ニューヨークで経済効果250億。
急増するLGBT旅行者、惹きつける国は何に優れているか?
世界で「LGBT」(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の人びとに対する認識が高まっている。
先進国を中心に同性婚を合法化する国が増えるなど、その法的権利を認める動きが広がるなか、以前のように隠れた存在ではなくなったLGBTの人びと。
新しい消費者セグメントとして注目を集めている。
旅行産業も例外ではない。
LGBT旅行者に優しいサービスや商品を提供するLGBTツーリズムの可能性とは──?
- TEXT BY HIROKO KAWASAKIYA CLAYTON
台頭するLGBTツーリズム
急成長するLGBTツーリズム市場は、世界で年間2000億米ドル以上の規模ともいわれている。LGBTの人びとは旅行をする頻度が高く、その消費額も平均以上。旅行産業にとっては注目の消費者だ。
LGBTツーリズムのわかりやすい例としては、同性カップルのハネムーン、ゲイ男性やレズビアン女性の団体ツアーなどの旅行商品がある。また、航空会社やホテルなどのサービス提供者が、LGBTに優しい商品やサービスを提供することも含まれる。
その需要の背景には、LGBT旅行者に対する差別がある。先進国では改善してきているとはいえ、今でも多くの地域でLGBTの人びとに対する差別が顕著だ。同性愛が違法の国や地域はもちろんのこと、そうではないところでも差別により旅行者の身に危険が及ぶこともある。
英国のツアー会社、Virgin Holidaysが行った2016年の調査によると、LGBT旅行者の32パーセントが旅行中にセクシュアリティが理由の差別を受けたという。
1000人を対象とした同調査で、このような差別を受けた場所は二度と訪れないと答えた人は63パーセントに上り、セクシュアリティの問題がLGBTの人びとの旅行先を決定づける大きな要素になっていることも明らかになった。
期待される経済効果
一方で、LGBTの人びとを惹きつけてきた国や地域もある。
2005年に世界で3番目に同性婚合法化を実現したスペインがそのひとつだ。早い段階で同性婚を認めたことで、LGBTコミュニティのなかでスペインのイメージは向上した。
特に、1977年にスペインで最初にLGBTデモが行われたバルセロナは、ヨーロッパのなかでもLGBTに優しい都市として知られている。市内のアシャンプラ地区にはLGBTの人びとをターゲットにしたビジネスが集中し、多くの旅行者が集う場所になっている。
Vienna in BlackやDiversity Ballなど、LGBTイベントが多く開催されるオーストリアのウィーンも人気だ。
米国ニューヨークには、年間700万人以上ものLGBT旅行者が訪れる。ニューヨーク州では2011年に同性婚が合法化。ニューヨーク市とNYC&Companyの報告書によると、合法化1年目の同性婚件数は8200件、結婚式に参列した人は20万人、地元への経済効果は2億5900万米ドルにもなったという。
地元の観光業に大きな経済効果をもたらす同性婚だが、その効果は経済的なものにとどまらない。
国連世界観光機関(UNWTO)は昨年、2012年に続き『LGBTツーリズム グローバルレポート』を発表した。その報告書でも、同性婚が合法化されると、その国・地域のブランドとしてのイメージが上がり、商品開発におけるイノベーションにつながることが指摘されている。
2014年に同性婚が認められたイギリス(北アイルランドを除く)では、2016年から政府観光庁による「Love is Great(愛は素晴らしい)」キャンペーンが行われている。LGBTの人びとを対象に、旅先としてのイギリスを売り出そうというものだ。
似たようなキャンペーンは、他の地域やブランドでも見られる。
米バージニア州の観光機関は2016年、LGBTツーリズムのイニシアティブである「Virginia is for Lovers(バージニアは恋人たちのもの)」を発表。ホテルなどで世界展開するマリオット・インターナショナルも2014年から、「#LoveTravels(愛は旅する)」キャンペーンを通してLGBTツーリズムを促進してきた。
商品のイノベーションでは、日本のホテルグランヴィア京都の商品が良い例だ。日本では同性婚は認められていないが、同ホテルでは2014年から、同性カップルを対象とした日本伝統の結婚式パッケージを商品化している。
同報告書は、多くのブランドが同性カップルを対象にしたキャンペーンなどを行なっている理由をこう説明している。
「(キャンペーンなどで集まる)良い意味での注目度が、LGBT反対の消費者による損失を上回るという計算に基づいている」
ミレニアル世代のLGBT
いま各分野で注目されているのが、今後、消費者の中心となっていくミレニアル世代だ。旅行産業においても、この世代の消費傾向をつかむことが不可欠となっている。
ミレニアル世代の特徴を示す興味深い調査結果がある。デロイトトーマツが2016年、29カ国8000人のミレニアル世代(1983年以降生まれ)を対象に行った調査で、87パーセントもの人が「ビジネスの成功は財務業績だけで測られるべきではない」と回答した。
この世代は環境やサステイナビリティ、人権などに対する意識が高い。商品を購入する際にも、そのブランドが社会に対して責任ある行動をとっているかという点を見極めている。LGBTの人権が守られているかどうかも、重要な判断基準になるのだ。
LGBTの人びとを受け入れることが当たり前になっているミレニアル世代は、逆にセクシュアリティに縛られないという傾向もある。
UNWTO『LGBTツーリズム グローバルレポート』は、ミレニアル世代が、セクシュアリティごとにマーケティングされることを好まないと指摘している。この世代を対象としたマーケティングでは、LGBTを別枠にするのではなく、一般の広報活動に含めたほうがいいという。
ミレニアル世代のLGBTに関してもうひとつ考慮すべきことは、今後この世代が家族旅行をするようになるということ。
LGBTの人びとが子どもを持つことはめずらしくなくなった。2013年のカリフォルニア大学Williams Instituteの調査によると、米国ではLGBTの大人の37パーセントが子どもを育てている、または育てたことがあるという。
同性婚を合法化する国が増え、LGBTの人びとが子どもを持つことが普通になりつつある。子連れのLGBT家族旅行も視野に入れていく必要がありそうだ。
LGBTツーリズムのための提案
UNWTO『LGBTツーリズム グローバルレポート』は、旅行産業がLGBT市場に向けてどのようにマーケティングしていくべきかについて、いくつかの提案をしている。
まずは、トレードショーなどに参加して直接LGBT市場に売り込むこと。そして、その市場をよく理解すること。そのためには人材に投資して、市場をよく知るLGBTマネジャーを配置すること。
LGBT関連のイベントのスポンサーになったり、パートナーシップを組んだりすることで消費者に直接アピールをすること。LGBT関連のイベントに対し、財政支援だけでなく運営に関するロジスティックな支援を行うこと。
そして最後に、LGBTの旅行者を温かく迎え入れるという「質」を大切にすること。
旅行産業が注目するLGBTツーリズム。経済効果が期待される重要な市場だ。しかし、経済効果よりも大切なことは、LGBTの人びとの人権を守るというビジネス倫理なのかもしれない。
こちらの記事は2018年05月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
クレイトン 川崎舎 裕子
連載GLOBAL INSIGHT
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