「リソース云々は起業しない言い訳」と指摘の3Sunny志水が描く、医療ベンチャーの未来

社内での新規事業を多く経験したのちに、退社して起業へ──。理想のキャリアにも見えるのではないだろうか。そんなルートを辿り、「医療・介護」という領域においてスタートアップを立ち上げた志水文人氏という人物がいる。

グリー、リクルートを経て2016年に3Sunnyを創業。メンバーはリクルート時代の同僚だ。まさに起業するべくして起業した、そんなイメージをつい抱いてしまうが、本人は「そんなつもりはまったくなかった」と笑う。 特にリクルートでは、数々の新規事業開発に携わってきた志水氏。そのまま社内の新規事業で夢を追いかける道もあったのでは?という疑問も浮かぶ。なぜ、起業家の道を選んだのか。あえて厳しい道を選んだようにも見えるが、聞いてみると出てきたのは、「社内起業=リソースが潤沢」という固定観念に対する警鐘だ。

起業を意識していなかった志水氏が起業家としてのキャリアを歩むようになったきっかけから、シード調達でのひと癖あるVC分析まで、具体例から事業の起こし方を詳しく学びたい。

  • TEXT BY YUKI KAMINUMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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起業など頭になかったグリー、リクルート時代

グリーにてソーシャルゲームの制作やディレクションを担った後、リクルートのネットビジネス推進室にて新規事業開発に携わってきた志水氏。IT系の事業を担い続け、いかにも起業家らしいキャリアに見える。起業するという大きなチャレンジへの決意や準備を、どのように固めてきたのか、気になるところ。しかし驚くことに、リクルートを退職する半年前まで、そんなつもりは全くなかったのだという。

志水グリーで担当した中で最も思い出深いのは探検ドリランドです。かなり広く遊ばれたソーシャルゲームで、良い経験もツラい経験もさせてもらえました。リクルートでは大学生向けアプリなどの新規事業開発に携わりました。

しかし自分のキャリアに“起業”という選択肢は全くもってありませんでした。なぜかと言われても、身近に感じたことがなかったから、というくらい。

ただ、新しい事業で社会に価値を生み出す、ということには関心が高かった。だからプロダクト開発をど真ん中でやることができるグリーやリクルートを、転職先として選んできました。ずっとやりがいを感じて仕事に向き合うことができて、自分には非常に合う環境でしたね。

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社内起業向きの事業と、独立起業向きの事業

とはいえリクルートにいたのであれば、社内起業をまずは考えたんですよね?そんな疑問が読者の頭にも浮かんでいるはず。それに、資金調達を始めとするファイナンスや人材確保などを考えると、リクルートを飛び出して起業するには手間もリスクも付き纏うように思える。しかし志水氏は、社内起業には向いていない事業もあるのだと語る。

志水大企業は母体が大きい分リソースが潤沢にあり、新規事業をやりやすいイメージが強い。それは確かに事実です。しかし、誰もがそこからメリットを享受できるかというと、そうでもないんです。予算は決まっているし、時には組織力学が働く。短期での売り上げや利益の創出を求められることも多い。

リクルートでも私は数々の新規事業開発に携わりましたが、力不足で次の事業進捗に進めない経験を何度もしました。グループ全体からなる巨大なP/Lが支配する構造の中で、一つの事業を続けていくための条件は厳しい。

例えば、売上10億円で上場する企業がある一方で、リクルート内で10億円ではそこまで大きく評価されません。リクルートの人たちが分かってくれない、と批判しているわけではありません、向き不向きがあるということです。

言いたいのは、「リソース云々で起業するとかしないとか語るな」ということ。その事業内容によって、社内でリソースを得るのが良いか、独立してさまざまなリソースを借りるのが良いか、理想の進め方は異なるのだ。これを冷静に見極める必要があるということ。

では当の志水氏が、起業を選んだのは、なぜなのか?社内起業には、どのような点から向いていなかったというのか?

志水私がチャレンジしたいと思うようになった医療・介護の領域は、例えばリクルートなどが扱う人材や広告、不動産といった領域に比べると、サービス一つひとつの金額スケールが小さく見えるものも少なくない。その上、一つの事業が軌道に乗るまでには、じっくり時間をかけて業界内で受け入れられていく必要があるとも考えていました。これは、早期の売り上げ規模拡大や利益の創出が求められる大企業での時間軸とは合わない、そう強く感じました。

将来的にきちんと世の中で必要とされ続ける事業にするためには、しっかりゆっくり育てる必要がある。そのためにはむしろ、自分がリスクを負って起業するしか道がない、と覚悟を決めたんです。

実はリクルート退社を決めた時、既に結婚し子供もいた志水氏。父親としての責務もある中で、家族の反応はどうだったのだろうか。

志水特殊なケースなのかもしれませんが、妻は一切反対しませんでした。「ふーん」と言われたぐらい。

ただ、以前から時折LINEで送られてきていた、素敵なマンションや物件の情報が変わりました。金額感が、5〜6千万円規模から5億円規模の物件に跳ね上がるようになったんです(笑)。「頑張らないと」と、モチベーションを上げてもらいましたね。

ところで、ある程度キャリアを積んでから起業するのか、若くして起業するのか、はたまた今の企業で社内起業するのか。そんな質問を若者から受けたらどう答えるのか?とよくある質問もぶつけてみたところ、出たのは「なるべく早く自分で始めてみるべき」と答えだった。

志水企業に入って経験し、積み上げられる細かいスキルやスペックももちろん大事ですよ。でも起業して、周囲の起業家たちも見ていて思うのは、いかにその領域や顧客を愛し、こだわりを通せるかというほうが圧倒的に大事だということ。

もちろん、会社員でも顧客愛やプロダクトへのこだわりが強い方はたくさんいると思います。でも、自分で企業を立ち上げ、実際に右往左往することで、より一層研ぎ澄まされていくもののようにも思うんです。そこでは一切の甘えが許されない、そんな雰囲気すらあるからです。

自分に不足しているスキルがあれば、スキルのある人材を採用し助けて貰えば良い。全く素養がない状態での起業は難しいと感じるかもしれませんが、スキルを身につけるためというだけの理由で、事業立ち上げの時期が後ろ倒しになっていくのは、やっぱりもったいないですよ。

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調達するならアンリさんしかいない!と決め打ち

2016年7月にリクルートを退職し本格的に事業開発に乗り出すにあたり、ベンチャーキャピタルANRIからシードフェーズの資金調達を行った。まだ事業計画書もなくサービス構想も固まっていない段階。業界の課題は多数ある一方で、参入に向けては障壁も多い。

そんな中で、「自分たちが資金調達をするならアンリさん(ANRIパートナー佐俣アンリ氏)しかいない」と、VCへのコンタクトはANRIにしかしなかったのだとか。

志水アンリさんが1人20分誰でも壁打ちしてくれるメンタリングデイという取組みを、Twitterで募集して実施していました。これに応募して、医療介護領域でのプロダクト構想を記した5枚の資料を見せに行ったんです。

勝負をかけるつもりで、かなり正直に「エクイティで調達できるかどうかには関係なく、医療介護領域の事業をやっていきます」「受託開発をしながらになったとしてもやります」「○○というのが事業を生むための仮説です」「ただ、こうした仮説を持ってはいるけれど、自分たちは領域への知見が深いわけではない」「事業を作っていくのに簡単な領域ではないから、収益が上がるまでには焦らずしっかり時間をかける必要もある」といった内容です。

そして最後に、「ただ、受託開発を並行してやっていくと時間がかかりすぎるので、今すぐ事業に集中できるようになりたい。これをどうしてもアンリさんにお願いしたい」と率直に伝えました。

初対面での壁打ちで、飾ることなく率直に全てをさらけ出した志水氏。この姿勢が功を奏し、調達につながったのだが、当時の想いをちょっとした後日談として聞かせてくれた。

志水アンリさんのことはTwitterでよく見て研究していました。投資への姿勢や事業の好みなどはもちろんのこと、プライベートな部分も含めて、です。そうしてさまざまな言動をお見掛けする中で、「他の方ではなく、アンリさんにぜひお願いしたい」と思うようになっていました。

だから率直に思いを伝えることできっといい反応をしてくれる!と自信だけはありました。結果として、その場で「いくら必要なの?」とまで聞いてもらえたというわけです。

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命に関わる「入退院支援」の事業にたどり着くまで

創業当初は、訪問看護師の人材紹介事業などにチャレンジしていたものの、軌道には乗らなかったという。では、現在の入退院支援事業のツール開発に至るまでには、どのような経緯があったのだろうか。

志水アンリさんに出資をいただいてから、業界の課題を探る中、病院の入退院支援業務が日本の医療介護において大きな課題だと改めて認識しました。

日本の制度上、一つの病院で治療・リハビリ・介護を全て受けるのではなく、それぞれ別の専門施設に移動しながら医療介護を受けるのが一般的です。そして、施設の移動の際、退院と入院が同時に発生するわけなのですが、双方の施設間の調整業務に使用されるのが電話とFAXのみなんです。それゆえ、常に受電に追われたり、調整状況がリアルタイムに可視化されていなかったりで、手間ばかりがかかる。入退院支援の現場負荷がとても高い状況なんです。

当然、この状況は、患者様・家族様にも影響します。納得がいく最適な次の行き先を調整するには、まずは患者様・家族様の状況や望むことをしっかり把握することが大切ですが、現場の方が忙しすぎて十分にその時間をとれず、納得度が低いまま次の行き先を調整することも発生しています。また、調整に時間がかかり、本格的なリハビリ開始が遅れることもありますし、ガン末期の方の自宅看取りの在宅医療調整するのが遅れ、自宅ではなくそのまま病院でお看取りになることもあります。さらには、新型コロナが影響し、入退院支援はより複雑になり、こうした課題はより大きくなっています。

確かにこう聞くと、業界における課題の大きさが分かる。とはいえ多くの読者が、なじみの薄い領域の話にも感じるだろう。自分ごととして捉えることができる人は少ないかもしれない。そう率直に訪ねてみたところ、志水氏は「誰もが自分ごととして考えざるを得なくなる日も遠くない」と忠告するように語った。

志水この話をすると、ニッチな事業だと受け止められることが多いのですが、実は誰もが「患者家族」として簡単に当事者になりえます。私自身も父が10年前にクモ膜下出血で倒れ長期のリハビリ生活になった際に体験しました。

入退院支援を受ける高齢者は年間で約500万人程度、高齢者は全体で約3,000万人なので、自分の親が入退院支援をうける確率は500万人÷3,000万人で1/6。両親いずれかだと考えると1/3となります。この記事を読んでいる3人に1人は、「患者家族」に遠からずなりうるわけです。こう見れば、単にいま発生していないだけで、いずれかなりの高確率で、この入退院の課題にぶつかるかが、分かっていただけるはずです。

そんな志水氏ら3Sunnyが提供するプロダクト『CAREBOOK』は、医療施設と介護施設などをつなぎ、入退院に関するやりとりをスムーズに行うための機能を備える。

従来は、退院が必要な患者が出るたびに、退院先候補施設をリストアップし、電話で受け入れ可能かどうかを尋ねていた。しかし、医療施設は想定外の事態が起きることも多く、いつでも電話に出られるわけではないため、退院調整にかなりの時間と工数がかかっているという医療現場の課題があった。この課題に向き合い、かつ解決できうる国内唯一のプロダクトを、3Sunnyは提供している。

2021年1月現在、役員・社員・業務委託合わせて約15名のチーム体制で運営している3Sunny。ちなみに、専門的な話が多そうなので「医療専門職も社内に?」と疑問が湧いたのだが、最近はそういうわけでもないという。

志水事業を模索していた段階では、業界や領域の理解スピードを特に重視していたたため、専門職の方を社内にお招きし、大いに力をお借りしていました。今はたまたま社内に専門職の方がいない状況ですが、私たちも4年半ほどの経験から、事業を前に進めていくための知見は蓄積できてきたという感触もあります。

ただもちろん、医療専門職の方でしか分からないリアルな退院・転院調整の現状もあります。私たちは専門職の方と同じくらい詳しいと自信をもって言えるまでを目指し、現場に赴いて真摯にコミュニケーションを取り続けようとしています。

例え医療系のバックグラウンドがなくても、課題に真摯に向き合えば、事業を前進させることはできる。むしろ、経験だけでなく、こうした姿勢こそが重要になるのだという。

志水一緒に仕事をしてくれるメンバーは、自分の家族の実体験から関心が高い方も多いです。投資家でも、家族の生活に医療や介護が関わってきたことで課題解決の意義を感じてくださる方は多い。近年、かなり増えてきていると思いますね。

一方で、エムスリーさんを始め、メドレーさんやカケハシさんなど、「医療ベンチャー」として大きくなり有名になっている企業も多くなっていますよね?おかげで、この領域での仕事に興味を持つ方は増えていっています。「医療」に関わったことがなくてももちろん、活躍の場はある。むしろ、向き合う社会課題の大きさを考えれば、他の領域のスタートアップと比べればやりがいは圧倒的に大きいのではないでしょうか。

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医療ベンチャーに人材が集まる未来へ

最後に、どうしても気になってしまう収益性について聞いてみた。医療という領域でのビジネスに対しては「儲けやすそう」とイメージする人もいれば、「儲けにくそう」とイメージする人もいるだろう。

例えば今、成功している事業に多いビジネスモデルは、人材派遣や製薬領域に関わる広告などだ。エムスリーはまさにその成功事例と言える。3Sunnyのビジネスには、どのような特徴があるのだろうか。

志水弊社の事業の特徴は、業務負荷軽減と収益貢献の2つの価値提供をベースに病院・介護施設等からお金をいただいています。

業務負荷軽減だけだと、病院と介護施設の構造上、お金をいただきにくいのですが、収益貢献につながる『CAREBOOK』であれば病院・介護施設様からお金をいただけるくらい価値を感じていただいています。

また、我々がやっていることは社会に足りていないインフラの構築でもあり、参入しにくい事業領域と言えます。私たちがインフラとして整っていけばいくほど、その参入障壁は高くなっていきます。独占するというと聞こえは良くありませんが、自分たちにしかできない事業としてしっかり受け入れられれば、競合がいないがゆえに、非常に利益率の高い事業になると期待されています。

マーケットの規模についても、今明確に算出するのは難しいですが、高齢化という社会変化に伴い、さらに大きくなるのは間違いない。現在は、病院・介護施設等から業務負荷軽減および収益貢献という価値でお金をいただいていますが、例えば、入退院領域フックに、高齢者の悩みを解決する個人の方向けへの事業拡大へのポテンシャルは十分過ぎるほどあるとも捉えています。

ポテンシャルに対する投資家の評価もあり、2021年3月には3.2億円の資金調達も発表。これまではプレスリリースも最低限にステルスで事業を進めてきたが、ここからはできる限りオープンにして、アクセルを踏み込んでいくという。

志水私たちは社会インフラ構築に取り組んでいます。今できることはすべてやる、そのためにようやく、いわゆるヒト・モノ・カネに力を入れてスケールに本腰を入れるフェーズに入りました。

3Sunnyのメンバーは、「うちでなくても、医療や介護の領域においてビジネスに挑戦する人がこれからどんどん増えていってほしい」とも話す。確かにそうでなければ、日本が抱える課題を解決していくことは叶わない。

「医療ベンチャーでがんばれるモチベーションが、自分にはたぶんない」と感じる読者はおそらく少なくないだろうが、一度話を聞いてみると、課題のダイナミックさや貢献性が気になり始めるはずだ。自分の持つ選択肢を今一度、考え直してみてはいかがだろうか。

こちらの記事は2021年03月04日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

上沼 祐樹

KADOKAWA、ミクシィ、朝日新聞などに所属しコンテンツ制作に携わる。複業生活10年目にして大学院入学。立教大学21世紀社会デザイン研究科にて、「スポーツインライフ」を研究中。

写真

藤田 慎一郎

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