連載私がやめた3カ条
「優秀」とかジャッジするの、もうやめよや──HERP庄田一郎の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。
今回のゲストは、スクラム採用を実現する採用プラットフォームであるSaaSプロダクト『HERP Hire』などを展開する、株式会社HERPの代表取締役CEO、庄田一郎氏だ。
庄田氏とは?:自身を疑い続ける起業家
さまざまなSaaSプロダクトが毎日のように登場する中、採用管理ツール(ATS)という事業領域で粘り強く戦い、複数プロダクト体制での上場とその先の日本社会変革まで見据えるHERP。つまり、SaaSも一つの手段でしかなく、ミッションに掲げる「採用を変え、日本を強く。」に向けて常に“あるべき”を追求する起業家が、この庄田一郎氏だ。
京都大学法学部卒業後、リクルートで営業やエンジニア新卒採用を担ったのち、起業を志して退職。エウレカ(『Pairs』運営企業)で採用広報責任者を務め、組織の急拡大を牽引した。その後、2017年3月にHERPを創業し、SaaSプロダクトを複数展開しながら、累計資金調達額は約15億円にのぼる。
そんな庄田氏の強みは、「自分自身を疑う」という点にあると言える。常に「今の自分には何が足りないのか」「何をどう変えれば、事業を前進させられるだろうか」といったことを考え続けた積み重ねの先に、今の姿がある。その中で、意識して「やめた」ことを聞くと、キャッチーながらも大胆で本質的なその思想が見えてきた。じっくり味わってほしい。
「優秀な人」というジャッジをやめた
この言葉を見て、ドキッとするビジネスパーソンは少なくないだろう。
仕事において初めて話すときにこの人頭いいんかいな、話通じるんかいなという視点とか、仕事できるのかほんまに頑張ってるひとなんかいなという視点で見定めにいってた気がする(今もなんならちょっとはありそう)
ここまで開けっぴろげに思考を吐露する経営者も珍しい。
HERPは採用支援SaaSの運営企業であるという理由から、「オープンな採用」にどの企業よりも本気で取り組む姿勢を見せる。SmartHRの「オープン社内報」に倣ったのかどうかは定かではないが、庄田氏やCOOの徳永遼氏が社内向けに書いた文章をそのまま公開することもしばしばある。
そのまま公開する、という意思決定の裏にあるのは、庄田氏自身が最も強く意識している「内省力」だ。以前、資金調達を発表したタイミングでしたためたnoteに、こう残している。
道中で自分の価値はなんなんだろうとか、周りの起業家と比べて凹みに凹んだり、社員の優しさに甘えかえって自分の自信をなくしたり。そしてこれも完全に私事ですが家族ができたことでまた一つ考えるきっかけが生まれました。本当に私が代表でいいのかとか、家族と幸せに暮らしていくことと起業家として心血を会社に注ぐことは両立し得るのかとか、いろいろな迷いに向き合ってきました。でもその度に最高のコミットで結果を出す社員、考えられないスピードで成長して成果を出す社員、そしてユーザーの方々のありがたいお言葉に触れ、間違ってなかったなと思うことを繰り返してきています。
庄田つまり、「人と人を比べること」をやめるようにしているんです。「優秀かどうか見定める」というのは、自分よりできるのか?と比べることですよね。そんなことをしても意味がないんですよ、違う人間なのだから。同じように、自分の会社をほかの会社と比べることも、意味がないのでやめました。自社の事業に専念するためには必要ないですからね。
このように、庄田氏自身、HERPという企業、ステークホルダー、さらには社会全体を広く見て、内省を繰り返しながら、あるべき事業の姿を追い求めてきた。
採用候補者の「優秀さ」を測ることこそが選考だ、と考えている人も多いはず。そうした思考に対するアンチテーゼとも言えそうな、庄田氏の考え。そもそも自身も京都大学法学部卒で、リクルートとエウレカで成果を残した後に起業しているのだから、絵にかいたような「優秀人材」だ。ましてやHERPには、高学歴で有名企業勤務を経験したメンバーがごろごろいる。
だが、そんな庄田氏が炎上リスクも承知の上で、「優秀というジャッジは、しないほうがいい」と公言しているのだ。やはりベンチャーパーソンは皆、このnoteの内容についてじっくり考えてみる価値がある。
権限移譲をやめた
庄田やめた、というか、正確に言えば「権限移譲しているという感覚がない」ですよ。
これは、過去のこのツイートについての話だ。
私は創業初期からどんどん自分がやることを社員に任せてきたし、なんなら社員の方がうまくできることの方が多いと思っているんですが、普通じゃないのかもしれない。権限委譲しているという感覚もない。
— Ichiro Shoda | HERP (@fabichirox) October 17, 2021
先に書いたように、リクルートやエウレカという名立たるベンチャー企業で成果を残してきたのが庄田氏だ。「自分で何でもやろうとしてしまう」というのが、起業家の悩みあるあるの一つでもある。FastGrowの取材でもよく聞く話だ。
だが庄田氏は創業初期から、権限移譲だけは自然に進めてこれたのだという。おそらくこれは、「採用支援事業を行う企業だから、採用で失敗するわけにはいかない」という使命感によるものだ。つまり、庄田氏をはじめとした創業メンバーらよりも、明らかに何かが秀でている人物を採用し続けることができたから、自然と仕事を多く任せてこれたのだろう。
もちろん、庄田氏の個性がそもそもそうだったとも言える。この点は、経営者としての強みだと、明確に言える。
どちらかというとベンチャー企業出身者が多く在籍していたのが少し前までのHERPだ。だが最近は、マッキンゼー・アンド・カンパニーで戦略コンサルタントを経験したり、野村証券の投資銀行部門でキャリアを積んだり、といった人材まで採用している。
庄田スタートアップ界隈で少ないパイを取り合ってもしょうがない。大企業側に、スタートアップで活躍できるポテンシャルのあるビジネスパーソンたちがまだ多くいるはず。日本のスタートアップエコシステムは、HR Techという手法で、もっと盛り上げることができると思っています。
この指摘に共感する経営者は、きっと少なくない。
クリエイティブの力に頼るのをやめた
権限移譲の話と同じく、創業初期の話。庄田氏が抱いていたのは「クリエイティブはセンス」という哲学。スタートアップなら当然、初めは人数も少なく、売り上げも少なく、顧客も少なく、それでも目標はものすごく大きい。アピールするために、自分たちを少しでも大きく見せよう、少しでも魅力的に見せよう、と必死で考えるフェーズがあるはずだ。
HERPでも同様に、ウェブサイトや発信コンテンツのクリエイティブにひたすらこだわり、持っている実力以上の見え方を意識していたという。
庄田思い返すと、クリエイティブにはめちゃこだわってました。HERPという企業がブランドとして良いものだという認知を得たいとか、他社さんとは一味違うと思われたいとか、そんな思いを強く持っていました。
スタートアップに関する情報が増える中、そこらじゅうにありそうな話だ。だが今の庄田氏は、そこに潜む大きなリスクを指摘する。
庄田シンプルに言えば、一番大事なのは信頼関係。それは社員同士もそうだし、ユーザーさんともそうだし、社会全体とすべての物事の間でもそう。そのためには、常に実直であること、つまりありのままであることがとても大事、と今は強く思っています。
「クリエイティブにこだわる」って、良いことのようにも思えるけれど、使いかたを間違えると、本当のメッセージがぶれてしまう恐れがある。採用でのミスマッチも、受注後のミスマッチも、こうしたことが原因で起こるんです。
長い目で見れば、自分で自分の首を絞めることになる。だから、クリエイティブの力に頼ろうとする気持ちがあってはいけません。
採用や資金調達において、未来の姿を大きく見せる必要性を感じ続けるのがスタートアップだろう。だが、絶対に盛ってはいけない、と庄田氏は力を込める。ありのままを評価してもらう、そのために、評価がぶれることのない成果を創出し続ける。言葉にすると当たり前のことのようだが、腹落ちして実践できているベンチャーパーソンはどれだけいるだろうか?
庄田氏の思想の転換から受ける刺激は、きっと小さいものではない。
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