“おいしさ”は残酷、だから一発逆転可能!
チョコスタートアップはどう新市場を切り拓いたのか?
「レッドオーシャンにこそ、ビジネスチャンスが潜んでいるんですよ」
カカオ豆から板チョコレートができるまでの全工程を自社工房で一貫管理して製造される“ビーントゥバーチョコレート”専門店である「Minimal -Bean to Bar Chocolate-」(以下、「Minimal」)を運営するβaceの代表取締役・山下貴嗣はそう語る。
もともとは東証一部上場企業でコンサルタントをしていた彼は、なぜ知見のない“食”の領域に踏み出すことを決意したのか?
- TEXT BY MISA HARADA
- PHOTO BY YUKI IKEDA
- EDIT BY MITSUHIRO EBIHARA
レッドオーシャンからディープオーシャンへ
食べることは大好きでも、もともと甘いものは少々苦手だった山下。しかし、初めてビーントゥバーチョコレートを食べたとき、「こんなチョコがあったのか!」と衝撃を受けたという。
カカオ豆本来の味を活かした風味に、彼はすっかり魅了されてしまった。
Minimalのビーントゥバーチョコレートは、カカオ豆と砂糖のみで作られているため、乳化剤などが加えられた一般的なミルクチョコレートと比べて、カカオそのものに由来する苦みや酸味があり、食感も独自製法でザクザクしている。
しかし、山下は、その「好き嫌いが分かれそうな感じ」にこそ、ビジネステーマとしての面白さがあると感じた。嗜好品としてのチョコレートとして、新たなカルチャーが作れるのではないか、と。
山下デスクワーク中に『ちょっと一服』みたいな感じて楽しむ、日常での楽しみ方。もしくは、ワインと一緒に贅沢な時間を演出する、ちょっと非日常な食べ方。
チョコレートは、コーヒーやタバコのように楽しまれる新たな嗜好品になりえるのではないでしょうか。
『チョコレートを通じて、新しい市場やライフスタイル、消費の仕方を提案できるんじゃないか』とひらめいたのが、一番大きな起業のきっかけです。
しかし、チョコレートとなると、ライバルとなる企業、ブランドたちは、あまりにも強力だ。レッドオーシャンとは感じなかったのだろうか?
山下レッドオーシャンの方が、既存市場がある分そこでイノベーションを起こすと注目されるじゃないですか!
既存市場に乗ることで着実に売り上げを出して、既存市場に潜在するニーズに向けた事業に投資して新たな市場を拓く。ディープオーシャン戦略です。この二重構造は、起業するときに意識したポイントでした。
不人気な豆が「めちゃくちゃいい豆」?
「Minimal」は、ビーントゥバーチョコレートの国内先駆者として知られており、さらに世界最高峰のチョコレート品評会「インターナショナル チョコレートアワード 世界大会2017」では出品部門において日本ブランド初となる金賞を受賞し、予選となる「アメリカ&アジア太平洋大会」とあわせて10もの賞を獲得している。
食のビジネスというと、“パティシエやシェフといった職人たちが、とにかくクオリティを追求して、こつこつファンを獲得していく”か、もしくは、“大企業が人員と資本を投資して、大量生産していく”のどちらか、という印象が強い。
その2択の領域で、スタートアップであるβaceは、どのような立ち位置を選んだのか?
山下今、ホワイトカカオが人気ですよね。なぜかというと、ポリフェノールの渋みが少なく、ミルクや香料を混ぜて加工しやすいから。つまり、従来の“足し算”でのチョコレートの作り方に向いているということなんです。
僕たちがやっている、香料などを使わずにシンプルに素材を活かす“引き算”の作り方にとっては、他から全然ダメだと言われている個性的な香りを持つ豆が、めちゃくちゃいい豆だったりします。
これまでの常識にとらわれず小回りが利いて、1人の人間が、豆を買うところから作るところ、売るところまで一貫してイメージをして意思決定ができるのは、大企業にはない強みだと思っています。
確かにビーントゥバーチョコレートの特徴である“全工程を自社工房で一貫管理して製造する”こと自体は、大企業の方が楽にできることだろう。しかし、カカオ豆の仕入れからチョコレート作り、売り方といったすべての工程を、1人のリーダーが監修するとなると、やはり小規模なチームの方がやりやすい。
また、各地のカカオ農園に毎年同じ人間が足を運び、信頼関係を築くというのも、大企業では難しいやり方と言える。
“認知ナンバーワン”を獲るため突貫で開店
「コンサルタント出身ならではの発想だ」と舌を巻くようなエピソードが2つある。
「Minimal」富ヶ谷本店がオープンしたのは2014年12月なのだが、それは山下が世界のビーントゥバーチョコレート工房を巡る旅から帰国した、わずか4カ月後の出来事だった。
彼が突貫で店をオープンさせたのは、“認知ナンバーワン”のポジションを獲得するため。当時日本にビーントゥバーチョコレート自体は存在していても、都内に店を構えているところはひとつもなく、「Minimal」が最初の店になることを狙ったのだ。
山下いわく、創業以来、2年半で1000媒体ほどに露出しているという。計算通り、「Minimal」は現在、ビーントゥバーチョコレートの国内先駆者として知られており、さまざまなメディアから絶えずオファーがある。
また、「Minimal」は、創業以来一度も赤字を出したことがないという。経営陣には、元ドリームインキュベータのCFOもいるため、ファイナンスにおいても丹念に戦略を練っている。
キャッシュポジションは1週間ごとに更新しており、「どれくらいネガティブだと資金が尽きるのか」も含めて半年~1年分は予想をつけている。だからこそ、投資の適切なタイミングを図ることができる。
山下製造小売業だと、日々のキャッシュを現金感覚でしか使っていないところが多いんですが、先出しのビジネスは、どこかでキャッシュが尽きるリスクを必然的に抱えています。
ビジネスの構造的にそのリスクが最初からわかっている分、適切な投資をして、自分たちのギリギリまで成長を加速させる。黒字の決算がつながると、メガバンクと交渉できるので、『メガバンクからプロパー融資を受ける』という目標も達成できました。
ビジネスと社会性、両輪を回すのが現代的企業
「Minimal」は、チョコレートに関わる“3つのこと”に変革をもたらそうとしている。 ひとつは、“生産者との関係性”。現在、カカオ農家の国と、チョコレートを消費する国とで、大きな貧富の差がある。それぞれを結ぶ存在である「Minimal」が、その格差を是正できないかと考えているのだ。
カカオ農家との取り引きは、質や今後の向上性を見極めて、カカオ農家の経済活動において適正な価格(一般価格以上、時に2~3倍)で買い付ける。
山下は、「僕らが大きくなっていけば、農家の人の収入も上がる。三方よしのビジネスモデルです」と語った。
カカオ農家に対してフェアでいようとするのは、彼の消費・生産哲学も関わっている。現代は、商品やサービスそのものだけではなく、それによって生まれる感情や体験も加味して消費行動が起きる“経験経済”の時代だと言われている。
つまり、食で言うと、「おいしさの前後にあるストーリーも重視したい」というニーズが高まっているということだ。
山下大量消費、大量生産が行きついた先に何が起こるかというと、消費者は、100円使うのにも多くの情報で検討するようになると思うんです。
そうなったら、ビジネスインパクトだけを追求する企業は、やっていけません。ソーシャルインパクトと両立したビジネスモデルで、消費者に共感してもらえる企業が支持を集めるんじゃないでしょうか。
Minimalは事業活動の日常にその2つを内包していますので、美味しいモノづくりに真摯に取り組みながらソーシャルインパクトとビジネスインパクトの両輪を回していくことを意識しています。
また、“生産者との関係”の他に変えようとしているのが、“製造技術”。カカオ豆の風味そのままを味わうべく、ビーントゥバーチョコレートは、一般的なミルクチョコレートとは、材料も製造方法も大きく異なる。
しかし、その「素材を楽しむ」思想は、日本人の食嗜好にマッチすると直感した。その狙いは当たり、「Minimal」はチョコレートブランドであるにもかかわらず、男性客が4割に上る。これまでのチョコレート市場の消費者とは違う層を開拓している。
とはいえ、ミルクや香料で加工していく、従来のチョコレートの製造方法を否定するわけではない。
様々な選択肢にひとつにビーントゥバーチョコレートが加わり、「Minimal」が“素材”としてチョコレートを作り、加工技術を持った既存のチョコレート企業/ブランドに更に活かしてもらうという展開も考えており、むしろ彼らはビジネスパートナーだととらえている。
「Minimal」が変えようとしている3つめが、“消費者のライフスタイル”。日本酒とのペアリングなど、チョコレートの新しい楽しみ方を提案して、消費者の生活を豊かに彩っていく。
人間は子供のころから食べてきた味を「おいしい」と感じるため、ビーントゥバーチョコレートの味に馴染めない人もいるかもしれない。しかし、重要なのは、そういう人々に「こういう価値観もある」と知ってもらうこと。
「既存のものと比べて、どこが自分にとってちょうどいいところか?」を考えさせるのが、新しいチョコのUXを提供するということだろう。
“味覚をデータベース化”
ところで、「Minimal」のビーントゥバーチョコレートは、人気のフレーバーが国によって大きく変わるらしい。たとえば杉の木やハーブのような風味が特徴的な「SAVORY HERBAL」は、日本人には称賛されても、ヨーロッパの人々からは「草の味」と言われてしまう。
これをヒントに、山下は、“味覚のデータベース化”ができないか、構想を練っている。
山下どのチョコが好きか嫌いかというところから、味覚のデータベースが作れないかと考えています。味覚をデータベース化するのは難しいと言われているんですが、そこを握ることができたら、またビジネス的な広がりが生まれます。
それに、僕らがプラットフォームと見なされたら、また“認知ナンバーワン”になって、おいしいじゃないですか(笑)
起業志望者の中でも、飲食ビジネスは、「大手企業か、職人がやるものだ」と選択肢として最初から除外している人は多いだろう。スタートアップらしい、イノベーション志向、小回りの利いた行動力、緻密なロジックを武器に、スピードの速い成長を遂げているβace。
最後に山下に、スタートアップから見た、“食“の領域のやりがいを教えてもらった。
山下設備を買うのも、素材を買うのも、お店をオープンさせるのも先出し。ITとかと比べて、ハード面での参入障壁はかなり高いと思います。効率面で考えても、やるもんじゃない(笑)。でも、“おいしい”の残酷さってあると思うんです。
僕みたいな素人が脱サラして、たった3年で世界的な品評会で金賞獲るって、普通ありえませんよね。だけど、誰かがおいしいと思うものを作ったら、一発逆転できるんです。
“おいしい”はファジーな基準だから、ときに残酷だけど、ときにチャンスをくれる。そこが非常に面白い領域だと思っています。
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