「自分のROI」を考えられる人材が、組織を強くする。
ナイル高橋飛翔が創り上げる「事業家集団」とは?
非連続的な成長が志向されるスタートアップにおいて、組織の歯車とならずに、オーナーシップを持って「事業家」目線で働ける人材のバリューは高い。
そうした「事業家人材」で構成される組織を創り上げるための要諦を明らかにすべく、とある経営者に話を伺った──「デジタルマーケティングで社会を良くする事業家集団」をビジョンに掲げ、複数の事業を軌道に乗せてきた、ナイル株式会社の代表取締役社長・高橋飛翔氏だ。
高橋氏は、「『エキスパートは専門領域だけに特化していれば良い』という考えは欺瞞であり、企業で働く以上はすべてのメンバーが『事業家』視点を持たなければいけない」と語る。「事業家」が持つべき資質から、彼らを束ねていくためのマインドセットまで、同氏が考える「事業家集団」像を余すことなく語ってもらった。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
企業に“エキスパート兼事業家”が必要な理由
ナイルがビジョンに掲げる「事業家集団」とは、どういった組織を指しているのだろうか。
その意味を高橋氏に尋ねると、趣味の映画を例にとり、「複数のエキスパートが協働する、ハリウッド的な集団」と表現してくれた。
高橋日本では、1人の監督やプロデューサーが、脚本からクオリティチェックまでを幅広く行うスタイルの映画制作が一般的です。しかしハリウッドでは、さまざまなプロフェッショナルが集まり、それぞれの専門領域を活かして合作のようなスタイルで作品が創り上げられる。
ハリウッドと同じように、事業戦略や採用戦略の策定といった、従来は経営者が担っていたロールを実行できる「事業家」が複数いる組織の方が強いはずです。ひとりの人間にできることには限りがあるので、各メンバーが「事業家」として動ける、ホールディングス的な組織を創りたい。
「事業家」というと、特定の職能に長けたエキスパートではなく、幅広い知見を兼ね備えたジェネラリストをイメージしてしまう。高橋氏が語る「プロフェッショナルの集合体としての事業家集団」とは真逆だ。その違和感をぶつけてみると、「企業においては『エキスパートは専門領域だけに特化していれば良い』という考えは、欺瞞に過ぎない」という答えが返ってきた。
高橋資本主義市場でビジネスを行っている以上、エキスパートであっても、専門領域を超えて事業全体のことを考える視点が必要だと思います。どんなに特定の領域に長けていても、ビジネスとして成立していなかったら、会社が潰れてしまうじゃないですか。もちろん専門領域のスキルを磨くことも必要ですが、「他は知らない」といった姿勢ではなく、全員が“エキスパート兼事業家”であるべきだと思うんです。
「自分のROI」を考えられているか?
では、個々のメンバーが「事業家」として立ち振る舞えるようになるためには、どうすればいいのか。
高橋氏は、事業家に必要な資質として、「熱意」と、それに基づく「思考の持続力」を挙げてくれた。「世の中に天才はいない」ので、いかに熱意を持って考え続けられるかどうかが、頭一つ抜けたアウトプットを生むためのカギとなるのだ。
高橋前提として、事業に対する熱意を誰よりも持っていることが必要です。僕もいまマイカー賃貸サービス『カルモ』の事業責任者を兼務しているのですが、家に帰ってからも、土日祝日関係なく、車のことしか考えていません。
そして熱意に基づき、あらゆる角度から考え続ける思考体力も求められます。競合環境、ユーザー視点、マーケティング手法、営業手法…。事業をスケールさせるためには、ひとつのものごとを複層的・多角的に検討し尽くさなければいけません。個別の技術論以前に、そうした粘り強い思考に耐えうる持続体力が必要なんです。
とはいえ、これらの根本的な素養は、各々の原体験に基づいていることも多く、後天的に身につけることが難しい面もある。「極端な話、こうした素養が十分に身についていたら、10億円規模の事業をゼロイチで創り上げられます。そのレベルを全員に求めるのは、現実的に無理でしょう(笑)」と高橋氏も認める。
しかし、最低限、全員が事業への関心や理解は持つべきであるし、「そうした『事業家人材』を正当に評価する仕組み」が組織には必要だ。
高橋会社にかかっている「自分」というコストをもとに、最大限までROIを高めるための行動を取れる「事業家人材」を、高く評価しなければいけません。事業家は、思考停止で言われた通りにタスクをこなすのではなく、「そもそもこのタスクに時間を使うのがベストなのか?」と、ROI最大化の観点から思考する必要がある。その点を評価制度や社内カルチャーに採り入れることで、自然と「事業家人材」が増えていくでしょう。
あえてノールックであれ。「事業家集団」を束ねていくためのマインドセット
「事業家集団」を束ねる経営者には、単一事業を率いる経営者よりも、複雑なスキルが求められる。その際に高橋氏が心がけているのが、「あえて『考えない』こと」だ。
高橋氏の経営者としてのキャリアのなかでも、創業期より続くデジタルマーケティング事業に加えて、スマートフォンアプリ情報サービス『Appliv』を立ち上げて複数事業を運営するようになったことが、大きな分岐点だった。ひとつの事業に予算やリソースを投下していた時期と比べ、マネジメントが難しくなった。ハードシングスを乗り越えられたのは、「権限と責任を他のメンバーに切り分け、あえてノールックになる」ことの重要性を認識したからだ。
高橋「自分が正しい」と思う人が複数名いると、共通認識を探ることに時間が取られてしまいます。また、僕がいくら的確な意思決定をできたとしても、ひとりのリソースには限界がある。
高橋それが嫌で、仮に自分がやるよりも一時的にパフォーマンスが下がると分かっていても、あえて権限を委譲し、アドバイス役に徹するようにしたんです。そうして全体のパフォーマンスを底上げしていったほうが、結果的には事業がスケールします。
一本足打法からの脱却のために、「事業家人材」が必要だった
それにしても、なぜ高橋氏はそこまで「事業家人材」にこだわるのだろうか。根本的な思想を明らかにすべく、経営者としての歩みについても伺ってみた。
高橋氏が経営者を志した源流には、中学生の時に経験した「祖母の死」があった。小学校教師だった祖母の葬儀には、教え子たちも含めたくさんの人々が訪れ、死を悼んでくれたという。多くの人びとが悲しんでくれること自体は素晴らしいと思った一方で、「自分が死んだときは、悲しんでもらえるだけじゃ満足しないだろう」という想いも湧き上がった。
高橋自分自身の手で世の中に何かを残したという手応えを得ないと、満足に死んでいけないと思ったんです。その時から、社会的なインパクトが大きい仕事を志向するようになりました。
当初は「政治家になって世の中を変えたい」と思い、首相の輩出数が多い東京大学に進学した。しかし、政治家として影響力を持てるようになるまでに時間がかかり過ぎるのと、根回しや調整といった政治的なコミュニケーションがあまり向いていないと感じるようになり、気持ちが傾いていく。そこで新たに見出した活路が「起業」だ。
高橋学生起業から世界規模のサービスに成長したGoogleやFacebookのように、最短距離で世の中を変えられる生き方に、大きな魅力を感じたんです。
経営者として生きる覚悟を固めた高橋氏は、学生起業でナイル(当時はヴォラーレ株式会社)を立ち上げる。デジタルマーケティング事業、Appliv事業、カルモ事業と、「社会にもっと大きなインパクトを与えたい」という一心で、次々に事業を生み出していった。
そんななか、高橋氏が「事業家人材の創出」に重きを置くようになったことには、とあるきっかけがあったという。
高橋2016年ごろ、僕の中でひとつのパラダイムシフトがあって。もともと、Applivをグローバル展開させようと全力投球していたのですが、うまくいかなかった。その時に、「うちのような中小規模の会社は、一本足打法でひとつの事業だけに注力すると、失敗したときのダメージが大きすぎる」と学んだんです。
そこから、複数の事業にリソースを張り、伸び代の大きいものだけを伸ばしていく、ポートフォリオマネジメント的な考え方を採り入れるようになりました。そのために、社内に「事業家人材」を増やすことが急務となったんです。
百発百中はありえない。とにかくバットを振り続けることが大事
こうした「事業家人材」へのこだわりを、改めて社会に向けて表明するために行われたのが、2018年8月の経営理念の刷新だった。
これは、そもそもの「ミッション」「ビジョン」の位置付けごと見直したラディカルなもので、約1年半かけてボードメンバーで何十回もディスカッションを重ね、練り上げられた。
もともと、ナイルのビジョンである「新しきを生み出し、世に残す」は社会に提供する価値、ミッションの「世界で最も尊敬される企業となる」は自社のありたい姿を示していた。そうした「外向きの姿/内向きの姿」といった定義を捨て、中長期的な目標として「社会に根付く仕組みを作り、人々を幸せにする」をミッションに据えた。また、ミッション達成のための当面の目標として、「デジタルマーケティングで社会を良くする事業家集団」をビジョンに制定したのだ。
高橋創業直後につくった経営理念への違和感が強くなったんです。思考は流動的なものなので、経営メンバーの人間としての中身が変わっていくのに合わせて、経営理念も変わるべきだと思い、刷新しました。
また、ミッション、ビジョンに加え、新たに経営方針「100の事業を創出し、10の事業を世に残し、1つの事業で世界を変える」という項目も追加された。この経営方針を制定した意図は、「ナイルは今ある3つの事業だけをやり続けていく会社ではない」ことを内外に示していくことだという。
高橋この経営理念は、「百発百中なんてありえない」という認識が前提となっています。失敗してもいいから、常にバットを振り、挑戦し続けることにこだわっていきたい。
ミッション、ビジョンを社内に浸透させるために、四半期に一度の全社会議でのコミュニケーションや、四半期ごとに顔ぶれを変えつつ、非ボードメンバーに毎週の経営会議に参加してもらう新制度「NNX」(Nyle Next X)による経営陣との目線のすり合わせも行なっている。高橋氏は、「すぐに社内全体に浸透させることは難しいので、まずは経営陣やマネージャーに腹落ちしてもらうことが先決」と語る。
高橋ミッション、ビジョンを社内全体に浸透させることは、とても大事です。しかし現実的に、すぐに全社員に100%腹落ちしてもらうことは難しい。したがって、まずは経営陣やマネージャーに曇りなく理解してもらったうえで、メンバーに浸透させるための施策も継続的に打っていくつもりです。
「熱意」と「思考体力」に突き動かされ、多面的に事業に取り組む「事業家」。高橋氏がインタビューで繰り返し語っていたように、ひとりの人間が全てをこなすのは、至難の業だ。
だからこそ、「自分が考えるべきこと」を整理し、他のメンバーへの権限委譲が必須となる。そしてそれは、「エキスパート兼事業家」として、全体最適を図る人材が集っていて、はじめて可能となるはずだ。
こうした「事業家」人材が生み出されるような意識づけや制度設計が、勝てるスタートアップを創り出すための、ひとつの方法論なのではないだろうか。
こちらの記事は2019年02月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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