企業コンセプトを明確にするには、メンバーを巻き込む妥協なき議論を。
スタートアップのブランディング論【Sansan×freee×ABEJA】

登壇者
遠藤 哲生
  • 株式会社ABEJA プロジェクトマネージャー 

株式会社ABEJA ECサイトのエンジニアから大規模Webアプリケーションの構築、運用やグローバルなWebサイトの制作を指揮し、フルスタックなスキルを積む。職種にこだわらず、様々なスタートアップのチームを加速させる役割が得意。

田邉 泰

大学卒業後、Webアプリケーションのエンジニアを経て広告業界でデジタル領域を中心に様々な広告制作に携わる。2014年にSansanへ入社し、部長/クリエイティブディレクターに就任。2018年12月より執行役員 CBOを務める。

小川 テツヤ

自動車部品メーカー株式会社デンソーでデザイン部でBtoBのブランディングを経験。2017年10月にfreeeへジョインし、ブランドコミュニケーションチームを率いる。

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サービス認知度の向上や採用力の強化といった目的のために、企業はブランディング活動を行う。しかし、スタートアップにとって「ブランディング=ロゴをつくること」といった誤解も少なくないなか、表層的な制作物で成果が得られるのかは眉唾だ。

2019年4月、freee株式会社が「BtoBスタートアップのブランディングイベント#01〜ブランド担当者がスタートアップでブランディング活動を加速させるには〜」を主催した。

登壇したのは、株式会社ABEJAでリブランディングプロジェクトを率いた遠藤哲生氏、Sansan株式会社でCBO(チーフ・ブランド・オフィサー)を務める田邉泰氏、freee株式会社でブランドコミュニケーションチームを管掌する小川テツヤ氏だ。

ブランディング活動を推進するにあたり、全社を巻き込んで長期間に渡る徹底的な議論を行った3社。それぞれの事例を掘り下げ、事業成長と組織づくりを加速させるブランディング手法に迫った。

  • TEXT BY HARUNO
  • EDIT BY TAKUMI OKAJIMA
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CEOが投資を惜しまなければ、ブランディングは上手くいく

「テクノロジーの力で産業構造を変革する」をミッションに掲げるABEJAは、2012年の創業以来、2つのサービスを提供している。

1つは、ディープラーニングを軸とした画像解析技術により、実店舗における来店から購買までの顧客行動をデータとして可視化する、小売流通業界に特化した店舗解析SaaS「ABEJA Insight for Retail」。もう1つは、AIの開発・運用に必要不可欠なプロセスを最小化し、AIのビジネス実装を加速させるプラットフォーム「ABEJA Platform」だ。

2018年2月、ABEJAはサービスロゴ、コーポレートロゴ、WEBサイトの設計、名刺デザインなどを一斉に変更する、大規模なリブランディングを実行した。きっかけとなったのは、代表取締役CEO・岡田陽介氏による「WEBサイトのリニューアルをしたい」との提案だ。

当初、その意図を汲み切れなかったという遠藤氏は、岡田氏へのヒアリングを通じて、ロゴや名刺などのあらゆる制作物が、ABEJAが創業期から追求してきた「テクノプレナーシップ」を十分に表現できていない問題に行き当たった。

テクノプレナーシップ(Technopreneurship)とは、ABEJAが掲げるタグライン「ゆたかな世界を、実装する」を実現するための行動指針であり、テクノロジーとリベラルアーツの両輪をアントレプレナーシップによって循環させ、非連続なイノベーションの実現を目指す精神として定義される。最新のテクノロジーを無闇に社会実装しようとせず、「何のテクノロジーを使うか」ではなく「何のために、どのように使うか」を自ら問い続けるリベラルアーツと、イノベーションを推進する原動力としてのアントレプレナーシップを包括するものだ。

遠藤氏を含めて立ち上がったブランディングチームは岡田氏にヒアリングを続け、ブランドコンセプトを洗練させていき、あらゆる制作物に「テクノプレナーシップ」を落とし込んでいった。

当時、リブランディングプロジェクトと並行で、ABEJAとしては初の試みとなる大型カンファレンスイベント「SIX 2018」の開催準備や、オフィス移転の計画も進んでいた。40名規模だったABEJAが、人的リソースが不足するような目まぐるしい状況でもプロジェクトを実行できた理由について、遠藤氏は「岡田がブランディングに対する投資を惜しまなかったからだ」と話す。

株式会社ABEJA プロジェクトマネージャー 遠藤哲生氏

遠藤高校でコンピュータグラフィックスを専攻していた岡田は、デザインが持つ力や、デザインを活用したブランディングの必要性を強く理解してくれていました。中途半端なアウトプットを出すと突き返され、アイデア自体が白紙になることもありました。しかし、正しいアウトプットを生み出せば、それに応じた投資をしてくれたんです。

リブランディング活動とそのためのデザインに愚直に向き合ってくれたからこそ、プロジェクトを成し遂げることができた。ブランディング施策の内実よりも、CEOとブランディングを担当するメンバーの間に強い信頼関係があることが重要だと思います。

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効果を測定しにくい領域だからこそ、定量的な数値を追求せよ

2019年6月に東証マザーズへ上場したSansan。「名刺」をビジネスの軸とし、法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」と、個人向け名刺アプリ「Eight」を展開する。

同社は昨年12月、ミッションを「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」から「出会いからイノベーションを生み出す」へと進化させた。

Sansan株式会社 執行役員 CBO 田邉泰氏

田邉以前のミッションからも、「名刺をデータ化し、共有することによって人びとの働き方を変える」ことに挑んでいると伝えることはできました。 しかし、根本にある「出会いを後押ししたい」想いまでは伝わりにくく、ミッションから湧き出るワクワク感をもっと強めたいと感じていました。面接に来てくれて直にメンバーと話さないと、僕たちの目指す世界観や「名刺」を軸としたビジネスの魅力が伝わりづらい課題があったんです。

Sansanでは「カタチ」と呼ばれるミッション、バリューを変更するにあたり、社内のメンバー全員が「カタチ」について本気で議論する時間を設けた。1年をかけ、一人ひとりが自分たちの進むべき方向を見つめ直し、お互いにぶつけ合ったのだ。

「カタチ」を刷新したSansanでは、全社員が長い時間をかけて議論に参加したことにより、「創業当初から向き合っていた『出会い』がさらに身近なものとなった」、「ミッションをより自分ごととして捉えられるようになった」といった声が上がるようになった。

さらに、採用力を高めるためのブランディング活動として、Webサイトで「出会い」をコンセプトにした動画を公開した。これは採用活動において、名刺の価値や出会いを生むことの面白さや、Sansanが目指す世界観をより深く理解してもらうための施策だ。

Sansanがブランディング活動に注力する目的は「会社を好きになってもらい、仲間を増やす」こと。 目的が曖昧になりがちなブランディング領域において、「『何となくかっこいいものをつくりたい』といった動機で施策を行うのではなく、定性的な目標もできるだけ定量化し、明確な目的の中で定性と定量のバランスを取ることが大切だ」と田邉氏は指摘する。

田邉採用目的であれば、人事とコミュニケーションを取りながら、応募者数の増加や、会社への定着率といった定量的な数値をチェックし、施策の効果測定を行うこともできます。また、獲得した人材のレベル感を定性的に評価することや、人事評価と照らし合わせて定量的な指標に落とし込むことも大切です。

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ブランディング担当者を、マーケティングチームに派遣。現場で並走し、デザインを磨き込んだ

「クラウド会計ソフトfreee」や「人事労務freee」、「会社設立freee」など、バックオフィス業務を効率化するサービスの提供によって、個人事業主を含めた中小企業の支援を行うfreee。

2017年10月にfreeeへジョインし、ブランドコミュニケーションチームを率いることになった小川氏は、活動に注力するにあたり、全社向けのヒアリング活動を行った。その結果、すべてのメンバーが役員陣と同じフロアで肩を並べて働いており、ボトムアップな文化が浸透しているfreeeにおいて、一部の社員だけがブランディング活動に参加してもうまくいかないと考え、全社を巻き込む施策を勘案することとなった。

CEOの佐々木大輔氏を含めたプロダクトサイドのメンバーを集め、freeeの進むべき方向について議論し、コンセプトを整理。そのなかで、小川氏は業務に用いるスライドのフォーマットを作成することになった。

freee株式会社 クリエイティブディレクター 小川テツヤ氏

小川ブランディング活動を始める以前は、部署によってスライドの質にばらつきがありました。デザインを統一するため、営業や登壇の際に使用するフォーマットをつくることになったんです。

正直に話せば、最初は「スライドをつくるなんて、地味な仕事だな」と思ってしまった面もありました(笑)。しかし、スライドはすべてのメンバーが使用し、誰の目にも入るものであり、工夫次第で社内の全員を巻き込んでいける業務だったんです。

freeeが用いる「デザイン」は、バックオフィス業務につきまとう煩雑なイメージを払拭し、簡単に利用できるサービスであることを、ユーザーへ直感的に伝えるものでなければならない。スライドだけでなく、あらゆる制作物のデザインを統一するため、小川氏はフォントや色の選定基準を定める「ムードボード」を作成した。

ブランドコミュニケーションチーム単体で施策を進めるのではなく、マーケティングチームと協業しながら、ブランディング観点から業務のサポートを実行。さらに、現場で働く一人ひとりが考えるfreeeの価値をヒアリングし、ムードボードに沿ってイラスト素材へと昇華させ、 マーケティングチームへ提供した。

イラスト素材が社外向けの制作物に利用された際は、どのような反響があったかをマーケティングチームからフィードバックしてもらい、改善を繰り返していった。

小川現場感覚を持たないままイラスト素材をつくっても、現場のメンバーから「広告効果を優先していない人がつくったものだから、結果が良くなるのか分からない」と思われてしまう危険性がある。そうではなく、ブランド担当者も現場で並走し、数字にも責任を持つことが大切だと考えています。

とはいえ、定量的な効果だけでなく、定性的な効果にも目を向ける必要があります。たとえばこの1年ぐらいで、もともとデザインに関わるメンバーだけが持っていた「freeeっぽいデザイン」の感覚を、マーケターの一人ひとりが理解してくれるようになったことは、大きな成果だと捉えています。

ブランディング活動における3社の共通点は、多くのメンバーを巻き込んで徹底的に議論し、自分たちのコンセプトを明確化していったことだ。スタートアップのブランディング活動においては、妥協のない議論によって目指す世界観をはっきりさせ、デザインに落とし込んでいくプロセスこそが重要なのではないだろうか。

こちらの記事は2019年07月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

ハルノ

2017年からライター活動をはじめ、海外を渡り歩きながら執筆しています。テクノロジーとメディアを通して読者の価値観を広げる、がモットー。マイノリティとしての生き方について常に考えを巡らせています。

編集

岡島 たくみ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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