連載私がやめた3カ条

個人の感情はもういらない──Another works大林尚朝の「やめ3」

インタビュイー
大林 尚朝

複業エバンジェリスト。1992年生まれ、大分県出身。早稲田大学法学部卒業。パソナグループに新卒入社後、株式会社ビズリーチ(現.ビジョナル株式会社)での事業立ち上げ経験を経て、2019年、株式会社Another works創業。著書『スキルマッチング型複業(副業)の実践書』。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」。略して「やめ3」。

今回のゲストは、成功報酬無料の複業マッチングプラットフォーム『複業クラウド』を提供する株式会社Another worksの代表取締役、大林尚朝氏だ。

  • TEXT BY SHO HIGUCHI
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大林氏とは?──根底に深い“愛”を抱きながら、理性で導くクールな起業家

「全員が認め合っている状態で仕事ができる組織を作りたい」と語る株式会社Another worksの大林尚朝氏。この言葉だけを聞くと、“熱血”と形容したくなるところだが、その語り口は非常に理知的で、淡々としている。きわめてクールな印象を受ける。

同氏が代表取締役を務めるAnother worksは、即戦力となるような複業人材に企業が直接アプローチできるプラットフォームサービス、「複業クラウド」を運営している。すでに累計1,000社以上に導入されており、最近もシリーズBで総額約4.6億円の資金調達を実施するなど、順風満帆だ。

「個人の感情は捨てました」「より社会にインパクトのある会社にすべく、徹底したコミュニケーションラインをつくっています」とも語る大林氏。これだけ聞くと、冒頭の台詞と矛盾しているようにも聞こえるだろう。しかし、全ては論理的思考から導かれた必然的帰結だ。以下、大林氏ならではの独自の思考と意思決定の全貌をお見せしよう。

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「個人の感情」と決別した

経営者は日々の意思決定に追われている。ほんの些細な意思決定のミスが、組織や事業全体の成長に悪影響を与えることもあるだろう。それだけに、意思決定の精度を高めることは、全ての経営者の課題である。

大林氏はそこで、「個人の感情」と決別するという選択肢を取った。

大林売上が立ってきて1年を過ぎたあたりから、経営が軌道に乗ってきたことを知ったのか、周りの人からよく声がかかるようになってきたんです。「入社したいです」だとか、「うちのツール使ってよ」だとか。

大林個人としての感情は、友人の誘いはできればOKしたいところです。個人として、会社に魅力を感じてもらえるほど嬉しいことはありません。でもそれは、経営者として時には誤った意思決定になると思うんです。

このことを強く感じたので、早い段階から、経営に関する判断に私個人の感情が入り込む余地を完全になくしていこうと決めました。

一理ある、と思う読者も少なくないだろう。とはいえ、創業期ならある程度、感情を基にした意思決定もあるものだろう。なぜ、そのタイミングだったのか。何か決定的なエピソードがあったのだろうか。

大林会社を立ち上げたばかりで人が必要なときは、「入社したい」と言ってくれる人が全員、いい人に見えるんです。みんな輝いて見えました。

そんな中である時、早い段階で「入社したい」と言って面接に来てくれたエンジニアさんがいました。私としては「ぜひ入社してほしい」という判断をしようとしたのですが、CTOが「将来的にAという技術が必要になるけど、この人はBという技術の方が得意なので、残念ながらミスマッチかもしれない」ということを伝えてくれたんです。

そこで「ハッ」としました。「危ない危ない」と。結局現場で働くことになるのだから、現場のトップが採用に携わらないといけないし、私個人の感情で考えてはいけないと強く感じましたね。

そのようなことがいくつも重なって、やはり個人の感情よりも重要なことがたくさんあるとわかってきました。そこからは大林個人としての感情と、経営者の感情の二面をしっかり分けて生きることにしました。

IPOやその先の未来を目指す会社として、シビアな意思決定をしていかなければならないですから。

しかし、どのような経営者であれ、「個人の感情は捨てよう」という思いは多少なりともあるだろう。具体的に、どのようなことなのか。

大林例えば採用基準は、私の感情に左右されないよう、正社員が5名以下の段階で厳格に決めました。ステップごとに質問を決めて、特定の質問に対してどういう答えが出れば次の選考に進む、といったことも細かく決めています。そのおかげか、社員40名程度になった今でも、採用については大きな問題は起こっていません。

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社内チャットをやめた

リモートワークが増えて、社内チャットの煩雑さに悩まされている起業家も多いだろう。しかし、社内チャットを一切しない起業家がいるとすればどうだろう。一体どういう理由からなのか、気になるはずだ。なぜ大林氏は、社内チャットをやめたのか。

大林昨年の8月にコロナにかかってしまい、数日間はチャットも見れず、限られたメンバーとしか連絡が取れない状況が続きました。そこで権限移譲に踏み切りました。

でもいざ権限移譲してみると、チャットを見る必要がなくなった。現場の部門長が仕事を回してくれたからですね。そこでもう、現場メンバーとのチャットに入らないようにして、現場近くのチャットのやり取り自体を見ないことにしました。

なかなか大胆な決断にも思えるが、もちろん先を見越しての話でもある。見据えていたのは、組織拡大における「30~50人の壁」だ。

大林成功している先輩起業家たちのアドバイスを聞くなかで、30人〜50人程度の時期に組織崩壊の危機が訪れることは知っていました。たいていの場合、社長が現場に口を挟みすぎてしまい、マネージャーと社長のどちらの言葉を信じたらいいのか現場社員が判断できず、組織崩壊が起こるといいます。マネージャーも耐えきれなくなってしまうんですね。

そのようなことにならないよう、いずれは権限移譲しなければならないと思っていたのですが、いい機会だったので、そこで現場の部門長に権限移譲しました。

権限移譲したからには、徹底しなければならないので、手始めにチャットを見るのをやめたんです。

スタートアップのオフィスは、ワンフロアで社長とフラットに話せるようになデザインになっている場合が多いと思います。私は逆に権限移譲を徹底するべく、社長室を作ってそこで仕事しています。社長の私に現場社員が忖度しないようにするためですね。

どこまでも論理的であり、意思決定の精度を高めるために緻密に考え尽くしている。そんなことを思わされる仕組みが、まだまだある。

大林メンバーとの飲み会を開くのもやめました。飲み会をすると、その次の日にした意思決定でも「飲み会で決めたのか」と思われてしまう危険性があるじゃないですか。それは誤解を招き、よくないですよね。

弊社では、月に1回、「変革会議」を開催しています。直接社長に何でも提案できる会議です。本当に些細なことでもいいんですよ。「扇風機がほしい」とか、「朝会でこれやりたい」とか。で、その場で意思決定します。意思決定の透明性をどこまでも高めたいんです。

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祝福文化をやめた

褒められたい。それは人間の根源的な欲求の一つであり、その欲求を持っていること自体が責められるべきことではない。全ての人間が褒められたいのだ。組織経営において、そのようなメンバーの欲求をどのように満たし、お互いに安心して働ける環境を作るかということは、非常に重要な観点であろう。

社内の不毛な派閥争いや、部門間争いは会社が大きくなればなるほど感じることが増えるのではないでしょうか。Another worksではこうしたことが起こらないよう強く意識していた。

そうして、早い段階から打った対策が、「祝福文化をやめる」ということだった。

大林全員が認め合えるような環境をいかに作るのか。そこは最初から考えていました。心理的安全性が高い組織を作った方が、みんな居心地よく働けるはずだからです。

そこで考えたのが、祝福文化をやめて、感謝する文化を作ること。

弊社では、会社の9つのバリューのうちの1つに「Heartful time(感謝を伝える)」を入れています。このバリューを徹底的に守らせる。バリューを守らない社員は、社員ではない。そのくらい徹底しています。

9つあるAnother worksのバリューのひとつ「Heartful time」(同社提供)

祝福文化をやめて、感謝する文化にした。これだけ言われても、さっぱりわからないことだろう。具体的にはどのような実践になるのか。

大林「おめでとう」ではなく、「ありがとう」と伝えてもらうようにしています。例えば、営業が受注したときに、営業に「おめでとう」と言わず、「ありがとう」と伝えるんです。

「ありがとう」だと、主語は社員個人ではなく、会社になるんですね。「会社のメンバーの1人として、あなたが受注してくれたことは、会社への貢献だから嬉しい。だから「ありがとう」なのです。

そして思っているだけではダメで、伝えることが重要です。弊社では週に1回、「ハートフルタイム」といって、全社員が「今週はこの人のこれがよかった」と感謝を伝える場を設けています。対面でもチャットでもいいので、感謝を伝える。

大林起業してまもない頃から、バリューとしても、場としても「感謝を伝える」を徹底させてきた結果、現在では自然と社員が感謝を伝え合っています。対面でも、チャットでも、です。

インタビューにて社内チャットの一部を見せてもらったが、確かにみんな感謝し合っている。エンジニアがマーケターに、営業がエンジニアになど、内容も伝え合う関係性も本当にさまざまだ。社員それぞれが認め合える環境で働ける。それほど快いことはないのではないか。

「個人の感情は消し去りました」と述べた大林氏だが、その根底には“愛”がある。筆者はそのように感じたのだが、読者のみなさんはどうだろう。

こちらの記事は2022年12月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

樋口 正

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