「エンジニアだからこそ」実現する経営。
テックスタートアップの新常識を築く、CxO3名が語った組織づくりの極意
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2020年1月29日、FastGrowはテックスタートアップにシード期から投資を行うジェネシア・ベンチャーズと共催で、エンジニア出身の経営者による対談イベントを行った。
ソフトウェアテストの自動化ツール「Autify」を開発したオーティファイ CEOの近澤良氏、コードを使わずにアプリを開発できる「Napps」を提供するNappsTechnologies CEOの榎本友幸氏、クラウド型RPA「BizteX cobit」などを展開するBizteX 共同創業者/CTOの袖山剛氏を招聘。モデレーターはジェネシア・ベンチャーズの相良俊輔氏が務めた。
エンジニアとして豊富な経験を持った上で、起業に踏み切った3人。テーマは「起業にエンジニアの経験がどのように活かせるか」。
起業の経緯や勝負する事業の見つけ方、エンジニアがクリエイティブに働ける環境作りなど──トークは白熱し、それぞれの試行錯誤がつまびらかにされた。
- TEXT BY YU SHIMADA
- EDIT BY INO MASAHIRO
まずは就職。求めたのは「成功確度」と「絶対的なスキル」だった
成し遂げたいビジョンがある、どうしても解決したい社会課題がある、友人に誘われたなど、起業の理由は人によって様々だ。3人はどのように起業へ至ったのか。最初にマイクを取ったのは、袖山氏だ。
袖山最初に起業を考えたのは20代のころ。新卒で入社した会社の仲間と、30代になるまでには起業したいよね、と話していました。会社の先輩が起業していて、そこに憧れがあったんです。
起業したい、自分でやってみたい。その意思を持っていたのは近澤氏も同様だ。
近澤起業への熱意は社会人になる前からあり、学生起業も経験しました。世の中にまだないものを作り出し、ユーザーからフィードバックをもらって、改善するサイクルが楽しかった。
両者は「起業したい気持ち」がある一方で、まずは企業へ就職する進路を選んだ。事業を成功させるために必要なスキルに課題意識があったと語る。
近澤起業する前に、何でも自分でできるようになろうと思いました。エンジニアリングなら、フロントエンドもバックエンドもできる。デザインもある程度は自分でできる。事業戦略も作れる。そうすれば、起業した後、成功確度を上げられるのではないかと考えたんです。
袖山氏もスキルを高めようと、2社目に転職をする。だが、そこで出会ったエンジニアたちの技術力の高さに、自らのスキルの未熟さを実感。実務の中から学ぶのではなく、自学による研鑽を選んだ。
袖山「自分を支えてくれる、何かしらの絶対的なスキル」を身につけようと2社目は1年半で退職し、その後の1年間は仕事ではなくプログラミングだけをする期間を設け、OSの開発などをしていました。貯金を食い潰すまではスキルアップに専念しようと。
1年間の修行期間を経て、袖山氏は再び企業に就職。そこで4年間働いた後、いよいよ起業へと踏み出した。
起業の理由は三者三様。登る山への共感か、環境の変化か、ニーズの拡大か
袖山氏がBizteXをCTOとして共同創業したのは、同社CEOの嶋田氏の熱心なアプローチがきっかけだった。対話を重ねる中で、袖山氏はビジョンや計画性、視座に惹かれるようになった。
袖山嶋田は「自分の登る山」の話をよくします。人生の中で登る山さえ見つかれば、あとは登るだけだと。「起業して結果を出す」のは彼にとって、「無駄を自動化し、生産性をあげて世界中の人をハッピーにする」というビジョンの通過点でしかない。
ビジョンを掲げて終わるのではなく、事業計画も作り込んでいた。私が参画する前、すでにプロトタイプを作り、CTOが見つかれば出資を受けられる状態まで持ってきていました。
世界を見据えているのは近澤氏も同様だ。大学卒業時から、海外を相手取りたいと考えていた。起業を決意したのは、エンジニアとしてベイエリアでのキャリアを求めサンフランシスコへ移住し、現地スタートアップで働いていた頃だった。
近澤スタートアップ関連のイベントに行くと、出会う人はだいたい起業していて、していない自分がマイノリティになるんです。その時、すでに実現したいアイディアがあったのに、なぜ自分は起業していないのかと、踏ん切りがつきました。プライベートのタイミングも重なり今だと思い、起業しました。
榎本氏は「顧客のために何ができるか」を模索した結果、2013年から個人でスタートアップのサービス開発支援を始める。2019年になると、投資市場も活況となり、起業する人たちも多様に。弁護士や会計士、医師など、エンジニア以外の職種からの相談も増え、案件を受けきれなくなっていった。
榎本自分が属人的にやっている仕事をサービス化したら、もっと多くの人の役に立てると思いました。幸い、技術的に可能だとわかったので、起業を決意しました。
事業選定のコツは、市場の流れを読み、「バーニングニーズ」を見つけること
話題は来場者の多くが特に関心を抱いていた事業選定へと移る。
「技術やビジネスの流れを読むのが大事」と主張するのは榎本氏だ。
榎本Nappsは「Flutter」という技術を用いて作られています。Flutterが正式に使えるようになったのが2018年12月。日本ではFlutterでアプリを作っている人はほとんどいませんでしたが、今後流れが来るだろうと思いました。
袖山氏もこの意見に同意し、事業の中心となったRPAが、立ち上げ当時にどのような流れの中に位置付けられていたかを述べた。
袖山RPAという言葉が使われ出したのは2017年ぐらいでしたが、パソコンの中のアプリケーションを自動化する取り組みはもっと前からありました。だから、RPAのニーズは絶対にあると考えていました。
MM総研のRPA国内利用動向調査によると、導入企業数はここ数年増えており、袖山氏は流れをうまく読み取ったと言える。
市場の流れを読み解き、事業を決定した2人に対し、近澤氏は紆余曲折の末に現在の事業にたどり着いた。創業当初は技術文書の翻訳ツールを開発していたが、現在はソフトウェアテストの自動化を手掛けている。近澤氏は、事業選定には「二つの要素がある」と主張する。
近澤一つは市場規模の大きさです。翻訳ツールには顧客もいて、ナショナルクライアントにはGoogleもいました。しかし、市場規模が小さく、現実的に事業化は難しかったですね。
市場を調べる中で、ソフトウェアテストの市場は大きく、IT予算の3分の1を占める規模だと知ったんです。これはイケると思いました。
もう一つは「バーニングニーズ」の発見。顧客が今すぐ解決したい課題です。
事業内容をソフトウェアテストに定めた後、サービスの具体案を決めるために100社ほどの企業にヒアリングして、課題を洗い出してみました。「自動化したいが手が回らない」、「自動化できてもメンテナンスに時間がかかる」という二つの課題が解決できれば事業になると考えました。
実際に、このアイデアをクライアントに話すと、プロトタイプすらない状態でも「買います」という返答があったんです。
ユーザー採用、育てる視点、エンジニア経営者ならではの2つの採用手法
事業を立ち上げた後は、グロースが当然求められる。エンジニア出身だからこそ活かせるスキルについても触れられた。
袖山問題の可視化やトライ・アンド・エラーは培われるスキルです。事業を軌道に乗せるまでは、短いスパンでPDCAを回す仕組み作りが必須ですから。
近澤工数の全体を俯瞰して、実装にかかる期間とインパクトを推測しやすいのもメリットですね。加えて、エンジニアと共通言語で話せるので、コミュニケーションの齟齬も起きにくい。
近澤氏の言うように、組織やカルチャー作りにおいても経験は生かされるようだ。榎本氏は、ともに働くメンバーの見つけ方について、二つの方法を述べた。
榎本一つ目はユーザーの採用。個人的にも実施していて、オススメです。
彼はNappsの開発メンバーをユーザーコミュニティから採用している。開発においてユーザーからのフィードバックは重要だ。この点を最も自然な形でクリアできると言える。
榎本二つ目が、見つけるのではなく、育てる視点で探すことです。弊社がコア技術として使っているFlutterは未経験からでも比較的身につけやすい。そこで、Flutterを学びたい学生エンジニアを対象としたイベントを行い、採用につなげています。
同社が拠点を置く福岡市は大々的なスタートアップの支援で話題だ。時には街全体を巻き込んだ実証実験を行うなどエンジニアリングへの関心が高く、移住者・在住者を問わずエンジニア人材が増えている。そうした環境に身を置くのも、メンバー探しでは重要だ。
言葉遣いから、応募フォームの質問まで。ミスマッチを劇的に減らす秘訣とは
袖山氏と近澤氏が触れたのは、メンバーの採用基準についてだ。
袖山創業3年目のとき、組織的な問題が起きました。理由は事業に対する共感が低かったから。それ以来、弊社のミッションについて面接で尋ねています。
また、「謙虚・尊敬・信頼」も大切にする基準だという。この三つはGoogleのエンジニアが書いたチームづくりの本『Team Geek』で取り上げられている概念だ。
袖山人間関係のトラブルは、この三つのうちどれかが欠けると発生しますから、必ず確認しますね。たとえば、日々のコミュニケーションやコードレビュー時の言葉遣いを見てみます。エンジニアのなかにはきつい言葉遣いの方もいるのですが、謙虚さや他者への尊敬は、対話のなかに滲み出ると考えています。
近澤氏はこの発言に深く共感する。スキルだけでなく、カルチャーフィットを重視し、採用ミスマッチを防ぐための取り組みを紹介した。
近澤弊社でもオーティファイに社名を変えるタイミングで組織的な問題が起きました。そこでカルチャーフィットの重要性を痛感し、新たに採用するならどんな人材が良いだろうかと、社内でワークショップを行いました。ターゲット像を洗い出し、面接の質問へ落とし込み、「面接のテンプレート」を作り、採用活動の構造化を試みました。
すると客観的な比較・分析が可能になり、「なぜこの人が良いのか」や「なぜこの人は合わないのか」を言語化できました。事業への共感は私たちも大事にしていて、応募フォームに「オーティファイについて何を知っていますか?」という質問を設けるだけでも劇的にミスマッチが減りました。
いかにしてエンジニアのパフォーマンスを最大化するか
最後の議題はエンジニアがパフォーマンスを発揮できるような環境作りだ。
拠点が福岡市で、東京在住のエンジニアも所属する榎本氏の会社では、リモートワークや裁量労働が基本。「週に1回、ミーティングで何をするかを決めて、あとは各自の裁量に任せる」スタイルで運用しているそうだ。また、自由に意見を言える環境づくりも意識している。
榎本私たちは組織を「動物園」にたとえていて、開発チームのSlackではそれぞれを「さる」や「うさぎ」などのあだ名で呼び合っています。すると、地位や年齢に関係なく発言できる雰囲気が生まれ、ポジショントークが発生しにくくなりました。今や実質的なCEOは、最もユーザーに近い20歳のメンバーです。
近澤氏は「出社により得られるコンテクストの共有も大事だ」と述べた後、自社のリモートワークのルールを述べた。
近澤週によって「1日リモートデー」を決めて、その日は全員リモート勤務をします。その他の日は、基本的にオフィスに出勤してもらっていますが、始業や終業の時間はそんなにこだわっていません。
オフィスに来ない日があってもいいと思います。しかし、みんなが自由に出社日を選ぶと、オフィスに出勤する良さもなくなってしまう。いる日は全員いる、いない日は全員いない、と決めています。
袖山氏はこの議題のなかでエンジニアのクリエイティビティに目を向けた。
袖山エンジニアは「決まった時間に、決まったアウトプットを出す」といった仕事の仕方では、成果が最大化しません。最大化は、その人のルーティンや働きやすい環境を尊重してこそ。創造的に仕事を実現できる環境や仕組みを作っています。
今回登壇した経営者たちは、経営戦略や組織作りについて構造的に捉えていたのが印象的だった。「エンジニアは因数分解能力が高い」と榎本氏が語ったように、エンジニアとしての経験は、特定の技術のみならず、課題発見・解決のフローなど、より一般化したレベルでも活きてくる。
こうしたバックグラウンドを持つ経営者の増加により、エンジニア特有のクリエイティビティが発揮されたビジネスが新たに生み出されていくだろう。
こちらの記事は2020年03月13日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
島田 悠
1986年生まれ。京都大学大学院工学研究科博士後期課程単位取得中退。人材系広告代理店に入社し、チェーン展開する企業のアルバイト・正社員採用に携わる。その後、フリーライターとして独立。主に人材系記事や科学解説などのライティングを行う。
ライター/編集者。1991年生まれ。早稲田大学卒業後、ロンドンへ留学。フリーライターを経て、ウォンテッドリー株式会社へ入社。採用/採用広報、カスタマーサクセスに関わる。2019年より編集デザインファーム「inquire」へジョイン。編集を軸に企画から組織づくりまで幅広く関わる。個人ではコピーライティングやUXライティングなども担当。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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