意思決定に使えないデータに、意味はない。
今求められるデータアナリスト像とは?

インタビュイー
白井 恵里
  • メンバーズデータアドベンチャーカンパニー 社長 

東京大学を卒業後、2016年株式会社メンバーズ入社。2018年に社内コンペを勝ち抜き、同社の100%子会社として株式会社メンバーズデータアドベンチャーを立ち上げ社長に就任。2020年1月に親会社のカンパニー制移行に伴い現職。

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データ利活用に対する、市場の期待は大きい。

2019年度の国内データ分析関連人材規模は6万3,400人、2022年度には11万6,000人に達する予測も(矢野経済研究所調べ)。「データサイエンティスト 求人」で検索すれば、転職エージェントが人材確保にしのぎを削る様子が確認できるだろう。

一方で、データ分析関連人材をうまく活用できている企業は少数派だ。要求するスキルセットを定義できず、期待値との乖離を起こし、双方が不幸になっているケースもある。

そんな状況に危機感をつのらせるのが、白井恵里氏。同氏は株式会社メンバーズの社内カンパニーであるメンバーズデータアドベンチャーカンパニーで社長を務めている。

同社は、データ活用領域に特化した常駐型プロフェッショナルサービスを展開する。クライアントのプロダクトグロースに、「中の人」として関わるのが特長だ。

コロナ禍の中でも順調に業績を伸ばし、2018年11月の創業から2019年度は1億円以上を売り上げ、2020年度はさらに200%以上の成長を見込む。同社を率いる白井氏に、データ分析関連市場の現状と未来について伺った。

  • TEXT BY SAWAYAMA MOZZARELLA
  • PHOTO BY SAWAYAMA MOZZARELLA
  • PHOTO BY HISANOMOTOHIRO
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手段先行だった「データ利活用ブーム」

デジタル広告でのデータ利活用ニーズは、2010年頃のDSP(デマンドサイド・プラットフォーム)の流行で加速した。

2014年頃には複数のデータソースを統合管理するDMP(データマネジメント・プラットフォーム)が隆盛、その後はアトリビューション分析ツールやBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールなど、データをリアルタイムに可視化するツールにトレンドが移った。

いずれのトレンドも、手段が先行していた感は否めない。

白井当時から、メンバーズに対し「データはあるが、どう活用すればいいか」という相談が増えていました。データを統合したり、ユーザーの行動データを追うツールは多く出ましたが、分析できる人がいない。そういう切り口での相談が多かったですね。

白井世の中では、手段と目的が混同されているケースも多かったようです。「データやツールを使って何をしたいか、どうなりたいか」に明確な答えがないまま導入して、「さあ次はどうしよう?」という。

目指すのは効果的なアクションであり、ビジネス的な成果。必ずしも「人材確保」ではなかったはずですが、「データサイエンティストがいれば何とかなる」と一足飛びに認識されている状況でした。

2013年の「データサイエンティストブーム」に端を発し、同職種への期待は加熱した。ある専門家は、「21世紀で最もセクシーな職業」と表現したほど。年収1,000万〜2,000万といったキャッチーな求人票が飛び交う一方、採用要件は混迷を極めた。

白井自社に必要なのはどんな人材か、採用して何をしたいか、定義できていない企業が多いと感じました。

「国内有数レベルの大規模データを扱った経験があり、エンジニアとしてトップクラスの技術を持ち、コミュニケーションスキルが高く、ビジネス理解があり、リテラシーもミッションもバラバラな組織の中で周囲を巻き込んで利益創出できる」……。

まるで聖人君子のような、現実離れした募集もよく見ましたね。

とはいえユーザー行動のデジタル化やストレージの廉価化、UIベースで自動化可能なソフトウェアの台頭により、企業が保有するデータは今後も増える。データを活用できない企業が、不利になることも間違いない。

ビジネスチャンスありと判断し、白井氏はメンバーズ社内コンペに応募。2018年11月、株式会社メンバーズデータアドベンチャー(当時)を立ち上げ、社長に就任した。

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データ分析は、社内に居るからこそできるのでは?

メンバーズデータアドベンチャーは、設立当初から試行錯誤の連続だった。

白井えらそうに語っていますが、当時は私自身「データサイエンスってかっこいい、儲かりそう」ぐらいの考えでしたね(苦笑)。結果、2019年4月時点で単月赤字が1,000万円。資本金3,000万円だったので、3カ月で会社がなくなる状況でした。

そこから、同社は売上ベースで前年同期比1,000%という成果を残す(2020年3月時点)。

「データサイエンス」「AI」「機械学習」などのバズワードにこだわらず、ウェブサイトのレポーティングやUI評価のためのユーザーテスト、データ抽出オペレーションや他部門と交渉してデータを収集するフロント業務など、周辺業務すべてに対応領域を広げたことが功を奏した。

白井会社設立した当初は、まずアクセス解析の案件獲得に動きました。社内異動してきたメンバーの給与を支払う必要があり(苦笑)、親会社に「今稼げること」として知見があったからです。

アクセス解析自体は新しいことでもデータサイエンスでもないですが、そこからアクセスログだけでなくDMPに入っている会員データや広告データを統合し、解析する業務の獲得に繋がっていきました。

クライアントとの折衝を進める中で、白井氏はあることに気づく。

白井「これは、社内に居るからこそできるのでは?」ということですね。受託でデータ分析する場合、外部からデータ収集の依頼をかけ、分析してお返しする頃にはデータの鮮度が落ちてしまいます。

そもそも、保有データを完全に把握している企業は少数派です。ほしいデータがすべて存在しているとも限りません。顧客側がデータ収集するには、時間的・技術的ハードルも発生します。

当該データが「いつ」「誰の」「どんな行動で」生成されたかがわからないとデータの意味は読み解けません。いずれも、社内にいたほうが有利なんです。

こうして白井氏は、常駐型プロフェッショナルサービスの提供を加速させた。

データ活用は、鮮度が命。分析に時間がかかると前提条件が変化したり、施策への反映が間に合わなかったり。必要な周辺情報がノータイムで取得できることは、大きなアドバンテージとなる。

客先常駐により、素早く質の高い意思決定支援が可能になった結果、顧客から高い評価を得た。単なる「データ分析を支援する」といった視点では、生まれなかった発想といえるだろう。

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多くの現場で求められるのは、小回りが利く人材

ところで、各企業が描くデータサイエンティスト/データアナリスト像には未だに明確な共通認識がない(2020年8月現在)。定義があいまいな以上、市場におけるスキルセットと期待値のミスマッチも温存されたままとなる。

白井氏Twitterアカウント

白井氏は、この状況にくさびを打ちたいと考えている。

技術の進歩により、従来データサイエンティストが担っていた役割自体が、コーディング不要なノーコードAIや自動化AIのソフトウェアにより置き換えられるトレンドに。併せて、データサイエンティストに求められる職能要件は「ビジネスにより近い、最新のアルゴリズム研究開発・実装」に移行するなど、より本質に近づきつつある。

データ準備とモデル構築が標準化され、多種多様な機械学習モデルを利用することができる。マーケットリーダーがどのようにツールを使い、ビジネス貢献すればいいのか? 啓蒙も進んでいる。

今市場で足りていないのは、事業サイドでの分析結果とビジネスを繋ぎ合わせ、価値を提供できる人間。つまり、モデル構築を実装・運用するためのデータアーキテクトや、統計分析に強いデータアナリストなのだ。

最新動向から導かれるデータサイエンティストとデータアナリストの違い

データサイエンティスト
数理やコンピュータサイエンスに精通し、最新の機械学習アルゴリズムを研究開発・実装する職業
データアナリスト
データサイエンティストが標準化したモデルを運用に乗せ分析するなど、ビジネス課題に応じて必要な手段を駆使しグロースの起点を担う職業

白井データサイエンティストを数理モデルの専門家と定義するなら、価値が出せる条件に制約がある職種だと思います。

ある環境下の事業では非常に強力ですが、「全ての企業に必要か」というとそうではないはず。採算ベースで考えても、世間で期待される高給に見合った利益を回収できる企業は少ないでしょう。

多くの現場で求められるのは、小回りが利く人材。つまり、弊社でいうところのデータアナリストではないかと思います。

データサイエンティストには高度な専門性が求められ、待遇も高い。フィットすれば大きなチカラを発揮するが、そういった環境が多いとは言いがたい。

一方、メンバーズデータアドベンチャーが定義するデータアナリストは「データを手段として使い、事業を前に進める」人材。成果のためなら、手段にはこだわらない。

価値創出のためのビジョン策定だけでなく、データの「居場所」も探る。当該部署、他部署、上部構造に何があるか理解し、必要があれば他部署からデータを共有してもらう。データより効果的な手法があるなら提案し、ベンダー選定の窓口業務まで行なう。

データ分析の専門職は、比較的新しい。だからこそ、成果を挙げるには周囲からの信頼が必要だ。日々の誠実な業務遂行、部門の垣根を超えた地道なコミュニケーションは必須といえる。そうしたヒューマンスキルは、多くの企業に求められるものだ。

白井成果を得るため、すべきことは全てやる。ビジネス理解を持ち、コミュニケーションスキルがあり、ビジョンを理解する想像力があり、技術的にどう実装できるか考え、手を動かせる……そうした素養を持つデータアナリストには、多くの需要があると思います。

データアナリストにとって、成果を出すとは「データから意思決定に使える示唆を導く」こと。意思決定に使えないデータに、意味はない。

白井氏は、メンバーズデータアドベンチャーにおける直近の課題を、そうした部分に目を振り向けられる人材の獲得・育成に置いている。

同社はすでに、Twitter上で社内勉強会の様子を一部公開している。現状はクローズドだが、今後はオープンな会も増やしていく方針だ。

白井氏Twitterアカウント

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「ビジョンなくしてデータ活用なし」を共通理解に

質の高いデータアナリストを安定供給できる支援会社は、まだ少ない。一方で、活用する側の企業にもさまざまな課題がある。

典型的なミスコミュニケーションは、「データから何か新しいものを出してよ」といった要望だろう。ビジョンの具体化から顧客と一緒に進められる人材であれば対応可能だが、「ビジョンが必要」という認識がない場合お互いにとって不幸な結果となることも。

白井大きな話になりますが、日本のデータリテラシーをもっと高めたい思いがあります。多くの場合、仮説なくしてデータから何かを取り出すことはできません。意味ある仮説を立てるには、企業として向かう先すなわちビジョンが必要です。

データアナリストが最大限パフォーマンスを発揮できる環境を増やすため、「ビジョンなくしてデータ活用なし」という認識を共通のものとしていきたいですね。

問題点が洗い出せても、「ありたい姿」がなければ解決すべき課題を決められない。レポーティングがアクションに繋がらなかったり、データ分析が意思決定に影響しなかったりというケースも起こる。

データアナリストにとっては、時間と労力の浪費になりかねない。オーダーに従うだけでなく「こうした方が成果に繋がる」と提案するべきだが、その分意思決定には時間がかかる。支援サイドからの啓発がまだまだ必要な状況といえるだろう。

白井本当の課題が顕在化している環境は、多くありません。必要なのは問いを立て、課題解決のために動き、人を動かすチカラです。

メンバーズデータアドベンチャーが大事にしている価値観は、「人の感情に興味を持ち、理解する」こと。成果を出すとは「意思決定の質を変える」こと、すなわち「人の行動を変える」ことです。

データ分析関連人材は「堅い」「論理的」とみられがちですが、論理や数字だけで人は動かせません。感情を揺さぶってこそ、行動変容に繋がります。そこに取り組むことが、多くの企業に求められるデータアナリストとして何より重要だと考えています。

こちらの記事は2020年08月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

澤山モッツァレラ

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澤山モッツァレラ

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ヒサノモトヒロ

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