連載テクノロジーが最適化する10兆円市場〜衣服産業で起こる変革の兆し〜

開発したソリューションを磨く前に、“課題の質”を高めよ──衣服業界を変革するシタテルに学ぶ、新プロダクト立ち上げの極意

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インタビュイー
鶴 征二

2007年、株式会社リクルートエージェント(現:株式会社リクルートキャリア)入社。法人営業に従事した後、2015年より営業企画責任者に就任。営業戦略の立案からメンバー育成プログラムをはじめとする組織マネジメントの企画・実行を行う。2016年4月、テクノロジーで産業の仕組みを変えるべくシタテル株式会社に入社。年間100社以上の全国の縫製工場を訪問し、プラットフォームの拡大を実施。2017年8月、取締役に就任。現在は衣服・ライフスタイル産業のバーティカルSaaS『sitateru CLOUD』の事業開発を統括および推進。プロダクト設計、マーケティング戦略の立案、全体のパイプラインを管掌するとともに、パートナー開発など事業全体をリードする。

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デザイナー、パタンナー、縫製工場と連携し、衣服生産を支援するプラットフォーム「sitateru」を運営するシタテル。衣服生産の全工程をシステムでつなぎ、シームレスな連携を実現する同社は、次のチャレンジに踏み出した。

2019年12月、アパレルブランド向けのクラウドサービス「ダイレクト取引」をリリース。開発をリードする取締役の鶴征二氏は「3兆円もの巨大市場ながら、勝ち筋を明確に描けている」と自負する。

「まずはひたすらユーザーヒアリングして課題の“質”を磨く」「少数でもいいから、成功事例をつくる」──鶴氏が踏んだ事業開発のステップには、新プロダクト開発のベストプラクティスがつまっていた。

  • TEXT BY YUKO TAKANO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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“衣服生産のプロ”ですら課題はある。プラットフォーム構築を目指すシタテルの野心

2014年に熊本で創業したシタテルは、当初から「衣服生産プラットフォーム」を掲げてきた。生地の選定から工場探しまで、生産工程をシームレスにつなぎ、誰もが衣服をつくれる場を実現しようとしている。全国各地にある工場との交渉やシステム開発を地道に進め、2018年には「ようやくプラットフォームとしての土壌が整った」と鶴氏。

2019年には、プラットフォーム利用者を「DNB(デジタルネイティブブランド)」「CO(事業会社)」「プロブランド(アパレル専門ブランド)」に分類。既に提供していたフルカスタマイズのメニューに加え、分類ごとに生産管理システムの提供をスタートした。

DNBをメインターゲットとした「SPEC」、事業会社向けの「CSTM」に続いて、2019年12月にはプロブランド向けの「ダイレクト取引」がリリースされた。

ダイレクト取引は、取引工場とのコミュニケーションや生産管理を一元化するシステムだ。

利用するプロブランドは工場とのコミュニケーションコストを下げられ、生産が追いつかない場合などにはシタテルが持つネットワーク内の工場を借りられる。工場側もExcelや手書きでまとめていた生産管理を効率化できる。まさしく、Win-Winの状態を実現する。

プロブランドは洗練されたオペレーションを構築しているようだが、多くの課題を抱えており、シタテルの入り込む余地も残されているという。

生産管理の担当者が慢性的に不足していたり、デザイナーの一存で仕様変更が頻発して対応が重なってしまったり。工場とのコミュニケーショントラブルや、材料不足もよくあります。生地メーカーとコミュニケーションが取れないケースもあるようです。

国内アパレル市場の規模は約9兆円。現在はプロブランドと工場の連携を最適化することに注力しているが、将来的には生地メーカーや副資材メーカー、フリーランスのデザイナー、パタンナーなどにも参画を促す構想だ。

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社内システムを、いかにしてサービス化したか

そんなダイレクト取引のシステムは、もともとシタテル社内で運用していたものだった。

クライアントからどんなアイテムのオーダーが来ていて、アイテムごとの作業はどこまで進んでいるのか…メールやFAX、電話などさまざまな手段で工場とやりとりしながら把握していた情報を一元管理するシステムを自社で開発しました。

改善を繰り返すうちに利便性が高まり、チームの生産性も高まってきたため、自社にとどまらずブランドさんにも使ってもらうべきだと思ったんです。

提供に踏み切ったのは、シタテルが構想する「オープンな市場」を実現するためである。

「もともと提供していたフルカスタマイズ型のメニューラインだけでも、お客様には喜んでいただけている」と鶴氏。しかし、価値提供のスタイルが労働集約的ゆえ、サービスの成長スピードも人的リソースに依存しがちだ。

また、クライアントごとの要望に合わせたカスタマイズサービスだけでは、衣服市場の全体最適を実現するのは難しかった。

よりスピード感を持って、市場をより強くしていくには、情報の非対称性を取り払ってオープンにして、誰でも自由に商売できる経済圏をつくらなければいけません。

情報の非対称性は、衣服業界の各所で見られる。たとえば、生地の展示会。生地メーカーの多くは、定期的に新作披露の場を設けている。大きなブランドであれば展示会前に生地メーカー自ら新作を見せにいくというが、規模の小さなブランドは毎回展示会に赴かなければ、新しい生地に出会うことは難しいと言われているのだ。

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最初の2ヶ月間、開発には一切手をつけなかった

そうしてダイレクト取引の開発が本格的にスタートしたのは、鶴氏がリーダーとしてアサインされた2019年7月。当初は、以前FastGrowでもインタビューしたCTO・和泉信生氏と2人体制だった。

CTOを巻き込みながらも、最初の2ヶ月は開発には一切手を付けず、ユーザーヒアリングに専念した。方向性が定まらない状態で開発を進めるのはリスクが大きいからだ。

課題が磨かれていない状態でアウトプットを出すのは危険だと思っています。もちろん、社内システムをそのまま客先へ持っていき、ユーザーの反応を伺うこともできました。でもそれって、いきなりソリューションを見せちゃうことになるんです。

「この項目が多すぎるから使いづらい」「ここはボタンだけで進めるようにしてほしい」など、改善要望はたくさんもらえるでしょう。しかし、そのソリューションで解決できる課題がそもそもブランドにとって大した課題ではなかったら、リリースしても結局使ってもらえません。

ですから、課題の質を高める前にソリューションを磨くのは無駄が多いんですよ。だから、「何がしんどいですか」「何が嬉しいですか」と、先入観なしに、ゼロベースでひたすらユーザーヒアリングを実施したんです。

その内容をもとに、和泉と2人で、2ヶ月かけて課題の質を磨きあげていきました。この作業が極めて重要です。重要な課題さえ特定し、コンセンサスが合えば、開発の方向性が明確になりますから。

元マッキンゼーで、現在ヤフーのCSOを務める安宅和人氏の著書『イシューからはじめよ』にも同様の話が載っている。

バリューのある仕事とは、「イシュー(問題)度」と「解の質」が高いものであり、「『イシュー度』の低い問題にどれだけたくさん取り組んで必死に解を出したところで、最終的なバリューは上がらず、疲弊していくだけ」。真に重要なのは、問題解決ではなく課題設定なのだ。

僕らが、業界のあるべき理想像や自社のミッションをどれだけ語っても、日々の業務に忙しいクライアントからしたらピンと来づらい。「ふーん、そう考えてるんだね」ぐらいにしか思われません。「じゃあ買おう!」とはならないんですよ。クライアントにとって喫緊の課題を解決しようとしなければ、興味を持ってもらえません。

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市場開拓のポイントは、“最初の5社”を成功させること

直近の目標は「最初のクライアント5社を成功させること」だ。最初の5社に徹底的に寄り添い、成果を出して、じわじわと広めていく。これこそが最も効率的な新規獲得手法になると鶴氏は考えているのだ。

大手企業もカスタマーサクセスやクライアントコミュニティ作りに注力していることからもわかるとおり、BtoBのクラウドサービスは、圧倒的な成功体験を持つ顧客を少数でも持てるかどうかが勝敗を決する。

プッシュセールスや広告経由のユーザーは、使いこなせなかったら「ツールが悪い」と感じ、すぐに離脱してしまう場合がほとんどだ。一方で、知人からの紹介や、周囲から高い評価を聞いている場合には異なる様相を呈する。

多少ツールに難があっても、「うまくいった事例」がインプットされているがゆえに、ユーザーがなんとかうまく使いこなそうとしてくれるからだ。成功をおさめ、満足したクライアントが周囲に推奨してくれることこそが、何よりも強力な広告になる。

僕にとってはSlackも、まさしくそうでした。みんなが勧めてきたけれど、当時は英語版しかなかったし、メンションの意味もわからないし(笑)。それでも自分が慣れていないだけだと思って、がんばって活用しようとしました。

シタテル内でも、クライアントを成功に導くカスタマーサクセスチームも整備している最中だ。求めるのは、顧客に寄り添いながら“型”を作っていける人材である。

ダイレクト取引と同じように、今後もどんどんメニューを増やしていく予定です。型化して浸透させ、新しいメニューが増えたら、また型化しては浸透させるのを繰り返す──今のシタテルは「0→1」「1→10」のどちらも経験できる環境なんです。

しかも、さまざまな業界の第一線で活躍してきた人材が集まってきています。アクセンチュアやKPMGといったコンサルティングファーム、リクルート・アマゾンジャパン・セールスフォース・ドットコム・商社などの大手企業、さらには投資銀行まで、多様な出身者がいます。

以前FastGrowでインタビューした際にも語ってくれたように、鶴氏は衣服業界は未経験だった。だが、「衣服業界を経験しているかどうかはあまり関係ない」と語る。

学びと実践を繰り返すことが大事です。僕も業界未経験で分からないことだらけでしたが、先輩経営者に会っていろいろ教えてもらいながら、ビジネスを推進してきました。今回のダイレクト取引立ち上げにあたって、今回お話した内容もほとんど、先輩方から教えていただいたtipsばかりです。

立ち上げたばかりのビジネスは不安定で、すぐに状況が変わる。どんな状況になっても柔軟に打ち手を変えられるよう、持てる限りの手札を用意しておくべきだと思います。

今後入社する社員にも、社外からどんどんインプットしていく姿勢を求めたいですね。

鶴氏が、業界出身者でないにもかかわらずコミットし続けるのは、「衣服ならではのおもしろさ」を知ってしまったからだ。

日本には、高齢化の波が来ている業界が多い。でも、ファッションの担い手は若者です。

衣服業界に身を置いていると、最新の消費トレンドに触れ続けられ、かつ、最新のマーケティング手法を追い続ける必要があるため、常に自分の感覚をアップデートできます。若者の感性についていけないこともありますが(笑)、精神的に老けにくくて、おもしろい環境だと思います。

若々しい笑顔を見せながら話す鶴氏の姿からは、その言葉に嘘のないことが伝わってくる。

基盤を整え、昨年は累計20億円の資金調達を実施したシタテル。万全の体制を整えた今、ダイレクト取引のリリースを皮切りに、衣服業界変革への歩みを着実に進めていく。

こちらの記事は2020年02月04日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

高野 優子

フリーの編集、ライター。Web制作会社、Webマーケティングツール開発会社でディレクターを担当後、フリーランスとして独立。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

校閲

佐々木 将史

1983年生まれ。保育・幼児教育の出版社に10年勤め、’17に滋賀へ移住。フリーの編集者、Webマーケターとして活動を開始。保育・福祉をベースにしつつ、さまざまな領域での情報発信や、社会の課題を解決するためのテクノロジーの導入に取り組んでいる。関心のあるキーワードは、PR(Public Relations)、ストーリーテリング、家族。

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