海外で挑戦し続ける起業家に迫る。
Quipperの創業メンバーがManabieで担う教育の変革とは?
テクノロジーによって教育のあり方は大きく変わろうとしている。インターネットの登場とともに、テクノロジーが教育にもたらす可能性については議論が重ねられてきたが、新型コロナウイルス感染症の影響により、一層教育のあり方は見直されようとしている。
ずっと教育の可能性に心を惹かれ、グローバルに活動する起業家がいる。MANABIE INTERNATIONAL PRIVATE LIMITED(以下、Manabie)代表の本間拓也氏だ。
大学時代にオンライン教育の可能性に魅了され、東大を中退後に渡ったイギリスで、後にQuipper創業者となる渡辺雅之氏と出会い、その立ち上げに参画。2019年5月、Quipperを展開する中で気付いた教育のイシューに取り組むべく、東南アジアの地でManabieを創業した。
一貫して教育の可能性に賭けてきた本間氏は、いま何を目指しているのか。東南アジアから切り開こうとしている教育の未来について話を聞いた。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
- EDIT BY JUNYA MORI
誰もが最高峰の教育にアクセスできる時代をつくる
インターネットは、さまざまな物事において、情報の非対称性を解消してきた。教育もそのひとつだ。本間氏がオンライン教育に魅了されたのは2008年。インターネットを通じて、無料で世界各国の大学の授業を受けられる『MOOCs』が誕生した頃だ。
本間純粋に「すごいな」と思いましたね。ハーバードやスタンフォード、オックスフォードといった世界最高峰の大学の講義が、国や地域の壁を超えて、世界に公開されている。
今では当たり前かもしれませんが、当時はとても新鮮でした。世界中のどこにいても、質の高い教育に無料でアクセスができる。今後、教育のあり方が大きく変わると思いました。
本間氏が惹かれたのは、テクノロジーがもたらす教育のアップデートが、アフリカや中国、インドなど、教育が十分に普及していないエリアでこそ価値を発揮するという点だった。
本間アフリカのケニアを訪問した際、学校まで行くのに2時間かかったり、学校に行ったものの先生がいなかったりと、教育を受けるにあたってのインフラが整っていない状況でした。
しかし、多くの生徒がスマートフォンを持っていたんです。オンラインで世界最高峰の知が解放されている今、スマホを通して、発展途上国の人々にも国の壁を超えて教育を届けられるかもしれない。誰もが世界最高峰の教育に触れられるように、教育へのアクセスを強化していくべきではないか。そう考えたんです。
世界の人々が学びにアクセスできる世界をつくりたい。そう考え始めた際に出会ったのが、DeNA創業メンバーの渡辺雅之氏だ。国境や貧富の差を超えて、学びたいものを好きなだけ学べる世界をつくる。そのビジョンに共鳴し、オンライン学習サービスQuipperの立ち上げに参画した。
Quipperに参画した本間氏はマーケティングディレクターとして、サービス展開エリアを選定するためのリサーチを重ねた。学校のWi-Fiの設置状況、自宅でのオンライン教育の許容状況のほか、教育への熱量や定期試験の有無など、いくつもの軸から総合的に判断して、東南アジアを中心にサービスを展開することに決めた。
本間東南アジアは教育インフラが発展途上なのですが、各家庭の教育への熱量は非常に高い。教育に対してお金を払うことを厭わないんです。しかも、定期的な試験も存在する。教育サービスを展開していく上での好条件がそろっていたものの、まだEdTechのプレイヤーの参入は少なかった。東南アジアが展開の地としてふさわしいと判断しました。
Quipperは年間3,000〜4,000校を訪問し、地道なコミュニケーションを続けながらサービスを展開。2015年、さらなる成長を目指し、リクルートに買収された。現在では『スタディサプリ』も含めると、世界で累計1,000万人近くのユーザーを持つサービスに成長している。
Quipperでの挑戦を経て、教育へのアクセスを広げることはできた。だが、本間氏の中には教育における新たな課題が浮かんでいた。
「届ける」から「続ける」へ。教育を変えるための新たな挑戦
多くの人が学習機会にアクセスできるようになったが、「継続率の低さ」は課題だった。いくら学習にアクセスできても、継続できなければ学力は伸びない。
マサチューセッツ工科大学とハーバード大学の共同研究チームによると、1学期分に相当する学習量をオンラインで完結できる人は5%前後と言われているという。オンラインだからこそ届けられる人々は増えたものの、オンラインであるがゆえに継続が難しいという課題が生まれていた。
本間教育において向き合うべきイシューが学習の効果や効率へと移っていく中で、どうしてもこの課題を自分が事業を立ち上げて解決してみたいと思うようになりました。
Quipperで一緒だった人たちが起業する流れも生まれていて、僕も「継続」という課題に自分で挑戦しようと決めたんです。
事業を展開するフィールドは、変わらず東南アジア。注力するイシューを「アクセス」から「継続」へと移して、本間氏は2019年4月にManabieを創業した。
継続のために、人とテクノロジーを組み合わせて学習体験を磨く
シンガポールで創業したManabieが最初にサービスの展開を始めたのは、ベトナムだった。教育への熱量の高さと、発展途上の教育インフラ。この乖離を埋めるための決定だった。
本間ベトナムは、東南アジアの中でも教育への熱量がかなり高い。2015年のPISA(国際学力調査)では世界で8位となるなど、欧米各国をもしのぐ勢いです。2018年の教育への投資は、GDPの8%を占めるといいます。しかもスマホの普及が進み、通信環境も充実し始めていますが、教育インフラがまだまだ整っていない。学校や学習塾に通う子どもたちが増えている一方で、教材や塾のクオリティが追いついていませんでした。
ベトナムの子どもたちに継続できる学習をいかに提供するか。オンライン教育の課題に対して、 Manabieは3つのアプローチをとった。動画学習アプリの『Manabie Basic』、アプリでの学習に加えてコーチングなどのサポートがついた『Manabie Prime』、学習塾で個別に動画学習を行いながら不明点を教師に質問できる『Manabie Hub』を組み合わせるというソリューションだ。
本間人は基本的に怠惰な生き物です。しっかりとした目的と方法、目的を達成するためのサポートがないと、何かを継続することは難しい。
継続の難しさという意味ではフィットネスも同じ。フィットネスのように、メンターが伴走して継続をサポートする仕組みを取り入れられないかと考えました。
そこで、学習の継続のために学習コンテンツの充実はもちろん、「人のサポート」を組み込みました。
『Manabie Prime』は、問題の解き方を教えるチューターと、悩みに寄り添い、モチベーションを上げる役割を担うオンラインコーチがユーザーに伴走する。ユーザーは毎日、自分用に作られた学習内容を見ながら学習に取り組み、困ったことがあれば気軽に質問ができる。
Manabieが徹底しているのは、オンラインだけで学習の継続を可能にしようと考えてはいない点だ。学びを継続するための『Manabie Hub』というオフラインの場も運営している。学習塾といっても、一般的にイメージされるような、講師が教壇に立って授業をする集団型のものではない。生徒はManabieの学習アプリを開いて、それぞれのペースで学習。不明点があれば、各教室にいる専任のコーチに質問できるのが特徴だ。
生徒に伴走する教育者側の育成も重要だ。『Manabie Prime』では、スタンフォードでコーチングを学んだメンバーがコーチ用のカリキュラムを開発。一人ひとりのユーザーの進捗を見られるシステムを構築し、どのタイミングでどんな声かけをするべきかをサイエンスしている。
本間そもそも、教育は単に知識だけを学べばいいわけではありません。ソーシャルスキルや、コミュニケーションスキルの育成も含めて教育です。オンライン教育は、知識の獲得については効率が良い。ただ、人との接触が減ってしまうという点で、従来の教育が担っていたことが欠けてしまう恐れがありました。
人が伴走することを重視する点がManabieの特徴のひとつだが、教材そのものの磨き込みも欠かさない。学習環境の変化に合わせて、柔軟に対応できる学習コンテンツを開発するメソッドを確立している点も、Manabieの強みだ。
本間Manabieのコンテンツは、1本あたり2〜3分ほど。動画を短くしたことで、「ラーニングオブジェクティブ」と呼ばれる学びのポイントごとにコンテンツを作成できる点が大きな特徴です。
1本あたりの動画の時間が長いと、複数のポイントが含まれてしまい、特定のポイントだけ復習したいときに効率が悪い。1つのポイントを1つのコンテンツで学習できるようにすることで、より効率の良い学習体験を提供しています。
さらに、コンテンツの作り方にも工夫を凝らしている。オンライン学習といえば、人間の講師が特定のテーマに対して講義している映像を視聴する、というイメージがあるが、Manabieのコンテンツは、アニメーションになっている。
本間子どもたちの学習時間や学習効率といったデータを見ながら、常に教材はアップデートしていこうと思っています。学習コンテンツの作成も毎回、人間の講師と協力するのであれば、短いスパンでの改善は困難です。その点、アニメーションであれば修正や更新がしやすいので、コンテンツの作成スピードも速く、改善速度も上がっています。
ラーニングオブジェクティブごとに動画を区切り、さらにその動画をアニメーションで作成することでアップデートしやすい状態をつくる。そうすれば、データを取得しながらコンテンツ自体の改善も行いやすくなるはずだ。
人とテクノロジーを組み合わせ、いかに良質なラーニングエクスペリエンスを生徒に提供できるかにManabieは挑戦している。
今の時代を生きるために必要なものとは。教育を再定義し続ける
Manabieはベトナム全土はもちろん、東南アジア全域にサービスを広げるべく、2020年4月に約5.2億円の資金を調達した。ジェネシア・ベンチャーズをはじめ、Quipperの創業者である渡辺雅之氏やラクスルの松本恭攝氏、『ウェブ進化論』の著者で経営コンサルタントの梅田望夫氏も名を連ねる。今後のサービスの展開のカギは「学校との協働」だと本間氏は語る。
本間前職では、オンライン、オフライン問わず、ほとんどのユーザー獲得チャネルを試しました。ユーザーを増やす上で最も効果的だったのが、直接学校に行って、子どもたちにプレゼンする時間をもらうことだったんです。学校は私たちのサービスと競合する存在ではありません。学校を巻き込んでいくことが、サービスが成長していく上でも大切です。
学校と協調していこうという姿勢は、サービス展開の仕方以外にも垣間見える。Manabieは2020年4月に、新型コロナウイルス感染拡大による影響の広がりを受けて、「学校のオンライン移行ガイドブック」を発表。生徒、保護者、先生、そのほか全ての教育に関わる人々の命と、教育の両方を守るためのアクションも始めている。
オンライン教育とは、単にオンラインで学習コンテンツにアクセスできるようにすることではない。Manabieは、テクノロジーを活用して教育をより良い状態へと変化させるための挑戦を展開しようとしている。「将来的には、生徒たちに提供する教育の内容そのものもアップデートしていきたい」と本間氏は語る。
本間最終的には、人生を生きていく上で重要な考え方や、世の中に求められている能力を高めるようなコンテンツを提供していきたいですね。今は、そういったコンテンツを提供する際の基盤づくりをしている最中です。
学習を継続できるコミュニティ、学習プラン、目的を定めて、人の力でサポートする。その基盤を用意したがあった上で提供するコンテンツを充実させていければ、人の可能性はもっと開けるはず。
人の能力を高め、時代を生き抜く力を養うための教育は、今後、多くのプレイヤーが再定義していくと思います。その一部として、世界の教育の底上げをしていきたいですね。
生まれた場所を問わず、世界最高峰の教育がインターネットの力で届けられる。その仕組みを進化させれば、誰もが学び続ける楽しさを享受できる。Manabieが届けようとしているのは、学習を継続するためのプログラムにとどまらない。生まれた国や貧富の差、人種の垣根を超えて、誰もが平等に学び続けられるチャンスなのだ。
こちらの記事は2020年08月21日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
1987年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後、2011年よりフリーランスのライターとして活動。スタートアップやテクノロジー、R&D、新規事業開発などの取材執筆を行う傍ら、ベンチャーの情報発信に編集パートナーとして伴走。2015年に株式会社インクワイアを設立。スタートアップから大手企業まで数々の企業を編集の力で支援している。NPO法人soar副代表、IDENTITY共同創業者、FastGrow CCOなど。
校正/校閲者。PC雑誌ライター、新聞記者を経てフリーランスの校正者に。これまでに、ビジネス書からアーティスト本まで硬軟織り交ぜた書籍、雑誌、Webメディアなどノンフィクションを中心に活動。文芸校閲に興味あり。名古屋在住。
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