「経営者の仕事は求心力を高めること」
人材流動性高い現代の“企業のあるべき姿”とは?
ここ数年、「ホラクラシー」が組織の理想形態だ、というような論調を見聞きする機会が増えた。中央集権型・階層型であるヒエラルキーに対して、ホラクラシーは分散型・非階層型。つまり、上司と部下のような上下関係が存在せず、全員が対等な立場な組織ということだ。
この言葉が日本でも使われるようになるずっと以前から、そうした働き方を採用していた会社がある。株式会社アトラエだ。その原点はどこにあるのだろうか。代表取締役の新居氏に話を伺った。
- TEXT BY REIKO MATSUMOTO
- PHOTO BY YUKI IKEDA
“普通の会社”は最高の環境なのか?
CEOの新居佳英氏が同社を設立したのは2003年のこと。
「世界中の人々を魅了する会社を創る」をビジョンに掲げ、IT/Web業界に特化した求人メディア「Green」や、人工知能を活用したビジネスパーソン向けのマッチングアプリ「yenta」、組織改善プラットフォーム「wevox」などを運営している。
設立当初からフラットな組織管理体制をとった理由について新居氏は、「日本の典型的な会社が取り組んできたことを一旦すべてリセットしたかったから」と説明する。
新居チームとは何かの目標を達成するために組成されるもの。だから組織とは、その目標達成のために最適な環境を提供することにフォーカスすればいい。
たとえば朝型の人もいればそうじゃない人もいますし、フルタイムで働きたい人もいればそうでない人もいる。チームに属する多様な人の力を最大限引き出すためには、他の会社がこうしているから、とか固定概念に縛られず、全員にとって最適な体制や環境じゃないといけませんよね。
根底にあるのは、チームとは一つの目的を達成するために構成されるモノという考え方だ。その目的達成のためには、「メンバーそれぞれが快適と考える環境づくりをできるだけ阻害しないことが大事」と話す。
新居そもそも資本主義も株式会社も、関わる人全員が幸せになるための仕組みなはず。世間的には会社の成長と社員の幸せは反比例するように言われがちですが、もしそういう状態であるなら、その会社の仕組みや制度を疑ったほうがいい。会社や組織の究極の目的は、メンバー全員が幸せになることですから。
新居氏の言うとおり、世界的に見ても日本人の中で仕事を楽しんでいる人は少ない。
某シンクタンクの調査では、日本で『楽しんで仕事している人』の割合はわずか6%。調査対象となった139か国中132位だという。日本は人材の流動性が低いことを考えると、「つまらないと思っているのに会社を辞めない」人が多いということである。
「こういう楽しんで仕事をしていないことこそが、国全体の生産性の低さにもつながっている」と新居氏は話す。
新居製造業が中心だった時代は、きっちり管理してミスなく作業することが是とされてきましたし、やる気うんぬんというよりも、作業量がモノを言う時代でした。
しかし、物が溢れ、グローバルでの競争が始まっている現代において、大量生産できる巨大組織や資産を持つだけでは競争に勝てません。グローバル視点でいうと今は簡単にサービスも模倣される時代だし、勝つためにはメンバーのクリエイティビティや知恵を活かし、イノベーションを起こし続ける必要がある。
だからこそ、イノベーションを誘発できる会社を創ることが21世紀のスタンダードになるはずです。
社長やキャプテンだけが決められる組織なんておかしい
もちろんアトラエにはその考え方が反映されている。出勤時間は自由、子連れOK、子育て中は、必要に応じて時短も何年でも可能、などの取り組みにより、メンバーは無駄なストレスがない状態でいられる。そして良いアイディアが出やすい環境を構築しているという。
新居各自が考える【もっと働きやすくなる制度】があるなら、提案してくれれば新しく制度を作るようにしています。それに関してNOという人はいない。その制度によって生産性があがり、よりクリエイティブに働けるのであれば、制度を新設する以外に選択肢はありません。
自分のような社員からの提案が企業側に受け入れられるはずがない──。そう思ってしまう読者も多いはずである。このような思考を新居氏は「考え方が古い」と一蹴する。
新居社長とか役員とか、役職ある者が決める・偉い、みたいな考え方自体が間違っています。
たとえばサッカーの日本代表だって三浦知良の時代に始まり、中田や本田へと世代交代してきていますが、どの時代も目指しているのはワールドカップ優勝ですよね。少しずつレベルアップしながらキャプテンのバトンを渡してきています。
それと同時に、別にキャプテンだけが偉いわけじゃない。会社というチームもそれと同じです。タイミングに応じて各自が適切な役割を担うべきではありますが、誰かだけが偉い、誰かだけ決められる、ということではないんです。
“どうしても所属していたい理由”を作るのが経営者の仕事
さらに、「特定の諸外国では外部からの情報をシャットアウトしていてあり得るかもしれないが」と断った上で、「現代では国家や大企業ですら人々を囲い込むことは不可能と思ったほうがいい」と新居氏は主張。
インターネットの発達により、自分が属する国や組織以外の情報に触れることも、企業に属さずにフリーランスとして生きていくことも容易になったからだ。
その上で、このような人材流動性が高くなりつつある現代における経営者の仕事は「会社の求心力を高めること」になっていくはずだと言う。
新居日本のサラリーマンはこれまでなんとか組織にしがみつこうとしてきました。しかし、外を見ると意外とチャンスがあると多くの人が気付き始めている。経営者は、メンバーに見放されないようにエンゲージメントをあげる努力をしないといけない時代に突入しているんです。
他の会社や組織の状態も知っているし、この会社に所属しなくても生きていける。だけど、ここでしかできないことがあるからこの会社にいたい。そうメンバーに心から想ってもらえる企業こそが“企業のあるべき姿”だと言うわけだ。
現在アトラエが運営するサービスは、全てその“企業のあるべき姿”を実現するために考案されたものである。
転職サイトのGreenとビジネスマッチングサービスのyentaは、人々が外部の情報を集めたり知ったりするためのサービス。wevoxはメンバーの状態を把握し、メンバーにとって会社が“あるべき姿”と実態にどれだけ乖離があるのかを可視化し、組織改善のきっかけとなることを志向したツールである。
現在は3サービスをメインを運営しているアトラエだが、「上場後に保守的になる企業も多いが、ビジョン実現に向けて新サービスを投入し続けたい」という。
さて、ここで1つ疑問が浮かんだ。スタートアップのように新規サービスを産む際にはハードワークは必要なのではないか──。その問いに対して新居氏は「本人が成果をあげるために必要だと思うなら好きなようにやれば良い」と顔色一つ変えずに話し始めた。
新居プロスポーツ選手と同じで、ベストなパフォーマンスが出せるならどんな働き方でもいいじゃないですか。孫(正義)さんやイチローに『ちょっと休んだら?』って言う人はいませんよね。音楽アーティストでも作家でも寝ないで考えるときもあれば、昼寝したいときもある。
社員にクリエイティブに働いてもらうということは、会社が働き方をコントロールすることを辞めることだと思ったほうがいいでしょう。
経営する前に“人間が生きる意味”を考えよ
そんな新居氏が描く理想の未来は、「アトラエが21世紀の組織の模範として、一流のビジネススクールの題材になる」こと。
新居会社という組織、存在はなんのためにあるか。人間は究極的に、何のために生き、活動してるのか。変化の激しい現代において、そういった本質を理解しないまま経営しても、いい結果は生まれないでしょう。もてはやされているテクニックや仕組みだけを模倣していく姿勢は、企業としては非常に危うい姿ではないでしょうか。
そこに属するメンバー全員で描く“最高のチーム”をそれぞれの企業が実現させていけば、日本人の仕事に対する意識も変わっていくでしょう。
リアルでも漫画でも、いつの世もスポーツチームは楽しそうなのに、なぜ日本のビジネスパーソンはつまらなさそうなのか──。そういった素朴な疑問が、新居氏が“企業のあるべき姿”を考える際の原点である。
あなたの所属する企業は、“あるべき姿”だと言えるだろうか?もしその問いに少しでも疑念を抱くなら、それを進言することこそ、チームにおける今のあなたの役割なのかもしれない。
こちらの記事は2017年12月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
松本 玲子
写真
池田 有輝
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