医療ITには「歴史と未来」「技術と医療」をつなぐ対話が求められる──メドレーCTO平山宗介
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最新技術が社会を変え続けるトレンドこそ落ち着いたものの、テクノロジーは未来を生み出す重要なファクターだ。
ただ、技術は「最新」が全てではない。「枯れた技術」が重要な役割を果たす領域もまだまだ数多く存在する。そのひとつが医療だ。
医療領域に挑むメドレーは、2009年の創業から10年近くかけ、テクノロジーで課題を解決してきた。医療介護福祉の人材採用システムの「ジョブメドレー」に始まり、オンライン医療事典「MEDLEY」、医療に強い介護施設・老人ホームの検索メディア「介護のほんね」、オンライン診療システム「CLINICS」、クラウド型電子カルテ「CLINICSカルテ」まで。インターネットを活用した多様なサービスを提供している。
加えて、2018年11月には医療ヘルスケア分野における技術のオープン化および情報の利活用を推進するプロジェクト「MEDLEY DRIVE」を発表。30億円規模の投資枠を設け、資金面と事業面の双方で、医療領域のIT活用支援にも着手。本気で、技術による医療の変革を目指そうとしている。
同社が考える医療ITの現在地、そして医療に求められるテクノロジーはどのようなものなのか。取締役CTOを務める平山宗介氏に話を伺った。
- TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
- PHOTO BY TOMOKO HANAI
医療ITは、いまだ2000年代を生きている
「いまの医療ITは、2000年前後のIT業界に近いかも知れません」
日立グループのSIer、グリーを経て、リブセンスのCTOを務めるなど、エンジニアとしてキャリアを積み重ねてきた平山氏は今の医療をそう表現する。
2000年頃から、仮想化技術の進化を背景に情報のクラウド化が進んできたのに対し、医療は2010年に診療録の院外持ち出しに関するガイドラインが変更され、クラウド電子カルテに関する議論がはじまった。10年遅れで、社会を追いかけている状態だ。
平山医療は社会保障であり、一般経済とは同じ尺度で測れない部分もあります。ただ、IT活用という面においては、業界独自の進化を遂げすぎてしまいました。法令や規制、古くからある商慣習、医師とベンダーの関係性など、多様な課題が複合して、今の状態を作り出しています。
エンジニアは、度々改修等を重ねて解読困難になったソースコードを、絡み合っている状態を揶揄して「スパゲティコード」と呼ぶが、平山氏は医療ITの現状をまさに「スパゲティ化」していると語る。
平山医療ITは業界全体がスパゲティ化しているんです。歴史が古く、扱う内容も難解なため、誰も足を踏み入れられない状態になっている。何が正しい方法論で、何が標準の仕様で、どれが有用な技術なのか──その答えを誰も持っていない。結果、「今までそうだったから」といった論理で、物事がなんとなくすすんでいってしまっているんです。
スパゲティではあるが、貴重な資産が蓄積されている
ここまで聞くと、医療ITを取り巻く環境は再構築が必要だ──と思うだろう。
しかし平山氏は、「医療が積み上げてきた歴史を軽視してはいけない」と考える。
平山スパゲティではありますが、医療が積み重ねてきたのは紛れもなく“資産”です。1950年の医療保険制度の成立から50年以上積み上げてきた情報、経験、蓄積がある。既存を否定する必要はありません。我々は、その資産をリノベーションし、未来に持続可能性のある形にすればいいのです。
平山氏も、最初から“資産である”と言えた訳ではない。この結論にいたるまでには、これまでの医療業界の歴史や、医療ITに関する膨大なインプットが影響している。医療領域のプロダクト立ち上げに必要な経験が、平山氏の医療ITとの向き合い方を作り上げた。
平山メドレーにジョインしてから、たくさんのドキュメントを読み込み、既存アセットや標準化技術などの調査を重ねました。その前提知識があると、今までスパゲティだと思っていたものが少しずつ紐解けて見えてくるんです。医療に携わる方は優秀で志が高い。ゆえに、紐解けば「こういう理由だったのか」と納得できることが多いんです。そこから、既存の資産へ敬意を払う意識が強くなっていきました。
技術と医療のカルチャーギャップ
先人が積み上げてきた土台はある。ただ、その活用に向かうには、大きなハードルがあることも同時に学んだ。
平山一般的なIT技術であれば、検索や書籍、ドキュメントといったリファレンスを当たれば大体のことは把握できます。一方、医療ITはネットの情報はおろか、しっかりとまとまったドキュメントさえ少ない。誰かに話を聞くべきか、点在する資料はどれなのか、自身で把握するしか術はありません。技術を活用するまでが、とても長いんです。
この背景にはエンジニアと医師のカルチャーギャップがある。エンジニアにはオープンソースカルチャーがあり、情報を共有するのが当たり前。一方、医療は個に情報を集める傾向が強いという。
平山エンジニアには「怠慢、短気、傲慢」という3大美徳があります。つまり怠けることが美徳とされている。これは、悪い意味での表現ではなく、「面倒だ」と思う作業があればそれを効率化することを常に模索し、お互いの情報を共有し合うことで全体としての利便性を高め合う文化があるという意味での言葉です。
一方、医師は命を扱う職種です。ゆえに、真面目な方が多い。やるべきことはきちんとやりますし、文献などから日々学び、自ら情報を収集するのが当たり前です。もちろん、それが必要な場面はあるでしょう。ですが、エンジニアの持つ“面倒だ”、”効率化できることは効率化しよう”、という文化を、医師側ももっと取り込んでいって良いのではないか、と思うのです。
どちらが正しいとは、必ずしもいえないだろう。ただ、医療ITを広げていくためには、この垣根を取り払うことは必要だ。そのためには、お互いの考え方やマインドを理解し合うこと、そして歩み寄ることが大切だと平山氏は考える。
平山もちろん、患者さんには、今まで通りに向き合っていただきたいと思っています。ですが、その周辺にある効率化できる煩雑なものは良い意味で“面倒だ”と感じていって欲しい。その心を許容し、ITの力を通して効率化するマインドが必要です。医師も含め、医療業界全体でITを効果的に活用した仕組みを整備し、特定の誰かではなく、皆が便利になる方法を考え、広めることが必要なのです。技術のオープン化と情報の利活用をテーマとしたMEDLEY DRIVEの取り組みも、そのような想いをもって昨年から始動しています。
MEDLEY DRIVEが提供するのは医療ITを変える“総合力”
このような医師とエンジニアとのカルチャーギャップが、スパゲティ化した資産の活用を妨げる要因の一つになっている。ただ、この状態を今後何十年も続けるわけにはいかないと平山氏は考える。
平山先述の通り、医療には資産があり、それを扱える方々が医療システムを提供されてきた事業者には多くいらっしゃいます。ただ、高齢化が進み、後継者もいないことが多い。一方、新興の医療系スタートアップは、数こそ増えてきているものの、資産を活用するための組織としての土台が弱いことが多い。今のままではこの間にある溝は埋まらず、貴重な資産を次の世代へ引き継げない可能性もあります。歴史をつくってきたプレイヤーと新しいプレイヤーの橋渡しは喫緊の課題なんです。
メドレーはこの課題に対し、『MEDLEY DRIVE』を立ち上げ取り組もうとしている。
30億円の資金と、自社でこれまで培ってきたリソースやナレッジを医療ITに取り組むプレイヤーに提供。共に医療IT領域を盛り上げようとしている。
同社代表取締役の瀧口氏は、「1社ではできない規模と速度で、課題を解決できないかと考えた」とインタビューで語っている。
「MEDLEY DRIVE」が提供するのは技術的支援に限らない。サイト上にも、エンジニアリングに始まり、事業開発、デザイン、マーケティング、ガバナンスと、事業の立ち上げに関する要素を担ってきたメンバーが並ぶ。医療領域で事業を作る上での全てが同社のアセットだからだ。
平山テクノロジーだけでは何も変えられません。医療に立ち向かう上で必要なのは事業を作る“総合力”です。独自で進化を遂げた業界ゆえ、その全体に変化を起こさなければいけない。そのためには、テクノロジーだけでなく、各領域でプロフェッショナルのサポートが必要なのです。
医療と技術、相互の歩み寄りと敬意が未来をつくる
MEDLEY DRIVE含め、戦略的に業界全体の大きなうねりを起こそうとするメドレー。既存事業者、スタートアップの双方をつなぎ、業界を変えようとする。
その一方で、大きな構想ではなく、目の前での変化の積み重ねも欠かせない。平山氏は技術の活用という意識だけでなく、ITと医療それぞれに従事する者がいかに歩み寄り合えるかも重要なファクターだと考える。
平山私自身、社内の医師と何度も対話を重ねています。同じ方向を目指しているけれど、元々持つマインドセットは異なる。その双方がちょうど良いと思える技術や考え方の落としどころはどこか、日々探しています。
医療従事者は、目の前の患者さんと向き合うことや、日々いつ来るかわからない患者さんに備えることを最も大切にしなければいけません。どうすれば医師とエンジニアがお互いのマインドを共有できるか、医療の課題の解決にテクノロジーが貢献できるかを考え、対話を積み重ねなければいけません。
技術も歴史も積み上げが重要だ。エンジニアと医療、お互いが積み上げてきたものに敬意を示し、次のフェーズへ持って行く。その意識のもと、対話を繰り返すことが、医療を次のステージへと導いてくれるだろう。
メドレーがこれまで積み上げてきたものは、その確固たる土台になる。何よりもCTOたる平山氏がその価値を理解しているからこそ、医療とITをつなぎ、未来を切り拓くための最善策を打ち続けられるはずだ。
こちらの記事は2019年02月20日に公開しており、
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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
写真
花井 智子
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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