3社統合しても、なぜ大企業化しないのか?──オイシックス経営陣が語る“カルチャー”を貫く組織拡大手法
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「いま、熱いマーケットはどこか?」と問われ、何が思い浮かぶだろうか?
SaaS、Deep Tech、X-Tech…最先端のビジネスが、日々メディアを彩っている。
しかし、こうした“注目領域”だけに囚われていると、見逃してしまう好機もある。成熟したようなイメージを抱かれがちだが、実は伸び盛りのマーケットもあるのだ。身を投じることでエキサイティングな経験が積める可能性も高い。
オイシックス・ラ・大地株式会社(以下、オイシックス)が手がけるフードテック領域も、隠れた成長市場のひとつだ。同社のインターンから新卒入社し、現在はエース人材として活躍する取締役・松本浩平氏と、CXO(Chief Experience Officer)・白石夏輝氏は、「昔と変わらないベンチャーマインドで、インパクトの大きい成長ビジネスに取り組めている」と口を揃える。
「成熟産業だなんて、もってのほか」と言うフードテック領域で、ロジカルシンキングとクリエイティビティを駆使しながら、市場を切り拓く醍醐味を訊いた。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
食品業界のEC化率は著しく低い。だからこそ「伸び代しかない」
「ある程度規模が大きくなった会社がメイン事業に据えているくらいだから、市場も成熟していると思っていませんか?それだと実態を見誤る可能性があります」
CXO兼OisixEC事業本部副本部長として、「Oisix」のオンライン / オフラインにおける顧客体験の改良に取り組む、白石夏輝氏は語る。2013年に上場を果たし、株式会社大地を守る会、らでぃっしゅぼーや株式会社との経営統合を経て、従業員数が700名近くまで拡大した同社。
「注目市場で戦う少人数のスタートアップと比べると、働く面白みに欠けるのでは?」という無根拠な先入観を、白石氏は一蹴する。
白石成熟市場だなんて、もってのほかです。むしろ、伸び代しかありません。そもそも食品業界のEC化率って、他の業界に比べて著しく低いんですよ(※2018年時点で2〜3%程度)。オフラインでの購買行動が中心で、オンラインで買い物をする人が極めて少ない。
でも、食品においてもオンライン購買はお客さまが享受できるメリットは大きいんです。生産者が分かりやすく安心ですし、収穫から食卓に届くまでのリードタイムが短いので、よりフレッシュなものが手に入る。オイシックスでは、健康経営をはじめ人びとの「健康」への注目がますます高まる中で、価値ある食体験を、ほぼ開拓が進んでいない市場に広めていけます。大きさや形状がバラバラな野菜の鮮度を保ちながら配送しなければならないため、在庫・物流管理についても難易度は高いですが、それゆえに挑戦しがいがある。食品ECビジネス、今かなりホットだと思います。
誰もが毎日関わる「食」の領域だからこそ、お客さまをハッピーにできる機会が多い点にも、シンプルにやりがいを感じられますしね。「今日食べたこれが美味しかった」と、お客さまが食べ物や料理の感想を日常的にSNSにアップしてくれているのを見ると、つい嬉しくなります。
メディアで取り上げられることはあまり多くないが、オイシックスのメイン事業である食品EC領域を含むフードテック市場は、グローバル規模で700兆円ともいわれる成長マーケットだ。オイシックスも手がける「フードデリバリー」や「ミールキット」、人工肉に代表される「ニューフード」、キッチンIoTをはじめとする「キッチンテック」など、多様なジャンルが花開いている。
2016年、オイシックスは、フードテック市場に幅広く投資を行う、日本初となる“食”専門の戦略投資部門「Food Tech Fund(フードテックファンド)」を設立。日本の果物を世界に輸出する株式会社日本農業、食のシェアリングエコノミー事業を手掛ける株式会社ふらりーと、次世代養液土耕システム「ゼロアグリ」を開発する株式会社ルートレック・ネットワークスなど、国内を中心とするフードテックスタートアップに、業務提携を見据えて幅広く投資・提携してきた。
業績管理やIRまわりを手がける経営企画の傍ら、新規事業開発の一環で同ファンドをリードし、フードテック市場をマクロに見渡す取締役・松本浩平氏によると、オイシックスが手がけるフードデリバリー領域は、2兆円ほどの市場規模に成長した現在も拡大の一途を辿っているという。
松本女性の社会進出がますます進むにつれ、日常的に買い物へ行く時間が取れない人も増え、フードデリバリーのニーズは高まり続けています。そうした状況下でオイシックスは、業界最大手の生協(日本生活協同組合連合会)さんと共に、市場拡大をリードするポジションに位置しているんです。
米国を筆頭に日本でも成長著しいミールキット領域についても、オイシックスは国内市場のリーディングカンパニーであり、市場を創っていくプレイヤーの一人となっています。
全社員必須のロジカルシンキング研修。でも、「面白さ」も忘れない
オイシックスの強みは、フードテック市場の成長性だけではない。マッキンゼー出身の創業社長・高島宏平氏が築き上げた、「問題解決スキルを徹底して伸ばす」カルチャーが存在しているのだ。全10回の社内講座を全社員が受講し、ロジックツリーやイシューツリーといったフレームワークを使って最適解を導き出すための方法を、丁寧に身につけていく。
座学だけでなく、日々の業務においても、問題解決力を重視する文化は貫徹されている。常にファクトベースで話し、構造化してイシューを明確化するロジカルシンキングが求められるのだ。
白石社内では、「本当にお客さんはそう思ってるの?」と頻繁に問われます。主観ではなく、データやお客さまの声に基づいた仮説となっているか、徹底して検証することが求められるんです。
過去の経験やこれまでの「当たり前」ではなく、お客さま視点やロジカルさを重視するカルチャーだからこそ、年功序列ではなく、若手でも活躍できる。社内では、年次関係なく、お客さんのことをよく理解している人の意見が尊重されます。僕もインターン時代にはイベントなどでのオフライン営業を任されていましたが、たくさんのお客さんと触れ合っていたからこそ、役職が上の方々とも対等に議論できました。むしろ長く在籍していると発想が凝り固まってしまいがちなので、フレッシュな気持ちでお客さんに接している若手の意見を尊重するカルチャーが、10年前と変わらず今でもありますね。
そして、重視しているのはロジックだけではない。ファクトベースでロジカルに導き出した課題への打ち手を考える際は、一転して、前例のない「面白さ」も求められるのだ。
白石普通のアイデアだと、「それやって面白い?」と微妙な顔をされますね。毎回当てにいく感じで教科書通りの施策ばかり打っていると、コモディティ化してしまいます。だからこそ、ソリューションを考える際は、クリエイティブに振り切って思いっきり考えることを是としているんです。実際、会社の行動規範には「お客さまを裏切れ」や「前例はない、だからやる」といった内容も含まれており、常に新たな挑戦をすることが求められていますね。
左脳を使ったロジカルシンキングと、右脳を使った自由な発想。両者が高いレベルで求められる環境だと思います。
松本Food Tech Fundでも同じですね。シナジー効果や投資回収率は精緻に詰めますが、「直感的に面白いか?」も重視して投資先・提携先を決めています。
3社の経営統合、企業カルチャーをいかに融合させたか?
オイシックスといえば、経営統合を繰り返したことが印象に残っている読者も少なくないだろう。冒頭でも触れたが、2017年に大地を守る会と経営統合(株式交換)し、オイシックスドット大地株式会社と改名。2018年には、らでぃっしゅぼーやと経営統合(株式譲渡)し、現在のオイシックス・ラ・大地株式会社に商号変更した。
松本統合後は、食品宅配市場でより大きな存在感を発揮できるようになりました。だからこそ、事業提携などで声をかけていただく機会は増えましたね。
「立て続けに経営統合を敢行して、カルチャーの齟齬は生じなかったのか?」という率直な疑問をぶつけてみると、経営企画部で統合を推進する当事者であった松本氏は、「意図的にコミュニケーション量を増やし、丁寧にカルチャーをすり合わせることで、問題なく統合できた」と答える。
松本そもそも、似た事業体の3社が「一緒にやったほうがいいよね」と決まったwin-winの関係だったのですが、それでもカルチャーの違いはありました。しかし、お互いの良い点を残して新たに行動規範を作り直したり、それを全員で体現するために表彰制度を新設したりすることで、スムーズに融合できたと思います。
コミュニケーションの絶対量を増やすために、統合直後は意識的に飲み会の数も増やしましたし(笑)、ロジカルシンキング講座も全員に受けてもらい、同じ「言語」が使えるような環境を作り出していきましたね。
現場で経営統合を経験した白石氏も、特に違和感なく受け入れられたという。
白石そもそも3社とも目指している世界観は似ていたので、スムーズに統合できた面もあるかもしれません。
統合を進めていくなかで、事業づくりや企業カルチャーにおいて、オイシックス出身者が他の2社の出身者に学ぶ点も多かったです。
たとえばOisixでは、あまり食品以外の商品を扱っていません。でも、大地を守る会では品質の良い布団セットを販売していたり、らでぃっしゅぼーやではランチョンマットや鍋つかみを販売していたりして、実際にお客さまが食品以外でも質の良いものを生活に取り入れる場所として使われていた。
そうしたノウハウはオイシックスの事業にも採り入れていきたいと思いましたし、勉強になりましたね。「3社も統合してうまくいくの?意味あるの?」といったネガティブな意見をいただくことも正直ありましたが、統合により、今後の事業拡大を考えるうえでの可能性がかなり広がったと思います。
松本統合後には、企業理念も「豊かな食生活をより多くの人に」から、「これからの食卓、これからの畑」に変更しましたが、これは農家さんに対しても価値提供したいという想いがより強まった結果でもあります。
「この食品業界って良い人多いんだな」と気づけたのも大きかったです。「まだまだニッチな食品EC市場をマスにしたい」という根底にある想いは皆同じなので、シェアを奪い合うのではなく、一緒に市場や文化を創っていく意識が持てたのだと思います。
変わらぬベンチャースピリットで、固定化する食体験を変える
経営統合もポジティブにこなし、さらなる市場拡大を目指すオイシックス。インターン時代から同社を知る白石氏と松本氏から見ても、変わらずベンチャー精神が根付いているという。
松本チャレンジ精神や、常に変化し続けるカオス感は、全く変わっていないですね。代表の高島の性格もあるのかもしれませんが、1年前には想像もしていなかったような事態が、毎年起き続けている。もちろんIPOの過程で、ある程度は「大人の会社」になっていく部分はありましたが、根っこにある「学生ベンチャーノリ」、「スタートアップ的な勢い」はいまだに引き継がれていると思います。
白石事業拡大に伴ってステークホルダーも増えるので、ミスなどは再発しないように業務がノウハウ化され、ディフェンス面が強化された面もあります。だけど、時間をかけて上長承認を取りにいくよりも、スピーディーに「面白そうなら、まずやってみる」ことを是とするカルチャーは変わっていないですね。
考えてみれば、こうしたベンチャー精神が必要とされるのは必然だろう。なぜなら、冒頭でも触れたように、オイシックスはまだまだ成長フェーズに置かれているからだ。「スタートアップと比較すれば売上規模も相当に大きいかもしれませんが、国内の食品宅配市場2兆円に対して、オイシックスが押さえられているシェアはたった数%にすぎない」と松本氏。
松本小売事業者として、1,000億円規模に達していない現状は胸を張れるようなものではないと考えています。僕らが市場に対して提供できる価値を増大させるべく、企業規模としてももっと拡大していく必要があるし、多少大きくなった今だからこそ、大きなリスクを取ってダイナミックなチャレンジを行える環境に置
かれています。「成功したベンチャー」として讃えていただけることもありますが、あぐらを掻いていられる状況ではない、というのが本音の心境です。
白石これからジョインしてもらうメンバーに対しても、松本と同様のマインドセットを求めたいですね。「そこそこ大きい会社だから、運用さえしっかり行えば安定して事業がまわせそう」というイメージをオイシックスに持っている人ではなく、「この規模感とポジションを活用してどんなことを社会に仕掛けていくか?」を議論できるような、ベンチャースピリッツに溢れていて、社会に大きなインパクトを与えたい人。そんな人と一緒のチームで、日本の食文化を変えられるようなチャレンジしていきたいですね。
実は僕が生まれた頃から、食にまつわる体験ってほとんど変わってないんですよ。中食やコンビニ飯の充実などの流行こそありますが、先ほどもお話ししたように「(オフラインの)スーパーで食材買って、家で作る」といった大枠のスタイルに変化は生まれていない。そこを本気でこれからの社会に合わせたスタイルに変えていきたいし、そういう想いを持った人が全力でチャレンジできる環境はオイシックスが用意できる。もし少しでもこの挑戦に興味を持ってくれた方がいれば、是非お話しできると嬉しいです。
特に、僕が担当しているECの領域は、定量的なフィードバックが速く、PDCAサイクルが高速でまわせます。人に喜んでもらうのが好きだったり、自分の企画で世の中を動かすことが好きだったりする人には、とても魅力的な環境だと思います。
【FastGrow限定・3日程あり】食の変革に興味がある方へ。松本氏との少人数座談会
こちらの記事は2019年03月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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