「創業者の熱意」を、スケールさせていく事業・組織戦略とは?ヘルスケアDXの雄、Rehab for JAPAN・ファストドクター・カケハシの実践論に学ぶ
Sponsored2016年のマネーフォワードのIPOを皮切りに毎年のように上場や大型資金調達が続くなど、ここ数年で一大産業としてその地位を確立したSaaSビジネス。
そんな中でも、特に成長領域として注目が集まるのが、医療や介護を中心としたヘルスケア領域だ。そこでFastGrowは2023年5月、急成長を続けている未上場スタートアップ3社をお呼びし、その事業戦略・組織戦略についてディスカッションしてもらうイベントを開催した。登壇したのは、Rehab for JAPAN、ファストドクター、カケハシだ。
奇しくも同じ2016年に設立したこの3社が、それぞれの事業領域でどのように拡大を図ってきたのか。当然ながら、共通点もあれば、意外な相違点も見てとれる。その実態について、エンジェル投資家であり数多くのITスタートアップの組織・人事支援等の実績があるReBoost代表取締役・河合聡一郎氏をモデレーターに、徹底的に深掘りした。
- TEXT BY WAKANA UOKA
2016年設立の“同級生”。3社の成長の軌跡
始めに、Rehab for JAPAN、ファストドクター、カケハシの急成長の概要をあらためて押さえておこう。
まずはRehab for JAPAN。2016年6月に作業療法士の3人で設立され、科学的介護ソフト『Rehab Cloud』という業務システムの開発提供をメイン事業としている。本イベントが行われた2023年5月15日は、東京都千代田区麹町のWeWorkに本社を移転したタイミングでもあった。
池上ビジョンは「介護に関わるすべての人に夢と感動を。」、ミッションには「介護を変え、老後を変え、世界を変える。」と掲げています。今は業務システムを介護事業所に提供しているのが中心ですが、やりたいのはこれだけではありません。
その先にいらっしゃる高齢者やそのまわりの人たちのライフスタイルを、テクノロジーを活用してリデザインしよう、と考えている企業です。
累計調達額は21億円超、従業員数は業務委託含め113名。事業は大きく分けて、リハビリSaaS事業、オンラインリハビリ事象、介護データ事業の3つ。Rehab for JAPANの成長のきっかけになったのは、1つ目の事業をピボットしたのちにリリースした科学的介護ソフト『Rehab Cloud リハプラン』だ。オンラインリハビリ事業と介護データ事業は、第2・第3の矢として立ち上げに奔走する真っ只中。これらを組み合わせ、ヘルスケアのデータプラットフォームを構築しようとしている。
続くファストドクターは、2016年8月に医師2名により創業され、「生活者の不安と、医療者の負担をなくす」をミッションに掲げている。スタートアップの形をとったのは、2018年に共同代表の水野敬志氏が参画した後のこと。2021年にはシリーズBの資金調達(金額非公表)を行った。直近ではコロナ禍により利用者数が増え、昨年にはForbes Japanの「日本の起業家ランキング」の1位に共同代表者の菊池亮氏、水野氏両名が選ばれている。
ファストドクター中川ファストドクターはテクノロジーとリアルオペレーションを組み合わせて、医療の生産性向上を目指すプラットフォームを開発・運用しています。現在は17の医療機関と提携し、2,000名の医師、400名の看護師が参画する医療プラットフォームとなり、自治体、医療機関、企業、そして生活者といった多様なステークホルダーに価値提供をしています。
医師や看護師などの医療リソースや診療資材、あるいは品質管理、勤怠管理といった医療体制の構築に必要なヒト・モノ・機能を集約し、プラットフォームを通じて効率的な分配を行うことによりさまざまなステークホルダーのニーズに応えているわけです。これを我々はクラウド型の医療オペレーションと呼んでいます。
ファストドクターがビジョンとして掲げているのは、2025年までに「不要な救急車利用を3割減らす」こと、2030年には「1億人のかかりつけ機能を担う」こと。この実現のため、医療現場のDX化、医療者・患者双方の現場体験の変革を目指している。社員数は160人ほどだが、アルバイトや業務委託、登録する医師を含めると、抱える人数は数千人規模に上る。
多くの人が関わり、医療オペレーションという労働集約的な業務の生産性をさらに加速させるため、2022年からファストドクターテクノロジーズというバーチャルカンパニーを設立し、医療現場と患者体験の効率化、電子化を進めるべく、テック系人材の数を増やしているという。
最後は、2016年3月に設立されたカケハシ。「日本の医療体験を、しなやかに。」をミッションに掲げ、薬局のDXに取り組むスタートアップだ。直近で約100億円弱のシリーズCの資金調達を行い、デッドファイナンスを組み合わせると累計200億円近い金額を調達している。社員数は340名ほど、業務委託社員などを含めると500名ほどの規模だ。
カケハシ中川プロダクト『Musubi』は、リリース後5年ほどで10%以上の市場シェアを獲得し、今も着実に成長を続けています。
また、最近では新しい挑戦としてセプテーニグループのPharmarket(ファルマーケット)を買収させていただきました。このように、未上場でありながら、M&Aも含めた展開を通して、インオーガニックな成長を加速させていきたいと考えています。
同じ2016年に設立された3企業。大きな産業構造があり、かつ社会課題を抱えるところに大きな資本とテクノロジーを使って取り組んでいる点が共通点だ。
深い現場理解こそが成長するヘルスケアスタートアップの鍵
最初のトークテーマは「事業ドメインの選定理由、登壇者の参画までの経緯や入社理由」について。Rehab for JAPANの池上氏は、2010年ごろからリクルートでホットペッパービューティーの統括プロデューサー事業責任者を8年ほど勤めたのち、Rehab for JAPANにジョイン。
ファストドクターの中川氏は同社に昨年ジョインするまでは、15年ほど金融機関で成長企業向けのコーポレートファイナンス等を経験したのち、ココナラでCFOをしていた経歴の持ち主だ。そしてカケハシの中川氏は、マッキンゼーの海外オフィスでの複数プロジェクト経験を経て、「これから社会のあり方を左右するともいえる領域に真正面から向き合い、新しい価値を生み出していきたい」という想いを抱き、帰国後、次の起業内容を考えていたという。
三人とも、ヘルスケア業界以外のスタートアップに行く、規模感の違う企業に行く選択肢が取れるキャリアがあるなか、どのような出会いやきっかけがあって今の道に至ったのだろうか。
池上創業者の大久保は、介護業界のリハビリ専門職として働きながら、何千人もの高齢者を見てきました。介護やリハビリのやり方がいまいちわかっていない事業所の存在や、労働集約型かつ閉鎖的な業界構造を見るなかで、テクノロジーを使ってリハビリを民主化し、科学的なアプローチで介護をアップデートしたいと思うに至ったのが、Rehab for JAPAN創業のきっかけです。
要介護者には要介護1から5までの段階がありますが、なかでも寝たきりになる前の要介護3までの在宅高齢者をリハビリを通じて良くしたいというのが領域の選定理由ですね。
介護業界の門外漢だった私がRehab for JAPANにジョインしたのは、リクルート卒業後、1年半ほど15社ぐらいに対して戦略策定支援や顧問、アドバイザーとして関わっていたのがきっかけです。そのうちの1社がRehab for JAPANだったんですよ。
当時は創業3年目、『リハプラン』をローンチしたばかりの10名規模の会社でした。大久保は介護業界出身者なので、事業ドメインの知見は十分あるのですが、ITやビジネスに関してはまだ解像度が上がっておらず、半年間ほどディスカッションをして一緒に成長戦略を考えていました。
大久保から業界構造について聞いていく中で、「リクルート時代に携わってきた美容業界と介護業界には、似ている点があるな」と感じたんですね。ホットペッパービューティーに携わり始めた10年前と同じような風景を感じることがあり、どうすれば社会を変えていけるのか、どうやって進めていけばいいのかをリアルにイメージできた。私自身、人生のなかでホットペッパービューティーのような社会の産業構造を変える経験をもう1度やりたいという思いがあったので、しっくり来ました。
それに、自分がいつか高齢者になって要介護者になったときに、楽しい老後を送りたいなと思うと、高齢者の生活をデザインできると思うととてもワクワクしたんです。これは運命だと思い、すべての支援先をやめてフルコミットするから入れてくれと志願し、Rehab for JAPANにジョインしました。
ファストドクターの中川氏も、事業ドメインの選定について「創業者の現場経験」を挙げる。
ファストドクター中川特に夜間救急病院で抱いた課題意識が大きいですね。皆さんも救急搬送困難事案のニュースを見聞きしたことがあると思いますが、やはりリソースを適正化しないと日本の医療が回っていかないと強く課題意識を持ったという背景があります。これは代表であり、医師である菊池が、救急医時代に軽症者の搬送増加を背景に抱いた「高度な救急病院を使わずに課題解決ができないのか」という愚直な思いがスタート地点でした。
「目の前の課題に真摯に取り組みたい」という強い想いから始まっているので、オペレーションが割と労働集約型なのですが、これってあまりスタートアップがビジネスモデルを選ぶ際にやらないことだと思うんですね。でも、それを愚直にやっているがゆえに面白いと私は感じました。
つまり、愚直にやる分だけ社会に対してダイレクトにインパクトが出せると。経営陣として、マネージをどうするかなど難しい課題はありますが、しっかり利益を出して持続可能なビジネスモデルにしていければ、参入障壁が高くなるんじゃないかと思い、参画しました。
Rehab for JAPAN、ファストドクター共に、スタート地点は創業者の熱意であることがわかった。河合氏も「それが1番強い形だと思っている」と受ける。カケハシの中川氏も、現場を重視してきた点は同じだ。
カケハシ中川一緒に創業した中尾は、武田薬品工業に勤めていたことがあり、母が薬剤師、祖父が医師とバリバリの医療バックグラウンドの持ち主です。医療の中でも薬事の現場で起きていることへの課題感や危機感の目線が合っている感覚がありましたし、何より目先のお金よりも社会課題の解決にフォーカスしている部分が一致していて。自然と「一緒にやってみようか」という話になりました。
最初に取り組んだのは、全国津々浦々の薬局、約400件を渡り歩いての徹底した現場理解です。そこで「考えていることを喋りながら業務してください」「将来の夢は何ですか?」「土日には何をやっていますか」「今の悩みは何ですか」とあらゆることを徹底的に聞き、現場の考え方や業務フローを解像度高くインプットしました。
業界現場の課題を徹底的に見ていくことが今のカケハシの事業づくりにつながっていると思います。
創業者に業界経験があり、現場の課題を身に染みて理解していたRehab for JAPAN、ファストドクター。着想後、実際に現場に足を運んで自分のなかに業界経験者に近しい視点を持つまでにヒアリングを重ねたカケハシ。現場への理解の深さは、成長するヘルスケア企業の大きな特徴だといえるだろう。
現場の人の使いやすさに徹底的にこだわった開発を
同じ年に設立され、成長を遂げてきた3社。事前アンケートでも質問が多かったのは、ずばり今後の展開だ。事業やビジネスモデルの変化をどう捉えているのか、競合とどう差別化をしているのか。また、ビジネス側とテクノロジー側の融合など、組織づくりの今後も含めて話が展開された。
まず河合氏が問いかけたのは、「周辺領域のプロダクトと、どのように差別化していこうとしているのか」だ。
池上事業戦略、プロダクト戦略の1番のポイントは、現場の人たちの使い勝手を徹底的に考えたプロダクトをつくっていく、この一言に尽きると思います。
意外かもしれませんが、介護事務所にはたいていパソコンが整備されていて、介護保険の請求を行うレセプトと呼ばれる介護請求ソフトが入っているんです。その多くが今はクラウド型のシステムで提供されているんですが、介護保険制度ができた以降20年ほどの間、3年ごとに介護報酬制度が改定されており、その対応に必死に追われ続けています。それらのベンダーのおかげで介護業界は進化してこれたことは間違いありませんが、実は、ユーザーにとって使いやすい業務システムが常に提供されているとはやや言いにくい現状があります。
また、介護事業所のみなさんは、これまで人手で解決することを前提としており、、ITによる恩恵や可能性に期待感を持てておらず、気後れするようなマインドがあると感じています。今あるシステムが貢献してきた歴史もありますが、これから必要とされるDXに関しては、やはり業界全体で遅れている状態なのかなと思っています。
薬局や医療業界も似たようなものだと思いますが、介護事業所には毎日記入する書類だけで37種類ぐらいあるんです。こうした状態において、我々は現場の人たちが徹底的に使いやすい業務システムをつくることにこだわっています。
まずはやはり「現場の使いやすさ」を強く意識している、と池上氏。その裏には、大きな狙いもある。
池上リハビリ業務では、高齢者さんたちの機微な生活データが取得できます。そのほとんどが、これまでは紙で扱われていたため、うまく解析できませんでしたが、私たちはそれを解析可能な状態にできる。これはかなり価値のあることです。たとえば退院後の服薬状態を、週2回通うデイサービスでデータ集計できます。こうしたことを積み重ねることが、我々の根本的な成長戦略であり、プロダクトづくりの1番のポイントですね。
1番集めていきたいのは高齢者の生活データ。リハビリ前後の改善度合いもそうですし、その高齢者の方がどのような気持ちを持って、もう一度スーパーに行けるようになりたい、自力でお風呂に入れるようになりたいと思っているのかという感情面のデータもリハビリの計画立案過程で取得できます。
単に使いやすければいいわけでなく、何を意図しての使いやすさなのかを検討することが重要なのだとわかる。
ファストドクターにおいても、コアコンピタンスとなるアセットの積み上げは強く意識しているのだという。
ファストドクター中川ファストドクターの経営陣は、ビジョンの実現に向かう中でも、いかにコアコンピタンスを活かしながらコアアセットを積み上げていけるかを常に意識し、事業戦略をまとめています。
我々のコアコンピタンスとは、「ダイレクトに医師や患者へのタッチポイントを持ち、ダイレクトに現場でオペレーションを行えること。そして、そこへのDXケイパビリティ」です。テクノロジー人材を採用してDXのケイパビリティを現場に直接落とし込んでいくとなると、やはり患者や医師にとって価値があることが非常に大切だと思うんです。
今後もファストドクターを介して医療を受けるからこそのアクセシビリティとクオリティをしっかり高めていきます。医師に対しても、プラットフォーム内で患者の「これまでの」医療情報を共有することで、より正確な診断をする判断材料にしてもらう。つまり、医療の提供品質が上がると患者体験向上につながるといった、いいサイクルを生み出したいと考えているんです。
そして、患者・医師双方に価値があるプラットフォームとしてビジネスやマネタイズポイントを広げていく。やはり、すべてにおいて1番大事なのは現場を大切にすることであり、コアコンピタンスからコアアセットをしっかり回していくループの起点となるところなのかなと思っています。
そしてカケハシにおいては、マルチプロダクト戦略がまさにその効果を発揮し始めていると明かされた。
カケハシ中川最近、カケハシの中でよく言っているのは「単にGoodなバーティカルSaaSカンパニーではなく、日本の医療を大きく変えられる医療プラットフォームに進化したいよね」という話です。我々はまさに第2創業期、大きな進化のタイミングにいると思っています。
その鍵となる戦略がマルチプロダクト戦略です。例えば、弊社が提供する薬局向けの業務基幹システム『Musubi』は、「薬歴をよりよく書ける」「患者さんと向き合える」といった声をいただくことも多いですが、プロダクトを評価いただくことと、実際に費用を払ってデータを移行しオペレーションを切り替えていただくこととの間には、大きなハードルがあります。
『Musubi』を導入するハードルが高いとき、例えば、まずは患者さんへの継続的な服薬フォロー(『Pocket Musubi』)や経営指標の可視化(『Musubi Insight』)といった別の角度でペインを捉えてスタートし、良さを実感していただいた上で『Musubi』の導入も検討していただくといった形が増えています。マルチプロダクト内でクロスするサイクルをつくっていく、みたいなイメージですね。
バーティカルSaaSのプロダクト群という攻め方をしていくことにより、さらに面を取る速度を上げていけそうです。
DXは、市場のシュリンクにあらず。
「いかに拡大できるか」こそが付加価値
ここで、「せっかくなので、事業戦略の考え方や意思決定のポイントなどについて、お三方同士で質問をしていただきたい」と河合氏。まずは池上氏が「憧れの企業」だとして、カケハシの中川氏に質問を投げかけた。
池上カケハシさんのなかで、請求業務に関するいわゆるレセコンみたいなプロダクトをつくる議論をしたことがなかったんですか?
カケハシ中川事業戦略を練る上で考えたのは、我々が差別化できるポイントはどこなのか、でした。その考えを中心に、どのプロダクトからつくっていくのか戦略を組み上げていったんです。
そう考えると、レセコンが目的とする正しく点数を計算するという課題解決はすでに既存プレイヤーから良いプロダクトが多数展開されているため、後から参入するとなると価格を下げる戦いしかできなくなってしまう。
そうではなく、プレミアムなプロダクトで大きな問題解決をしたい、どちらかというとプライスリーダーになって深いペインを解決することにフォーカスしてきたのがカケハシの考え方。既存の仕組みで解決できていないものを解決しにいくところに焦点を当てています。
続いて、ファストドクター中川氏から池上氏に対し、「オペレーションヘビーな現場への効果という観点で、相性が一見悪そうなSaaSのような世界観をどう繋ぎ込んで価値を発現していくのか」という質問が上った。
池上プロダクトづくりでいうと、エンジニアやプロダクトマネージャーも現場に伺って、どのように日々のオペレーションをやっているのかを調べに行っているんですが、それはきっとファストドクターさんもやられているのではないかと思います。
あとはカスタマーサクセスにリハビリ専門職や介護現場出身の人が多くいまして、プロダクト以外の質問や悩み相談にもしっかり応えられる組織になっています。現場に習慣として定着させていくために、包括的なサポートを丁寧に提供する。そこがソフトウェアだけではない当社の付加価値になっているのではないかと思います。
さらに、Rehab for JAPANの特徴として、池上氏は「我々が提供しているのはSaaSですが、業務効率化だけを提案するのではなく、事業者の売上向上に繋がる」点を挙げる。
池上リハビリに関する保険点数を新たに取れるようになるので、結果的に事業所の売上アップに繋がるんです。コスト削減という文脈だけでは足踏みしてしまう部分がある業務システムですが、「売上が上がりますよ」と提案できるのはうちの大事な強みだと考えています。
この池上氏の回答に対し、「素晴らしい」と答える中川氏。SaaSの多くはコスト削減に効くことを謳うが、それは自ら自分たちの市場をシュリンクさせていくことに繋がる。「むしろ、市場を拡大させていくのはストーリーとしても素晴らしい」と述べる中川氏に、池上氏も「そうなんですよね」と同意する。
池上「自分たちがやってきた業務が減り、人がいらなくなるんじゃないか」とか「サボるんじゃないか」という話ではないところに持ち込めるのは、営業的にも良いです。事業所からのフィードバックでも、売上向上や事業所のブランディングに寄与している点を評価していただいていますね。
結局は、“バリュー”に戻る──組織づくり成功の肝
企業の成長にチームマネジメントや組織マネジメントは必要不可欠だ。話題は3社の取り組みのうち、成功談や改善の余地があったエピソードについて移る。最初に口を開いたのは池上氏。「やはり結局はバリューに戻ってくるんだと思う」と見解を述べた。
池上バリューをつくり掲げることと、本当に浸透したり運用したりするのとでは大きく違うなと感じています。標語のように毎日繰り返してバリューを意識し、行動指針に繋げる。細かいところで言うと、Slackのスタンプがバリューを表すようなものになっているとかですね。そういうところまで含め、非常に丁寧にやろうとしているのがポイントだと思います。あとはバリューに沿った行動を取れば、きちんと評価される人事制度の構築と運用も大事だと思いますね。
あと懸念があるのは、急激に組織の人数が増えていくことで経営陣が考えていることが現場に伝わる質が薄まること。わかってもらえないのは伝える側の責任だと思って、月次で全社員集めた定例イベントを開催したり、意思決定の背景を正しくドキュメントに残したりするなど丁寧に伝えるようにしています。
当社は介護出身の人間とそれ以外の業界出身者が組み合わさってやっている会社です。介護業界出身の方は優しく、減点主義的なカルチャーで育ったところがあり従順なタイプが多いですが、一人ひとり、1社1社の顧客の成功を願う気持ちはとても強い特徴があります。
一方、どうすれば効率的に改善していけるのかを考えるのはIT業界出身者が得意な部分がある。その融合と化学反応をどう起こせるかを意識してオペレーションを組んでいますし、我々の強みになってきたなという印象を最近特に感じています。
「業界出身者も事業成長のために必要」と同意する河合氏。また、業界の違いだけではなく、入社した時間のギャップ、部署間など空間のギャップについても言及し、「徹底的なコミュニケーションを続ける大切さを感じた」と述べた。
次いで、カケハシの中川氏に尋ねたのは、ゼロイチ、イチジュウ、ジュウヒャクなどフェーズごとの組織づくりとプロダクトづくりの連携だ。
カケハシ中川基盤となるアーキテクチャをきちんと設計して、その上に複数のプロダクトが動く設定を最初からしておくと美しいと思います。
弊社の場合は、各プロダクトを最速で立ち上げるアジャイル要素を優先させるものづくりだったので、認証基盤も最初はバラバラで、あとから統一させていく形でした。今はちょうど、プラットフォームになるデータ基盤を整えるチームを組成し、そこにメンバーがしっかり入って取り組んでいるところで、各プロダクトのIDをうまく紐づけられるよう進めているところです。
文化に関していうと、既存事業に関しては、『Musubi』が止まると日本の15%以上の薬局が止まる、インフラのような存在になりつつあるので、情報の取り扱いからインフラサービスレベルを整えなければなりません。例えば、『Musubi』では、障害が発生すると大事件です。できる限り障害を出さないような体制でテストを行い、徹底的にQAを準備することが重要になります。
他方、『Musubi』と同じ体制をゼロイチのプロダクトでやってしまうと、コストも時間も非常にかさみ、スピード感が落ちてしまう。
社内にはゼロイチやシード期の事業がいくつかあり、そうした事業は「速度を最優先で進めましょう」としています。このように、事業ステージの違いについて、社内で認識のすり合わせをしていかなければなりません。そうしないと、新しいプロダクトは生まれていきませんし、スケールもしていかないと考えています。
高速でPDCAサイクルを回せる状態をどう社内でつくってあげるのかということをかなり意識して、組織づくりやメッセージづくりをしているのが現状ですね。
河合氏は「まさに、ゼロイチの執着・執念と、スケーラビリティのガバナンスのバランスを上手く取りながら、KPIや収益構造を見ていくところなのだろう」と応えた。
最後はファストドクターの中川氏。「オペレーションがゆえの労働集約と紐づけると、人事制度や教育、権限移譲といったあたかも大企業のような話が重要」だと述べる。
ファストドクター中川オペレーションのサプライチェーンが長い分、職種も多い。組織の人数も多いとなると、ウェットに組織や関係性をつくっていくだけではなかなか難しい部分があります。そこに対して、職種ごとや規模に応じた職位ごとに会社から必要とされたり期待されたりすることを明文化することで人が動くようになります。
あとは生産性を高めていくためにはもちろん仕組み化やシステム化が必要ですが、それだけではやはりダメで、一人ひとりの能力を高めていく教育を大切にしています。
権限移譲に関しては、各オペレーション工程に対して経営陣が介入していてはスピード感が落ちますし、現場に寄り添ったものができませんから、部門長の責任で進めてもらうことにしています。バリューの1つに「Try Fast,Learn Fast」があるように、失敗が悪いことではなく、失敗を糧にして、次に活かすことを大事にしなさいという組織だなと思います。
本社の人員でいうと百数十人と、企業としてはまだ小さい規模なのですが、人事面がしっかりしているのはオペレーションが中心であるがゆえに、それなりに多くの人が働いているからだと思っています。
「現場力を求められる会社では、一分一秒を問われるところがある」と河合氏。まずは「やってみた」ドメインを得るため、やれる権限を渡してスピード上げ、大きくなる前提で制度をつくっていることがわかった。
ヘルスケアならではの、販促チャネルの考え方
イベントの最終盤、質疑応答で扱ったのは「営業や販促で重視されているチャネルや工夫されている活動などあるでしょうか」というもの。河合氏からは領域独特のマーケティング手法などはあるのか、と補足して問いかけられた。
池上リード獲得から受注、そしてCSに至るまで、基本的にオンライン完結で進めている。つまり、対面営業をそんなにしていない。
その中で、特にリード獲得に効いたのは、ウェビナーですね。それも、単に開催するのではなく、顧客の興味を喚起するようなe-Bookの資料などをどんどん改善することで、最近は月400~500件の参加が見込めるようになってきていますね。
ファストドクター中川生活者や一般患者に対するサービスでお話しすると、我々の従来からの救急サービスはどうしても「点」での利用になります。だからこそ、その一点をいかにして洗練させ、安心や感動を覚えていただくかをまずは追求しています。それがサービスの信頼につながると思うんですよね。その結果、何か困ったらまずはファストドクターに頼ってくれるようなロイヤルカスタマーが生まれてくる。常にそれを深掘りして、マーケティングの手法にも活かしています。
河合氏は「まさにLTVをいかにして高めていくのか、を重視しているということですね」とコメント。
カケハシ中川企業規模に応じてまったく異なる営業戦略をしていますね。特に紹介するなら、エンタープライズに対してはいわゆるABM(Account Based Marketing)のアプローチに近いですね。
個社ごとに、どういう人がいて、どういう組織構造で、どういう戦略で、どういう状況なのかを見て、「仮に私が経営者なら、どういうかじ取りをしたいと思うか、その中でカケハシのプロダクトがどのように貢献すべきか」を考えて、数カ月に1回は、他社事例の紹介や、厚労省を巻き込んだセミナーなどで、接点を強化していっていますね。
もう少し規模の小さな企業に対しては、THE MODEL的な戦略ですね。
と、質問に答える間にあっという間に終了時刻を迎えた。最後に河合氏から感想とメッセージを求められた池上氏は「尊敬する企業の方、そして河合さんと登壇ができて感謝している」と答え、こう続けた。
池上ファストドクターさん、カケハシさんの2社は僕らより少し先を歩んでいる会社ですが、共感するような業界、プロダクトに関する考え方をお持ちなんだなとあらためて実感できました。当社もまさに強烈な拡大期、成長期に差し掛かっており、全方位的に採用強化中です。介護は、他の業界でしっかり研鑽を積んだ方々が活躍できる可能性が特に大きい領域です。介護の奥深さと未来にビビッときた人はぜひ一度お話だけでもできればと思っています。
またこういった志を持つ人、会社同士がもっと連携する事業展開もあり得るのかなと思いましたので、またぜひ一緒に妄想できる機会をいただければと思います。
ファストドクター中川SaaS領域はファストドクターとしてはやっていませんが、重要な周辺領域として考えていきたいなという点で学びが非常に大きかったです。ファストドクターは人を必要としている会社なので、引き続き採用募集もしております。ご興味のある方は、ぜひよろしくお願いいたします。
カケハシ中川すごく楽しかったです。医療は人の人生や生死にかかわる深さ、やりがいがある領域だと思っていますし、そこにスタートアップが入っていくことでもっと変わってくる部分がたくさんあるのではないかと思います。
業界の方も、業界外の方もぜひ飛び込んでほしいですし、起業する方がいてもいい。この3社に入社していただいてもいい。日本の医療介護を変えていくところにより良い仲間が集まっていただけると、日本の未来が切り拓かれていくと思います。ぜひ心強い仲間に加わっていただけると嬉しいです。
同年に設立され、急成長を遂げる3社。医療・介護・薬局と細かな領域は異なるものの、同じヘルスケア領域のスタートアップとして、共感できるポイントがあることがわかった。
「時間が足りず、深い話をし足りなかった」とも感想を述べたカケハシ中川氏。ヘルスケア領域に興味のある人、会社が集まって話すことで、また新たに見えてくる可能性もあるのかもしれない。
質疑応答:「青写真は、段階的にブラッシュアップ」
イベント中に答えきれなかった質疑があったため、このレポート記事用に特別に回答を追加でいただいた。3つの質問に対する回答をそれぞれ、記載する。
──全社様とも解像度の高い将来の成長戦略を掲げられていると思うのですが、その成長戦略は初期の頃からイメージできていたものでしょうか?それとも、事業を進める上で見えてきた戦略なのでしょうか?
カケハシ中川創業期からどういう領域にどういうチャンス/ペインがあるか、それをどういう順番でアプローチしていくのか、大まかな事業戦略は描いていました。大きな絵は創業時から変わっていません。ただ、当然、数年間もたてば市場環境も変化しますし、事業を形作る過程のなかでペインの解像度も上がってきます。そこで、具体的なサービス設計や事業を立ち上げる順番・戦術は、臨機応変にPivotをしていっています。
ファストドクター中川創業期から、創業動機でも触れたように「不要な救急搬送を3割減らす」(ビジョン2025)を目指してやって参りましたが、(近く公表できる予定ですが)特定の自治体からの受託事業において実現できたことから、横展開をしていくことで実現できることが見えてきました。
そこで、世の中に必要とされる価値、弊社が実現し得る価値というのを昨年より再定義し、ビジョン2030として「1億人のかかりつけ機能を担う」と救急領域に限らないプライマリ・ケアにおける価値の実現を目指しております。
Rehab for JAPAN池上創業初期から変わらないビジョンはあるものの、その実現をどう進めていくのかの成長戦略は策定できていませんでした。前述の通り、私がジョインする前にその戦略策定をディスカッションしていく中で、大きな戦略の青写真ができ、事業活動を進めながら、その青写真を段階的にブラッシュアップしてきて今に至ります。
──ご説明ありがとうございました!日本の医療業界を変えると考えると、同じようなミッション・ビジョンを掲げられる全企業が連携する、というそういう可能性はあるのでしょうか?例えばデータで言うともっと沢山持たれている企業との連携、などです。見当違いの質問であればすみませんが、気になりました。
カケハシ中川はい、積極的にさまざまな会社さんと連携をしていければと思っています。それは、患者さんに提供する医療の質や、医療者に貢献をしていくために、1社で寡占するという考え方よりも、最終的にあるべき未来を創るために協力をしていくべきだという考え方をしているからです。
ファストドクター中川弊社のミッション・ビジョンの実現にも、また、日本の医療課題の解決にも、ホールプロダクトを単独で提供することに固執するのではなく、同じ未来の世界観を描く政府や企業などあらゆるプレイヤーと連携することが大事だと考えています。
ある意味で、この業界の全てのプレイヤーが2040年問題や肥大化する社会保障費に向き合っています。残された時間は長いように見えて、実は課題の根深さや複雑さ等を考えると短いとも感じており、協力して解決していきたいと考えています。
Rehab for JAPAN池上はい、もちろんその可能性は大いにありますし、積極的に連携していきたいです。 医療業界、介護業界と分けて語られますが、高齢者自身は連続性のある人生の中で、その体験を同時に行ったりきたりしているわけで、高齢者の生活産業として双方の業界が連携して解決していかなければならない課題はたくさんあります。
そしてその課題に対して、1社でできることに限界があります。
自社の短期的な都合だけでなく、同様な志を持つ方々で社会自体を変えていく、アップデートしていくことが、結果的に健全かつ良好なエコシステムを構築することにつながると思っています。
──テック系企業なので異業種からの入社も多いと思います。 ですが、ヘルスケアは規制多い、プロダクトの可変性が高くない、お堅いとイメージを持つ方も一定いる印象です。 ビジネスサイドで、転職者のバックグラウンドの多様性、カルチャーマッチに問題ないのか、ヘルスケア業界の面白さも交えて教えてお伺いしたいです。
カケハシ中川医療系のバックグラウンドがあるのは3~4割といったイメージでしょうか。例えばカケハシであれば、薬剤師が30人ほどいるので、かなり深い業界知見・現場感が社内にあります。だからこそ、多様なバックグラウンドの方でもきちんと活躍できる土壌はあります。ただし、カケハシが掲げるバリューの中に「高潔」というものがあるように、一番大事にしているのは、「社会にとって正しいこと」をやりたいと心の底から思える人の集まりであるということです。
ファストドクター中川弊社は現場に根ざした企業ではありますが、それでも本社社員は、医療系でないバックグラウンドの割合の方が多くいます。医療系の方がいるからこそ入り込める医療現場に対して、医療系でない方だからこそ起こせるブレイクスルーや創出できる価値がたくさんあります。
弊社ではミッション・ビジョンの実現を目指す多数の人々が集まっています。それぞれが異なるバックグラウンドを持ちながら、弊社という場で、同じ社会課題の解決という触媒を通して、融合することの意味や面白さを感じられると思います。
Rehab for JAPAN池上現在は、介護出身バックグラウンドの人員が約2割ぐらいで、どんどん異業種からの入社が増えています。そして、介護出身者もテック系や異業種出身者もみんな、多様な人材がいることを誇りに思っています。それはどちらの視点・スキルが欠けても、Rehabのビジョン実現に辿りつかないと考えてるからです。
これまで数十年、閉鎖的で独自の発展を遂げてきた介護業界なので、テック系出身者は、介護・医療業界特有のドメイン知識がないと現状把握や理解の咀嚼にとても時間がかかることを痛感していますし、介護系出身者は自分たちにない視点、思考で課題を定義し解決しようとする仲間の存在を嬉しく思っています。
いろんなバックグラウンドのひとがいる組織なので、その多様性、思考の違いをはぐくめる、楽しめるカルチャーをとても大事にしています。
連載高齢者の生活をリデザインー介護DXで社会的インパクトを狙う、Rehab for JAPANの挑戦
8記事 | 最終更新 2023.06.20おすすめの関連記事
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