どうなる、日本の衣服産業。
DXとサステナビリティがカギを握る、大変革の舞台裏──ローランド・ベルガー福田×シタテル河野
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『2030年アパレルの未来 日本企業が半分になる日』──業界に携わる人であれば目を疑いたくなるような書籍が2019年6月に発売された。そのドラスティックな変化を解説したのは、欧州最大のコンサルティングファーム、ローランド・ベルガーの福田稔氏だ。
しかし、2020年にはさらなる衝撃が待っていた。世界を襲った新型コロナウイルス感染拡大の影響により、衣服産業に関わる有名企業が次々と倒れていったのだ。3月には英ファッションブランド『ローラ アシュレイ』が経営破綻。6月には米高級百貨店『ニーマン・マーカス』が、7月には米紳士服ブランド『ブルックス・ブラザーズ』が破産申請をした。国内でも、4月に英ファッションブランド「キャス キッドソン」の日本法人が破産、5月にアパレル大手『レナウン』が民事再生手続きに入っている。
この現状を福田氏はどう捉えているのか。そして、生き残る道とは。福田氏が社外取締役を務める衣服産業のデジタル化に取り組むスタートアップ、シタテル代表の河野秀和氏とともに話を伺った。
- TEXT BY SHINTARO KAZUHARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
今後10年で起きるはずの変化が、3倍の速さで起こる可能性
福田今後10年で起きると予測していたアパレル産業のシュリンクは、コロナ禍で加速しています。自著では現在9.2兆円ある国内市場が、単価の下落に伴い2025年には8兆円になると予測しました。しかし、緊急事態宣言の影響で、すでに同程度の数字になっている。収束するタイミングが遅ければ遅いほど悪影響を与え、最悪の場合、2020年の市場規模を30%以上縮小させる可能性もあります。
著書で“2030年”と語られていた未来が、すぐそばに来ているのだ。福田氏は「この2〜3年で、10年後に予測していた水準になる可能性すらある」と言う。衰退の要因は、衣服産業の業界構造にあるという。
福田これまで日本の衣服産業は、雑誌やテレビなどの媒体を通して消費を喚起してきました。いわゆる“トレンドビジネス”としての側面が強く、中間価格帯の規模が非常に大きかった。それが、ファストファッションの台頭や消費者の変化にともない、市場はグローバルと同じように低価格帯と高価格帯へ二極化していきます。中間価格帯のトレンド市場を中心に、企業の新陳代謝が進むでしょう。
市場が急変する一方、福田氏はこのコロナ禍で、もうひとつの変化に興味を寄せている。サステナビリティに対する意識だ。
福田ローランド・ベルガーでは、2020年7月にパンデミックによるライフスタイルの変化をグローバルで調査しました。これによれば、衣類の「購買決定要因」の中で、「サステナビリティ」の重要度は世界的に見ても増している。しかも、コロナ前後で最も変化しているのが日本なんです。
日本各地を襲う大型台風や水害、酷暑、世界各地で度々起きる大規模な山火事など、50年に一度の自然災害が毎年起こるようになっています。サステナビリティは急激に注目される要素のひとつになっています。
衣服産業は、環境負荷が高い。ウールをとるために飼育されるヒツジやヤギなどの反芻動物は、温室効果の高いメタンガスを排出する。衣服を作るには大量の水も必要だ。WWFによれば、コットンから1枚のTシャツをつくるためには2700リットルもの水が消費されるという。国連は、衣服産業が全世界の排水の20%、温室効果ガスの8%を生み出していると指摘する。サステナビリティに対する責任は非常に大きい。
福田市場構造の変化と、生活者の価値観の変化。アパレル企業は双方と向き合っていかなければ生き残れない。文字通り、時代の節目にさしかかっていると感じています。
衣服産業のDXトレンドは「販売から、生産へ」
一方、この半年ほどで業界を問わず注目されたものもある。DXだ。2020年8月に実施された日経新聞の調査によると、2020年度の企業のIT投資計画額は前年度実績比で15.8%増える見込みだという。これは衣服産業にとっても他人事ではない。
福田DXにはトップラインに効くものと、ボトムラインに効くものがあります。アパレルの場合、販売系のDXは前者、生産系のDXは主に後者にあたります。
緊急事態宣言前に販売のDXを終えていた企業は、ECを通して事業を継続できたため、攻めの経営判断ができる。ここからは、一気に生産のDXにも取り組もうとしています。しかし、販売のDXに手を付けられていなかった企業は大打撃を受け、投資もできない。明暗が分かれてきています。
多くの製造業がそうであるように、衣服産業も工場とのコミュニケーションや管理など、生産プロセスはまだまだアナログな企業が多い。その中で、生産工程のデジタル化に長年取り組んできたのがシタテルだ。
2014年の創業以来、衣服生産プラットフォーム『sitateru(シタテル)』をはじめとするプロダクトを通し、作り手を支援してきた。そこで培ったアセットと経験を詰め込んだ『sitateru CLOUD(シタテルクラウド)』は、現在特に注目を集めているという。
河野『sitateru CLOUD』は、生産プロセスの情報管理や縫製工場とのコミュニケーション、衣服の消化率の課題を解決すべく販売支援機能など、衣服サプライチェーンにおけるワークフローをデジタルで支援するプロダクトです。2020年4月にリリースしたのですが、自分たちでDXを進めようとしていたブランド事業者や大手繊維関連企業など、多くの企業様に興味を持っていただき導入が進んでいます。各社、この機にDXをやりきるという気概が感じられますね。
福田氏はこうした生産のDXは、単なるプロセスのデジタル化にとどまらないと予測する。背景には、グローバルサプライチェーンの限界が露呈したことにある。
福田コロナ禍では、グローバルサプライチェーンが機能しないことが大きな問題になりました。人件費の安い海外拠点で生産した商品が、消費地域へ届けられない事態に陥ってしまったのです。このような事態を防ぐべく、今後は国内産地も活用しながら柔軟なサプライチェーンを構築していく企業も現れてくるでしょう。その時に、『sitateru』のようなサービスは大きな役割を果たすはずです。
河野『sitateru』では、日本各地の多様な衣服生産拠点を包括し、最適な場所、最適なプロセスで都度生産できる仕組みを構築しています。サプライチェーンのような直線的な工程ではなく、サプライヤーのネットワークで生産するイメージです。『sitateru CLOUD』の導入は、そのネットワークにつながることでもある。企業がより柔軟な生産体制を築く一助にもなっていくでしょう。
価値観の多様化、サステナビリティの前提となる、受注生産
一方、サステナビリティ意識が高まる生活者に対しては、企業はどう対応すべきだろうか。
福田まずは、環境負荷の可視化から始めるべきです。
例えば、サステナビリティの分野で高い評価を得ているパタゴニアは、2025年までに事業活動全体にわたって排出された二酸化炭素を相殺することを目標としています。この取り組みは、前提としてサプライチェーンの中でどのくらいの二酸化炭素を排出しているか知っている必要がある。各工程の活動を緻密にトレースし、環境負荷を知った上で、対処の道筋を見つけていくんです。
サステナビリティを考える上で重要な数値のひとつに、「衣料の消化率」があると河野氏は語る。現状の国内消化率は60%ほど。つまり、作られた服の半分近くが捨てられている。この課題に、シタテルは受注生産というアプローチで挑んでいる。
河野我々が提供する『SPEC(スペック)』は、衣服の受注・販売・生産をワンストップでできるサービスです。注文を受けてから生産するため、無駄な在庫が生まれる可能性は基本的にありません。
SPECを通し衣料消化率を70%ほどまで引き上げたい。そうすれば、国内に10億点あるといわれる在庫点数を、大きく引き下げられます。もちろん、一社で実現できる数字ではないですが、市場に対してこのような取り組みからモメンタムを形成し業界全体に変化を促す役割になるはずです。
福田氏も、この言葉に深くうなずいた。消費者の価値観が多様化し、大きなトレンドがなくなっていく衣服産業において、受注生産は欠かせなくなると考えるからだ。
福田20年ほど前には、ユニクロのフリースが1シーズンで2600万枚売れるという一大ブームが起きましたが、今後同じような現象はおそらくおきないでしょう。
価値観の多様化、D2Cの普及などもあり、もっと小さな規模で多様な服のあり方が求められていくはずです。そのような世界では、受注生産が相性が良い。サステナビリティの意識が高まるのも加味すると、積極的にこの生産スタイルを選ぶ事業者は増えてくるでしょうね。
服の持つ意味、「財布の出所」すら変わるという可能性
市場の二極化にサステナビリティの注目、DXの加速など、大きな変化の渦中にある衣服産業。厳しい市場のなかでも、両者は確かな勝ち筋を見いだしている。
福田現代は「モノ」自体の価値がなくなり、モノも含めた「ライフスタイル」が重視されている時代です。例えば、無印良品を展開する良品計画は、アパレルも、食料品も、インテリアも、不動産も販売している。彼らは「MUJI」というライフスタイルを売っているんです。
ですから、アパレル業界、化粧品業界というようなプロダクトカットでの捉え方では、正確に可能性を把握できない。ライフスタイルを提供する企業として考えれば、違ったチャンスが見えてきます。
河野そうですね。実際、生活者側の「衣服を買う目的」も変わってきています。被服費としてだけでなく、趣味娯楽費から服を買うことも増えてきていますよね。すると戦う相手も変わるとともに、狙える市場も変わってくる。ライフスタイル市場全体を捉えていくことになるので、むしろ可能性は広がっているといえると我々は考えています。
河野実際にシタテルのお客様には、アパレルブランドだけでなく、一般企業やインフルエンサーやスポーツチーム、コンテンツ・IPホルダーなども増えています。彼らは服を「着るもの」として消費するのではなく、「そのコミュニティにおけるコミュニケーションツール」として活用していたりする。服の持つ意味さえも、変わってきているんです。
実際、シタテルでは衣服出身以外にも、エンジニアやビジネスプロデューサーなどの人材が多いという。業界の既成概念にとらわれない視点が、同社の事業を支えている。
河野我々の強みは、多様なバックグラウンドを持つ人材によって実現できる、これまでにない事業創造です。福田さんのお話にあったように、衣服産業の変革はコロナ禍でさらに加速し我々の掲げる「人・しくみ・テクノロジーで衣服の価値を変える」というミッションは、ますます重要になった。激変するこの産業は、事業の可能性に満ちていると思いますよ。
市場はシュリンクし、消費人口は減少、生き残れる企業は半分。衣服産業のネガティブな将来図は、急激に現実のものになってきている。一方で、シタテルが示してくれたように衣服産業を捉え直せば、むしろこの変化がターニングポイントとなり可能性を生み出しているともいえるだろう。
次の10年間こそ、ラストチャンスだ。いまこそ創造的破壊に取り組まなければならない。──福田氏が著書の最後に記したこの言葉が、いよいよ現実味を帯びてきた。
こちらの記事は2020年10月19日に公開しており、
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1986年、横浜生まれ。野外フェス・社会・編集の3つの領域を仕事にするフリーランス。野外フェスの制作オフィス「アースガーデン」で、野外フェスの運営や広報、SNS運営の他、オウンドメディアの運営や執筆、編集を経験後、独立。フリーランスになってからは「Meet Recruit」や「XD」などで執筆する他「FUJI ROCK FESTIVAL」や「朝霧Jam」「ap bank fes」などの野外フェス制作にも関わる。
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藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
連載テクノロジーが最適化する10兆円市場〜衣服産業で起こる変革の兆し〜
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