三菱地所のイントレプレナー3者が、事業立ち上げの“リアル”を語る
ここ数年、大企業でイントレプレナーとして活躍する人が増加している。
しかし、そのノウハウや内情はまだまだ語り切れていない。実際に大企業で起業するのに、どんな面白さがあるのだろうか。また、どんな大変さがあるのだろうか。
2022年に開催されたFastGrow Conference 2022。Day1のセッション『え!?コレも社内起業!?日系大手が輩出する、イントレプレナーのリアル』では、三菱地所で事業を起こしたMedicha代表取締役/Co-Founderの長嶋彩加氏、膝栗毛代表取締役社長の米田大典氏、三菱地所新事業創造部 副主事エコファニの本田宗洋氏が登壇した。
三菱地所は、不動産業にとらわれない幅広い事業の育成を目的とする『新事業提案制度』を2009年から開始している。セッションでは、なぜ3者は事業を起こそうと思ったのか、イントレプレナーとしての苦労はどういったものなのかを語った。
- TEXT BY YUI TSUJINO
三菱地所から誕生した3つの事業
はじめに、3者の手がける事業を紹介しよう。
本田氏が今年から運営する『エコファニ』は、オフィス移転などでやむをえず使わなくなった家具を引き取り、大手町オフィス街の倉庫に保管。購入者が決まると、「リユース家具」として納品する仕組みだ。
ここまでなら、一般のリサイクルショップと大差はないかもしれない。ところがエコファニは、リユース家具がセットアップされたオフィスの貸出やリユース家具のサブスクリプションも提供している点で、唯一無二のサービス構造といえよう。
オフィスの家具は、予想以上にコストがかかる。リユース家具を購入することで、余った資金を従業員の給料に充てるなど、他の選択肢が増えそうだ。
長嶋氏の事業は、瞑想を通じてストレス解消や集中力向上をはかる『Medicha』。2019年6月に、南青山で五感を刺激する没入体験型メディテーション(瞑想)スタジオをオープンした。「自分に余白をつくる贅沢な時間」というコンセプトが女性ファッション誌やテレビ番組でもたちまち話題に。2020年度にはグッドデザイン賞を受賞した。緊急事態宣言の影響も受けたものの、長嶋氏は「売り上げは好調」と語る。
米田氏は2021年11月に、知らない街を歩いて巡る歩き旅サービス『膝栗毛』をローンチ。デジタルとリアルを組み合わせた歩き旅の体験を提供している。
現在、膝栗毛で提供しているコンテンツは主に3つ。1つ目は、その場所に行くと聞くことができる音声ガイド。2つ目は、歴史やグルメ・観光スポットをまとめたオリジナル記事『膝栗毛マガジン』。3つ目は、地域の人やモノに出会える『膝栗毛茶屋』だ。
旅をするには、ガイドブックや雑誌、インターネットに情報が多すぎるうえ、広告も多くてどれを選べばいいか判断が難しい。そんな中、膝栗毛は独自の観点で厳選した情報を掲載。歩き旅をする人を増やし、地域活性化のハブになるようなサービスを目指している。
社内の理解、どうやって得る?
事業内容はまさに三者三様だ。社内で事業を立ち上げる際、どのように理解を獲得していったのだろうか。立ち上げ期の苦労を3者に尋ねた。
「テーマとしては社内での共感や理解は得やすい方だったと思います」と語るのは本田氏。背景をこのように続ける。
本田ビル事業や商業施設事業をしている三菱地所にとって、リユース家具は近い領域なんです。また、三菱地所では「不動産にとらわれずに新しいことをしよう」という社風があるため、提案はしやすかったですね。
一方で、基本的に100%社内資本でやっていくために、社内で理解を得ていくのが難しかったですね。エコファニでは、使わなくなった家具と購入したい人を繋いで、どれだけマッチングできたかが売上の指標になります。その指標を示しつつ、どのくらいの売上になりそうかを理解してもらうのが大変でした。
また、本田氏は社会インパクトについても社内で議論を重ねた。
本田売上や利益だけでなく、エコファニがどんなビジョンを掲げ、どんな価値を社会に提供できるのか、問われましたね。
一方、提案段階で苦労したと苦々しく語るのは『膝栗毛』を手がける米田氏だ。「社内だけでなく、お客様からも『なぜ三菱地所が旅・観光事業?』と聞かれることが多かったです」と打ち明ける。一見、主力事業と領域が離れていると思われがちな事業のミッションを、いかにして伝えていたのだろうか。
米田『膝栗毛』という旅・観光コンテンツを作ることは、不動産業、まちづくりの1つの形だと伝えています。まちづくりの過程で、街の魅力を伝えるため、街の新鮮さを維持するためにコンテンツを作ります。私はそのコンテンツ作りこそがまちづくりの真髄だと思ったので、旅・観光コンテンツ事業に踏み出しました。
主力事業にリンクする点は必ずある。だが、然るべき立場の人にテーマを伝えるのは簡単なことではなかったようだ。
米田経営陣に事業を提案した際に、「あんまり歩かないからサービスをイメージできない」と言われてしまいました。そのときに「歩き旅」という概念はなかなか理解してもらえないということを改めて感じ、それから苦労は多かったです。そもそも本業から遠く感じてしまう、ビジネスモデルも大きく異なる事業なので、共通のものさしを作るのが難しかったです。
そこで、旅人・自治体・企業・アプリ事業者など第三者の声を集め、歩き旅がどういうものなのかを伝えました。
未知の領域に対しては、ネガティブなイメージがついてしまうのは無理もない。事業領域の概念や魅力を根気強く説明することが、社内起業には必要なのだろう。 一方長嶋氏は、「のびのびと興味関心に基づいて事業アイデアを固めていきました」と語る。
長嶋三菱地所の「新事業提案制度」は、事業領域の制限がないんです。新事業提案制度のなかでは、三菱地所とのシナジーよりも、顧客にニーズがあるかが重視されていたため、当初は本業とのシナジーは強く考えていませんでした。しかし最近は、三菱地所グループの不動産事業の一部をMedichaがプロデュースするケースも出てきて、結果的にシナジーが生まれています。
シナジーが生まれた理由は、三菱地所が掲げる「人を想う力、街を想う力」というスローガンに私自身が共感していて、向かうべき方向が一緒だからなのかなと思っています。
また長嶋氏は「自力でなんとかしなくちゃいけないと思っていました」と立ち上げ期を振り返る。
長嶋『Medicha』ではアートや煎茶文化を織り交ぜて、4つのステップでメディテーションを体験できるように設計しています。ただ、この体験やビジネスの設計に至るまでには、一緒に立ち上げた同期と2人で何とかしようと思い試行錯誤しました。アーティストやサイエンティストを自力で見つけたり、気になった本の著者に直接会って意見を聞いたりしていましたね。
米田さん同様に社内で類似したビジネスモデルはなかったので、自力で情報収集から立ち上げまでやり切ろうという考えでやっていました。
他の人たちの立ち上げをみていると、社内のリソースをうまく使っているケースもあり、特に経営に係るチームづくりにおいて、そういうやり方もあったなと反省していますね。
もちろん、大手企業のアセットを使わない手はない。その方が結果的にスピーディに推進できる場合もある。だが一方で、強い意志を持ってやり抜くグリッド力は3氏に共通した部分なのかもしれない。
“三菱地所”の看板、ぶっちゃけ気になる?
三菱地所という大きな看板を背負って事業を起こすのと、一から会社を立ち上げ起業するのとでは、異なる苦労があるはずだ。「イントレプレナーあるある」の苦労を3者に聞いてみた。
本田事業をするなかで、三菱地所という看板は良くも悪くもついてきますね。
事業に携わるメンバーが多いと勘違いされることがあります。実際は、エコファニのメンバーは社内で私だけです(登壇当時)。なので、お客様と話していても、「地所さんはもっと大人数でやっていそうなのに、本田くんだけなの?」と言われることも多いです。
それから、三菱地所というブランドの力なのかどうかはわかりませんが、エコファニを利用したいお客様や協業を企図してお見えになる取引先が、意思決定権者を伴ってお見えになるというのはよくありますね。その分結論が出るまで話が早いのは助かります。
一方で長嶋氏は、「立ち上げ当初は『三菱地所』として見られることは少ないと感じていました」と語る。なぜなら、Medichaをブランドとして掲げるために、三菱地所というワードをあまり出さずに広報をしていたからだ。だが、良く振り返ると看板の恩恵もあったようだ。
長嶋当時は無自覚だったのですが、今振り返ると三菱地所という看板があったからこそ、チームメンバーを集められたのかなと思います。
アーティストやサイエンティスト、ビジネスパートナーの方々がMedichaのミッションに共感してくださり、チームが生まれました。でも、それは三菱地所という信頼があったからで、一個人として「こういうことをやりたい!」と言っただけでは、こんなにスムーズに進まなかったかもしれません。
大手ならではの人脈や信頼は、一から企業するケースよりも有利に働くことだろう。
キャリアはどう歩めばいい?
大企業のイントレプレナーが増えるものの、まだまだイントレプレナーがどのようなキャリアを歩むかは事例が少ない。そんな中で3者はキャリアをどう見据えているのだろうか。
最年長の米田氏は、「けじめをつけることが大事だ」と語る。
米田本田さんと長嶋さんは若いので、事業がうまくいかなくてもいくらでも三菱地所に戻って来られるなと思っています(笑)。私みたいな中堅層は、働き方含め戻れるのか、戻りたいかも微妙なところですが(笑)。
ただ、事業を売るか、継続していくか、ストップさせるかを4~5年後には決めないといけないと思っています。その4~5年で、外でも生きていける力がついているかも見定めていきたいですね。
今年から事業をスタートした本田氏は「まだまだ先のキャリアを考えられる状態ではない」と言う。
本田まずは事業のことしか考えられないですね。今は、誰が責任者になってもこのサービスが回るように体制づくりを進めています。
また、体制を作るにあたり、「チーム本田」に入りたい人をどれだけ増やせるかも肝になってくると思います。事業やチームを魅力的に感じてもらえるように頑張りたいですね。
最後に、長嶋氏は「自身の関心がある社会課題に基づきキャリアを築いていきたい」と語る。
長嶋『Medicha』を通して、空間を通じて人のメンタルがどう変わるかに興味関心が強まっています。空間とメンタルの変化を科学することは世界中で広がっています。たとえば、日本でも神経美学というジャンルで研究されており、アメリカだとジョンズ・ホプキンズ大学にInternational Arts + Mind Labがあります。
今後の社会の動きを踏まえて、Medichaなのか、三菱地所なのかなどフィールドを問わず、気持ちが豊かになる時間を届け続けられたらいいなと思っています。
事業の立ち上げ方、ハードシップの乗り越え方、キャリアの築き方──。語られたのは三者三様のストーリーだ。大手ならではのアセットを活用でき、キャリアの選択肢も広がる。ゼロから起業を考えている読者も、社内起業のチャンスがあるのなら、目を向けてみるのも良いかもしれない。
こちらの記事は2022年04月21日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
辻野 結衣
1997年生まれ、東京都在住。関西大学政策創造学部卒業し、2020年4月からinquireに所属。関心はビジネス全般、生きづらさ、サステナビレイティ、政治哲学など。
連載FastGrow Conference 2022
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