次に変革する産業はトレンドのレガシー業界かSaaSか──ICC KYOTO2019 STARTUP CATAPULTレポート
「ともに学び、ともに産業を創る。」
この言葉を掲げるIndustry Co-Creation ® (ICC) サミットの第8回目、「ICCサミット KYOTO 2019」が2019年9月2日〜5日の4日間開催された。
本イベントのメインプログラム初日には「STARTUP CATAPULT(スタートアップ・カタパルト)」と題したピッチセッションが開かれる。10社以上のスタートアップが1社7分ずつプレゼンし、著名投資家や経営者が審査員としてその事業と経営者を評価するものだ。
過去の優勝者にはLabTech領域に取り組むPOLや、フードトラック等のモビリティプラットフォームを展開するMellowなどが名を連ねる。本記事では、上位入賞企業と、彼らの事業領域にフォーカスし、期待される産業とプレイヤーを紹介したい。
- TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
データ活用は「可視化しづらかった」領域へ
15社の登壇企業のうち、6位に入賞したのは、栄養管理サービスを展開するシルタスだ。
「健康行動を人のモチベーションに委ねるのではなく、意識せずに自然と習慣化される仕組みづくりを目指す」と語る同社は、スーパー等のポイントカードを登録するだけで、カードの購買履歴から素材を栄養素に変換。摂取した栄養素と、不足している栄養素を可視化、管理するアプリ『SIRU+』を提供している。
SIRU+は登録された情報を元に、味の好みや食の傾向も含めて分析し、追加した方が良い食材や適切なレシピ等もレコメンドしてくれる。2019年3月より神戸市で3,000人限定、かつ一部大手チェーンのポイントカードのみに絞りモニターを開始したが、現時点で3.3億円ほどの売り上げが立っているという。その背景には、同社の保有するデータの希少性がある。
POSデータから独自のシステムで変換された栄養データがあれば、メーカーをはじめ様々な企業が、課題に則した広告を出せる。その独自性に価値を見いだした企業からすでに声がかかり、わずか3,000人のユーザーでも3億円以上の受注に繋がっているのだ。
加えて、神戸市の実証実験では、導入スーパーの利用金額や利用者数の増加、栄養状態改善といった成果もでており、新たなカードホルダーとの提携も進めているという。
FastGrowの読者であれば、データの価値を今更言及する必要はないだろうが、その領域は同社のような「非デジタルでこれまで可視化しづらかったもの」に徐々に軸足を移しているのかもしれない。
ラクスルやシタテル、キャディのようにレガシー産業にスタートアップの主戦場が移る中、データを扱う分野も、着実にこれまでとは異なる領域を見て軸足を置く必要がありそうだ。
B to B SaaSは引き続き注視。横展開できる技術に勝機か
次に紹介するのは、第4位に入賞したRevCommだ。
株式会社RevComm 代表取締役 會田武史氏
同社は、営業電話の成功確度を向上させるAI搭載型クラウドIP電話『MiiTel』を展開する。
電話の音声を録音し、話した時間とお互いの発話量や率、沈黙回数や発言がかぶった回数、話速といった情報をすべてAIで分析、電話営業のスキルを定量化・可視化する。その結果を基に、営業プロセスにおいてどこに課題があるか、優れた営業のキモはどこか、個々のスキルや短所と長所の可視化にも役立てるという。
加えて、CRMと連携し過去の営業履歴を自動文字起こしを含め全て可視化。つながりやすい時間帯等も分析。これまでの履歴や経緯、個々のスキルや関係値を含めブラックボックス化されていた「営業電話」の可視化に取り組んでいる。
現状リリースから1年経たないながら、ユーザー数は1,000件を突破、累計220万件の営業電話がなされているという。導入先には、導入4カ月でアポ成功率が62%アップし、ROI1,500%にもなる企業も出てくるなど定量的な成果にも繋がっている。
今後は、営業電話のようなSales Tech領域に限らず、「ブラックボックス化される会話」に焦点を当て、社内外の会議や1on1といったさまざまな会話シーンも視野に入れ事業展開を進めていくという。この横展開は同社の戦略の肝といえるだろう。
ご存じの通り、2018年はSaaS元年とも言われたが、今年に入っても活況は続いている。BtoBも例外ではない。
この領域で100社以上の投資をおこない、以前FastGrowの連載「VCが産業を語る」シリーズに登場いただいたセールスフォース・ベンチャーズの浅田慎二氏は「セールステックに注目している」と今年2月に語っていたが、RevCommはまさにそこに軸足を置いている。
ただ、SaaSは導入ハードルが低い分、いかに使い続けてもらえるかが重要だ。上記で語られているような累計ユーザー数も大事だが、中長期の事業成長を見据える上では別の指標が求められる。SasSに特化したファンド『ALL STAR SAAS FUND』の代表を務める前田ヒロ氏は、以前FastGrowでおこなったインタビューで以下のように語っている。この意識は強く持ちたいところだ。
前田SaaSは、導入費用は少ないし月額も数十万円程度と低く、解約だって簡単です。営業にとって重要なのは販売そのものではなく、ユーザーのLTV(顧客生涯価値)を上げること。つまり、長く使ってもらうことなんです。そうすると、当然売り方も変わってきます。
サービスが良くないとユーザーは離れていきますので、スタートアップはサービスの改善に注力しサービスを販売することで本当にユーザーが成功するのかを考える必要が出てきます。
AIがクリエイターを代替するレベルに
ここではひとつの事業領域に対し、ふたつのスタートアップを紹介したい。いずれも第2位に同点入賞し、これまで「人間がAIに代替されづらい領域」といわれてきたクリエイティブ業界にAIをもって挑む企業だ。
1社目は絵画やデザイン、音楽といったコンテンツを生成する『クリエイティブAI』を研究・開発する京大発スタートアップのデータグリッドだ。
同社は、アパレルECサイトや広告領域で必要となる着画モデルをAIで自動生成する『全身モデル生成AI』や、アイドルの顔を学習させ、病気やケガ、不祥事のないバーチャルアイドルを自動生成する『アイドル生成AI』、同じくキャラクターの顔を学習させアニメやゲームコンテンツなどで利用できるよう自動生成する『キャラクター生成AI』を開発する。
いずれも、AIを人間がおこなう業務のサポート的に用いて、クリエイターがよりフォーカスすべき部分にフォーカスできるよう支援する役割をめざしているという。
2社目は、AIを活用したマーケティングクリエイティブ提供サービス『AIR Design』を提供するガラパゴスだ。
同社は、元々デザイン会社として10年近く事業を展開していた中で、デザイナーが手作業にかける時間を減らせないかと考え、プロダクトを開発。デザイナーを科学し、標準化できる技術を標準化することでロゴやLPといったクリエイティブの自動生成をおこなっている。
AIR Designを用いるとデザイナーが数時間〜数十時間かけて作られていたロゴ案をわずか8秒で自動生成、パターンも含めレコメンドしてくれる。このAIR Designで作られたクリエイティブは、クラウドソーシングのコンペで人間の2.5倍の勝率を誇るという。
マーケティング領域では、複数案をすぐに生成できるため、A/Bテストの効率も大幅に向上することが期待できるだろう。現時点ではLPとロゴのみだが、今後は自動生成できるクリエイティブの領域をさらに拡大していく予定だ。
両者とも、これまでクリエイター、デザイナーといった熟達が必須だった職種の技術をAIを用いて自動化する企業だ。考え方的にはレガシー業界に近いが、属人性の高かった部分をAIを用いてかなり高いレベルまで再現できているのは、今後市場を大きく変化させる可能性を有しているといえるだろう。
また、アウトプットが非言語のため、クオリティを担保し適切なコミュニケーションができればグローバルに展開もできる。クリエイティブ業界だけとみると小さく見えるが、取れる市場は決して小さくない。
規制&レガシーの“医療”も徐々にアップデートが進むか
最後は医療の領域だ。ここでも2社を紹介したい。
1社目は、5位に入賞した、次世代クリニック「クリニックフォア」をプロデュースするLinc'wellだ。
同社は医療機関における患者体験の向上を目指し、ハードウェア・ソフトウェアの両面からテクノロジーを導入したスマートクリニックを展開している。具体的には、オンライン予約・事前問診ができ、待ち時間もなく、決済はキャッシュレス、薬局に行く必要もなく、夜まで営業しているクリニックだ。また、系列のクリニックでは電子カルテも共有でき、情報も即時に反映される。
従来のクリニックが持つさまざまな手間を、医療機関向けSaaSやオンラインプラットフォームといったテクノロジーを用いて解決しているイメージだ。2018年10月田町に一号店をオープンした後、今年は新橋、飯田橋にも店舗を拡大。10カ月で3.1万人が訪れ、効率化が進んだ結果、売り上げは通常のクリニックの3〜4倍にも上るという。
今年5月にはシリーズAでDCM Venturesやインキュベイトファンドなどから3.5億円を調達。中長期では患者側のセルフメディケーションにもつなげられるように展開し、医師にも、患者にも価値あるサービス提供を目指している。
そして2社目は、今年のスタートアップカタパルトで第1位を獲得した、夜間往診支援サービスのファストドクターだ。
同社は年々増え続ける救急車出動の半数近くを占める軽症患者に対応するため、夜間と休日に特化した医師による医療相談・救急往診支援サービスを展開している。
ファストドクターはスマートフォンから往診を申し込み、サポートでのトリアージ(緊急度判断)を経て、必要であれば提携医療機関から医師が派遣され、自宅で診察・処置を受けられる。現状365日体制で東京23区をカバーしており、最短30分以内で対応。医療費は保険適応、患者側も負荷が少なく済むという。
同社が担うのは、医師との接続と、サービスクオリティの担保、オペレーション構築だ。医療外業務と言われるトリアージなどの負荷が減ることで、医師側も積極的に同サービスを利用しやすいという。
こちらは、ちょうどICCの初日となる9月2日に、グロービス・キャピタル・パートナーズからのシリーズA調達を発表。社外取締役に代表パートナーの高宮慎一氏を迎え、 クリニック向け救急外来支援サービスの提供など事業領域の拡大と加速を目指していくという。
規制業種、かつレガシー業種という高難易度領域の医療に挑む企業が、今年の優勝を飾った。興味深いのはこの業界に挑むプレイヤーに、業界経験を十分に積んできた経営者が多いことだ。
Linc'well代表取締役の金子和真氏も東大大学院付属病院で8年間臨床を経験した後、マッキンゼーを経て起業している。ファストドクター代表取締役の菊池亮氏も、6年以上臨床の現場を経験した後同サービスを立ち上げた。
医療系スタートアップとして知られるメドレーも、共同代表を務める豊田剛一郎氏は医師経験を積んだ後、マッキンゼーを経て同社へ参画している。レガシー業界の場合、業界経験者の必要性について議論が分かれるが、この領域においては「現場での経験や課題感」が強く反映されるプロダクトが求められているともいえるのではないだろうか。
入賞企業の他にも、大企業によって寡占状態の領域や、農業や畜産といったデジタル化の難度が高い領域、教育など、これまで資本力のないスタートアップは積極的にとりに行かなかったであろう領域に取り組む企業の登壇が目立った。
今回は入賞した6社を中心に紹介したが、このICCの場に立てているだけで、かなり選抜された企業であることは間違いない。入賞企業以外も含め、是非今後も動向を注目していただきたい。
こちらの記事は2019年10月04日に公開しており、
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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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