連載私がやめた3カ条
エリートも、中小企業も捨てた先に見えた「使命」──ガラパゴス中平健太の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。
今回のゲストは、AIを活用したクリエイティブ制作サービス「AIR Design」を展開し、デザインDXを推進する株式会社ガラパゴスの代表取締役、中平健太氏だ。
- TEXT BY TEPPEI EITO
中平氏とは?
「自由奔放な起業家」と「粘り強い経営者」の二面性
中平健太について語る上で、祖父の話は避けて通れない。
国交省に勤めていた彼の祖父は、公園財団を設立し、「日本人の生活環境を整備する」という大義のために、立川の昭和記念公園をはじめ数々の公園をつくってきた。そんな祖父の姿を見て育った中平氏は、「多くの人に慕われながら、仕事に向き合うその背中に憧れた」と同時に、「そんな祖父を追い越すことこそが、次の世代に生きる自分の責務なのではないか」と思うようになったという。
早稲田大学を卒業し、新卒で入社したのは株式会社インクス(元ソライズ)。彼はここで出会った同期3人と“1年後の起業”を誓いあい、約束通り1年後の2009年に株式会社ガラパゴスを起業した。
Web制作から事業を開始し、スマホアプリ開発やAIロゴ制作などを経て、現在は「AIR Design」によるデザイン業界の革命を推進している同社。その社長として、彼は何を“捨て”、何を“やめて”きたのだろうか。そしてその結果、祖父を超えることはできたのだろうか。
無期限労働をやめた
祖父を超えるために彼が考えた第一目標は、「社長」になることだった。にもかかわらず、なぜ新卒でインクスに入社したかというと、彼はそこで「社長」になろうと――しかも5年以内に――考えていたのだ。「400人くらいの会社だったので、5年くらいあればなれるだろうと踏んでたんですよね」と真顔で話し始めた。
しかし年功序列の現実を知った彼は入社してすぐにこのプランを諦めることにした。
中平社長になれないんだったら、自ら起業しちゃおうと思ったんです。すぐに信頼できる同期3人を誘い、1年後に退職する約束をしました。
多くのベンチャーパーソンから見ても、常識はずれなこの発想。でも、未来を見据えた覚悟があったからこそ迷いなど微塵もなかったんだろうな、と感じさせるほどに、取材冒頭から淡々とした口調と表情で、中平氏は語る。
そうして、起業までの準備期間として与えられた1年間。彼は仕事を放り投げて経営のための勉強に取り組む……なんてことはしなかった。むしろ彼は「この1年で、できる限り出世してやろう」と考えた。
中平「あと1年間」という期限ができたことで、こわいものがなくなったんです。できることは全部やりたいし、学べるものは全部学びたいと思うようになりました。
例えば、当時の常務執行役員ってめちゃくちゃ怖かったんですけど、その人に直接「プロジェクトリーダーをさせてください」って頼みにいって、実際に任せてもらったり。他にも、英語が話せないのに海外に赴任して2ヶ月間働いたりもしました。
怖いと思っていたことや、できないと思っていたことも、1年後にやめることを考えれば恐れはなくなる。そんな“開き直り精神”が重要だと気づいたのだという。
中平大抵の場合、「怖さ」って勝手に自分が創り上げているだけだって気がついたんですよね。上司もそうだし、言語の壁だってそう。会社員辞めたら生活できないんじゃないか、っていう恐怖も同じ。意外に、自分も妄想によってしがみついているものを手放した瞬間に得られるメリットって、多いんだなと学びました。
多くの人は確信を持ったうえで行動に移そうと考える。しかし、確信なんてものはいつまで待っても訪れはしない。彼は取材の途中、読者に対して「だからとりあえずみんな、来年退職するって決めちゃえばいいんじゃないですか」と真面目な顔をして話していた。
中小企業の社長をやめた
2009年の創業から現在に至るまでの間で、最も大きな転換期がいつかと尋ねると、彼は2017年だと答えた。
このとき、会社は安定していた。社員30名、売上数億円、アプリ開発の事業も軌道に乗りはじめていたそうだ。しかしそんな会社の状況とは裏腹に、彼の精神状態は最悪だったという。
中平中小企業としては上出来だったと思います。自分の給与も増やせてきたし、そのままじわじわと会社を大きくしていくこともできたんじゃないかな。でも絶望してたんですよね、自分たちが何も社会を変えられていないということに。俺は何のために生まれてきたんだ……って思い詰めるくらい絶望してたんです。
これじゃあ、おじいちゃんには届かないって思いましたね。だから、このまま生きていたら50歳くらいになって絶対に後悔するだろうなと確信しました。
そして彼は、当時新しい技術として世に出てきはじめていたディープラーニングに目をつけ、新規事業を始動。会社にとっての「稼ぎ頭」だった既存事業の2トップを新規事業に異動させるなど、大きな方向転換に踏み切った。
中平共同創業者から見ても、社員から見ても、驚愕だったと思いますよ。僕自身、相当数の社員が辞めちゃうんだろうな、という覚悟での意思決定でした。でも、それでも僕は、このまま今のモデルで安定的に会社経営していたら、もう自分が生まれてきた意味がないんじゃないか、くらいに絶望していたんです。
がむしゃらに頑張ってきて、やっと安定してきたという会社の状況を考えれば、これがかなり思い切った決断だということは言うまでもない。しかし、そんな大転換の決断さえも、確信があったわけではないという。「中小企業としての安定を捨ててしまおう」と、先に決めてしまったのだそうだ。
結果的にこの判断が、現在の同社の主力プロダクトである『AIR Design』をつくりだした。標準化や自動化が進んでおらず属人化しきっていたデザイン制作の領域において、アイディアを形にする、いわゆる「設計」にあたる工程をAI化させたのだ。
インクスで得た製造業の知見、創業初期から続けてきたデザイン制作の経験、そしてディープラーニングによる技術革命のタイミング。そのすべてが合わさって生まれた、ある種「奇跡的」なプロダクトだった。ここまできて初めて、彼は確信したのだという。
中平自分の経営者としての強みと、製造業・デザイン・AIに関する経験。これらを全て結集すれば、世界のデザイン業界を変革できるかもしれない。少なくとも、その変革は、たとえ世界に約100億人いたとしても、自分にしかできないはずだ。そうか、デザイン業界の変革こそが、自分に与えられた使命なのか!やっとテーマが見つかった、という確信を得ましたね。僕はデザイン業界の、選ばれし変革者なのだ、と。
エリートサラリーマンを辞め、安定した中小企業を捨て、もがき続けたその先に、中平氏は、人生をかけて挑みたいテーマ、祖父を越えられる使命が見つかった、というわけだ。
「起業家」をやめた
自らの進むべき道を確信することができた中平氏は、2020年にまた大きな決断をすることになる。曰く「起業家をやめ経営者を目指す」ことにしたのだ。
中平僕からすると「起業家」っていうのは、マーケットを探り当てて、ユーザーペインを明確に捉えて、最適なプロダクトを作り出すのが得意な人、っていうイメージなんです。でも、ビジョンを世の中に広めたり、組織を拡大したりするのは「起業家」というよりも「経営者」という感じがしているんですよね。
もっと言うと、事業を考えることにフォーカスしているのが「起業家」で、「経営者」は事業に加えて組織のことを考える時間が増えてきた人っていうイメージです。
自分たちの事業がデザイン業界の、ひいては人類の進歩を担っていると確信した中平氏は、その“宗教や思想”を広めるため、「起業家」としての行動を改め、意識的に「経営者」になろうと考えたのだという。
これまで事業のことだけを考えて邁進してきた同氏にとっては名残惜しくもあったが、「AIR Design」の事業責任者も、創業メンバーの島田氏に任せる決断をした。
より良い組織を作るために、これまでのマイクロマネジメントをやめ、社員を尊重したマネジメント手法に変更。人事ポリシーとしても、“日本一科学的な人事で、安心して長く活躍し続けられる会社を作る”に改定。中平氏自身も「俺だったらこの会社で働きたいもん」と胸を張るほど、組織活性と採用にも力を入れている。
彼のこれまでのビジネスキャリアを振り返ると、いつもそこには祖父の存在があった。「祖父を超えたい」という思いが、起業を促し、中小企業の安定を捨てさせた。しかし今の彼を突き動かしているのは、そんな目標ではなく、「世界のデザイン業界を変えなければ」という使命感なのだ。
取材を通して随所に見られるこの「根拠なき使命感」。そう、彼から発せられる言葉は全て、want(やりたい)ではなく、must(やらねば)なのである。類まれなる気概を保ち続けられるのは、なぜなのか──その正体について、最後に聞いてみた。
中平自分をうまく表す3つの言葉があって……それが「ポジティブ」「ロジカル」ともうひとつ、「少年ジャンプ」なんです。幼少期からよく読んでいて、その主人公たちに憧れを感じていたんですよね。彼らって謎の使命感持ってるじゃないですか、「海賊王になる」だの、「バスケで日本一になる」だの。自分の「世界を良くする」という使命感も同じような感じで、理由があるわけじゃないんですよね。まあ、僕もう40歳なんですけど(笑)。
常人であれば尻込みしてしまう状況や、意思決定事象であったとしても、表情一つ変えず、あっけらかんと語り続ける。そうした「経営者としての使命感の強さ」こそが、中平氏の真骨頂だと感じた。
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