのこだわりは、ほぼ持っていませんでしたね。「上司」「部下」という言葉は、もはや誰も使わない死語になっていましたし、360度評価も、部分的には行われていました。まずティール的に働いていた実態があり、後から制度が追いかけたイメージです。
だから、メンバーにも自然にNaturaを受け入れてもらえています。人事部は、あくまでもハブとして制度の浸透・改善を後押ししているだけで、トップダウンでシステムを根付かすようなことはしていません。
ネットプロテクションズの組織形態は、「コンサルティングファームに近い」と柴田氏は語る。運用業務は外部パートナーや派遣社員などのプロフェッショナルに任せ、社員は企画に特化。多くのメンバーが複数部署を掛け持ちし、プロジェクトベースで働いている。
もちろん、企画で結果を出していくためには現場業務も手がける必要はあるし、特定のスキルを深掘りしたければスペシャリストを目指すのも自由だ。成長方法も、配属も異動も、すべて社員が主導権を持っているという。
柴田会社が壊れるギリギリまで、メンバーに権限を提供し続けています。組織を注意深く観察しながら、年々手を離してきました。そうした経営スタイルに共感してくれるメンバーを採用していったら、今やトップダウンで命令すると、ポカンとした顔をされます(笑)。何で命令してるの?みたいな。
事業やプロジェクトも勝手に立ち上がっていきます。たとえば、「Activity Based Talking~働くというより話そう~」というコンセプトで設計された今のオフィスも、僕は一切設計に関わっていなくて、気がついたら出来上がっていました。
先人の“正解”を参照できないから、リーダーを増やすしかなかった
ネットプロテクションズが、ここまでメンバーに権限を委譲できるのはなぜか。その鍵は「判断基準を合わせること」にあった。
柴田判断基準が合っていれば、社員と会社の意思決定は大きく乖離しないはずです。逆に、スキルがいくら高くても、判断基準が異なれば、動向を逐一ウォッチする必要があるので権限は渡せません。
意思決定に必要な情報も余すことなくシェアする。Slackのチャンネルは基本的にオープン、ナレッジシェアツール『Scrapbox』にも「社内Wiki」として全ての動きや議論を書き込んでいるという。
同社の組織体制の原点は、2006年に柴田氏が衝撃を受けた一冊の本──組織図も階級も人事部もないブラジルのセムコ社について書かれた『奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ』だ。感銘を受け、従業員に主を置く経営スタイルを採るようになったという。
柴田すべては、メンバーが大きな成果を出し、健全に育ち、幸福に働けるようにする──「成果・成長・幸福の最大化」のためです。人生の主導権を自分で握れないと、幸福感は手に入らない。一方で、業績も上げないと誰もハッピーにならない。そのために判断基準や情報の目線を揃えることを重視しているんです。
柴田氏の思想だけでなく、事業特性も背景にある。過去の記事でも語ってもらったように、ネットプロテクションズは、日本の後払い決済市場のトップランナーだ。常に未踏の地を先陣を切って歩み続ける立場ゆえに、先人の“正解”を参照できない。
セールス、システム、運用、お問い合わせ対応、未払いリスク…多岐にわたる因子について、前例なき中で考え続ける必要がある。そのため、「トップダウンで考えようとすると、すぐに処理量の限界が来る」という。
柴田加盟店さんが増えていくにつれ、固有のトラブルに対応し、未払いリスクもウォッチし続けなければいけない。システムも大規模で、複雑になっていく。裏側のオペレーションも、磨き続けなければいけない。一人が細部まで把握し、指示を出し続けようとすれば、すぐに限界が来ます。あらゆるメンバーにリーダーとして意思決定を担ってもらわざるを得ないんですよ。
離職率の高い企業が、ティール型組織になるまで
ネットプロテクションズの組織体制は、一朝一夕につくり上げられたものではない。過去の記事にも詳述されているように、2001年に同社の社長に就任した柴田氏は、2004〜2005年頃には後払い決済事業を軌道に乗せた。しかし、離職率も高く、組織のコンディションを評価するならば「0点だった」という。
意を決して組織改善に向き合いはじめたものの、失敗の連続。2000年代は、事業も赤字で社内の雰囲気は悪かった。決済領域に今ほどの注目度もなく、中途採用も奮わなかったという。やむなく新卒採用に取り組むも、なかなか人材は定着しなかった。
根気強く経営を続け、2010年代に事業が成長。中途採用市場でも存在感が増してきた。しかし、その時に「大きな失敗」を犯したと振り返る。思考力やスキルが高く、誰もが認めるようなキャリアを歩んできた中途人材を集中的に採用したところ、「組織が壊れた」そうだ。
柴田判断基準が会社と合っていなかったんですよ。権限を渡せないので、確認プロセスが煩雑になる。いいよ、と言えない場面が増える。すると、メンバーも会社に不信感を抱き、「社長は器が小さい」と批判しはじめる。悪循環が生まれてしまったんです。完全に僕の未熟さが原因だと思います。
組織としての判断基準の重要性に気づいた柴田氏は、2013年に一大プロジェクトへ着手した。現在も同社の屋台骨となっている、「ミッション」「7つのビジョン」「5つの価値観」の策定だ。
当時約50名いた社員を、6〜7人ごと8チームに分け、それぞれ30万円ほどの予算を付与。3ヶ月間、他の業務よりも最優先で「自分が社長なら、どういった会社にしたいか」を考えさせた。各チームでつくり上げたビジョンを、全員が納得できるまで徹底的にすり合わせていったのだ。
柴田氏は、この理念の策定により、10年間向き合い続けてきた組織改善の成果が、ようやく出はじめたと振り返る。
柴田これ以後に採用したメンバーは、新卒も中途も、ほぼ辞めていません。もちろん、既存メンバーからの反発がなかったわけではありませんが、合わない人は2〜3年で組織を離れました。
また、今で言うティール型の組織になっていったのも、このビジョンを策定してからですね。ビジョンに共感してくれる人だけを採用するようになったので、判断基準のズレがなくなり、権限をますます委譲できるようになったんです。個人の価値観だけでなく、組織の価値観や向かうべき先を決められたことが、ものすごく大きかったと思います。
採用・オンボーディングでも、「主体性」を最重視
採用活動では、「誠実」「自分の頭で考えられる」「成果にこだわれる」「周囲とコラボレーションできる」といった性質を重視している。
柴田生意気に見える人も、けっこう好んで採っています(笑)。「会社に尽くすぞ」ではなく、うちを踏み台に社会的なリーダーになるような意気込みを持った人もぜひ欲しいんです。ネットプロテクションズを「リーダーの養成所」にしていきたい。
また、オンボーディングでもメンバーの主体性を尊重している。新卒入社メンバー向けの研修は、人事部のトップダウンではなく、研修を終えた直後の入社2年目のメンバーも企画し、推進するという。ネットプロテクションズの全体像を捉えるために、各事業のポテンシャルを学びつつ、現場社員とのコミュニケーションも積極的に行う。「研修とは思えないくらい、参加者の満足度が高いですね」と柴田氏。
研修が終わり、配属が決まった後も特徴的だ。しばらくはリソースの半分をシステム部署の仕事に割き、自身の手により開発を経験するのだ。
山下開発を経験することで、たとえば、データベースの構造を理解できるようになる。すると、企画に携わっていく際にも、仕事のクオリティが圧倒的に上がるんですよ。また、プロジェクトマネジメントを学べる点も、極めて効果的ですね。
そして、新卒と中途、どちらにも効果があるというのが「ファミリー制度」。部署を問わずにおおよそ5人ごとにチームを組む。誰にもすぐにファミリー役の社員がつき、ランチやレクリエーションを通じて、会社に馴染みやすくなるそうだ。タテでもなく、ヨコでもなく、“ナナメ”の関係性作りである。
目下の課題は、「自信がつきすぎている」こと
約15年間かけて、最適な組織体制を模索し続けてきたネットプロテクションズ。現状の課題は「ほぼないです」と柴田氏は自信をのぞかせる。
強いて挙げるなら、社員の成長が速すぎて、自信がつきすぎていることだという。「独力ではなく、他のメンバーを動かしてコトを成す」「他のメンバーを輝かせることにこそ、喜びを見出す」という思考に転換し、良いリーダーになるために必要な挫折を味わってもらう仕組みを構築しているそうだ。
山下自己成長のプロセスを経たうえで、組織を支えていく存在がもっと必要ですね。事業や組織の規模が大きくなるにつれ、「縁の下の力持ち」になる人材の数を増やさなければいけない。そうした人材になるための成長支援が、目下向き合っているテーマです。
最後に、柴田氏は、リーダーとして社会に大きな価値を提供していきたい人にとって、ネットプロテクションズは「胸を張れる環境だと思う」と語った。
柴田インフラであり、プラットフォームでもある難易度の高い事業に取り組むことで、大きな仕組みのつくり方、広げ方が幅広く身につきます。加えて、この先進的な組織環境を肌で知ることは、将来組織を作るときにも役に立つ。恐らく、日本国内でうちでしか学べないのではと思います。
また、能力もエネルギーも人格もある同期や先輩後輩と、毎日仲良く切磋琢磨していけるのは、最高に楽しいと思います。若い人たちが当事者意識を持ち、元気に全力で走っている様は、羨ましさすら感じます。
もともと、若かったころの自分が「働きたい!」と思えるような組織を作りたいと願ってきましたが、今のネットプロテクションズは、まさにそんな環境だと思います。若かったら、僕も入りたい。社長より、そっちの方が楽しそうです(笑)。
こちらの記事は2019年12月13日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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