26歳でファッション誌『STUDY』創刊。
編集長・長畑宏明の雑誌作りにかける熱すぎるクリエイティビティ
ファッション雑誌は広告主と切っても切れない関係だ。このインターネット時代において、読者はスマホを楽しみ、当然出稿主はマーケティングをデジタルに移している。
が、出版社は二進法の世界に追い付いていない。故に休刊が相次いでいる。しかし、そんなことには一喜一憂せず雑誌づくりと真摯に向き合うのが『STUDY』を創刊した、編集者・長畑宏明氏だ。
丁寧な取材と写真のクリエイティビティを重視した同誌は、ファッション誌界にどのような変革をもたらすのか、改めて作り手側と読み手に疑問を投げかける存在になりそうだ。
- TEXT BY MEGUMI OTAKE
- PHOTO BY YUTA KOMA
まず、これまでのキャリアと『STUDY』を創刊した経緯を教えてください。
『STUDY』を創刊したのは26歳のときです。それ以前はファッション系のウェブ企業で、アプリ開発やシステム、サイト運営、コンサル的なことも担当していました。人数も少ないベンチャーみたいな企業だったので、基本的には1人で全部担当しないといけない環境でした。
その頃は、雑誌をつくろうとは思ってもみなかったのですが、編集者の川田洋平さんが『TO magazine』を創刊することを知り、彼のトークイベントに足を運びました。そのときに感じたのが、“雑誌が個人にとっての新しいアートフォームみたいなものになりつつある”というひらめきでした。たとえばミュージシャンだったら音楽だし、絵描きであればそれは絵画です。僕の場合は、それが雑誌で表現できるんじゃないかと感じたんですね。
ウェブの経験があり利便性も理解している上で、あえて紙媒体にこだわった理由は?
世代的には、紙媒体を読んでいた人と、ミクシィなどに夢中になっていた人、もしくは両方という風に分かれると思います。
僕の場合はどちらかというと紙媒体に影響を受けたタイプなので、そこが大きな理由ですね。雑誌だと1冊を通して、文脈を立てて説明し、表現できる。紙だからこそ、そこからどんどん深堀りしていける感覚がありました。
いっぽう、ウェブはメディアとしての力が弱いと感じています。ワードを紐づけて何かを探すことは可能なのですが、興味のない情報は検索しないので、読まれにくくなります。このメディアに載っているものは全部読むというのは、なかなかありませんよね。どこまでもタイトル、要は記号が強い世界なので、どうしてもそこありきになってしまう。
これは良し悪しの話ではなく、『STUDY』の中でもウェブのほうが生きる企画があるかもしれません。ただ、雑誌の魅力はすべての情報をフラットにして、何かしらの文脈を敷けるというところです。
1冊まるごと長畑宏明
『STUDY』は編集から経営的な数字の管理まで、すべて長畑さんが管理されているそうですね。
もちろんです。最初はみんなそういう風にやってきたと思います。本当に無理になったら、それこそ自然にビジネスパートナーが現れると思うので、最初の5年は自分でやっていかなきゃいけないと思っていますし、もっと仕事のスキルをあげたいとも思っています。
制作するにあたって一番大事にしていることは、とにかく楽しむことです。そもそもクリエイションは作り手も楽しくなければ、読者にも伝わらないですから。そのために仕事の効率とスキルアップが同時に必要で、自分の好きなことのためだったら苦手なことも向上するはずだと思っています。自分で始めたことなのにすぐに辛いと思ってしまって、なかなか「楽しい!」と思えることは少ないんですけどね……。
号によって異なると思いますが、平均的な制作予算はどれくらいなのでしょうか?
だいたい250~300万円で制作しています。原稿はもちろん、最近ではレイアウトもできるだけ自分が主導して、ADの一ノ瀬くんに意図を伝えるようにしています。
以前はもう少し分業制にしようと思っていました。そういう風にまわしていくのが雑誌っぽいなと思っていたし、まわりからもそう言われることが多かった。
まあ、でも先ほどお話したとおり、これは個人のアートフォームとしてやっていることなので、とりあえず編集は僕1人でいいかと。その代わり、毎号関わってくれているスタイリストの小山田(孝司)さんからは企画について色んなヒントを頂きます。
あまり「この体制じゃなきゃ雑誌じゃない!」とは考えないようにしていますね。あと、そもそも常に同じメンバーで動くというのが苦手な性格なんですよ(笑)。
インディペンデントに雑誌を作るうえで一番大変なこと、またリスクは?
盲点だったのが支払いサイクルですね。書店の支払いは卸した月の3ヶ月後くらいが通常なのですが、個人だとそのキャッシュフローは正直厳しいです。
現在、50店舗前後に卸していますが、支払いサイクルを相談・交渉するようにしています。できれば、ウェブでの直販と書店は買い取りのみ、前払いという習慣を自分の方から提示できることが理想です。
もちろんキャッシュのリスクの避け方は他にもいろいろあります。制作コストを下げることや、超限定にして逆に価格を上げてプレミア感を出すこともできます。でも、それらはあくまでパッケージとしての工夫で、やりすぎると中身が届かない可能性が高くなってしまいます。
丁寧な取材と構成にこだわりを強く感じますが、実際に制作期間はどのくらいを要しているのでしょうか?
とにかく構想がすごく長いんですよね。だいたい毎年、11月か12月末に発行しているのですが、次の年の3月くらいから次号がスタートしだします。だいたい7月くらいまでは構想期間ですね。それまでにこれは絶対いけると思う企画は先に動くようにしています。
基本的に、最初の撮影は6月、7月くらいですね。一度撮影して、そこから温度感やテイストを掴んでいきます。9月、10月でさらに追い込み、自分が原稿を書くのが校了2週間前とギリギリです。なので制作期間は半年ぐらいに渡ります。
最後の最後まで、この雑誌が世に出る意味はなんなんだろう?と大きなことばかり考えてしまって、なかなか計画通りにはいきません。むしろ計画通りにいきたくないって思っているのかもしれません(笑)。
雑誌媒体だと、まず企画会議があって巻頭特集や大枠を決め、さらに2か月先の企画まで決め打ちで進めます。
僕も月刊誌に携わった経験があるので、そのあたりは充分理解しています。やはり広告の兼ね合いがあるので、企業の雑誌作りとして有効だとは思います。
ただ、根本的なモノ作りは雑誌にしても何にしても自然な流れでないといけないと僕は思うんです。ギリギリの作業になってもあまり心配にならないし、自分が考えていることがきっといいカタチで実を結ぶだろうと思っているタイプですから。
当たり前を可視化するのが編集者
誌面中に「文脈図」という企画がありますが、どのようなコミュニティで人選を?
それはバラバラです。ずっとこの人に服の話を聞きたいと思っていた人と、新しく知りあった人で半々です。できるだけ自分のなかで自然に出会った人たちを大事にして人選しています。
できるだけ自分がいろんな場所に行って、あの人いいなって思ったらその人に声をかけています。それを徹底することで、半径15メートル以内の見え方になる。逆にそれ以外のことは、僕は取り扱えないですね。
他の雑誌ではやっていないプレミア感、たとえばスタイリストの小山田孝司×伊丹豪、女優の成海璃子さんの起用など、『STUDY』特有のコラボ感も話題になりますよね。
そこは全く狙ってないですね。それは逆にダサいのではないでしょうか。狙ったらアガリが悪くなってしまうと思うんです。
編集者は、みんなが求めているもの、当たり前に求めているものを可視化するという役割と捉えています。今の時代だったら当然でしょ、という感覚ですね。なのでそれがプレミアだという風にはまったく思っていません。
小さい会話のふしぶしから自分がヒントを得てつなぎ合わせていくので、なぜそうなったかというのは言葉にするのは難しいんですね。同じカテゴリーの中で仲良しごっこをやるのは楽。ただそれって、普通の雑誌がやることであって……日本は階級もないし、もっとフラットな世界だと思うんです。だから、僕はそもそも既存のカテゴライズに疑問を持っている。個人を見てそれぞれの言語を引っ張り出して、つなげていくという、丁寧な作業が必要だと思います。
『STUDY』はそれを当たり前のように実践しているし、撮影現場でも不自然な空気がまったくありません。なんでこの人と一緒にやっているんだろうとか、なんでこの人を撮っているんだろう、と思ったことは一切ないですね。
他には類をみないアイデアやストイックなページ作りが魅力の媒体ですが、今後のビジネス展開についてはどのように考えていますか?
別冊をもうすこしうまく扱いたいですね。いままで4冊出していて、一番売れたのが乃木坂46の伊藤万理華さんの号でした。
別冊は『STUDY』というクリエイションのプラットフォームをつかって、そのときどきで何ができるかというシングルカットみたいな役割なんです。本誌はファッションに固執しているからこそ、別冊ではファッションの枠にとらわれず、いろんなカテゴリーを適用させたい。これからは、それをもっとやっていきたいし、それがビジネスにもつながると思います。
『STUDY』が世の中に広まっていけばいくほど、別冊で企画を作りたいという案件が増えれば嬉しいですね。たとえばそこで、あるバンドで1冊作ってみましょうとか。それが先方の要望だけで制作するのではなく、『STUDY』の目線で表現して利益になることがベストです。
できれば制作費はこちらで負担し、代わりに実売兼を握り、販売部数で利益をだすのが理想。自分のつくったクリエイションのプラットフォームで何ができるか、そこ自体をお金に変えるのではなく、そこでつくったもので利益を作る。それが真っ当ではないでしょうか。
こちらの記事は2017年12月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
尾竹 めぐみ
写真
小間 優太
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