2023年、資金調達もキーワードは“多様性”だ──事業視点から、マクロ/ミクロに見る資本政策の移り変わり

スタートアップエコシステムを俯瞰して見るならば、何よりも良い題材が「資金調達」だ。それは、経営者やファイナンス担当者だけでなく、事業に携わるすべてのスタートアップパーソンが、自分なりに観察し、世の中の動きを知るための考察に活用すべきである。

とはいっても、何かとっかかりは必要だろう。そこで年末年始を前に、FastGrowでもスタートアップの資金調達を振り返り、その様相や、読み解くためのキーワード、そして注目すべき具体事例をまとめてみた。

2024年が、日本のスタートアップエコシステム発展へとさらに進んでいくよう願い、読者それぞれが楽しんで読むことを期待したい。

  • TEXT BY TAKASHI OKUBO
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スタートアップの資金調達、前年比で金額・件数とも減少へ──一部の大型調達が目立つ格好に

STARTUP DB(運営:フォースタートアップス)のまとめによると、2023年1月1日~12月27日のスタートアップ資金調達額は合計9,027億円、調達件数は合計3,649件となった。同社が同じく2022年にまとめたところによると、2022年は調達額が合計1兆1,386億円、件数は合計3,717件だったため、暫定ではあるが以下のように比較ができる。

  • 2022年と2023年で、金額は約21%減少
  • 2022年と調達件数は約2%減少

資金調達をした企業に目を向けると、いくつかの事業領域が目立つ。約230億円の調達を発表したTelexistance(テレイグジスタンス)や、シリーズCラウンドで総額150億円の調達を発表したMujinを代表に、産業用ロボット事業を手掛ける企業が多額の調達を実施している。

また、「SDGs銘柄」となっていきそうな企業の調達も目に付く。設立2期目で累計28億円のシリーズA調達を実施したESG経営支援のゼロボードや、シリーズBで総額46億円の調達を完了した自然エネルギーの普及に取り組むパワーエックスがその代表例と言えるだろう。

ほかにも、SaaSビジネスで大型調達を実現する例もやはり存在する。法人支出管理サービス『バクラク』などを展開するLayerXシリーズAにして総額102億円を調達。ITデバイス & SaaS の統合管理クラウドを展開するジョーシスシリーズBで135億円を調達した。

また、今年らしい動きとしては、大企業とスタートアップによるさまざまな提携にも注目したい。2023年度の税制改正によってオープンイノベーション促進税制がさらに強まったことからも、国として後押しが必要だと認識していることがうかがえる。

オープンイノベーションの取り組みにはFastGrowも注目しており、以下の記事でその事例をまとめているのでぜひご覧いただきたい。

次のセクションからは、ここまでに挙げた企業も含め、特に改めて注目したい事例にフォーカスしていこう。

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新たな潮流?エクステンションラウンドとは──ゼロボードとLayerXの事例に学ぶ

先述の企業のうち、シリーズAラウンドから驚きを与えるような資金調達リリースを連発したのが、LayerXとゼロボードだ。その内容を読み解くキーワードが、“エクステンションラウンド”だ。

両社とも同じく、ファーストクローズ、セカンドクローズ、サードクローズ(ファイナルクローズ)といった形で、3回に分けて資金調達を発表した。

福島氏が発しているように、エクステンションラウンドという扱いのようだ。詳細は発表されていないため正確なところは不明だが、同じバリュエーションのままより多くの投資家と資金を迎えるための、資本政策における工夫の一つなのだろう。

なお同社はこの2023年に「AI・LLM事業部」を立ち上げたり、新卒採用を本格的に開始したりと、調達以外も話題に事欠かない。

一方のゼロボード。その株主陣容に度肝を抜かれた読者も少なくないかもしれない。以下のように、名立たる大企業が名を連ねているのだ。

株式会社ゼロボードのプレスリリースから引用

また、同社は日本経済新聞社による「NEXTユニコーン調査」で、企業価値が前年比7倍の110億円に成長したとしてランキング1位の評価を受けた(関連記事はこちら)。

昨今はデットファイナンスでの調達額も含めての大型資金調達が一般的となりつつあるが、そんな中でこの2社らはエクイティファイナンスだけでこれだけの額を調達しているという点も、驚きに値すると言えるかもしれない。

FastGrowでは今年、LayerXからゼロボードに移り現在CTOを務める木戸祐亮氏らのインタビューも実施した。合わせてぜひチェックしてほしい。

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エクイティとデットの戦略的二刀流調達を実施のhokan。2024年にはこの資本政策がスタンダードに?

さて、先ほどは大型のエクイティファイナンスについて触れたが、今後のトレンドにつながる話としては、デットファイナンスとの組み合わせに注目しないわけにもいかない。その代表事例として触れたいのが、シリーズBで15億円の資金調達を実施したhokanだ。同社はクラウド型保険代理店システム「hokan®」を提供するInsurTech領域のバーティカルSaaS企業である。

エクイティ・デットの使い分けが非常にわかりやすい。

資金調達に伴い公開された特設サイトで、今回の特徴は「デットファイナンスを最大限活用」であると明言している。こうした同社の調達は、スタートアップにとって新しくスタンダードとなるような資金調達の形を示したのではないだろうか。

我々はこうした取り組みの立役者である執行役員CFO大竹氏に取材をし、調達に至るまでの動きや、エクイティ・デットの進め方の内容、意思決定を記した。ぜひご覧いただきたい。

まずファイナンスの使い分けだが、資金の調達方法に応じて使い所を明確に分けたことが大きなポイントだと言える。デットファイナンスは既存事業の収益性や信頼性といった堅実な要素を提示することで資金を調達。そのため、デットファイナンスによって得た資金は既存事業の成長資金に充てる。そしてもう一方のエクイティファイナンスは、よりアグレッシブな成長のため、新規事業やM&Aに紐づくようにした。

大竹氏は「エクイティとデットの適切な併用こそ、資本効率の最大化につながり、スタートアップとしての非連続成長を描くことにつながる」とも語っている。たしかに、デットファイナンスの選択肢が少しずつ増える中、エクイティファイナンスにおける調達コストを相対的に高く感じるケースも増えているように感じられる。

hokanのような併用法での資本政策が広がっていくかもしれないという点で、この資金調達からは学ぶべきことが多い。

なお、大手商社の代表格でもある三井物産との資本業務提携も同時に発表している。「オープンイノベーション」というトレンドも同時に押さえ、新事業の展開にも余念がない点も、さすがといえる部分だろう。

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デット調達の波は、今後も続く?スタートアップ各社のデット関連事業展開を調達事例から考察

2022年あたりから国内でもよく見聞きするようになった「ベンチャーデット」。最近の資金調達事例において、あおぞら企業投資SDFキャピタルの名を見る機会が増えていると感じないだろうか?先ほど紹介したhokanを含め、資本政策においてベンチャーデットを含めたデットファイナンスを取り入れる事例は非常に多い。ここで少し振り返ってみよう。

まずあおぞら企業投資のデットファンド紹介ページを見ると、投資実績にはカケハシテックタッチREADYFORhacomonoFLUXMicoworksといった名立たるスタートアップが並ぶ。同じくSDFキャピタルのページを見ると、Global Mobility Service、テックタッチ、10Xといった社名が目に付く。急成長を続ける企業がベンチャーデットを活用している様子が見て取れる。

「デットファンド」を新たに組成する動きも活発化してきた。りそな銀行は単独で取り扱いを開始、みずほ銀行はUPSIDERと組んでの取り扱いをスタートさせると発表した。FastGrowの取材ではほかにも、FinTechスタートアップによるデットファンドの組成見通しについて具体的に聞いており、2024年も新たな取り組みが目立っていくかもしれない。

ほかにも“広義のデットファイナンス”に位置づけられるさまざまな手法の活用が増えている。例えばファクタリングは、Dual Life Partnersマネーフォワードケッサイがスタートアップ向けに特化した担当者らによるサービス提供を進めている。その詳細や背景をFastGrowも今年取材したので、記事を紹介しよう。

ファクタリングと同様に活用が進んでいるのが、RBF(レベニューベースドファイナンス)だ。まさにこの2023年12月に約8億円のエクイティファイナンスを発表したYoiiが『Yoii Fuel』というサービス名で展開を進めている。導入企業には10XやFABRIC TOKYOクロスビットといったスタートアップが並ぶ。

つまり、動きは「デットファンドが増えてきた」というだけにとどまらないのだ。非連続成長を続けるための資本政策における選択肢が、日本でもかなり幅広く増えてきた。スタートアップエコシステムでのCFOの存在感や獲得競争がより一層、熱を帯びていくかもしれない。

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2024年も、世界経済の中心はAIに?
国内スタートアップも存在感を示し始められるのか──FastLabelの挑戦

最後にFastLabelの事例を紹介したい。その戦略は「ESG×AI」という、国内スタートアップとしては異色とも言える最先端のグローバルビジネストレンドを押さえるものであり、今最も知るべき企業であるとすら言えるのではないだろうか。

同社は2023年11月にシリーズBラウンドで総額11.5億円の資金調達を実施した。「生成AI領域へサービスラインアップを拡大し、日本初のAIデータカンパニーとして海外展開に向けた準備」を進めるとしている。

前回は2022年8月にシリーズAラウンドにて4.6億円の資金調達を実施しており、そのたった1年後の調達となった。海外勢が圧倒的に主導権を握っているAI市場において、国内外の注目を集め始めている。

特に注目すべき点が、共同でリード投資家となったMPower Partners FundとSalesforce Venturesの存在だ。

MPowerといえば国内のESG特化VCファンドの代表格である。FastLabelには「データガバナンス」という観点で、世界のESG経営への貢献ポテンシャルがあるとして、今回の投資につながった。

また、Salesforce Venturesといえば言わずと知れたあのグローバル巨大SaaS企業のCVCである。新たな事業展開においてAI活用を積極的に進めており、その中でFastLabelとの連携も模索していくであろうことも読み取れる。

まさに、国内AIスタートアップの急先鋒のような立ち位置を得るに至ったと言えよう。「ESG×AI」という最先端ビジネストレンドを捉える同社の展開に、目が離せない。FastGrowも、資金調達を実施した直後の創業者2人にたっぷり取材した記事を公開しているので、ぜひこの年末年始にご一読いただきたい。

こちらの記事は2023年12月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

大久保 崇

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