優秀な人材が揃う大企業で、イノベーションが起きない理由とは?
TMIPキックオフ・レセプションをレポート

登壇者
入山 章栄

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。

鎌田 富久
  • 株式会社ACCESS 共同創業者 

東京大学大学院 理学系研究科情報科学 博士課程修了。理学博士。株式会社ACCESSの共同創業者。東京大学在学中の1984年にソフトウェアのベンチャー企業ACCESS社を荒川 亨氏とともに設立。2001年に東証マザーズに上場し、グローバルに事業を展開。2011年に退任。その後、スタートアップを支援するTomyKを設立し、ロボットベンチャーSCHAFT(米Googleが買収)の起業を支援するなど、ロボット、AI、IoT、人間拡張、宇宙、ゲノム、医療などのテクノロジー・スタートアップを多数立ち上げ中。著書「テクノロジー・スタートアップが未来を創る-テック起業家をめざせ」(東京大学出版会)にて、起業マインドを説く。

斎藤 祐馬
  • デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 代表取締役社長 

2010年よりトーマツ ベンチャーサポート株式会社(現 デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社)の事業立ち上げに参画。2019年デロイト トーマツ ベンチャーサポート 代表取締役社長。公認会計士。世界中の大企業の新規事業創出支援、ベンチャー政策の立案まで手掛けている。起業家が大企業100人にプレゼンを行う早朝イベントMorning Pitch発起人。主な著書は『一生を賭ける仕事の見つけ方』(ダイヤモンド社)。新聞・雑誌・テレビ・オンラインメディア等、メディア掲載多数。「2017年 日経ビジネス 次代を創る100人」に選出。

篠田 真貴子

慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。同年 12 月から 2018 年 11 月まで同社取締役CFO。「アライアンス 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」監訳者。

関連タグ

2019年8月、大手町、丸の内、有楽町を指す「大丸有」と呼ばれる地区を起点にした「Tokyo Marunouchi Innovation Platform(以下、TMIP)」が発足した。

TMIPは「産・官・学・街」の連携によって社会課題を解決するオープンイノベーションの創出を目指すプラットフォーム。大企業同士だけにとどまらず、大企業とベンチャー企業・スタートアップを結びつけるコミュニティを大丸有地区に立ち上げた。

「大企業には優秀な人材が集まっているにもかかわらず、オープンイノベーションが起きにくい」と言われている。その課題は、ある地域に根ざすコミュニティの生成で改善されるのだろうか?そこには官民を貫くTMIPだからこそ考える勝算があるようだ。

本記事では、2019年10月に開催されたTMIPのキックオフ・レセプションの様子をレポート。イノベーション創出のための新たな「場」が、いかなる役割を担うのかを探った。

  • TEXT BY TAKAHASHI CHISA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TAKUMI OKAJIMA
SECTION
/

31社、30団体がパートナーとして参加。地域絡みの実証実験もサポート

大丸有地区は、4,300社の企業と28万人の就業人口を抱える、世界でも有数の高密度なビジネスエリアだ。日本を牽引する数々の大企業が本社を構えるほか、近年はEGG JAPANグローバルビジネスハブ東京FINOLABInspired.Labといったイノベーション創出を目指す施設が増加し、スタートアップも集まりはじめている。

また大丸有地区では、先進技術の実証実験も積極的に行われている。自動運転バスの走行、ドローンによる地下洞道の点検、セグウェイを活用した街のコンシェルジュサービスなどだ。

その上で、TMIPが今回始動したのは、「場」を起点とするイノベーションをより加速させるためだという。TMIPは大丸有地区に集まった数々の企業と産官学の交流・連携を促進し、共同プロジェクトの創出を目指す。大丸有環境共生型まちづくり推進協会がプロジェクトを主導し、現在、会員として31社の企業と、30の学校法人や自治体がパートナーとして参加している。

TMIPの主旨について解説する、TMIP代表 佐野洋志氏

TMIPは会員向けに、提携候補先の探索や紹介、大丸有地区で働く人びとや来街者を対象にしたサービス開発におけるニーズの検証支援といった、事業化に向けたサポートを一貫して行う。また、実証実験に際しての諸官庁との調整業務なども支援する。

また、会員参加型のイベントやワークショップを用意し、さまざまな分野の専門家やTMIP会員に向けて、会員同士や産学官のパートナーとのネットワーキングやナレッジシェアの場を提供。政策提言や規制緩和に向けた検討会などの活動と併せ、イノベーション創出の促進を目指すという。

すでにTMIPが支援を始めているプロジェクトもある。この日は、大丸有地区のエレベーターに設置された地震計を活用した防災の取り組みや、ドローンを利用した建物警備の効率化を目指す実証実験などが紹介された。

また、イベントには東京都知事の小池百合子氏も参加。人口減少や少子高齢化に伴って社会構造が変化するなか、「大丸有を起点に新たなビジネスが生まれていく好循環を根付かせたい」と、新たに生まれる社会課題を解決するためのエコシステム形成への意欲を語った。

SECTION
/

リアルにつながれる「場」こそが、イノベーションの起点になる

イベントでは、「イノベーションが起きる条件」を主題としたパネルトークも開かれた。

スタートアップ支援を主事業とするTomyK代表・鎌田富久氏、デロイトトーマツ ベンチャーサポート代表取締役・斎藤祐馬氏、翻訳本『ALLIANCE 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』の監訳を務めた篠田真貴子氏が登壇。早稲田大学 大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授の入山章栄氏がモデレーターを務めた。

左から、早稲田大学大学院 早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授 入山章栄氏
TomyK Ltd. 代表/株式会社ACCESS 共同創業者 鎌田富久氏
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 代表取締役社長 斎藤祐馬氏、篠田真貴子氏

冒頭、入山氏は「イノベーションの父」と呼ばれた経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが、著書『経済発展の理論』内でイノベーションを「新結合(new combination)」と書いたことに言及。「異なる『知』同士がつながって生まれる新結合こそがイノベーション」だと語った。

しかし、いまだに終身雇用が根強い日本では、人、モノ、情報の流動性が十分とは言えない。つまり、イノベーションを起こすには、普段は関わりを持たない企業同士が、規模や業種を超えて交わることが必要なのだと述べる。

斎藤氏は「日本企業は近接地域に集まっていることが多い一方、企業間連携が薄い」と指摘。他社と積極的に交わることの重要性を強調した。

斎藤大切なのは「各企業のキーマン同士がつながる」ことです。さまざまな企業に所属する、強い権限を持つ人や優秀な若い人がリアルに集まれるプラットフォームがあれば、新しいイノベーションが生まれると考えています。

篠田氏も「どこでも情報を手に入れられるインターネット時代だからこそ、リアルな場のつながりに価値がある」と同意する。

現状でも大企業においてオープンイノベーションの創出を担う部署は、積極的に他社とのつながりを求めている。ただ、担当者が異動してしまうと、そのつながりが活かされない傾向にあるという。変えていくべき風潮のひとつだ、と篠田氏は話す。

篠田私が知る限り、互いの企業の担当者が元々の知り合いであるケースほど、 企業間連携がうまくいっていることが多いです。解決したい課題が見つかったとき、「そうだ、あの人に相談してみよう」と思い浮かぶような人間関係を構築しておくことが、イノベーションにつながるんです。

SECTION
/

“着火型人材”が接点を持てば、イノベーションにつながる

数多くのベンチャー企業を支援してきた斎藤氏は、大企業でイノベーションが起きにくい理由として、「“着火型”の人間がいない」と指摘。強い内発的動機にしたがって、成功のために粘り強くプロジェクトを推進できる人材のことだ。

斎藤さまざまな企業の人たちと仕事をしていると、「驚くほど優秀だ」と思える人材は、ベンチャー企業やスタートアップよりも、むしろ大企業に多くいると感じます。しかし、大企業からイノベーションが起きる事例は少ないですよね。これは、大企業に着火型の人が少ないうえ、そういった人たちが権限保持者であるケースが極めて稀だからだと考えています。

しかし、大企業の人たちも、ベンチャー企業やスタートアップにいる着火型の人たちと働けば、その熱量の影響を受け、イノベーションを起こせるようになるはず。たとえば、ベンチャー企業へ出向したり、ベンチャー企業との共同プロジェクトに参加したりした人が、たった1年で著しく変化した例を、これまでたくさん見てきました。

エンジェル投資家として複数のスタートアップを支援する鎌田氏も、強い熱量を持った人の近くで働くことの重要性を指摘。さらに、「大企業とスタートアップが交わることで、これまでになかった規模のイノベーションが起こるはず」と期待を寄せる。

鎌田日本にもたくさんのスタートアップが立ち上がり、なかにはハードウェアをつくる企業も増えてきました。しかし、WEBサービスをつくってきた従来のスタートアップと同じやり方では、彼らが事業を成功させるのは難しい。なぜならハードウェアをつくるにはお金がたくさん必要だからです。

日本のベンチャーキャピタルは諸外国と比べるとまだまだ小規模でもあり、100億から200億規模のファンディングは難しい。しかし、多大な資金を持つ大企業と組めば、これまでにない規模の企業が生まれることもあり得ます。

「大丸有から、新たな成功モデルが生まれると期待している」との鎌田氏の言葉で、パネルトークは終了した。

左から、内閣府 政策統括官 イノベーション創出環境担当 企画官 石井芳明氏
Sozo Ventures 創業者 Phil Wickham氏
日本ベンチャーキャピタル 執行役員 照沼大氏
エンデバー・ジャパン マネージングディレクター 眞鍋亮子氏

その後、TMIPアドバイザーである内閣府の石井芳明氏、Sozo Ventures創業者のPhil Wickham氏、日本ベンチャーキャピタル執行役員の照沼大氏、エンデバー・ジャパンの眞鍋亮子氏が登場。

石井氏は、「イノベーションにつながるコミュニティをつくるため、政府も積極的に連携していきたい」と内閣府の意向について言及した。

照沼氏は「お金を運ぶという意味で、都市は大きな役割を担う。TMIPを通じ、大企業とベンチャーをつなぐ架け橋になりたい」とベンチャーキャピタリストの視点からコメント。

眞鍋氏は「今日はスタートでしかなく、これから何ができるかが重要になってくる。アドバイザーとして、変化を起こせるよう尽力したい」と意気込みを見せた。

大丸有地区のOPEN INNOVATION FIELD化を推進する、三菱地所 代表執行役 執行役専務 千葉太氏

最後に、三菱地所の千葉太氏も登場。「これまで大学やスタートアップの方々と連携し、先端技術を活用した実証実験を行ってきました。今後はデータ活用によって街・社会に新たな価値を生むために富士通と設立した『丸の内データコンソーシアム』などを通じ、TMIPの会員として得られる機会をフル活用し、さらなるオープンイノベーションの創出に挑んでいきたい。当地区のOPEN INNOVATION FIELD化を促進させるべく、TMIP会員の皆様との連携をより深めていければと思います」と話した後、参加者の交流会が開催された。

2018年にBCGが行った、8ヶ国の1,700社を超えるさまざまな規模や業種の企業を対象に行った調査で、経営層の多様性が企業のイノベーションによる売上高と相関することが分かっている。

TMIPの取り組みにより、さまざまなバックボーンを持ち、異なる価値観や考え方を持つ多様な人びとの出会いは増えるはずだ。そして、大丸有地区で接点を持った人びとが小さなプロジェクトを始め、いずれは社会を変えるようなイノベーションにつながる。そのような未来に期待できるのではないだろうか。

こちらの記事は2019年11月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

高橋 ちさ

PR会社に10年以上勤務したあと、2017年からフリーランスPRに。企業のPRを支援しながら、ビジネスメディアやIT系メディアを中心にフリーライターとして活動することも。

写真

藤田 慎一郎

編集

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン