LayerX・福島良典が、「金融」に注目する理由──ブロックチェーン社会実装への展望を語る
Gunosy創業者の福島良典氏が2018年8月に設立した、LayerX。2019年9月にリリースされたnoteでも綴られていたが、2度目の起業となる福島氏が、不退転の覚悟でブロックチェーンの社会実装に取り組む。
昨今のスタートアップ界隈において、「ブロックチェーン」という領域への注目度は、仮想通貨バブルで過剰な期待を集めた頃に比べ、やや鳴りを潜めている印象を受ける。福島氏が、今あえてブロックチェーンに全てをベットするのはなぜなのか。
「社会のインフラとなるのは『確定した未来』で、既に商用化フェーズに入っている」と断言するブロックチェーンの現在地と、最初に攻める領域として「金融」を選ぶ理由、さらには「『あがり』に興味はない」と断言する福島氏の業界発展に懸ける想いまで、同氏が創り出そうとする「未来」に迫る。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
既に商用化フェーズに差し掛かるブロックチェーン
ブロックチェーンは、仮想通貨関連ビジネスを除き、目立った社会実装の事例が現れていない印象も受ける。そうした懐疑的な論を福島氏にぶつけてみると、「ブロックチェーンビジネスの最先端では、『何に使えばいいか』なんて誰も悩んでいない」と一蹴した。
福島一般的にイメージされるような、派手で分かりやすいものではないかもしれませんが、確実に世界を良くする応用例は出てきています。もし「ブロックチェーンの活用方法に悩んでいます」と言っている人がいたら、その時点で業界アウトサイダーだと分かる。「ものを作っていない」と告白しているのと同義です。
僕はブロックチェーンや分散台帳技術が何かしらのインフラになることは、確定した未来だと思っています。「インターネット」が意味するものが時代と共に移ろっていったように、現在「ブロックチェーン」と呼ばれているものとは別の形になる可能性はありますが、デジタルな信用社会がつくられていく流れは止まらないでしょう。
「現在は、商用化の方向性はいくつも見えてきているなかで、ビジネスモデル構築に取り組んでいるフェーズ」──福島氏は、ブロックチェーンの現状をこう捉えている。特に商用化が進みつつある領域は、複数の事業者や関係者が絡み合い、なにかしらのドキュメントやデータ、ワークフローを共有するビジネスだという。
たとえば、貿易。海運サービスの世界的企業であるA.P. モラー・マースクとIBMは、ブロックチェーンをベースとしたサプライチェーンプラットフォーム「TradeLens(トレードレンズ)」を共同で開発。2018年12月に商用サービスもスタートした。また金融領域においても、複数の金融事業者が共同で融資するシンジケートローンや、証券化などのジャンルで実装が進んでいるそうだ。
こうした領域では、詐欺が起きないようにするための確認フローに多大なコストが発生している。そこをブロックチェーンでカバーすることで、膨大な手間とコストを削減するという。これらの事例を横目に、福島氏は「王道の事例は、既に出し尽くされている」と語る。
福島もちろん細かい事例は増え続けていますが、表面上の「こんな事例がいい」といった情報は溢れ出ています。むしろ特定のビジネス領域における、課題の深掘りと解決策の提示──すなわち「実装」のためのノウハウや経験値が不足している。実装面の情報にしか、もはや価値はなくなってきているフェーズまで来ている状態なんです。
無論、領域によって商用化の難易度はさまざまだ。ただ、福島氏は「既に似たようなビジネスニーズが顕在化しているジャンルから着手することを意識している」と語る。
福島既にお金が支払われている領域で、より良い解決手段や優れた体験を得られるようにサービスを作っていくのは、ビジネスの基本なはず。しかし、ことブロックチェーンの話になると、「今までに存在しなかった何かが突然生まれて、そこになぜかお金も払ってくれる」妄想が跋扈しがちです。
たとえば、ブロックチェーンの実装例として、ブランドの産地証明での活用例などが挙げられます。ただ、いまブランド品が本物であることの証明にお金を払っている人って、ほとんどいませんよね?だからこそ貿易や金融のように、既にコストが発生しているプロセスにブロックチェーンを活用することで、より優れた体験を生み出せる領域から攻めていくのが確実です。
機械学習と、同じ“轍”を踏まないために
そもそも、こうしたエンタープライズ向けのブロックチェーン技術は、一般的にイメージされる「ブロックチェーン」とは別物だという。
一般に「ブロックチェーン」が紹介される際は、誰でもネットワークに参加可能な「パブリックチェーン」が使われた技術のことを指していることが多い。ビットコインやイーサリアムが、パブリックチェーンを活用したサービスの代表例だ。
一方で、貿易や金融など、現在商用化が進んでいるエンタープライズ向けのブロックチェーン技術においては、パブリックチェーンは使用しない。
近年では、純粋な“ブロックチェーンらしさ”を求めるパブリックチェーン系のプレイヤーと、商用化に注力するエンタープライズ系のプレイヤーが対立している様子も目にするという。福島氏は、パブリックチェーンの先進性や、中長期的に見て社会実装が進むことには同意している。しかし、「先鋭的すぎて、現実的なUXも含め、まだまだ商用化は見えにくい」うえ、両者の軋轢については「正直ナンセンス」と否定的な見解を示す。
福島研究も商用化も、両方必要です。いがみ合って自滅してしまっては本末転倒なので、各々がやるべきことに邁進していくべきです。
こうした状況も踏まえ、LayerXは商用化に注力していく。
補足しておくと、福島氏は研究から逃げたわけではない。むしろLayerXは「R&Dでも日本トップクラスの実績を出していると自負している」という。メンバーの出した論文も高い評価を受けており(※)、「パブリックチェーンを含め、ここまで優秀なエンジニアを揃えている組織は他にはいない」と自信をのぞかせる。
(※)2019年9月には、研究を進めるCBC Casperの研究を評価されEthereum Fundationが運営するEthereum Foundation Grants programの対象企業に選定された。Ethereum Foundation Grantを取得するのは、LayerXが日本で初めての事例となる。同じく研究を進めるZerochain研究開発は、世界的なブロックチェーン財団、Web3 Foundationが進める金銭・技術的な支援プログラム「Web3 Foundation Grants Wave2」に選出されている。
それでも福島氏が商用化にこだわるのは、ある危機感からだ。2014年頃にブロックチェーンに目をつけはじめ、ビットコインのホワイトペーパーを見た瞬間に「これはやばい。ここ数年が勝負だろう」と直感していたという。その目論見通り、ビットコインは一世を風靡するようになる。
しかし、仮想通貨バブルがはじけた現在は、先述のようにエンタープライズ向けに商用化が進んできてはいるものの、「まだまだビジネスとして成り立っていない」段階。特に、日本国内における世間一般の期待値は下がる一方だ。
このままだと、海外のプレイヤーに一気に差をつけられ、取り返しのつかないことになる──そう危惧した福島氏は、「誰もリスクを取らないなら、自分が取ろう」とLayerXの設立、社会実装へのフルコミットを決意したのだ。
福島世界の潮流と国内の期待値とのギャップにより、グローバルな開発競争に取り残されてしまった事例は、これまでたくさん見てきました。機械学習のときもそうでした。もう、同じ轍は踏みたくない。僕らが先駆けて商用化の成功事例をつくっていくことで、ブロックチェーンへの投資を増やし、業界全体を成長させていきたいと思っています。
ブロックチェーンのキラーアプリは、まず金融領域から出る
では、LayerXはブロックチェーンを用いて何を手掛けるのか。最初に攻める領域として福島氏が掲げるのは、「金融」だ。「ブロックチェーンのキラーアプリは、まず金融領域から出る」と展望する福島氏は、ブロックチェーンを活用し、既存の金融機関が担っている機能の一部を代替するプラットフォームの構築を目指す。そのプラットフォームを利用することで、世の中のあまねく企業が、自社で「金融」サービスを提供できる未来を描いているのだ。
福島昔は店舗を構えないと小売ビジネスが手がけられなかったのが、ECサイトの登場によって誰でも店を出せるようになりました。また昔はテレビのネットワークに乗らないとメディアを作れなかったのが、インターネットの登場により情報発信が民主化されました。同じように、誰でも簡単に証券化や送金、ファクタリングが行えるようにする、金融プラットフォームをつくろうとしているんです。
現在はプロジェクトファイナンスを手がける企業や金融機関とパートナーシップを組み、主にコンサルティングや開発パートナーといった形で、「金融」機能の実装に取り組んでいる。ただし、コンサルティングは手段に過ぎない。共同開発した金融プラットフォーム上で発生するトランザクションフィーを受け取るビジネスモデルの構築を、福島氏は見据えている。現在、すでに数社の大手企業と商用化を前提とした開発を進めているという。
また、国内でLayerXと同じレベルでブロックチェーン実装に取り組んでいる数少ない企業として、福島氏はNRIや日本ユニシス、NTTデータなどを挙げる。こうした大手IT企業は、もちろんLayerXよりも潤沢な資金力を有しており、福島氏は「危機感しかない」と語る。そうした状況下で、LayerXならではの勝ち筋は「人月商売に囚われず、フラットに顧客の課題解決に寄り添える」点にあるという。
福島僕らは、ブロックチェーン技術そのものを、「エンジニア数」や「サポート期間」という形で売っているわけではありません。対コンシューマー、対顧客の最前線で事業を推進してきた経験を活かし、最適なソリューションを提供しています。
ブロックチェーンそのものに単価をつけているわけではないので「あえてブロックチェーンを使わない」提案もできます。ブロックチェーンは有用な技術ではありますが、制約も多いので、我々プロフェッショナルが「そもそもブロックチェーンを使う必要があるのか?」という段階から寄り添っていく必要がある。「ブロックチェーンの会社」というより、「ブロックチェーンに強みを持つ金融の会社」というイメージの方が近いかもしれません。
現在は全体で約25人のメンバーが在籍しており、エンジニアをはじめ、BizDevやコーポレートロールを担うメンバーが占める。今後も、エンジニアを中心とした採用活動を進めるという。福島氏は「ブロックチェーンビジネスには総合力が必要で、いまのLayerXのチームだからこそ立ち上げられるマーケットだ」と語る。
福島技術力はもちろん、経営トップに入り込んでいく営業力やさらなるリスクを取るための資金調達能力、そしてリアルな産業課題を解決に導ける戦略構築力、多様な人材を集めるための巻き込み力も必要です。経営陣もエンジニアも、BizDevも法律に詳しいコーポレートチームも、全部揃えなければいけない。こればかりは、シリアルの僕らだからこそできる事業だと思っています。
「あがり」に興味はない。業界全体の発展に貢献したい
随所に確かな自信を覗かせる福島氏だが、見据える道筋はすべてクリアなわけではない。技術面、ビジネス面、人材面など、課題は山積している。
福島テック面では、ブロックチェーン特有の“面倒臭さ”には今後も対峙していかなければいけません。一般的なWebアプリケーションだと無視できる観点でも、ブロックチェーンでは考慮しなければいけないケースも少なくなく、設計も実装も癖がある。シンプルに、複雑で難しい領域だと思います。
ビジネス面では、まだまだビジネスモデルが確立されているブロックチェーンプロジェクトはないので、引き続き試行錯誤していかなければいけません。「あるといいね」までは到達していても、それだけでは残らない。また、ブロックチェーンエンジニアの総数自体が少ないので、技術者数の底上げと育成も急務です。
とはいえ先ほども触れたように、これ以上ないチームはつくれている。「このメンバーで時間をかけ、本気でプロダクトを作っても成功しないなら、ブロックチェーンそのものがだめなのではないか」と思っています。
シリアルでしかなしえないであろう最強のチームを擁してまで、あえて難易度の高い領域へ、全力をかけ挑む福島氏。彼は、なぜまたここまでのリスクを取るのだろうか。
一般的には「成功」と呼ばれる体験を経て、言わば“あがり”の人生を送ることもできるはずだ。しかし福島氏は、「自分はたまたま幸運だっただけなので、得たリターンは全部エコシステムに還流すべきだと思っている」と一蹴する。
福島「あがる」「あがらない」とか、根本的に興味がないんですよ。自分は、形のうえでは成功したかもしれませんが、たまたま僕が選んだマーケットが良くて、支援してくれた人たちが集まっただけ。実力で勝ち取ったとは思っていません。
だからこそ、もう1回リスクを取り、このスタートアップ業界がもっと大きくなるようなチャレンジをしなければいけない。心の底から、そう思っています。ゼロになったら、また一から始めればいい。セコセコと蓄財する人が出はじめると、この業界は終わっていくでしょう。
資本主義的なエコシステムはそうして回っていくべきだし、ここ数十年の日本は、それをやらなかったからダメになったのだと思います。「誰かがやってくれると思い、誰もやらない」状態を続けた結果、情報産業において世界をリードするプロダクトをほとんど生み出せなかった。もう、同じ轍を踏みたくないんです。
LayerXは2019年10月、元ユナイテッド取締役・手嶋浩己氏、元Aiming CFO・渡瀬浩行氏、元メルカリ執行役員・掛川紗矢香氏らを迎えた新経営体制を発表した。ここからも、同社の本気度が窺える。
インタビューを通して感じたのが、福島氏の目線がぶれずに「未来」を向いていたことだ。
ブロックチェーンビジネスへの世間の懐疑的な目線など気にしない。冷静な事実認識に基づき、その奥底に秘められた熱さをもって、社会実装にひた走っている。
ブロックチェーンがデジタルな信用を創り上げていくという「確実な未来」を、ただ手をこまねいて待っているだけでなく、自らの手で実現しようとしている。
ピーター・ティールは、著書『ゼロ・トゥ・ワン』において、「スタートアップとは、君が世界を変えられると、君自身が説得できた人たちの集まりだ」と語った。ブロックチェーンで「世界を変えられる」と自身を「説得」できている福島氏は、まさにスタートアップ精神を体現していると言えるだろう。
こちらの記事は2019年10月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
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