【トレンド研究】「顧客不在の企画会議」は、もうやめよう──顧客をファンにする「ロイヤル顧客マーケティング」の最前線
「売り切り」ではなく、サブスクリプションサービスをはじめ、いかにモノやサービスを持続的に買い続けてもらうかに企業は躍起になっている。既にSaaS企業において、CSは当たり前。これまで圧倒的なブランド力を活かして「売り切ること」が前提であった、国内のBtoC企業、特に大手メーカーなども、顧客をいかにファンにさせるかに頭を悩ませている。
その背景には、日本の人口低下や過剰な情報供給などが関係している。マーケットが縮小傾向にある一方、どんどん新たなサービスや製品が増える中、顧客獲得単価の上昇を招いてしまっているのだ。新規顧客の獲得コストが、既存顧客に販売するコストの5倍ほどとなる「1:5の法則」からもわかる通り、利益率を向上させるためには顧客との継続的な接点の確保が急務となっている。
一方、顧客の真のインサイトを掴み、高い解像度で分析し、顧客を熱狂させ続けるのは、いうまでもなく難しい。CRMの発達によって顧客との関わりもデジタルに置き換えられ、マーケターがエンドユーザーの顔をありありと思い浮かべることが難しくなっている──。つまり、「顧客不在の企画会議」が常態化しているのだ。
そこで今回、ロイヤル顧客マーケティング領域のトップランナーであるAsobicaのCCO小父内氏に、業界の力学を問うてみたい。その最前線では一体どんなダイナミズムが生じているのだろうか。
- TEXT BY MARI FUJIMOTO
ファンから“唯一無二の存在”として愛されるブランドへ。
ロイヤル顧客マーケティングの最前線
株式会社コメダが運営するオンラインコミュニティ「さんかく屋根の下」。1万人以上の会員を誇るコメダの公式ファンサイトだ。
これは、いわば「コメダが運営するコメダ好きのためのSNS」のような存在で、参加者がコメダ訪問レポートを投稿できるコーナーや、写真を投稿できるコーナー、お気に入りの商品の投票コーナーなどがある。
また、トークテーマの提供やフォトコンテストの企画、さらには新商品試食会やオープン前の新店舗に入れるイベントの抽選会に参加できたりと、使えば使うほどコメダに愛着を持てるような仕掛けが多く組み込まれている優れもの。
しかし、この「さんかく屋根の下」も、その誕生までには様々な試行錯誤の連続があった。
元々コメダには、「1つ1つの店舗ではなく、「コメダ」として常連様が繋がったら面白いんじゃないか」「お客様とともに成長する企業として、様々なお客様の声にじっくりと耳を傾ける時間が欲しい」という考え自体は根付いていた。それを起点に、月に1回程度コアユーザーに集まってもらい、試作品の試食会や理想のシロノワールを企画する「コメダ部」の活動を行っていたのだ。
しかし、イベントに来られるユーザーの数は限られている。リアル店舗の悩みとも言えるだろう。
オンラインなら時間と場所を問わずにユーザーが参加できる──。そういった背景から誕生したのがオンラインコミュニティ「さんかく屋根の下」だったのだ。
そして、この「さんかく屋根の下」の仕掛け人になったのが、何を隠そうロイヤル顧客マーケティングの先駆者・Asobicaが運営しているロイヤル顧客プラットフォーム「coorum(コーラム)」だ。他にも江崎グリコの「ポキトモ」、カインズホームの「CAINZ DIY Squere」など、多くの大手企業がこぞってこのオンラインコミュニティの仕組みを取り入れている。
その時代の変化を、ロイヤル顧客マーケティングのリーディングカンパニーであるAsobica COOの小父内氏もひしひしと感じているという。
小父内Asobicaは先日5周年記念を迎えました。ここ数年でロイヤル顧客マーケティングの市場が確立されてきている感覚は日に日に増しています。
お客様と一緒になって、プロダクトやサービスを作る。そうすることで企業側だけでは思いもよらないようなインサイトを得られますし、直接声を聞くことができる、そしてテストマーケティングもできる。お客様が身近にいることは、企業にとって間違いなく良いことだと思っています。まだまだマーケティング施策としては浸透度が低いですが、このロイヤル顧客マーケティングを起点としたユーザーとのコミュニケーションが企業としてのあるべき姿だと思っています。
オンラインコミュニティやロイヤル顧客マーケティングが注目される背景にあるのが、日本の人口低下や過剰な情報供給などによるマーケットの縮小傾向だ。
世の中には新たなサービスやプロダクトが増えており、顧客獲得単価の上昇を招いてしまっている。加えて、情報過多社会による興味関心の分散現象が起きている。一昔前ならば、テレビCMを放送すれば多くの人が目にした。しかし今はTVだけでなく、SNS、YouTubeなどの動画コンテンツ、ニュースサイトなど、時間を使う対象が多様化・細分化している。
そんな状況にコロナ禍による外出自粛が重なり、リアル店舗での顧客獲得においても苦戦を強いられたのだ。
そんな二重三重の苦境の中で成果を上げていたのが、オンラインで顧客接点を創出し、着実にファンを増やしていた企業。2015年からオンラインコミュニティの施策を行っていたKAGOMEや、コミュニティマーケティングに注力してファンと共にユニークな企画を次々に打ち出してきた「よなよなエール」の製造会社ヤッホーブルーイングなど、顧客中心型の施策に力を入れている企業だった。
競合との熾烈なシェア争いの末に選ばれるブランドから、ファンに唯一無二の存在として長く愛されるブランドへ舵を切る。その手段として多くの企業から注目されているのが、ロイヤル顧客マーケティングなのだ。
ロイヤル顧客マーケティング≠コミュニティマーケティング
あらためて、ロイヤル顧客マーケティングとは何だろうか。
ひとことで言ってしまうと、「お客様のインサイトとアイデアを日々のマーケティング活動に活用していく施策」と言える。冒頭の「顧客不在の企画会議」という一文に、ドキッとした読者も多いのではないだろうか。
ロイヤル顧客マーケティングは、企業が一方的に施策を打ち出すのではなく、顧客を熱烈なファンとして仲間に引き込む施策だ。企業と顧客との間で親密にやりとりをしながら、共に製品やサービスを作り上げていく。
小父内「ロイヤル顧客マーケティング=コミュニティマーケティング」と思われるかもしれませんが、コミュニティはあくまで手段です。大切なのは目先の手段ではなく、その手段を使って成し遂げる企業ミッションの実現です。
Asobicaでは「coorum(コーラム)」というオンラインコミュニティという手段を使って、各企業のミッション実現を後押ししています。
企業のミッションの実現のために、お客様を主役にする。そのための手段として、有効なのがコミュニティなのだ。
そして小父内氏曰く、企業が作るコミュニティとは「信頼の場」だという。
情報過多の現代社会において、信頼できる情報源を獲得することは非常に難しくなっています。信頼できる情報源を誰もが求めているのだ。企業が公式コミュニティを打ち出すことで、その第一段階を突破できる。
さらに、公式コミュニティを介して繋がった人は、“共通の大好きなもの”がある人同士になる。SNSのような手軽で薄い繋がりではなく、このコミュニティ起点では情報の量や質が全く異なってくる。「ここで聞いた情報だから、間違いない」と信頼できるコミュニティに育っていくのだ。
もちろん言うまでもなく、企業側としてもコアなファンが集まったコミュニティにアプローチできるのは、非常に大きなメリットがある。
「ロイヤル顧客」の定義は様々だが、詰まるところ自社の製品を「大切にしてくれる人」だ。一例として、企業の仲間の一員のような気持ちで製品を薦めてくれたり、苦境に陥った時に支えてくれたり、時には愛を持って叱っていただけるようなお客様がたくさんいる企業は、間違いなく繁栄していると言っていいだろう。そんな心強い仲間である「ロイヤル顧客」が集まるコミュニティをベースに、企業の軸を作っていくのが「ロイヤル顧客マーケティング」なのだ。
最初の一歩は「1on1」ならぬ「2on2」
では、実際に自社でロイヤル顧客マーケティングを行うには、何から始めればいいのだろうか。
大手企業が大量の予算を投下して行うようなイメージをもつ読者もいるかもしれないが、そんなことはない。リソースが限られる中小企業でも十分可能な施策だ。
ロイヤル顧客マーケティングは、事業規模にかかわらず「小さく始める」ことがポイントとなる。
小父内私はまず最初に、これからロイヤル顧客マーケティングを始める担当者の方に、「頭にパッと浮かぶファンがいますか?」と尋ねます。この質問で、その企業のこれまでのお客様との向き合い方がわかります。
ファンが見つかったら、2人の担当者と2人のファンで、「1on1」ならぬ「2on2」をする。いわゆる「お客様の声」を聞いたり、「こんなコミュニティを作りたいが、どう思うか」というディスカッションを起点にユーザーを自社の一員として積極的に巻き込んでいくのだ。
小父内いわば最初の「2on2」の4人で、「ひとつの小さなコミュニティ」が生まれるのです。そこから「類は友を呼ぶ」の法則で、4人、10人、それ以上と、地道な人海戦術で少しずつコミュニティの輪を広げていくんです。
コミュニティが広がってくると、お客様がちょっとした疑問を発信し、それに企業側が回答するような関係性が出てくる。さらに広がると、お客様がちょっとした意見やアイデアを出していただけるようになり、お客様をベースにしたコンテンツができてくる。
お客様は「自分の出した意見が取り入れられている」と感じると、どんどん能動的になってくれるんです。そのうち企画にリソースをかけなくても、お客様を主導に、どんどん企画が生み出される良いサイクルが生まれるようになってきます。
もちろん、これは“ユーザー”と言う立場のファンのロイヤリティを高めるだけの手法ではない。インナーブランディングにも有効だ。
小父内みなさん意外と見落としがちではあるんですが、「1番のファン」は、その潜在的な可能性も合わせて、実は社内にいることも多いんです。
普段お客様と接する機会の少ないエンジニアなど、様々なバックグラウンドの担当者をお客様との交流イベントに連れ出すと、大きな盛り上がりを見せることがあります。企業は顧客の生の声を聞くことができ、お客様は「中の人」の声を直接聞くことができる。企業と顧客、双方向の熱量を持ったやりとりが、新たな企画の芽に繋がっていくんです。
挫折してしまう企業の共通点
では、そんなロイヤル顧客マーケティングの「良いサイクル」を上手く回していくためには、どんな部分に気をつけるべきなのだろうか。
小父内良いサイクルが回り出すには、一定期間の時間が必要です。良いコミュニティを作るためには、短期目線で考えると決して上手く行きません。前提として企業の規模や扱う商品、それまで企業が行ってきたお客様との向き合い方などによって要する時間は異なりますが、少なくとも半年〜1年は必要な大仕事になります。
すぐに目に見える効果が出るわけではありませんし、大事だと分かっていても後回しになってしまいがちになります。よくある失敗例は「経営陣が直接的にわかりやすいマスマーケティングに予算を投下しがちになる」「リソース不足により優先順位がどんどん落ちてしまい、立ち消え状態になってしまう」などが挙げられます。
また、無理にコミュニティの人数を増やそうとするのも失敗の原因になりがちな要因だ。
有名なパレードの法則によると、全体の数値の80%は、全体を構成する要素のうちの20%の要素が生み出しているとのこと。そして、この理論はことコミュニティにも当てはまると言う。例えば100人の顧客がいるコミュニティでは、20%にあたる20人が盛り上がっている状態が現実的なゴールと言える。
これを無理に、30%、40%と不自然に増やすアプローチをとるのではなく、まずはしっかりと20%を獲得するのが健全な状態であるのだ。
小父内Asobicaでは、最終的な目標である20%のうちのさらに20%、すなわち全体の4%を最初のKPIの目標として設置することが多いです。1万人の顧客がいるとすれば、そのうちの400人程度を集めるのが目標となりますね。
コミュニティが直接的に売上を上げるわけではなく、さまざまな要素が絡み合って、企業やブランドへの熱量が高まっていくものです。そのためKPIをどうするか一概には言いにくいのですが、まずはここまでやろうと言う目標を4%に設定し、施策を打ち出していくのが得策と言えるでしょう。
また、コミュニティは人の集合体であり、企業の凝集性そのものの存在だ。良いことばかりが起きるわけではない。時には行き過ぎてしまい、炎上する場合もあり得る。そんな危機に立たされた時に、コミュニティの可能性を信じて運用を続けていけるかも一つの大切なポイントになる。
経営陣を巻き込み、社内にコミュニティの有用性を伝える。企業全体の姿勢として「お客様を大切にする」姿勢を打ち出していくのが重要になってくるのだ。
ロイヤル顧客マーケティングは“単独で”行うものにあらず?
企業間を超えたコラボレーションの可能性
最後に、ロイヤル顧客マーケティングの発展性についていくつか事例を紹介しよう。
ロイヤル顧客マーケティングやオンラインコミュニティは、なにも営利企業に限った話ではない。変わったところでは、地方自治体など「顧客」「ファン」とは一見関係なさそうな業界からも、ロイヤル顧客マーケティングを介して良い影響が出ている。
千葉県流山市はそのモデルケースと言えるだろう。同市は「マーケティング課」を置いており、「流山市ブランディングプラン」を策定。オンラインコミュニティを備えたブランディングサイト「ながれやまStyle」の運営をはじめとする数々のプランを打ち出している。
これらの施策により、流山市の人口は増加。特筆すべきは市民の満足度調査だ。「住民の声が市政に反映されていると感じている市民」に対する回答がH16年度は49.6%だったが、R1年度は72.0%まで大幅に上昇しているというから驚きだ。
また、ロイヤル顧客マーケティングやコミュニティは、何も“企業単体で行う”と言う枠に囚われることはない。2つ以上のコミュニティがクロスすることで、今までになかった化学変化が起きていると小父内氏は言う。
小父内例えば、サントリーフラワーズ様のコミュニティ「SUNSUNガーデン」とカインズ様のコミュニティ「CAINZ DIY Squere」によるコラボイベントが実現されています。
Cainz DIY Squareで家庭菜園投稿キャンペーン実施中!
【サントリーフラワーズ×カインズ】 家庭菜園をはじめよう!vol.1
今までは企業同士、マーケット同士のコラボはありましたが、「ファン同士のコラボレーション」というのは最近になって生まれ始めた潮流です。今まで予想もできなかったものが、今後生まれてくる可能性があるんです。
競合同士のコラボではなく、ファン同士の興味関心に基づいたコラボが、coorumというプラットフォームを介して起きている。ロイヤル顧客マーケティングから、今までになかった新しいトレンドが生まれるのだ。引き続きFastGrowでも本領域には注目していく。乞うご期待。
こちらの記事は2023年05月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
次の記事
執筆
藤本 摩理
連載今、押さえるべきビジネストレンドとは?
17記事 | 最終更新 2024.09.04おすすめの関連記事
「愛されるプロダクトは社内カルチャーから作るべし!」──カルチャーと事業成長を結びつける3つの思考法、Asobica CCO小父内氏 x CSチームに聞く
- 株式会社Asobica 取締役CCO
金融業界×クリエイティブでまだ見ぬ“ベストプラクティス”を確立せよ──広告・クリエイティブ出身の2名が仕掛ける、ファンズのプロモーション思想に迫る
- ファンズ株式会社 執行役員/マーケットプレイス副本部長/マーケティング部長
「戦略」は真似できても、「実行」は真似できない。──X Mileの“マーケター”兼“事業家”人材の対談に見えた、組織のエグゼキューション能力の引き上げ方
- X Mile株式会社
大企業の課題を「ワクワク」感を持って共に解決する。──“そのパワフルな動き方は、小さなアクセンチュアや電通”と形容するpineal。大手企業の基幹戦略を内側から変革するマーケティング術とは
- 株式会社pineal 代表取締役社長
ユーザーファーストを突き詰めれば、PdMとマーケターは一体になる──リブセンスが試みる「P&M」という職種の定義
- 株式会社リブセンス 転職会議事業部 事業部長 兼 VP of Product & Marketing
「スピーディーな挑戦」を継続する文化が、マーケティングの大きな成果に──AI・データ活用や新施策の日々を、ネクストビート矢代氏に聞く
- 株式会社ネクストビート Marketing Division ゼネラルマネージャー
「経営とマーケティングのプロになるならECを学べ」──国内Eコマース支援の最大手いつも.CEO坂本とP&Gジャパンによる、“新マーケティング談義”
- 株式会社いつも 代表取締役社長
「広告の限界、感じてませんか?」──電通、Amazon出身者らが集ういつも.の“EC×事業プロデュース”にみる、マーケ人材のネクストキャリア
- 株式会社いつも 上席執行役員 事業推進本部長